入学式
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入学式前日私は寮にいた。これから私の生活は寮と学校、休みは家の交互になる。この選択を初めにしていたのは、後々私にとって重要だったと思う。
何故前日から寮にいるのか、それは入学式の集合時間が早いからだ。
「和音。你明天幾點去入學典禮呢?【和音。明日は何時から入学式なの】」
「七點半【7時半】」
「七點半!?那麽早!阿~有可能是五專生也在【7時半!?早いね!あー五年制の子もいるからかもしれないね】」
「應該是吧?【多分ね】」
そう朝7時半集合なのだ。
私の通う大学は、四年制と五年制、夜間部と分かれているため人がとても多い。
ちなみに私は四技企業管理系【四年制の企業管理科】。系は「科系【学科】」の事だよ。
翌日起きて、身支度を整えたは良いが――
「本当にこれで大丈夫なのだろうか」
日本で大学の入学式って言ったらスーツ。臺灣はどうなのか分からないからお姉さんに聞いたらなんと
「スーツなんて着なくて良いよ。本当になんでも良いよ。適当でいいジーパンでも短パンでも」
と言われたのだが、なんか不安なのでカッターシャツに濃いめのジーパンにした。だが学校について思ったのが
(みんな本当に(スーツと比べると)適当だ)
短パンにTシャツの子もいればジャージの子もいるなんならサンダルの子だっている。制服着ているのが、五年制の子達、ここでとても羨ましいって思ったのが臺灣の制服だ。
学校名と学籍番号の入ったカッターシャツに黒のスラックスしかも男女関係なしに、後々同級生に聞いたら臺灣の高校は女子はスカートとズボン好きな方選べるらしい。
小学校や中学校に至っては、日本で言う学校指定の体操着に学籍番号が入ったものを着ている子が多い。学校指定の制服もあるそうなのだが、曜日ごとに(この日は制服、体育ある日は体操服)指定している学校と生徒の自由にしている学校とで別れているらしい。
日本だと冬は寒くてもスカート、体育は着替えないといけない。暑くても寒くても我慢だ。もちろん制服は可愛いのだが、女子にもズボンの制服という選択肢が欲しいと冬場何度思ったことか。その点臺灣は選択できる。小学校と中学校は、体育も着替えなくて良いのだから羨ましいって私が思うのも無理ないよね。名札が無くて、学籍番号が縫い付けてあるのも良い。犯罪防止にもなるし、正直名札のピンが危ないとよく思っていた。
そんな事をひしひしと考えていると、体育館の舞台に老師が立って歌い始めた。後で歌う校歌を教えてくれているのだが、マイクの音割れが酷く何を歌っているか聞き取れない。一ヶ月の間に同じ学科の友達が出来たのでその子にも聞いたが、その子も聞き取れないのだ。30分も、頑張ってる老師には悪いのだが、校歌は歌えそうにありません!
入学式自体は、みんなに合わせて立ったり座ったりお辞儀しているだけで良かったのだが、後半に差し掛かってみんなと一緒に立ち上がったはいいが次に聞こえてきたのは「鞠躬三次」だった。「鞠躬」って何?と私が考えていると、周りの生徒たちが一斉に姿勢を正し、「一次【一回】」「兩次【二回】」「三次【三回】」と掛け声に合わせてお辞儀をしだした。
(え!?何事!?)
私の頭の中は大パニックである。人生で初めてここまで頭が真っ白になるくらい驚いたのだ。きょろきょろと周りを見回していると、数人いた私と同じように周りを見ている人、言わずもながすべて外国から来た子たち。それが終わった後席に着くと、私は隣にいた同級生に先ほどのお辞儀騒動を聞いたら。舞台の方に飾ってある臺灣の国父である孫文の写真にお辞儀していたとの事。「鞠躬」とはお辞儀することらしい。因みに後日お姉さんに、この話を言うと大学でやってるところは珍しいって言われ、まぁ初めて見たら驚くよねと笑いながら言われた。
式典が終わり夏とは向かい側にある建物の教室に行く、今学期は主にこの教室をメインに使うらしい、今建て替えている場所が出来上がったらそちらの建物で授業することも増えるそうだ。
教室で何をやったかというと、先輩主導で自己紹介だ。因みに私のいる企業管理科は四年制は出来て3年目らしいなので、一番上の先輩が3年生である。
自己紹介は、名前と出身高校を言ってるみたいなんだけど、早すぎて聞き取れないのと、名前がね……みんな似たような発音に聞こえてしまい。私はクラスメイトの顔だけとりあえず覚えることにした。
私の自己紹介の番になったので、ササっと立ちあがって前に行き
「我是天野和音。來自日本。請多多指教【天野和音です。日本から来ました。よろしくお願いします。】」
「企業管理系有日本人了~【企業管理科に日本人が来たぞ】」
大拍手と共にものすごく歓迎された。日本で知られている通り、臺灣は親日家が多い。
それにも理由があって、日本が臺灣を統治(植民地)していた時代に、臺灣の港・鉄道・道路・学校・ダムなどの経済が活性化したから良い印象が残っているだけで、中には自分たちの住んでいた場所を追い出された原住民とかもいるから全部が親日家かと問われたら大多数がという答えが無難なのかもしれない。「え?全部私たちが生まれる前とかの昔の事でしょ?」って私たちみたいな戦争があった時代を生きていない人は思うかもしれないけれど、いろんな国で、それぞれ日本に対しての印象が違うのは、過去に臺灣みたいに良い事で終わった所がある反面、虐殺とか差別とか酷い事を他の国でしていたのも1つの事実として、知ることが大事なんだなぁって思うの。それを繰り返さにために今の私たちが出来ることを考えるのも1つだよね。
今では日本の文化やアニメ、ドラマが好きで日本に興味を持つ人も多いし、だから日本人の知り合いや友達が欲しいと思う人が沢山いる。日本人が海外のお友達が欲しいって思うのと同じ感じだね。
でもここで1つ思ったのが、彼らの中の日本人は今私だけなのだという事、言い換えれば私のとる行動や言葉がすべて日本人としての印象を与えることになってしまう。大げさだと思うけれど、他に接する人がいなければ、テレビや本で知った知識以外は、未知の国なのだ。私たちが海外を知らないように、その逆もまたしかりってね。海外にいる時は、自分が日本人の代表なんだと自覚を持たないとダメなんだなぁとこの歓迎ムードの中すごく思った。
(日本の良さと臺灣の良さどちらも活かせれたらいいなぁ)
自己紹介中に分かったのが、私のほかにタイ国から来ている子が3人ともう一人は今日は来ていなかった。
(みんなと早く仲良くなれたらいいなぁ)
私はそんな期待を寄せながらその日を終えたのだった。
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