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絵馬に願いを  作者: ニコル
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第3章 夜が明けるまで

玄関ホールの案内板の指示どおりに廊下を歩きながら友弘はふと考えた。この子は何故野犬に襲われていたのだろう?

そして何故コンビニの方に逃げて来ずこの学校に続く坂道に逃げてきたのか?

そして、あの野犬に何故自分が勝てたのか?

不思議なことはまだたくさんあった、それらの答えを今彼女に求めるのは問題だろう。

 なぜそう思うのか?

彼女は表向きは平常心を取り戻しているが、内心はきっとまだ興奮しているにちがいないから、それ以前に自分自身がまだ落ち着いてはいないだろう、こんな調子で彼女に質問すれば、きっと彼女にとどめを刺す発言をしてしまうだろう。

 それに彼女が全てを知っているはずがないのだから。校舎の窓越しに再び野犬達のうなり声が響きわたる。今はとにかく自分たちの安全を確保しなくては。


 友弘が心の中で言い訳をしながら、まだ名も知らぬ理恵とフォークダンスしている頃、それを知っていれば情け容赦なく、冷やかしたであろう人物たちは、コンビニで待機していた、彼らが待っていたのは、警察の到達であったのか、友弘の帰還であったかは永遠の謎となってしまった。ただ言えることは知弁学園の坂道に野犬に襲われている女性の姿が見えなくなったことと、輝也が呼んだ警察がまだ来ないために、一見すると何事もなかった様な平穏さを取り戻していた。

 徹はタバコを蒸しながら徐々に高まる不快感をこらえていた。それは彼があの車を買ってもらってから、ゼロヨンに参加していたからである。

 ゼロヨンとは、毎週土曜の深夜に和歌山港付近の広くて長い公道で行なわれており、当然のごとく付近の住民からの苦情により警察が来るのである。

 そのたびにゼロヨン族たちは猛ダッシュで四方八方に四散していくのだが、中に運の悪い人はパトカーに捕まるのである。

 幸運な事に徹はいままで捕まったことはないものの、彼の車のナンバーは警察にチェックされ彼自身の名もブラックリストに堂々の殿堂入りを果たしていたのであった。

 だからこそ、警察が来るという事実は彼にとっては恐怖以外のなにものでも成り得なかった。早くこの場を脱したい。

 徹の心の叫びに救いをあたえたのは輝也であった。

「帰ろう。」きびつを返し、友弘の家の方へ歩き始める、その行動に残り4人は無言で同意した。

 もうすぐ警察が来るのだから、彼らに任せておけばいいんだ、いまさら自分がしゃしゃり出ても、他のみんなはきっと安全なこの場を動こうとはしないだろう、つまり自分一人が危険な目を侵して友弘達を助けに行っても雪山で二重遭難するようなものだ、いや三重遭難か。



東京の街中で一般人に日本地図を差し出して、「和歌山県を指で刺してください」というアンケートの結果、見事に正解したのはほんの10%程であったという、そんな和歌山県が全国に誇れるものは?それを聞かれて速答出来るものはあまりにも少ないだろう。そんなおり、全国野球選手権でその名をほしいままにしている、ここ知弁学園は和歌山県に貢献しているといえるだろう、そして今夜その誇り高き知弁学園はささやかながらではあるが、県民のために貢献することになった、それは野犬の群れに襲われ負傷した少女に数mlのエタノールと数mの包帯を初めとする医療品を提供したことである。

 そういうふうにこの学園の経営者が受け取ってくれれば有り難いが、そうでなければ自分たちのやっていることは明らかに建築物違法侵入ならび窃盗罪が適応されるかもしれない、しかしこれは全て緊急避難であって刑事責任は問われないはずだ。

 そのようなことを考えている友弘を尻目に理恵は保健室のベッドに腰を掛け自分の傷を手当てしていた、友弘は彼女の手当てもせずそっぽを向いているのは彼女が女性でかったからである。

 「あのっ・・・・、岡原さん・・・・その・・・ありがとう。」

背後からの声におもわず80度振り向き掛けた身体をあわてて元に戻し”きおつけ”しながら

 「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。」友弘は言葉を続けた

「友達と近くのコンビニに買い物に来てみたら、偶然、えっとー・・杉本さんが犬に襲われているところをみかけて・・・。」

 背後でカチャカチャと瓶を明ける音を立てながら「・・・で?友達はどうしたの?」   

「コンビニまでは一緒にいたけど、途中ではぐれちゃって・・・・」

 ここで本当のことを言うときっと彼女は見てみぬ振りをした友達のことを悪く言うに違いない、その言葉を彼女の口から発せられるのが恐かった。

確かに彼らは僕の期待を裏切ったかも知れない、しかしそれは僕が勝手に飛び出しただけであって彼らには彼らの事情があることをあの時僕は考えてはいなかった。つまり彼らが僕を裏切ったのではなく、僕が彼らを裏切ったのかもしれない・・・・・。

 この時まだ友弘は彼らを信じていた、いや信じて居たかったのだ、家族を失った彼にとって、彼らは最後の身寄りなのだから。

「人にはいろんな事情があるのだから、そんなに暗い顔をしないほうがいいんじゃない。」

 その言葉で爪先まで落ちていた視線をもとの自分の目の高さまで戻した、自分の目の前の壁の向こうには、左右逆転された世界が広がりそこには自分を見つめるもう一人の自分の姿、そしてその後ろには下着姿でベッドに腰を掛け自分で自分の治療をする杉本理恵の姿があった。

