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メイドはまだ笑わない〈癒らし聖女の異世界戦線過去話〉

 西暦2442年 某日 11:00


 季節は真夏、うだる様な暑さだ。


 アメリカのとある大スラム街。


 どんなに世界が変ろうとも青い空は変わりはしない、荒地に200年くらい前の人が伝染病を恐れて差別した人間を幽閉するために作られた元巨大隔離施設。


 世界中に血管の様に張り巡らせられているその粗雑なコンクリートの四角い建物群はその本来の役目を終えた後ならず者達の溜まり場となった、世界中にそれは点在しいつしか『大スラム街』と世界共通で呼ばれる様になった。


 マフィアが特に隠れもしない、そんな異常な事態。

 しかしこの25世紀ではそれが普通であった。


 そんな荒くれ者や半端者やならず者でも一塊になれば必ず商売、つまり店も存在する。


 ここはそんな奴らのたまり場、酒を真昼間から提供する酒場だ。看板はない、そんなもの作ってもどうせ何かあったら配置換えしなきゃならないからだ、ここはマフィア御用達の酒場、そう()()()()()()()()()()()()()そんな所。


 ザ、


 知ってか知らずか。そんなヤバイ場所に一人の少年がやってきた。


 歳は10歳くらい、金髪碧眼美少年だ、しかし弱々しくはない。


 表情は怒り、凛々しくよく見ると多少ではあるが鍛えている様でガタイも多少はいい。

 多分クラスではカースト上位のキャラクターだろう、表情から察する精神的強さが表情に出ている。だが。


 だがここはガキが来ていい所じゃない。


「んだ?ガキ、ここはてめぇみたいなのがくる所じゃねぇぞ?」


 幼さの割に身長は160cmはあるが彼を囲っているならず者達は180cmはある。


 囲っている、8人の30代の男たち。全員マフィアの犬だ。


「どけ、お前らが魔術書を持ってるのは知っている、あれはお前らの様な馬鹿が持ってて良いものじゃあない!金はやるから俺が買ってやる!そうお前らのリーダーに言え!」


 腕を組み、一切怯む事なく言った。

 実際は怖がっているだろうがそれ以上に彼は怒っているのだろう、そうでなければ足を震わせその場に倒れているだろう。


「このガキ!短パンのくせに生意気だぞ?」


「どっかのいい所の坊ちゃんみてぇな格好じゃねぇか?あん?」


「ぶちのめされたくなかったら帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」


 全身西部劇のカウボーイの様な動物皮の服の浮浪者達が貴族の坊ちゃんに因縁つけてる様に見える。だがここは荒野ではなくセメントで固めた床に薄暗い質素な建物の中だ、ここで誰が死んでも保安官などはやってこない。


「今みんなピリピリしてんだ!こんな時にめんどくせぇ事運んでくんな!マジで帰れ!」


「そんなわけに行くか!あの本は私が買うと言っている!」


 実を言うと少しびびってて店内の玄関ドアから一歩も動けないのだ。


「あーあのな!分かってねぇ様だから言っとくけどな!ここではここのルールがあるんだよ!てめぇ一人がボディガードなしに来ても門前払いなんだ!交渉したいなら自分の身を守る奴を連れて来やがれってんだ!」


「そんな奴!金出しても来てくれなかった!このスラムって言った途端にな!」


 そうだ、公的機関は警察も含めボディガードすらここには来させない、ここ大スラム街ではまともな通信ができない、妨害電波が発生し通報もできない、法律が通用しない、しかし外部通貨は紙幣と貨幣が流通している。

 そして彼は何の荷物も持っていない。


「ガキ、まさか電子マネーで交渉しに来たのか?頭悪いぞお前」


「こう見えても私は大卒だ!天才だからなっ!そんな私に馬鹿だと!」


 通信が出来ないと言うことは現物のカネでしか交渉できない。


「馬鹿じゃねぇなら無謀だ!」


「交渉用の紙幣は持ってきたけど変なメイドに盗まれた!防犯で足に手錠かけてたのにまさか鎖を素手で両断されるとは思わなかった!」


「メイドぉお?」



 男達の目が険しくなる。

 彼らは知っている、少し有名な奴らしい。


「お前まさかあのメイドの関係者か?」


「?何だ、あのメイドを知ってるのかお前ら!教えろ!返してもらう!」


 どうやら無関係らしい。


「帰れクソガキ」


 四人で少年を持ち外にぶん投げた。


 ドサぁああ!


