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約束のラッパ

作者: 明日
掲載日:2019/06/26

6月26日なので




「お前がやったことは認めるんだな」

 警部は重々しくそう口にする。それに応えて、青年は静かに深く頷いた。

「そうです。僕がやりました」


 その言葉とともに、部屋は静まりかえる。五メートル四方の小さな部屋。中央に置かれた灰色の机は冷たく、卓上スポットライトの温かな光を浴びてなおひんやりと手を冷やした。

 コンクリートの壁に、空調の音が反響する。コチコチと、時計の秒針の音が大きくなったように警部は感じた。


 咳払いをし、警部は組んだ手を顎に当てる。

 警部が真剣な眼差しを向けようとも、青年には怯んだ様子は一切無かった。

 

「一体何故。何故、罪のない子供たちを」

「彼らにはまだ罪がないから、だからでしょう」

 溜め息をつくように、青年が言葉を絞り出す。その言葉の意味を上手く受け取れず、警部は唇を結んで目を左右に走らせた。

「もう一度、最初から君がやったことを説明してくれないか」

「……わかりました。最初から、といっても僕の子供の頃からになりますが」

「かまわんよ」

 子供の頃。その単語を初めて聞いて、警部の眉が動く。だが青年の滔々とした口調に、その発言が真実であると警部は察した。


「最初に『やれ』と言われたのは、十歳の時です」





 その日、まだ青年が少年だった頃。

 近所の廃材置き場になっていた空き地で、少年は三人の友達と遊んでいた。

 廃材置き場は少年少女にとってアスレチックに等しい。積まれた鉄骨を上り下りし、穴の開いたブロックの中に頭を突っ込み声を響かせる。錆びた鉄が手を擦ろうとも、それすらも自分が遊んでいると実感出来る感触だった。


 そんな足場の悪い場所で、鬼ごっこをするのもまた楽しい。

 瓦礫の中を駆け回り、時たま息を潜めて鬼をやり過ごす。物陰に隠れて物音を消せば、それだけで一瞬鬼から逃げられるようなそんな気がしていた。


 そうして遊んでいる最中。

 鬼から逃げ回る三人の耳に、ガアガアというノイズが届く。

 子供の好奇心は、集中力とトレードオフだ。すぐに鬼も巻き込み、そのノイズの発生源を突き止める大冒険が始まった。


「こっちか?」

「えー、でも、どれだ?」

 壊れたアンテナや、画面が割れたテレビを掻き分け、その中を探る。

 雨上がりの泥濘に、まだ躊躇無く足を突き入れることが出来た頃だ。一切の躊躇がなかった。


 小さな電子部品や鉄くずを地面に投げ捨て、ようやく少年は目当てのものを発見する。

 その音の発生源は、土に食い込んだ土管の中にひっそりと置かれていたラジオだった。

「これ?」

「何で動いてんだ? 電池とか入ってんのかな」

 ありふれた、黒色と銀色で構成された子供でも持てる小さなラジオだ。土管から引きずり出したそれは、少年の手の中で一際大きな音を立てたように思えた。

「ちょっと貸してみろよ」

 仲間たちの中で、一番背の高い友達がそれを掲げる。それからラジオのつまみを回し、どこかの電波を拾わないかと熱心に探り始めた。

 ノイズの音量が大きく変わる。そして、その中に人の声も混じり始めた。

「お? おお??」

『……こい……、……れて……』

 きっと何かのラジオ番組だろう。四人はそう思った。きっとこのラジオは何かの拍子で電源が入ってしまったのだろう。

『……何故、払ってくれないのか……かに仕事をまっと……』

「何の番組だろうな」

「知らね」

 真相がわかってしまえば、子供たちの興味もすぐに失せる。もはや、正常に動いているラジオに興味を持つ者はいなかった。

「続きしようぜ」

「おう!」

 背が高い友達はラジオの電源ボタンを押す。カチリというたしかな音。押し込まれたスイッチも元の高さに戻った。

 だが……。

「あれ? 消えねえ」

『……もう、こうなったら目にものを見せてやる。お前らの大事なものを……』

 先ほどよりも明瞭になった音。その、何かのドラマには誰も興味を持たなかったものの、その大人の男性の声にわずかに恐怖を覚えた友達は、ラジオを消そうと何度も電源ボタンを押した。


 ラジオから楽器の音が鳴り響く。

 その綺麗で、けれども何処か寒気を覚える音に、四人が同時に身震いをした。


「気持ち悪っ!」

 誰からともなくそう言い放ち、投げ捨てられるラジオ。強い衝撃でパーツが外れ、それで音も止まったように思えた。

 

