8、犯人探し
公には、柊は病欠と言うことになっている。
にもかかわらず白雪は異変に気付いた。誰に言われるでもなく、だ。
なにか思い当たる節が?
そう尋ねると、彼女は長い沈黙のあと意を決したようにこう言った。
「私は呪われています」
思わず息を飲んだ。
静寂。
小動物が床を駆け回る音だけが響く中、白雪の告白は続く。
「こういうことは初めてじゃないんです」
「ストーカーの男性教師の話なら君のせいじゃ――」
「その人だけじゃないんです。もう何人も」
白雪は首を横に振り、そして弾かれたように振り向いた。
月明かりの当たらない部分は完全な闇。そこにいないはずの何かを彼女は見たのだろうか。
顔には明かな怯えの色が浮かんでいる。
「私にはきっと、なにか良くないものが憑いているんです。学校を変えればどうにかなるってお父さんは思ったみたいだけど、やっぱりダメ」
白雪の肩に止まったインコがくちばしを開く。
しかし美しい歌声が披露されることはなく、微かな呻きのようなものが漏れただけだった。
「きっと柊君も……!」
「だとしても君のせいじゃない」
俺は神妙な顔を作って白雪の肩に手を置く。
こみ上げる笑いを堪えるのが大変だった。
来た。やはりあった。これが白雪棺の心の傷。
告白してくれたと言うことは、ある程度は心を開いてくれているということ。
この事件を解決すれば、間違いなく彼女は俺を強く信頼する。これを逃す手はない。
俺は彼女が落ち着くのを待ち、いよいよ調査へと踏み出した。
「柊君がいなくなった当日……彼はどんな様子だった?」
「先生はやはりご存じだったんですね。私が柊君に呼び出されていたこと」
落ち着かないのだろう。
手のひらの中で丸まった茶色い塊を白雪はしきりに撫でている。
よく見ればつぶらな瞳がこちらを見上げていた。ハムスターだ。白雪の周りには多種多様な小動物がいるが、コイツは初めて見る。
「でも柊君には会っていないんです。指定された場所……体育館裏へ行ったのですが、彼は来ませんでした」
体育館裏……ベタだな柊君……。
柊は白雪に告白すると息巻いていたが、どうやらそれは叶わなかったらしい。
しかし振られたならまだしも、告白前というタイミングで姿を消すなんてやはりおかしい。
「もしかして、今まで消えた人間は白雪さんに好意を抱いていた?」
「……本当に凄いです。なんでもお見通し」
「だとしたら、やっぱりそれは呪いなんかじゃないよ」
超常現象じみた原因なら俺には手出しできないが、今回の件にはなにか人為的なものを感じる。
つまり、この事件には犯人がいる。
「そいつを見つければ柊君の居場所も分かる。これ以上被害者が増えることもない」
「犯人……」
白雪の声が震えている。
「私のせいで人が消えている……そう考えるとずっと心が安まらなくて」
「あぁ、もう大丈夫。俺がどうにかしてみせる」
こっから先はノープランだけど……。
ひとまず我々は手掛かりを求めて、柊が白雪を呼び出したという体育館裏へ向かうことにした。
体育館は校舎を囲う森を切り開くようにできている。
月明かりを遮るように木々が生い茂り、自分の手元を見るのも怪しい闇夜。遭難してしまったような感覚に陥る。
しかし白雪は夜目が利くのか、行き慣れた道とばかりに先頭を歩いていく。
森の木々が風で揺れる音、小動物たちの足音、いつもはなんてことない音がこの闇の中では不気味な響きを伴っているように感じる。
月夜に照らされた体育館が見えた、その時。
不意に黒い影が視界を覆った。
「うわっ!?」
バサバサという小さな羽音。
白雪のインコだ。なにが気に入らなかったのか、その可愛いくちばしで俺の頭をつつく。
「こら! 先生、すみません」
「はは……嫌われたかな」
白鳥がなおも俺の頭をつつこうとするインコを慣れた手つきで捕まえてみせた。
その細い指に力が込められる。インコの口からうめき声が漏れた。
「タスケテ……」
「えっ」
低い男のような声だった。
白雪は特に動じるでもなく、制服のポケットへインコを突っ込む。
「いっ……今、しゃべってなかった?」
「インコですから」
「………………ふ、ふーん。さすが、よく躾けてあるね」
あえてそれ以上突っ込むことはしなかった。
もしかしたら魔法使いたちの世界ではこれが普通なのかもしれない。あまり深く突っ込むとここでの常識が無いことがバレてしまう。
そうこうしているうちに目的地にたどり着いた。体育館だ。建物に沿って裏へと回る。
さっそく捜査を、と思ったが早くも問題が発生した。
持ってきたライトでは光量が足りなかったのだ。
「暗くてよく見えないな」
「うふふ。先生ったら。魔法を使えば良いのに」
「あ、ああ。しかし私はいざというときのため周囲を警戒しなければならない。頼めるかな?」
「私、あまり上手くないんですが……やってみますね」
白雪は拾い上げた適当な石を二つ、両手に持って打ち付ける。
そのたびに火花が散り、フラッシュが焚かれたようにあたりが照らされる。
魔法使いってのはやはり凄い。
が、あまり驚いた顔を見せるのはマズい。俺は気を逸らすために口を開いた。
「ところで……その、純粋な疑問なんだけど」
繰り返される眩い光のオンオフにクラクラしながら、俺は白雪に尋ねる。
「“私のせいで人が消えている。そう考えるとずっと心が安まらない”と君は言っていたよね」
石がぶつかり合う音だけが響く。断続的に強い光が瞬く。目がチカチカする。なんだか目眩までしてきた。
もうシルエットとしてしか認識できなくなった白雪へ質問を続ける。
「そんなとき、普通なら自分に好意が向かないような立ち振る舞いをするんじゃないかと思うんだけど……とてもそうは見えな」
「先生」
白雪が振り向く。
不思議な光景だった。
「つきました。灯り」
水をすくうように開かれた手の中に、光が湛えられている。
すごい光量だ。まるで昼間のように周囲が明るく照らされる。
しかし目眩は治まらない。酷くなる一方だ。ふらりとよろめき、なんとか踏ん張る。粘ついたなにかを踏んだのが分かった。
白雪の光のお陰でよく見える。
赤い液体で描かれた魔方陣。その中央に俺は立っている。
「大丈夫ですか先生?」
白雪が俺を見下ろしている。そのとき初めて地面に膝をついているのだと気付いた。
口を開こうとするが、上手く声が出ない。
「良いんです。休んでください」
頬に土の冷たさを感じる。水の中にいるような浮遊感。
遠のきそうになる意識を引き戻したのは、指先に走った微かな痛みだった。
白雪のハムスターだ。俺の指先にしがみ付き、齧り付いている。前足から腹にかけて酷い火傷の痕が見えた。
「こら。ダメでしょ、柊君」
白雪の声。細い指が伸びて、必死に暴れるハムスターをいとも容易くつまみ上げてしまった。
少し血の滲んだ指先をただ眺める。
高熱にうなされたみたいに頭が働かないが、一つだけ疑問が浮かんだ。
俺の腕、こんなに毛深かったかな……