 しかし少年は怯まない、すぐに体勢を整えてドアに向かっていく。


 だが。



「待ちなさい、少年」


 後ろ襟首を猫の様に掴まれる。


 綺麗な澄んだ女性の声、若い声だが少しハスキーな音質で少し威圧している。


 彼女はメイドだった。


 一眼でわかる、メイド服。


 風俗にある様な肌けたデザインではない、黒地のメイド服に白地のエプロンを着たメイド。頭に黒いカチューシャをしている。


 しかし質素なそんな服だがそれを包む身体はムチムチだ。


 巨乳でくびれている、そして()()()


 高身長、おそらく195cmはあろう巨躯、そんな体に金髪碧眼の顔がついている。

 髪の毛はショートだが針の山の様に毛が立っている、おそらく髪質の癖が強すぎるのだろう。

 少年は見惚れてしまう、二度目だがその異様な姿は目についたら脳裏から離れない。


「あ!お前!!カネ!」


 そうだ、少年は彼女に金を盗られている。


 メイドは大きな黒いマントを背に羽織っている、恐らくそのマントの中に少年の荷物(カネ)があるのだろう。


「嗚呼、さっきの少年かちょっと見ない間に縮んだか?」


「スッとボケるにしてもその言い訳はないだろう?さっさと返せ!それは私があの魔術書を買うカネなんだ!返せ!泥棒!」


「再会するなりいきなり泥棒呼ばわりか、無一文になってしまえば諦めるだろうと思って盗んでやったんだが、まさかここまで来るとは」


 片手で持った少年を下ろして進む、無視だ。


「おい!!私のトランク返せ!!」


「駄目です」


 一瞥するがすぐに眼前のドアに向き直り突き進んで蹴る、ドアを壊す。


 その音を聞きつけて先ほどの男達がやってくる。



「てめぇこのメイドゴリラ!」


「今日という今日はぶっ殺す!」


 その姿を見た瞬間、様々な反応を見せて全員腰にぶら下げた銃を取り出して構える。

 その瞬間、メイドは怯まず前に出た。


 バキン、ぎゃり、


 銃声はしない、そもそも店内でそんな事をすれば彼らは彼らのボスに報復されることを知っている。それくらいことが逼迫しているということだが。


「いっでぇえっ!」「ちくしょう!」「うげえぇえ」


 腹に一撃、のど、手首、顔の人中と呼ばれる急所、繰り出された拳撃と蹴りで突かれて痛みで戦闘不能になった。


「愚かな、遠距離武器は遠距離でつかってこその武器、火線も考えず大人数で来るからそうなるのです」


 言うは易し、行うは難し。実際銃口を突きつけられてノータイムで8人を倒すなど彼らが銃を撃てなかったことを考えても不可能だ。


 その鮮やかな体捌きは少年の眼に入る。そして魅入ってしまった、そのカンフー映画顔負けの展開、日本で言うところの殺陣に。

 キラキラと目が光りゴリラとまで言ったメイドに羨望の眼差しを向ける、構わずにメイドはそのまま進んで店の階段を上がろうと狭い通路に進むが少年もついてくる。


「ここからは危ない奴らの巣窟です、貴方は帰ってママのおっぱいでも吸ってなさい」


 聞いていたのだろうさっきのゴロツキと同じセリフを言った、意味も思いやりも同じだ。ゴロツキ達だって少年の身を案じて帰らせようとしたんだから今の彼女と変わらず優しい一言だ。煽ってるけど。


「なぁなぁ!さっきのってクンフーって奴か?ブルースとかジャッキーみたいな修行をしたのか?まるで古典カンフー映画の早送り騙しシーンみたいな動きだったなー?」


 ものすごくキラキラした純粋な瞳でメイドを見つめる、少しメイドもそのキラキラに当てられて表情が緩みそうになった。


「少年は博識でありますね、今時の子は自動生成映画しか見ないと思ってました。まぁ私のさっきの動きは筋肉による純粋な暴力であって最小限の動きで最大の成果を得る功夫とは真逆のものです、筋肉こそこの世の真理にして最強の武器です、少年も少しは鍛えてる様ですけど鍛錬が足りません、もっと筋肉をつけてゴリゴリになりなさい」


