14、捕食者
もぐらは大食いであると聞いたことがある。
食べ物がないとすぐに餓死してしまう。主食は地中の虫だが、牛サイズのもぐらの空腹を満たすには不十分だろう。
で、ちょうど良いところに手頃な餌が現れた。
俺である。
お陰でもぐらに追われるという前代未聞の危機に陥っている。
言うなれば逆もぐら叩きだ。
俺を狙ったもぐらが足下からボコボコ出てくる。魔法使いであれば空でも飛んで逃げれば良いのだろうが、なんの力も持ち合わせていない人間は泥にまみれながら地面を這うように逃げる他ない。
これも全部クソ悪魔のせいだ!
俺は恨みを込めて黒い影を見上げる。が、頭上にいたのはネムネムではなかった。
足下のもぐらにばかり気を取られて、空から迫ったそれに気付いていなかった。
ドラゴンだ。
かぎ爪が俺のシャツを引っかけ、足が地を離れる。
「ひいっ……やめろ! 助けて!」
「おいおい、暴れるなよ。落ちるぞ」
頭上から声がする。どうやら野生のドラゴンではないようだ。
背中に誰か乗っている。
捕食ではない。助けてくれたのだ。
校舎からさらに離れた森の奥。少し開けた場所にドラゴンは着陸した。
「大丈夫か? なんで魔法を使わないんだ?」
「魔力切れで。なにぶんもぐらの数が多くって」
俺は適当な言い訳を口にしながら胸を撫で下ろした。
ドラゴンから降りてきたのが知らない人間だったからだ。
これが教職員なら大変だった。“エリート魔法使いの神通先生”がもぐら一匹倒せないことの言い訳を考えなければいけなかったから。
ドラゴンから降りた男も、まさか俺が教職員だとは思わなかったようだ。
「用務員さん? 実は探してる人がいるんですけど」
学校しかない狭い島だ。
島民の顔はみんな知っている。見たことのない顔ということは島外からの客ということだ。
誰かを訪ねてきたのだろう。
が、男が口にした名前に俺は笑顔を保つことが難しくなった。
「神通光って教員はいます?」
「……どんなご用ですか?」
「用ってほどじゃ。学生時代の友人なんです」
サッと血の気が引いていく。
神通の友人ならば、きっと本物の神通の顔を知っている。
俺が神通を騙れたのはこの学校に本物の神通の顔を知っている人間がいなかったからだ。
彼には俺が偽物だって一瞬でバレてしまう!
「ご、ご本人に連絡はしましたか?」
「いえ、近くを通りがかったのでフラッと寄ったんです。もう何年も会っていないんですよ」
男は笑顔でそう答える。
神通本人とすごく親しかったという訳ではなさそうだ。
ならば。
「神通先生なら赴任していませんよ」
「え? そんなはずは」
「先生は亡くなられました。ドラゴン騎乗中の事故で」
俺は落ち込んだ顔を作ってそう言った。
これ自体は嘘偽りない事実。学校関係者でもないただの友人ならば“神通”という名前の人間が学校の教員として勤めていることなど知りようもない。
現に、男に俺の言葉を疑う様子はなかった。
「し、死んだ? 神通が……?」
「ええ、まだ若く才能ある魔法使いでしたのに、残念で――」
「新しい教師は!?」
男の目の色が変わったのが分かった。
噛みつくような勢いでこちらへにじり寄る。
「新しい教師は誰が赴任した? そいつに――いや、別の魔法使いでも良い。最近変わったことはなかったか?」
なんだ?
旧友が死んだんだ。取り乱すのは分かるが、この取り乱し方は一体。
「変わったことって言われても」
「そうだな、例えば……妙に独り言が増えたヤツとか」
ドキリとした。
思わず言葉が口をついて出る。
「悪魔を探してるんですか?」
瞬間。男が俺の胸倉をつかんだ。
マズい、と思ったときにはもう遅かった。
「お前、一体なんなんだ?」
言ってはいけないことを口にしてしまったらしい。
しかしどうしてそれを言ってはいけないのかが分からない。よく分からないまま、俺は嘘をついた。
「あなたと同じですよ」
「……まさか、お前も悪魔との契約を狙っているのか?」
なるほど。悪魔との契約希望者か。
俺は情報を一つ得た代わりに、一歩死に近付いた。
男がナイフを取り出したからだ。
「ま、待ってください。俺は別に敵じゃ」
「悪魔は狙った契約候補者に執着して憑きまわる」
ハッとして空を見上げる。
執拗に憑きまとう悪魔ことネムネムがこちらをジッと見ていた。
「契約者、あるいは契約候補の悪魔憑きを殺して俺が契約をする。誰にも渡さない!」
俺は戦慄した。
彼の言う悪魔憑きとは、つまり俺じゃないか。
どうする。どう立ち回れば殺されないんだ?
鼻先に迫るナイフを見つめながら俺は慌てて口を回す。
「待て待て。俺も必死になって探したが見つからなかったんだよ! この島にはもう悪魔はいないんだきっと」
「そんな話信じるかよ」
ネムネムがふわりと降りてきた。
その緑の目は営業チャンスを見逃さない。
すかさず契約書を差し出し、甘い声で囁く。
「私と契約すればこんな魔法使い簡単に倒せるよ」
最近は契約の迫り方がだいぶ悪魔じみてきた。
しかし俺だって負けるわけにはいかない。
「分かった。本当のことを言う」
といいながら、俺は嘘を吐いた。
「俺は契約者の目星がついている」
「……なに?」
「共闘といかないか?」
男が怪訝な表情を浮かべる。
俺は必死に頭を回しながら唇を舐めた。