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3、いじめ、カッコ悪い。


 イジメにルールなんてものはない。

 試合開始のゴングなし、階級なし、人数制限なし、凶器の使用可、ルール無用のデスマッチ。

 とはいえ、大人に隠れてひっそり行う、大人に見られたら散り散りになって逃げるっていうのは最低限の“お約束”じゃないのか?

 なんでいい年した大人が知らんガキのイジメに巻き込まれなきゃならないんだ。



「ちょっと待て。俺はただ迷い込んだだけで――」



 光。少し遅れて皮膚を焼く熱さが襲う。

 火の玉だ。頬をかすめただけでも、その威力の凄まじさは分かる。

 直撃を免れたのは不幸中の幸いか。

 ――いいや、違うな。わざと外したんだ。

 下品な笑い声が響く。



「さすが清川君! すごい威力だ」


「おい、見ろよ。あいつビビッて――」


「いや」



 清川と呼ばれた少年が取り巻きたちを制する。

 こちらを睨むその顔に、嘲るような笑みはもう見えない。



「アイツ、瞬き一つしなかった」



 俺は呆れ返ったようにやや大袈裟にため息をつき、手のひらを彼らに向ける。そしてその手をポケットへ滑り込ませた。



「お、おい! 動くなよ」



 俺のポケットに視線が集まる。

 少年たちの腰が引けているのが分かった。



「なんでアイツ、あんなに平然としているんだ……?」



 いやビビってるビビッてるめちゃくちゃビビってるよ!

 本当は火の玉の速さに反応できず瞬きできなかっただけだし、武器だって持ってないし、持ち物といえばポケットの中でカチカチになっちゃったティッシュだけだ。


 しかし本当のことなんてどうだって良い。

 問題は「相手にどう思われるか」だ。



「やめにしないか。君たちのような子供を傷つけたくない」



 俺はさも「なにか策があります」というような顔を作る。

 そうすれば向こうが勝手にその理由を作ってくれるものだ。今回もそうだった。



「コイツ、もしかして例の新任教師じゃ」


「あのイギリス帰りのエリートっていう……? 確かグリフォンと生身で戦って勝った超武闘派って聞いたぞ」



 またこの勘違いか。

 その新任教師とやらは凄まじい経歴の持ち主であるらしい。っていうかグリフォンってなんだよ。

 しかし都合が良い。誰だか知らないが利用させてもらう。



「自己紹介の必要はなさそうだね。分かったらさっさとこの扉を開けて――」



 轟音。言いかけた言葉が喉の奥に引っ込む。

 錆びついた歯車のような動きで振り向くと、金属製の分厚い扉が赤く燃え、大きな穴が開いていた。



「イギリス帰りの超武闘派……お前を倒したら、俺はそんなエリートよりもっとすげぇってことになるよな。そうだろ、柊」


「うう……」



 いじめられっ子の少年は床に手をつき、力なくうなだれる。

 清川はその肩に手を置いた。



「殺す気で行くぞ」



 こ、殺される!

 汗が噴き出るのは焦りもあるがそれだけではない。部屋の温度が上がっていく。眩い光を放つ火球が清田少年の手の中で大きく育っていく。

 俺を消し炭にする気か? 冗談じゃない!

 焦っているのは俺だけじゃない。取り巻きの少年たちが悲鳴のような声を上げる。



「やめろよ。やばいって!」



 熱さにやられたのか?

 取り巻きたちもよろよろと清川から距離を取る。顔色が悪い。いじめられっ子の少年――柊もうなだれたままグッタリして動かない。

 チャンス。今なら逃げられるのでは。

 咄嗟に扉に手を伸ばしかけ、しかし慌ててひっこめる。真っ赤に焼けたそれを素手で触ればどうなるか。

 退路は断たれた。

 なら進むしかない。


 俺は地面を蹴って駆けだした。

 このまま窓を蹴破って脱出する。

 取り巻きたちはまともに動けない様子。清川はでかい火球を抱え、俊敏には動けまい。

 窓がやや高い場所にあるのがネックだが、ちょうど良い“足場”があったのは不幸中の幸いだ。



「え?」



 呆然とした柊を真下に見る。

 その頭を踏みつけて高く跳躍し、ぶち割った窓ガラスの破片に彩られながら華麗に脱出――という脳内イメージは辛くも崩れ去った。

 アクション映画の見過ぎだ。人はそんなに軽やかに動けない。

 柊の頭を踏みつけることには成功したが、ヤツの軟弱な首は俺の体重を支えることができなかったのだ。ゴッという鈍い音を立てて地面に頭を打ち付け、俺はそのまま転倒。見事なまでの失敗。