 重力を無視した様な動き、落ちる速度を超えたまるで倍速された様な動きだったのを少年は見逃していない。力学的にあり得ない動きだったのを見ただけで理解できていた。


 スタスタと足早に階段を上がり、廊下に出ると部屋がいくつかある、一番騒がしい部屋に入るとそこに奴らが居た。


 下の階でのびてるゴロツキとは違う質の良いスーツを着た目つきの悪い3人のボディガード、真ん中正面にアロハシャツを着たボスと思わしき人間、そしてもう一人陰鬱な表情のボロい服を着ている男だ。


 ボディガードは下の酒場にいたゴロツキより体格もよく全員耳が鍛錬により潰れている、恐らく柔道などの経験者であろう事が想像つく。


 直立不動で相槌をうたせるボスは半袖のアロハシャツに金のネックレスと数個の腕輪、高そうな指輪と腕時計をしていてとてもガラが悪そうだ。


 そんな柄の悪いおっさんと対等に正面でソファーに座る陰鬱な長髪の男、ボスと違い肥えておらずかなりの痩せ型でガリガリと言ってもいい、不健康そうで目の下にクマもある。少しこの場に居るは異様な人間だ。


「あんだぁ?てめぇら、大道芸人は呼んでねぇぞ、メイド・・・・てめぇか最近ヤスの本を欲しがってるやべぇゴリラ女ってのは」


 ボスはメイドを睨む、メイドの巨躯を見て只者ではない事くらい分かってはいたが3人のボディガードが居るからだろう、強気である。


「大道芸人でもゴリラでもありません、交渉しにきました。今回は()()()()()()お願いですからこのトランクケースにあるお金でそこの男が持ち込んだ魔術書を売って下さい、でなければ強硬手段に出るしかありません」


 盗んだトランクでイキリ出した。


「それ私のカネじゃないか!!」


「拾いました、私のものです!」


「電車の防犯カメラで見たぞ!鎖を千切っておいてよくもそんな事が言えたもんだ!!」


 少年は無視してそのままマントの中のトランクケースを出して鍵前を指で引きちぎって中のカネを見せた。


「100万ドルは()()()()()これで十分でしょう?私も下でうずくまってるゴロツキみたいな目に合わせたくはありませんので交渉で済むならそっちのほうがいいです」


 人のカネでこの言い分である。

 少年は流石に開いた口が塞がらない、そのカネは全財産ではなく彼にとっては端カネだったがそう言う問題ではない、これが百ドルでも同じ反応だっただろう。


 しかし、それを知ってか知らずか。ボスの行動はたった一つシンプルな答えだった。


「そのカネ置いて出ていきな、命はとらねぇでやるよ」


 当然そうなる、その場の生殺与奪の権利が自分にあると()()()()()()者の反応はそんなもんだ。


 メイドはため息をする。


 分かってはいた、多分こうなるだろうと。

 そしていつもどおりにこの数秒後殺し合いになる。

 そして自分は行きずりのこの少年を守りながら、このマフィアを全滅させなきゃならないのだろう。


(両隣に側近より質の劣るゴロツキが計20人、全員武装はハンドガンのみ、うん余裕だ)


 問題は。


「ぶち殺せ野郎ども!!」


 ガチャ!!