「なあ、次は何やる?」

「そうだなぁ……」

 四人は意識的に、ラジオから目を背けた。


 だが、最後に少年は気になった。当時は知らない単語だったが、ホワイトノイズと呼ばれている音がまだ鳴っているような気がして。

 そこから離れようと歩き出す三人に遅れて、少年はラジオを拾い上げる。

 まだ何か鳴っている。まだ何かを、自分たちに伝えようとしている。そんな気がして。


 耳に当てて、確認をする。

 だがやはり聞こえてくるのはノイズだけだ。特に意味を持つようなものではなく、ただ壊れているのだろう、そう思い直した。

 そしてまたラジオを投げ捨てようとしたその時、また、ラジオが意味を成す言葉を少年に伝えた。

『……やあ、君だけだね。君だけだよ、僕についてきてくれるのは』

「……だれ?」

 明らかに自分に呼びかけているような声。ラジオ番組とは思いつつも、返事をしてしまうのは人の性というものだ。

「僕が誰かなんてどうでもいいことだ」

「何の話?」

 聞き返しても、当然声は応えない。だが、少年には何故かそれが会話をしているように思えた。

「いいかい? 君はとても良い子のようだから、教えてあげる。僕のラッパの音を聞いたら、すぐに耳を塞ぎなよ。これが一番大事なことだ」

「それを守らなかったら?」

「僕と一緒に楽しい場所に行くことになるんだ」

「なら、いいじゃん」

「二つ目。もしも聞いてしまったら」

 ラジオの音は一拍溜める。まるで、そこで唾を飲めとでも言いたげなように。

「君は約束を守らなければいけないよ。ずっと良い子でいないとね」

「約束って?」

「悪い子を懲らしめるんだ。僕と一緒にさ」


 サー、というノイズが大きくなる。まるで、彼の声を届けてはいけないとラジオが抵抗するように。


「三つ目。君が大人になって、それを聞いたら」

 ラジオの声が、少しだけ低くなる。電波の調子が合わなくなってきたのだろう、少年はそう思うことにした。

「大人っていうのはとても悪いものだからね。鼠より質が悪い……いやいや、これはどうでもいいことだ。ともかくそうしたら、近くの子供にそのラッパを聞かせてあげて。そしてそのとき、君がするべき事がきっとわかるから」

「僕は、そのとき何をするの?」

「四つ目。もしも、約束を守らなかったら」

 明らかな雑音が混じり始める。じりじりと、ラジオの機械が音を立てた。

「君も僕と一緒に楽しい場所にいくんだ。とてもとても楽しくて、きっとみんな一緒に楽しく過ごせるのさ」

「じゃあ僕も……」

「はは、歓迎するよ。それから、これは誰にも言わないでね。じゃあ、……」

 ジャ、という音とともにラジオが止まる。


 それからまた一拍おいて、低い低い女性のような声がした。


「覚えておいてね」

 

 

 ラッパの音が鳴る。

 長く、高らかな音。どこから聞こえてきているのかもよくわからない大きな音。


 少年は思わず耳を塞いだ。その音に、その声に自分にとって大事な何かを奪われそうな気がして。

 仲間たちが顔を見合わせ何かを喋る。強く耳を塞いでいる少年には何も聞こえなかったが、それでも戸惑っているのはよくわかった。

 やがて周囲の様子に音が止んだことを知り、少年は手を放す。今の音は、と仲間たちが口々に言うが、少年は説明できなかった。最後の女性の声が、耳に残っていたからだ。

 





「それから?」

 少年時代の思い出を口にしていた青年の言葉が、そこで止まる。それを見て取った警部がその先を促すと、青年は首を振った。

「三人とも、三日後に死体で見つかりました。覚えていません? 十二年前。○○県で、下校途中に小学生が三人同時に消えて、次の日に溺死体で見つかった話」

「ああ、あれが……」

 警部は絶句する。たしかにそんな事件があった。

 下校中の三人に声をかけている男性が目撃されていることもあり、人為的なものだと断定はされているが、それは未だに犯人が見つかっていない話だ。

 そして、彼がその生き残りだったというのもこの時初めて知った。

 

 そして、いや、と内心思って首を振る。

 下らない作り話だ。そもそも、彼が何を『やれ』と言われたのかも定かではない。

 少年時代、たまたま起きていた同年代の消えた事件。それをいまここで口に出して、ただ捜査を攪乱しようとしているのだろう。

 いや、しかし彼はもう自白している。子供たちをスーツケースに入れ、川の底へと沈めた連続殺人事件。その犯人が自分だと、名乗り出ているのに。


 これは、まさか。


「それで、何故今回は子供たちを?」

「刑事さん、話を聞いていなかったんですか。ラッパの音が聞こえたんです。事務所で、たまたま出た電話の向こうから」


 青年の様子に、警部は確信する。

 これは、心神喪失による無罪を狙った作り話だ。わざわざ子供の時の話をねつ造してまで、その話の信憑性を上げようとしている。

 くだらない。泣かせるような話で情状酌量を狙うならまだしも、まったく共感できない作り話で裁判を動かそうとは。


「今までも、何度も聞こえた。街頭テレビから、車のラジオから、風呂場のスピーカーから! その度に耳を塞いできたのに、今回は塞げなかった!!」


「……くだらない作り話だ。話はわかった」

 もう、青年の話を聞く必要はない。警部はそう判断し、入り口に立っていた警察官に顎で指示を出す。

「ああ、今度また調書にサインしてもらうからな。このふざけた嘘の話はこれっきりにしてくれ」

「嘘じゃない!」

 青年はいきり立つ。机を強く叩き、警部に食ってかかろうと身を乗り出した。

 警察官に腕を掴まれながらも、彼は懸命に訴える。その揺れで、卓上スポットライトが床に落ちて大きな音を立てた。



「だって、ほら、今もまだ鳴り続けているんです! あのラッパの音が、高らかに今も!!」


「連れていけ」


 警部の言葉に、部下の警察官が頷き動く。抵抗しながらも、二人に掴まれた青年は力尽くで引きずり出される。

「刑事さん!! 俺は……!!」


 バタン、と強く勢いよく扉が閉まる。その音を背に、警部はまた溜め息をついた。

 さて、それでは調書の作成に入ろう。そう思い、資料をまとめて席を立つ。


 明日からも忙しそうだが、今日はすぐに帰れるだろう。嫁も、小さな娘も、今日はきっと喜んでくれる。

 そんな安堵に警部の心が緩む。


 警部のポケットの中で、電話が鳴る。

 知らない電話番号。だが、この仕事をしているとたまにあることだ。

 緊急の電話だったらまずいか。まったく、早く帰れると思った矢先にこれとは。内心舌打ちをして、警部はその電話を取った。






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