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2、契約下手な悪魔



 真っ暗な空間。

 俺を取り囲む蝋燭の暖かな光。

 天国か。あるいは地獄か。いや、魂を奪われたのか?

 爬虫類じみた眼がこちらをのぞき込んでいた。



「やった……成功した……」



 だんだん目が慣れてきた。

 少女だった。みずきと同じ人間離れした瞳。しかし金色ではなく緑色をしている。体も彼女より大きく、その頭には羊を思わせる巻き角がついている。

 俺は半狂乱になり、両腕で十字を作る。

 


「悪魔め! それがお前の本当の姿かぁ!」


「あ、あわわっ、えっと、えっと、その」



 悪魔は酷く取り乱したようだった。

 視線をあちこち動かし、やがてぎこちない笑みを浮かべて軽く手を上げる。



「こんにちは! 私は悪魔、ネムネムです。気軽にネムちゃんって呼んでね」


「は!?」


「あっ、ご、ごめんなさい……」



 今ので変なキャラ付けをすることを諦めたらしい。

 しゅんと肩を落とし、真っ直ぐな目でこちらを見る。

 瞳は似ているが、“みずき”とはまるで違った様子。多分別の悪魔なのだろう。

 が、結局言うことは同じだ。



「単刀直入に言います。私と契約してください」



 思わず息を呑む。

 俺の反応が芳しくないとみるや、ネムネムと名乗った悪魔は早口でまくし立てるように喋りだした。



「実は今すっごく困ってて……助けてほしくて人間召還の儀式を行ったの。あっ、急にこんなこと言われても困るよね」



 別に困ってはいない。ただ、唖然としている。

 本当にコイツは悪魔か?

 まず契約の迫り方がなっていない。

 困ってるから契約してくれ?

 そんなの契約者に「足元を見てください」と言っているようなものじゃないか。

 保険のセールスだってもう少し上手く契約を迫るぞ。



「あ、あのう……やっぱダメ……?」


「良いですよ!」



 俺は好青年じみた爽やかな笑顔を浮かべる。



「先ほどはすこし動揺してしまいましたが、困っている悪魔を見過ごすことはできません。契約書を見せてもらえます?」


「は……はい! もちろん」



 ネムネムの差し出した契約書を受け取る。

 みずきの契約書とおそらくは同じ材質だ。羊皮紙ってやつか。紙とは違い丈夫で破れにくく、あの火事の最中でも燃えなかった。

 物理的に破壊するのは無理だ。それなら。

 俺はそれを睨みながら、少しずつ眉間にシワを寄せていく。



「あの、なにか……?」


「ネムネムさん。人間と契約するのは初めて?」


「は、はい!」


「そっか。じゃあ仕方ないけど……でもこの契約書は……うーん。あまりに人間界の礼儀に反しているな」


「えっ!?」



 分かりやすい子だ。

 苦笑しながら呟くと、ネムネムは酷く取り乱した。



「でも、でも、その、それは悪魔の世界ではとてもポピュラーな書式で」


「君が契約しようとしているのは人間だよね? その象徴の契約書がこれじゃあ契約内容も人間に寄り添っていないのかなって考えてしまいます」


「え、えっと、どこが良くなかった?」



 恐る恐る尋ねるネムネム。多分、頭が真っ白になっている。

 俺は思わず、といったように噴き出してみせた。



「それを取り引き相手に聞くの? 弁護士に法律のことを質問されたら“この人大丈夫かな……?”ってなっちゃうよね? 今のはそれと同じだよ」


「あ、あの……」



 すっかり意気消沈したネムネム。

 その肩を、俺はポンと叩く。優しげな笑みを浮かべ、おだやかな声で言う。まるで助け舟を出すみたいに。



「ごめんごめん。イジワルなこと言ったね。少し時間をあげるから調べておいで」


「あ……ありがとうございます!」



 ネムネムはペコリと一礼し、煙のように姿を消してしまった。

 正直コスプレした女子大生じゃないかと疑い始めていたが、悪魔であるというのは本当みたいだ。

 部屋に残された俺は一人ニヤリと笑う。

 よーし、上手くいったぜ。

 誰が悪魔と契約なんてするかバーカ!

 俺は「へへっ」と笑い、薄暗い部屋を出た。

 もう悪魔と付き合うのは懲り懲りだ。早くここを出て、それから……それから……



「はぁ、これからどうするか」



 教団はなくなった。山寺もいない。

 教団施設に置いていた俺の荷物も金も燃えてしまっただろう。文字通り無一文だ。

 またイチから霊感商法でもやるか?

