表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ある時計屋でのできごと

作者: よもやま

ふらりと立ち寄っただけの私は、今の状況に困惑していた。

目の前では二人の男が激しく言い合いをしている。今にも取っ組み合いを始めそうなほどだ。

「だからあれはもう作っていないといっているだろう!」

初老の男が怒鳴る。

「そこをなんとか!お金なら出せる限り出します!なんとかして、作ってください!」

若い男がたのみ込む。

さっきから堂々巡りだ。不運にもこの場に居合わせてしまった私はどうしたものかと頭を抱えた。


事の始まりは、あるひとつの商品。

一人の男が、妻へのプレゼントにと時計を探していた。

妻がほしがっているものを探していたのだが、その時計は型が古く希少で、今ではどこの店でも置いていなかった。

肩を落として商店街を歩いていると、視界の隅に古ぼけた看板が掠めた。

吸い付かれるように、その店の窓を覗き込む。

そこには、今の今まで探していた時計があった。

時計を見つけた男は、すぐに店に入り店員にあの時計の値段を聞いたが、今はその店は店として機能しておらず、売ることはできないといわれてしまった。

店員と思っていた人物はその家の娘で、その時計は自分の祖父のつくったものなのだと教えてくれた。

男はそれではその祖父と交渉させてくれとその場で頼み込んだ。

娘は最初は困惑していたが、事情を聞くと喜んで協力してくれるといってくれた。そうして、娘の協力を経て、男はその祖父と対面し、今に至るという。


私は妙な使命感を持ち始めていた。

さっきから一言も変わらぬ堂々巡りの彼らのやり取りを、なんとかしなければと。

隣で彼らのやり取りを眺めていた娘さんにどうしてああ頑なに作るのを拒んでいるのか聞いた。

彼女は、詳しい話は少し長くなりますよ。といすを二つ持ってきて私に座るように促した。

目の前で今にも取っ組み合いが始まりそうなのに顔色ひとつ変えず平然としている彼女が不思議だった。

不思議そうにしている私に気がついたのか、彼女は

「看板が、出たままでしょう? よくあの男の人みたいに時計目当ての人がくるんです」

と言って微笑んだ。

そういえば、もう店として機能していないのに、看板は出たままだ。看板をしまうには困らない大きさだったのだけど、それにも理由があるのだろうか。

私は、さっき長くなる。といっていた時計を作るのを拒んでいる理由を、話してもらうようにお願いした。

彼女は話慣れているのか、ごほんっとひとつ咳払いをして話し始めた。


彼女の祖父は、三人兄弟の末っ子だった。

時計を作る夢をあきらめて違う職についていた彼の父は、息子たちに自分の夢を託したがっていた。

ところが彼の父は、ひどく不器用で知識はあれども技術を教えることはできなかった。難しい専門用語を羅列するだけの父の講義は、子供心に何一つ届くことはなく、二人の兄も自分も瞬く間に興味を失っていった。

時がたち、彼が高等学校へと上がった頃。彼は町の時計塔の構造について本で読んだ。そこには、過去に父が語ってくれた専門用語が並んでいた。少しだけ理解ができる様になっていた彼はあっという間に時計の仕組みや構造にのめり込んでいった。

彼の父はそれはもう喜んだ。なにせ彼は彼の父とは違ってかなり器用だったからだ。

彼の足りない知識も父が補い、父の知識を彼が形にしていった。

いくつもいくつも、時計を作っていくうちに既存のものでは我慢できなくなった彼らは、彼らだけのオリジナルの時計を作ろうと考えた。構造は既存のものだったものの、世界で二つだけのオリジナルの時計は彼らの宝物で、彼らはいつも持ち歩いていた。

ある日、彼らの宝物を羨んだ一人の若い女性が、彼らの元へやってきて彼らの宝物をべた褒めしたあと自分にも作ってくれないかと言ってきた。彼らは自分たちの宝物が彼ら以外に認められた事がうれしくて、彼女に喜んで作ってあげた。