 背後のドアから3人ずつ強行してくる。

 少年は反応できていない、だから仕方がないので持ってたマントでぶっ叩いて壁際に押し付けた。


「グヘェ!!」


 少年は潰れたカエルの様に惨めに倒れる。


 その間、たったの五秒。


 まず3人のゴロツキの襟首を掴む、右手に二人左手に一人、そんな無茶な持ち方で成人男性を持ち上げながら部屋の外に出てドアを足で閉めた。


 そして外から聞こえる阿鼻叫喚。騒音。呻き声。銃声。


 1分、静寂が訪れた。


 血と硝煙の臭いがドア越しに漂ってきた。


「ゴホゴホッ!ちくしょう!なんなんだあのゴリラ女!」


 少年が復活し、悪態をつき始めた頃それは終わっていた。


 ガチャ、キィ・・・・・・


 ドアが開く、ボスは予想している。


 メイドをぶっ殺した部下の姿を、それが今までの常識だ。


 否、常識だった。


「クソ雑魚なめくじですね貴方の手下は」


 メイドだった、服に一切血もつかず羽織っていたマントを手にしてメイド服の代わりにマントを血まみれにしていた。


 べちゃり、


 猟奇的に見せるためにあえてドア、壁に血をなすりつける。


「な、なんだとう?」


「命が惜しくば本を置いてけ、魔女の書、魔術書、魔界への書、その呼び名は様々だがそこのロングヘアの男が持っている邪教の書、それを置いていけ。この金はやる」


「ゲホッ!だからそれは私のカネだ!現金化するのにどれだけ余計なカネを払ったと思ってるんだ!」


 涙目の少年はさっきのメイドの奇行は見ていない。


「わ、分かった!おい!てめぇらもこのお嬢さんにてぇ出すんじゃあねぇぞ!」


 さっきの態度はどこへやら、3人のボディーガードでは歯が立たないと判断した、当然だ。

 彼らが戦って死んだら本当の詰み、王手をかけられた状態で抵抗する者は居ない、死んでしまうからだ。そういう判断のできない人間は集団のリーダーには相応しくない。


 しかしそこにいたロングヘアの痩せ男は彼女に勝てると思っている。


「ぐひ、グヒヒ大丈夫ですよグローネさん!この女は魔術師じゃない!銃を使わせた!発砲した!つまりコイツは魔術は使えない!魔術師である俺には勝てなぁああいっ!!」


 狂言、見た目通りの狂人だ。


「おいやめろヤス!さっきの見ただろう?おめぇの手に負える相手じゃあねぇ!!ここは大人しくその本を渡して金だけもらっとけ!」


「げききいい!グローネさんはいつもそうだ!そうやって俺を安く見る!俺は強い!この世界の誰よりも!」


 ソファーから立ち上がり振り返る、黒い半袖シャツにジーパン、そして右手に妙なデカくて分厚い本を持っている。


 そこまで3秒、彼女なら一気に距離を詰めてぶん殴ることもできた、そうしなかったのは念のためだ。


 彼がもし凄腕の魔術師ならカウンターを喰らう可能性があったからだ。



 バキ、メキメキべきょ!


 そしてその予想は半分は当たった、彼を中心に床のコンクリートがひび割れていく。


「魔術ですね」


「ああ、そうだ!!死ね!みんなしねぇ!!」


 鼻血と涙を吹き出しながら彼は叫ぶ、そうすると強大な地震がその建物だけを襲った。


 ザァアアアアアアッ!!


「やめろヤス!テメェのそれは範囲がデカ過ぎんだよ!!」


 掴みかかろうとしたがグローネというおっさんは建物の振動で動けない、否グローネだけではない。少年もボディーガードもみんなその場に倒れて何かにしがみついて自由に動けなかった。



 メイド以外は。



「もしかしてですがこれだけですか?」


「へ?」


 メイドは全然驚かない動じない。

 彼女は魔術を幾度も見てきた、邪教と断じてその芽を摘んできた、そんな彼女から見てその魔術は稚拙なものだった。


「貴方、この建物を壊す気ですか?その後は?どうやって自分の身を守るのです?ちゃんと考えてます?範囲だけでかいだけでなんの意味もないですよ?因みに私は自衛の手段はあります、貴方のその魔術は自死するだけで私になんのダメージも与えません」


 淡々と冷静になってツッコミを与える、だがその煽りは逆に彼の心に火をつけた。


「煩い、煩い、煩い!煩い!煩い!煩い!煩い!うるさぁい!!僕は死なない!!」


 感情のままに魔力が放出されていく、自制の効かないそれは明らかな暴走だ。


「そうそう、全魔量を使い切ってくださいね」


 聞こえない様にメイドは小声で言った。



 ドッ!!!!



 その日、大スラム街から一軒の酒場が消えた。



 ◆



 粉砕、粉々、コンクリートの塊はまるで砂の様に分解されていた。


 魔力を産まれて初めて全開したヤスは一種の開放感に浸っていた。

 二階の高さから落ちて足を骨折していたがそんな事は問題にならないくらいの開放感。


「さいっこう♡だぜ!」


 勝った気でいる彼は醜い顔で赤らめていた、だが。


「成る程、物質を振動させて分子レベルで無機物を分解する力ですか、悪くはないですが私には通用しません」


「へ?」


 ごむ!