 自然と足取りが重くなるが、部屋を出ることはできた。

 扉を出た先にあったのは人気のない長い廊下。その両脇には同じような扉がいくつも並んでいる。

 初めてきた場所だが、見覚えがある。

 学校だ。

 だとすれば、急いでここを出なくては。見つかったらマズい。



「あら、あなた」



 ギクリとして固まる。

 サッと視線を巡らせるが廊下の奥に非常階段などはなし。窓から飛び降りるには高すぎる。逃げられない。

 ならば、逃げずにここを乗り切るしかない。



「はい?」



 俺は堂々と振り向いた。

 こういう時にコソコソしているとかえって怪しく見えるものだ。

 まぁそうでなくとも十二分に怪しいが。

 なにせ誰もいない学校の校舎に煤けた顔の男が一人。

 完全に不審者だ。悪魔に召喚されました、なんて言い訳が通用するとも思えない。

 しかしまぁいくらでも言いようはある。



「すみません。実は通気口の掃除で――」


「ああ、よかった! 神通先生ですよね!?」


「ッ…………ええ!」



 俺は言いかけた言葉を飲み込み、彼女に同意する。

 嘘を吐くまでもなく、なにか勘違いをしてくれているようだ。

 駆け寄ってきた女性はこの学校の教師だろうか。頭の後ろで纏めた髪は老女のように白いが、その顔は非常に若々しく見える。そしてその服。白いローブ。

 まさかここもなんらかの宗教施設なのか?

 しかし疑問を口に出す暇もなく、女性は俺の腕を掴んで歩き出す。



「大変でしたねぇ。来る途中、ドラゴンが事故にあったとか」


「あー……はは」



 ド、ドラゴン? なにかの専門用語か?

 意味が分からない。厄介だ。こうなると否定することも肯定することも難しい。曖昧に笑いながらついていくほかない。

 やがて彼女の正体が分かった。

 案内されたのは校長室。その立派な革張りの椅子に彼女は座った。

 もしかすると見た目よりも年齢を重ねているのかもしれない。美魔女ってヤツか?

 探り探りの会話を重ねるうちに、どうやら彼女は俺を新任の教師だと勘違いしているらしいと分かった。



「急な依頼でしたのに引き受けていただいてありがとうございます。ではさっそく雇用契約の説明とサインをいたたきますね」



 不味い。

 サインをするにしても新任教師とやらのフルネームが分からない。

 いっそ人違いであると白状するか? しかし下手なことを言えば――


 が、どうやら今日の俺はついている。

 学園長はしばらく机をゴソゴソ探っていたが、やがて苦笑と共に顔を上げた。



「私ったら、書類をしまい込んじゃったみたい。少し待っててください」



 そう言い残して、部屋を出ていく。

 助かった。

 足音が遠ざかるのを待ち、そして部屋から逃げ出す。

 幸い、時間が遅いためか校内に人気はなく、簡単に正面玄関に向かうことができた。

 外へ出て、校舎を見上げる。

 私立のおぼっちゃま学校なのか。まるで城のような豪華絢爛な建物だった。

 校門には「東京都立魔法学校」の文字。

 魔法。魔法? 魔法ってあの魔法か?

 ……声優の専門学校ってのがあることにも随分驚いたものだが、魔法学校の比ではない。

 堂々とアコギな商売をするヤツがいたものだ。

 カルト教団作ってたヤツに言われるのは屈辱だろうが敢えて言わせてもらおう。世も末だな。


 校舎は木々に埋もれるようにそびえ立っている。山の上に建てられているようだ。どんな田舎に飛ばされたかと思ったが、“都立”なのだからここは東京なのだろう。

 なら、この山さえ降りられれば案外早く都会に出られるかもしれない。


 眼下に広がる森を見渡す。

 夕日に照らされ、深緑の森が燃えているようだ。

 きっともうじき夜が来る。

 こうなると、少し欲が出てきた。

 こんな格好で夜の森を行くのは危険ではないか。なにか羽織るものでもあれば。できれば食べ物も。

 俺は踵を返し、人気のない校舎へと戻る。

 その判断が良くなかった。


 更衣室。

 人目をはばかるにはうってつけだ。

 だから俺もそこを選んだし、彼らもそうしたのだろう。

 間抜けにも扉を開けてしまった俺に、四人の視線が一斉に向く。

 多分この学校の生徒だろう。

 よくある光景だ。ボロボロの小柄な少年と、彼を囲む大柄な少年たち。イジメの真っただ中ってところだ。



「た、助けて」



 少年の一人が藁にも縋るように手を伸ばす。

 俺はにっこり笑って扉をそっと閉めた。



「お邪魔しましたー……」


「そんな! 待ってよ!」



 教師ならすぐに止めるべきなのだろうが、あいにく俺はただの詐欺師で不法侵入者。

 すまんな少年。頼る相手を間違えるな。

 が、俺の思惑に反し扉は閉まらなかった。見えないなにかが押さえつけているかのようだ。

 その力はやがて俺自身にも及んだ。

 背中に蹴飛ばされたような衝撃。地面に倒れた瞬間、ビクともしなかった扉がひとりでに閉まる。



「見たな」



 あり得ないものを見た。

 普通、イジメっ子の持ち物といったらハサミとかカッターとか、まぁ酷くても精々ちっちゃいナイフくらいなものだろう。

 ……手品か?

 少年の一人が手に持っていたのは、火の玉だった。


 ――――東京都立魔法学校。


 この学校の名前が脳裏を過った。



「ま、まさかな」




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