その数日後、彼らの元に再び女性が現れ時計を盗まれてしまった。許してほしい。と泣きながら謝りにきた。

不憫に思った彼らは、気にしないでいいと同じように時計を作り彼女にプレゼントした。

その数ヶ月後、今度は一人の男が訪れ、以前作って渡した彼女の時計を見てうらやましく思い、その時計を渡して自分の彼女にプロポーズしたいのだと言った。

彼らは二人を祝福し、喜んで作った。

その時計を最後に、彼らのに時計を作ってほしいという人は訪れなくなった。


数年後、既存の時計のみの小さな時計屋を営んでいた彼らが町を歩いていると、ある商店に彼らの時計が高値で売られているのを見つけてしまった。

彼らはすぐに店主へ詰め寄り、自分たちが作ったものであることとすぐに時計を下げてほしいことを言った。

ところが、店主はその時計はある得意先から仕入れているものでその得意先の手作りであるのだと言った。彼らはさらに得意先のことを問い詰め、すぐに連絡し会いに行った。

得意先の住所には豪邸が建っていた。大きな門をくぐって、時計を作っているという張本人に会うと、昔時計を作ってほしいとやってきた女性だった。

当時より幾分ふくよかになった女性は彼らを見ると少し驚いた顔をして、しかしそれをすぐにいやらしい笑みへと変えた。

「あら、先生方。ようこそおいでくださいました。どうですかこのお家。とても立派でしょう?」

彼女は大きな口をあけて笑い、部屋の外に人間がいないことを確認すると彼らが問い詰めたいことを話し始めた。

「あなた方ももうお気づきでしょうけど、あの時の涙はうそ。でも最初にあなた方に作っていただきたいと言ったときの気持ちは本当よ。けれど、あの頃私の家はとても貧乏だったの。どうしてもお金が必要で、あなた達からもらった時計を売ったらたくさんのお金にかわったわ。それからはお金しか見えなかった。あなたたちの時計はお金になる。けれど、それをあなたたちにいっても作ってくれなかったでしょう? だから、手口は悪いけれど、ちょうどいい理由をつけて作っていただいたのよ」

三つほど売ってしまったところで、その必要もなくなってしまったけれど。とまくし立てるように話し終わると、彼女は紅茶に口をつけた。

話を黙って聞いていた彼らは、名前の知らない感情に打ち震え言葉を紡ぐ事ができなかった。

この日を境に、彼らは時計を作るのをやめた。だが、彼らの宝物だけはいつも彼らの傍にあった。彼の父が亡くなったとき、棺おけにはもちろんその時計が入れられた。



「私この話に、五つの時計って題名をつけたんですよ」

話し終えて満足したのか、彼女は微笑みそういい、席を離れた。

話を聞いて、私は合点がいった。過去に最初は違ったにせよ作った時計を売りさばかれていたとなれば、誰かに作りたくも無くなる。

同じように売りさばかれないとも限らない。きっと今は昔より高値で取引されるんだろう。

ひとり思考をめぐらせていたところに、彼女がお茶を持ってきてくれた。なんだか気を使わせたのだろうか。申し訳ないことをした。

お礼を言ってお茶をいただく。やはり、入れなれているようでおいしい。

さて、事情を知ったことで余計に(私の中で)複雑になったこの状況をどうしたものだろう。

若い男のほうがあきらめてくれるなら、そのほうが平和的に解決できるるのではないだろうか。

気持ちがこもっていれば、別に欲しがっているものでなくてもいいのではないだろうか。まあ多少好みである必要はあるだろうが。

今の今まで懇願しているほどの執着だ、こちらも「欲しがっていたから」なんて理由だけではないだろう。しかし、今の彼らの中に入るのは少々勇気がいるが、私にその勇気があるのだろうか。ええい、侭よ。