 すぐに清川の攻撃が来るはず。俺は痛みに顔をしかめながらもなんとか体を起こす。

 が、攻撃は来なかった。清川の手にできた火球が細い黒煙を発しながら萎んでいったのだ。理由はよく分からないが、命拾いした。

 良かった良かったと諸手を挙げて喜びたいところだったが、あいにくそういうわけにもいかない。

 目の前の光景に息が止まる。

 柊はグッタリしてピクリとも動かない。

 急速に口が乾いていく。それと反比例するように額から汗が噴き出す。

 胸に渦巻く恐怖が被害者のそれから加害者のそれへと変わっていくのを感じる。

 もしかして、もしかして、殺ってしまったのか?



「ひゅわ……」



 口から変な声が漏れる。

 真っ白になりそうな頭で、しかし次にすべきことだけはハッキリしていた。

 逃げなくては。

 今度こそ窓をぶち破ってすぐにここを離れるのだ。

 そう決意したは良いものの、実際にぶち破られたのは窓ではなく壁だった。



「一体なにをやっているんですか?」



 どうしてこんな最悪のタイミングでやって来るんだ。

 崩れた瓦礫を踏みつけながら校長がこちらへ向かってくる。押し潰されるような得体のしれない威圧感。



「ひっ……」



 俺を見ても顔色一つ変えず立ち向かってきたイジメっ子のクソガキ共が、彼女を見るなり血相を変えて逃げ出した。

 が、逃げられない。

 無様に倒れ込んだ彼らの膝から下は石になっていた。

 イジメへの罰が石化。だとすると不法侵入した挙句、生徒を殺した俺への罰は一体なんなのだろう。



「あの――」


「あなたがやったんですね」


「いや、これは」



 言葉が出てこない。必死に唇を舐めるが、乾いた舌でいくらそうやっても口は滑らかに動き出さない。

 そうしている間に、校長は俺のすぐ目の前に迫っていた。

 彼女の手が伸びる。

 俺の肩を掴み、そして。

 満面の笑みで俺の顔を覗きこんだ。



「素晴らしい判断力と勇気です!」


「……え?」




*****




 結局また戻ってきてしまった。

 校長室。低い机を挟んで向き合った校長は落ち着きを取り戻していたものの、その表情は明るくない。



「あの子、凄い魔力でしょう?」



 革張りのソファに座るなり、校長が切り出した。

 なにが起きているのかまるで分からないが、とりあえず話を合わせる。



「本当に驚きました。清川君、でしたか」


「柊君です」


「そう、柊君」



 なにがなんだか分からない。

 柊君って俺が踏みつけたいじめられっ子のほうだろ?

 アイツ魔法使ってないじゃん。どゆこと?

 完全なるポカン状態を自信溢れる微笑みで隠し、特に意味もなく胸を張る。

 こうしておけば向こうが勝手に話を進めてくれる。今回もそうだった。



「清川君が柊君の魔力を利用していることに気付いて柊君を気絶させるなんて。さすがの観察力ですわ」


「いえ、たまたまです」



 謙遜ではなくマジでたまたまだ。

 たまたま足場としてちょうど良かったので踏みつけただけなのだが、それがヤツのエネルギー源を潰す結果になったらしい。



「他の先生ではこうはいきません。柊君はエネルギーの塊……一歩間違えれば暴走してこの校舎ごと吹き飛ばしかねませんから。しかし神通先生には勝算があったのでしょうね」



 怖ぇ〜。

 爆弾を踏みつけていたようなもんじゃねぇか。

 しかし俺は涼しい顔で嘘をつく。



「ええ、もちろん」


「やはり先生にお願いして良かった。お恥ずかしい話ですが、先程のような事件は日常茶飯事で私たちも手を焼いているのです」



 校舎が吹っ飛ぶような事件が日常茶飯事?