 砂煙の中から現れるメイドを確認するより速く、彼女の軽めの左ジャブが顔面にヒットする。


「がめおべらっ!!」


 軽く吹っ飛ぶと気絶した。


「なめくじ未満ですね、男なら筋肉を鍛えなさい筋肉は裏切りません」


 ため息混じりで捨て台詞をはく。


 パラ、パラ、


 太陽が空の直上から降り注ぐ、そして同時にカネが、1万枚の100ドル札が降り注ぐ。

 そんな姿を見た少年はその姿を美しいと思った、カネよりもそのメイドの姿に目がいってしまう。


 また少年はメイドに魅了された。


(それにしても私はよく怪我もなく、ってなんだこのマント!俺を包んでる?)


 魔法の絨毯の様に少年一人を包んだそのマントらしき布は漫画でいうオーラの様な何かの光を吹き出している。

 それは()()()魔術であった。


 そしてその中にはあれがあった。


「魔術書?さっきの男が持ってた奴?なんでここに?」


 考えるよりまず少年はその本を取り、中身を全てパラ読みで1秒、瞬間記憶能力で全て記憶した。


 そう、少年は本当に天才なのだ、そんなことは知らないメイドは安易に本と一緒に少年を保護してしまったのだ。


「少年」


「うわ!!」


 いきなり目の前に現れたメイドにビビり布の中から飛び出てしまう。


「こ、殺すのか!!」


「そんな事しません、っていうかなんで殺すと思ったんです?」


「この本!お前の事も書いてあった!お前十字教の亡霊って奴だろう?この本をマスターした奴を殺しにきたっていう、あ!」


 正直者の少年は余計な事を言ってしまう。


「全然違います、私は私を殺そうとしてきた人間以外は基本殺しません、というか今のパラ読みでそこまで見たんですか?少年は何者?」


「俺はジョージ•J•ジョンセン!世界一の天才!科学の申し子!史上ない発明家になる男だ!!知識になるものはなんでも欲しがる男だ!」


 少年は本当に天才だ、無駄に正直者で無駄に直情型という事以外は欠点などない、まぁその二つの欠点が致命的と言ってもいいのだが。


「ああ、思い出しました確か端末型テレビで見た事あります。確か汎用型超精密物理演算アプリを作ったとかでもうカネが有り余るほどあるとか」


「知らなかったの!?私超有名人なのに?」


「すみません、私体にナノマシンが入ってないので最近の情報となるとテレビを見ないと、どーも」


 ナノマシン。血中、細胞間にも入れる小さなマシンで病気を抑えたり目に見えない情報を教えてくれるマシンだ。

 この時代の人間はそのマシンを体に入れて情報交換をして端末機などを持たずにどんな事もできる。


 世界中の人間が持っていて当たり前のもので体内にない人間など居ないはずだった、それが今までの常識だ。


「何もかもが常識外れだなアンタは、っていうかなんでメイド服なんだよ?」


「私は四ひゃ・・・・・・昔に仕えたお嬢様のメイドですので、この服は私の矜持であり私自身なのです、だから死ぬまではこの服は、洗う時以外は脱ぎません」


「ソレ1着しかないの?」


「同じのが拠点に十着以上はありますね」


「キモっ!!」


 ジョージは思いっきり嫌そうな顔をしている、理解できない変態は幾人か見てきたのだがこのメイドは群を抜いていた。


「別にキモくていいですよ、それよりも少年。それを見て何か変わりましたか?」


「ん?まぁ一応全部暗記したけど、うーんこれって要は読んだ人間を暗示やら催眠やらで洗脳する系の書物だろう?はっきり言ってこの手のものはよく読んでいる、オークションで無駄に高値が付いてお宝だと思ってたけどなんちゃないただの新興宗教の本だよ、がっかりだ」


「暗記した?いやそれよりも」


 本の魔術にかかっていない、邪教の本と呼ぶそれは中身が大事なのではない、それを読んだ人間を本に纏った魔術印で洗脳し魔術を発現させる装置なのだ。


 しかしそれが少年には効いていない。


(なるほど、影響されない種類の人間でしたか)