「あのー、白熱してる中申し訳ないんですがー」

全く勢いの衰えない言い争いの中に私ののんびりとした声が割ってはいる。あまりに覇気がなくて後ろで娘さんが噴出した。

二人の耳に入るとは思っていなかったが、意外にも届いたようで言い争いがぴたりととまった。二人ともこちらを見つめてくる。

うう……気まずい。

私は、若い男のほうを手のひらで指して切り出した。

「あの、そちらの方にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

乾いた笑いを顔に貼り付けて、できるだけ愛想良く言ってみる。

今この状況で私の参入は予想していなかっただろうから、二人とも目が点といった風情だ。

「僕……ですか? ええと、なんでしょう?」

年の差だろうか、若い男のほうが先に我に返った。

「ええと、話は彼女から大体聞いたんですが、どうも気になってしまって」

若い方の彼は、彼女を一瞥してはぁ。と一言だけ漏らした。

話をしてくれた彼女はさっきのことがツボに入っているのか笑いが止まらないらしい。すこし恥ずかしくなってきた。

「私には、あなたがそんなに必死に懇願するほどの理由には思えないんです。奥さんへのプレゼントとはいえ、欲しがっていたものがわたせなくても、事情を話して気持ちがこもっていれば……」

私の言葉は、彼の「それではだめなんです!」という言葉にさえぎられた。

やっぱり、ほかに理由があるみたいだ。

笑いの止まらなかった彼女も、予想外に大きな彼の叫びに笑いが引っ込んだようだ。

彼女の祖父は、現状が理解できていないままどうして彼が叫んでいるのかもわかっていないという風情。

「……どうしてだめなのか、聞かせていただいてもよろしいですか?」

私はできるだけ丁寧に聞いた。

彼はゆっくりと口を開いて話してくれた。


彼の妻は、床に伏せていてもうすぐ命が尽きてしまうらしい。

高熱で意識が朦朧としている彼女がうわ言で時計が見たい時計が見たいとつぶやくので、彼はどんなものなのか必死で聞き出した。

彼女は過去にそ時計を売ってしまったことをひどく後悔していると言ったのだそう。そして、もう聞き取るのも難しくなった言葉で今まで彼にしたがらなかった過去の話をしたのだという。


その話を聞いて私は驚いた。

彼の妻はさっき聞いた彼女の祖父の話に出てきた女性だったのだ。

彼女の祖父も驚いているようで、目を見開いて口を半開き。なんとも間抜けな顔だが、私も同じような顔をしているのではないだろうか。

予期せぬ事実の発覚に、私は困惑した。

これは……彼の妻はかわいそうだが、彼女の祖父を作ると頷かせるには難しい話だ。

彼女の祖父は案の定作りたくないと言い出した。無理もない。

さて、どうしたものか再び頭を抱えかけた私は気がついた。

そうか、別にもうひとつ作る必要はないのだ。こんな簡単な事にどうして気付かなかったのだろうか。

「作るのではなく、貸す。というのではだめなのですか? とても大切なものなのはわかりますが、失礼ながら彼の妻ももう動けないという話なので、何をしようにもできないのではないかと」

一か八か、私は提案してみる。貸すだけとはいえ、自分の宝物を手放すのはこの人にとって相当のことだろう。

「あの女性は長くないかも知れないが、この男が返しに来るとはわからないだろう。そんなに簡単に渡すことはできん」

確かに言うことはもっともだ。

「なら、あなたが一緒に行くというのはどうでしょう。なんなら貴方が持って見せてあげればいい」

これでどうだ。道具だけを移動させずに自分が持っていけばいいのだ。顔見知りなのだし、行く理由には事欠くまい。何より時計を手放す必要がないのが、この人にとっての最重要だし作る必要もない。

若い方の彼もたのみ倒して、何とか頷かせた。

これで一件落着ですね!なんて笑ってる彼女はいつの間にか、人数分のお茶を持ってきていた。お茶いれは彼女の趣味なのだろうか。

なんだか私だけ場違いだったがみんなで一服し、そのまま二人を送り出した。

私はといえば、彼女の洗いものを手伝い、そのまま何事もなく帰宅した。

どうして、この店に来たのかと帰り際彼女に聞かれたが、私の目当てのものは二人の男と共に行ってしまったのだと言っておいた。


あの状況で譲って欲しいなんて言えるわけもなく、若い彼のように切羽詰った理由もなかったので、手に入れるのはすっぱりあきらめた。

手に入れるのは。だが。


以来私は時計を見にあの元時計屋へ通っている。

時計が動けないなら、こっちからいけばいいだけのことだからね。










ここまで読んでくださってありがとうございます。

ちょっと前に書いたものを今の自分なりに推敲して投稿しました。

こういう雰囲気の作品は初めてなので評価などいただけると参考になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