 冗談じゃねぇぞ。

 本物の“神通先生”には同情する。

 俺はとっととここを切り抜けてずらかるぜ。



「すみませんが先生、少し時間をいただいても良いですか? 着替えたくて」


「長旅でお疲れだったでしょうね。今日はもうお休みいただいて結構です。職員宿舎へ案内をしましょう」


「いえ、場所だけ教えていただければ結構です」



 もちろん宿舎なんかに行くつもりはない。

 こんな得体のしれないとこにいつまでもいられるか。このまま山を降りてこんなとこおさらばだ。

 が、山を降りるのは難しかった。様々な困難を予想していたが、ここまで予想するのはいくらなんでも無理だ。



「なにこれ……」



 言葉が風にかき消える。

 崖っぷちで、俺は一人途方に暮れるハメになった。

 麓を目指して歩き出したは良いものの、森も地面も途中でぷっつり途切れ、眼下に広がっているのは見渡す限り雲の海。



「ここどこ? マチュピチュ?」


「東京ですよう」



 悪魔というのは知らぬ間に背後に忍び寄り、耳元で甘言を囁くものなのだろう。

 しかしこの時は違った。

 ネムネムが囁いたのは決して甘い言葉などではない。



「東京都、小笠原諸島の遥か上空に浮かぶ島。なので住所は東京だよ」


「お、小笠原諸島……上空……?」



 理解が追いつかない。

 しかしこうも目の前に突き付けられれば否定もできない。

 「東京都立魔法学校」

 看板に偽りなし。紛うことなき魔法学校だ。

 立地が特殊なのも仕方がないのかもしれない。悪いのはなんの能力もない普通の人間の俺をこんなとこに呼び出したコイツだ!



「どうしてくれんだよ! 早く元の場所に戻せよ!」


「も、もちろん。ただし条件があります」



 言いながら、取り出したのはお馴染みの契約書。



「私と契約してください」


「嫌だ」



 俺は即答した。

 悪魔は情けなく俺の足に縋りつく。



「お願いしますぅ。契約予定だった神通さんが死んでしまって……このまま契約できないと一人前の悪魔として認められないんですう」



 プライドというものはないのか?

 食い付きが悪いと見るや泣き落とし。

 思わずため息を吐く。

 本当に交渉がヘタクソだ。

 こんなヘタクソにほいほい乗せられて契約書にサインする愚かなカモになるなんてのは屈辱以外の何物でもない。

 もはや契約内容以前の問題だ。



「ええと、なに? 神通? 力? だっけ?」


「そんなエセ霊媒師みたいな名前じゃない〜! 神通光さんだよう」


「ああ、光ね。まぁなんでも良いけど、とにかく俺はその人の代わりにはなれない」


「神通先生!」



 悪魔がスッと姿を消す。

 校長の声。しかし姿が見えない。見えるのは校舎の方からこちらへ向かってくるカラスだけ。

 その足にA4の紙とペンがくくりつけられている。

 カラスのくちばしが開く。



「すみません、先に雇用契約をお願いできますか?」



 喋ったァ!!

 混乱の最中、姿を消したはずの悪魔が耳元で囁く。



「い、いいんですか。ここは魔法使いの領域。人間だなんてバレたらどうなるか分かりませんよ」



 次は脅しかよ。つくづく嫌になる。



「いま契約の説明を――」



 言いかけたカラスの足から契約書を奪い取り、ペンを走らせる。



「これでよろしいでしょうか?」


「さすが英国帰り。サインも英語表記なんですね」



 悪魔が耳元で微かに唸ったのが分かった。

 ジンツウヒカル。悪魔からフルネーム聞き出しといて良かった。漢字分かんねぇけど。


 悪魔の力なんてなくたって、俺はこの学校を脱出してみせる。

 嘘をつくのは得意だからな。



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