「少年は何か宗教をやっているのですか?」


「ん?いや何も・・・・強いて言うならこの世に神は居ないという無神教論者かな?」


「それは、無敵ですね」


「?まぁいいや、ハイこれアンタ欲しかったんだろ?私はもう暗記したから要らないや。」


 そう言いながら普通に手渡す。


 そして。


 しゅぼ、


「え?」


 目の前で本を焼却した。


 何処から炎を出したのかは不明だが。


「アンタそれ欲しかったんじゃないの?」


「いいえ、私の依頼人が『燃やしてくれ』と言っていたので、これで任務完了です、協力感謝しますよ」


 めらめらと燃えていく。


「本当にわかんないなアンタ」


 ◆




 14:00


 二人は全身強打して動けないマフィアの奴らを置いていきそのまま徒歩で大スラム街を抜けて最寄りの電車駅に行く。


 念のために駅員の人に問題は解決したことと警察への訴えを取り下げるためだ。


 そうこのメイド100万ドルを盗んだ大泥棒だからだ。


「お金は拾わなくて良かったんですか?」


「あのまま残っても命をかける程のリスクは負えないよ」


 銃を持った奴らと金の奪い合い、否正確にいうと取り戻そうとして死合う気など一切ない、そのおかげで今二人は相席で快速リニアモーターに乗れている。そう思うことにした。


「大スラムさえ出てしまえば無一文じゃない、大富豪に戻れる、あんな紙屑どうでもいい」


「少年は本当に規格外ですね」


「ずっとメイド服のアンタに言われたくはないよ」


 少年にとってはカネよりも知識、この世に魔術があると確認できたのが100万ドル以上の価値があった。


「アンタは魔術使えるんだよな?な?」


「はぁ、そんなキラキラした目で見ないでください、そういう眼差しに私は本当に弱い」


「なぁ私にも魔術使えるかな?」


「正しい師に巡り会い、14歳までに魔術に触れれば」


「じゃあさアンタが私に魔術を教えてくれよ!あの魔法の絨毯みたいに触れずにものを動かしたい!動力源がなんなのかわからねぇけどあれが出来れば科学はもっと進歩する!なんでこんな素晴らしい力が誰にも知られていないかったのか疑問だけど、なぁ!師匠!私は見込みがあるか?」


「・・・・・・嗚呼、君は自分に正直で嘘をつき難い性格だ、きっとその性格は君の魔導を深く先へ進めさせるだろう、君みたいなタイプは魔術だけでもなくどんな事でも前に進める、君はきっと最高の弟子になれるだろう」


(教えがいもあり、きっと最高の魔術師になれる・・・・・・だから)


 だから、少年を、ジョージを魔術に触れさせるわけにはいかない。



 魔術アビリティ


 催眠魔術『記憶改変』


 ※ステータス差のある格下の人間にしか通用しない。



 少年の前に手をかざしてオーラを当てる、記憶を読み取らず少年自身に自己催眠させる魔術。


「君はここで誰にも会わず、金だけ盗まれて帰る途中だ」


「・・・・はい」


 半目で今にも眠りそうな顔で答える。


 そして忘却する、今日これまでの記憶、魔術の存在。


 まだ名前も知らぬメイドとの記憶すらも。


『よくやったな、先程から私の魔術が効かなくて困っていたんだ。』


 白いフードを着た不審者、身長は170cmあるかないか、男性、肌は白く多分中身は普通に見かける様な一般人の顔だろう、深くフードを被っているのでどんな顔かは見えない。


 メイドは彼ら、もしくは彼女らを知っている。


 いくつも顔を持っているのではなく集団として存在する全てが一つの残骸なのだ。


「あの本、貴方の存在が記してあったそうですよ数を増やしすぎたんじゃないですか?それか人口を減らしすぎたか」


『それでいいさ我ら十字教は派手に活動しなければ、みんな大好き十字教、我らの教えの元みんな殺し合って椅子を取り合ってもらわないと』


「まぁどうでもいいです、金さえくれれば私は十字教に興味ありませんから信用できるのは筋肉とカネです」


 手を差し出すと白いフードは1万ドル程度の札束と布袋に入れた貴金属を差し出す。


『潤沢な褒賞は裏切りを防ぐ、ちゃんと死んだ信者からの正式に受け取ったものだから足はつかないよ』


 周囲に人はいる、だがその現場を見ているものはいない。誰もがそこの3人がいない前提で意識が向いていない。


 奪う様に受け取ると不快そうな顔を向ける。


『おいおい、そんな不機嫌な顔をしないでくれよ400年前はそんなんじゃなかったって聞いてるぞ?()()()()()()として仲良くしようじゃないか?』


「消えろ、残骸存在の一部、お前一人はただの人だろうが死人の復活者が、お前と私を一緒にするな」


『こりゃあ手厳しい、しかしその少年本当なら殺しておいた方がいい。かなりの有名人で英雄とまで呼ばれた科学者だ、そして魔術を目にして否定をせずに純粋に取り入れようとする向上心、危険だ。やはり今の内に殺しておいた方が・・・・』


 怒気、殺意、害意、今日は誰にも見せなかった彼女の感情。それが今白いフードの男に向けられた。


「消えろ、討伐するぞモンスターが」


 一歩二歩と後退する、何か口を開けば殺される。そう実感させるに足る表情とオーラであった。

 皮肉も言わずに彼はその場から消えた、それと同時に彼女は怒気を消してその場に眠る少年を慈しみの表情で見つめる。


「多分10歳にもならないでしょう、1()7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴方はまだ生きなさい出来ればおじいちゃんになって魔術魔法のいざこざなど知らずに幸せになるのです」


 ポンと頭を撫でた彼女のその表情を見た者は、居ない。





 ◆





 西暦2500年1月某日 19:00


 少年は老人となった、67歳で生きている。

 人生を謳歌した、彼は科学者であり世界の科学を進歩させた。


 彼は科学者。


 彼は世界一の富豪。


 彼は大スラム街と都会の間にある豪邸を買って自宅にしている。


「おーいキャロルさんや、腹が減ったから飯を作ってくれんかのー」


 老いた白髪、しわくちゃの皮膚、しかしその表情は少年の時の様に若い。

 彼はボケてなどいない、彼は未だ発明王だ。


「ご飯なら1時間前に食べたじゃないですかお爺ちゃん」


 冷徹に無表情で突っ込む。

 黒服にしとエプロン、黒いカチューシャで前髪を上げたメイドだ、195cmはありそうな巨躯、しかし出るとこ出て引っ込むとこは引っ込んでいるので辛うじて女性と分かる身体だ。


「1時間前に食べたのはおやつだろうが、何を食べたくらいは覚えてるわバカにすんなメイド長」


「はいはい、それでは準備してた夕食を持って来させますよ」


「用意してんじゃん、さっきのなんなの?」


「ボケ老人に相対する姑の受け答えです、日本の昼ドラとか言うやつで見ました」


「はー、そんなものよりカンフー映画を見なさいあれは良いものだ」


 いつもの様に軽い漫才を始める二人、その初めてのはずの受け答えにジョージは何か既視感を感じる。彼は生きてきた全てを覚えている、はずなのだ。

 忘れるなんてないはずなのに何かあり得ない既視感を感じたのだ。


「?なぁキャロルさんや、前にこんな事なかったかな?」


「ついにボケましたか、トドメは私が刺してあげます」


 手を手刀の形にして心の臓を貫く素振りをして脅す。


「ぎゃああ!君の筋力でやったら本当に抜き取られるじゃないか!ボケてない!気のせいだったよ忘れてくれたまえ!」


 慌てて訂正するジョージを後ろにしてそのただ広い部屋を出て行くキャロルという名のメイドは少し悲しそうな顔になっていた。昔を少し思い出したからだ。


(思い出さなくて良かったんだ、私も貴方も)


 彼女は2442年の時を思い出していた、彼女はあの時と一切変わっていない。

 老いない、それが彼女の特性であり、過去の彼女の目指した到達点、しかし今は・・・・・・。


 バタン、


 部屋を出てすぐにおもいだす、あの残骸達のひとりの言葉。


『ジョージ•J•ジョンセンは世界に魔法をもたらしうる存在、その動向を付き人としてついて行き、懸念が現実になりそうなら殺すべし、紅の錬金術師としての矜持をかけてこの任務を遂行すべし』


 彼女は歩く。


 邪教である魔術を、魔法の伝搬を食い止めるために今日も動く。


 彼女は情に流されにくい。彼女は悲劇を知っている。彼女は若者の死を嫌う。彼女はメイドである。昔の400年前に一回だけとある女主人に仕えただけのメイドである。


 そして今彼女は二度目の従事を重ねる。


 今の彼女はジョージのメイドである。


 彼女は闇を歩く世界の奴隷だ。


 しかし、彼女は・・・・・・。




 メイドはまだ笑わない。




少年はまだ何も知らない。

だが……。



========================================



※2021年2月10日より本編を投稿します。


癒らし聖女の異世界戦線 〜魔法少女? 俺は男だ! 女じゃねぇ!! 〜【ケンゼン聖女版】


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