 「・・・・・・!?」

 友弘が向いていた方向の壁には洗面台が取り付けられておりその上には、1㎡程の鏡が貼り付けられていることに初めて気が付いた。



 その頃、輝也からの苦情に近い通報を受け海南警察より派遣された6人の警官は到着した現場で状況の把握に困難を課せられていた。

 通報のあったコンビニには通報者である輝也たちの姿はなく、それどころか野次馬の姿すらなかったからである。

 コンビニの店員の証言により、だいたいの状況を把握した警官たちは坂道を登っていった2人の救出に向かうこととなったのであった。

 「それにしても、最近の一般市民は随分と薄情ですね。」

 坂のふもとの校門ががっちりと施錠されていたため、本来ならパトカーで登って来られた坂道を知弘達と同じように徒歩で登りながら若い警官の1人が愚痴づいた。

 「何でもかんでも、われわれ警察に通報すれば後は知らん顔なんて、全く!」

 「こら!、それがわれわれ警官の任務なんだから、そう愚痴をこぼすな!」

若い警官を叱咤した巡査長はもともと野次馬が嫌いな方だったので今回の事は別に気にしていないのであった、それよりも辺りが何もなかったかのように静まり返っている事の方が彼には不気味に思えた。

 (もしかして、あの通報はただのいたずら電話だったのでは?いやそんなはずはない!きちんとコンビニの店員は証言していたのだから!)

 彼が持った疑惑が晴れたのは、それから約20秒後のことであった。

そう彼ら6人の警察官は坂道を登りきり学校の玄関にたどりついたのである。

そこには、頭部を鈍器のようなもので叩き割られた1匹の野犬の死体、ガラスのドアに付着した血痕それらはここで事件が起きた紛れもない証拠であった。

 警官たちの表情に緊張が走る。

 野犬達は?、野犬に襲われていた女性とそれを助けに出た青年はどこに行ったのか?。

警官の1人がガラス張りのドアのノブに手をかけたとき異変がおこった。

 何処からとも無く低いうなり声を上げながら野犬の群れが現れたのである、しかも今度は5・6匹などという小集団ではなく、15いや20匹以上いるだろう。

 かくして、警官6対野犬達の激しい戦いが幕を開けたのであった。



 “学校の怪談”などで知られるように夜の校舎は随分と不気味なものであった。

 保健室で応急処置を終えた理恵をつれて友弘は物思いにふけっていた。

  彼女はなぜここに来たのだろう?

  これからどうすればいいのだろう?

  

その時、校舎の外から銃声が轟いた。

  友弘と理恵はほとんど同時に、そして反射的に校舎の窓に張り付くように、ガラス越しに銃声のした方を目で探した。

彼らが探し当てた光景は、彼が期待していたものではあったものの、その結末は彼を絶望に追い込むものであった。

 

6人の警官が20匹以上の野犬に向けて発砲していた。

彼らの射撃の腕はなかなかのもので、銃声が響くごとに一匹、また一匹と断末魔をあげ野犬たちは倒れていく。

 その様子を見ていた友弘は気付いていなかった、友弘たちがここに来たとき野犬は一匹倒されただけで戦意を喪失し四散していったのに、今回はもうすでに半数近く倒されているにかかわらず、いまだ戦意を失わずに警官たちに立ち向かっていたという相違点に。


 やがて花壇の方から大きな“人影”が現れ警官たちの方に歩み寄って行く、

援軍が来たのか?

一瞬誰もがそう思った

その“人影”は何かが違っていた

そう、“彼”の手には大きな棍棒が握られていた。

そして、玄関の外灯が彼の体に光を浴びせかけたとき、それは明らかになった。

彼は戦国時代さながらの鎧兜姿であった。

6人の警官たちはほとんど条件反射で銃口を“彼”に向けようとした、その瞬間2匹の野犬が警官の一人に飛び掛かり、押し倒し喉笛を食いちぎる。

その警官の断末魔を聞き終わらないうちに次の獲物めがけ高くジャンプした。

それを見た別の警官が“彼”に向けていた銃口を野犬に向けなおし発砲したが、その弾丸はこともあろうか助けるべき仲間の頭部を貫く、

 “彼”は手にしていた棍棒を両手で振りかぶり、自分の犯した罪に狼狽する警官の頭目掛け振り下ろした、警官の頭骸骨が砕ける音に銃声と高い金属音が被さった、

 それは“彼”の背後から年輩の警官が発砲した弾丸が“彼”の頭部に命中したのである、正確には“彼”の兜に命中し、兜が宙に舞った。

 “彼”はゆっくりと振り向き年輩の警官を睨み付けた、年輩の警官が見た“彼”の素顔は人間の顔ではなかった、そう鬼の顔であった。

 鬼は棍棒をバットのように横に振り呆然とたじろぐ年輩の警官の頭部を野球ボールさながらに打ち飛ばした。

 残された2人の警官の戦意はもはや打ち砕かれその場でへたり込んでしまっていた、この状況下で彼らのこの行動は言うまでも無く待っているのは死のみである。


 友弘はこれ以上この情景を見ることが出来なかった。

視覚から受ける苦痛に対しては目をそむける事で回避できるが聴覚から受ける苦痛はどうする事も出来ないのである、

 彼は子供の頃、怪談やスプラッターが苦手で何人かが集まる席でそういう話をされるといつも両手で耳を塞ぐのだがそれでもその話し声は彼の両手を貫通し鼓膜に届くのであった、最近になって彼はそういった聴覚から来る苦痛に対する方法と機械を手に入れた、

それはウォークマンをボリューム最大にして聴く事であった、しかし今現在彼はウォークマンを携帯していない、仮に持っていたとして、それをボリューム最大で聴いたとしても彼が置かれている立場から回避できる訳が無い。

 彼らの耳に残った2人の警官の断末魔と、玄関のガラス戸が砕かれる音が情け容赦なく響きわたる。

 やはり狙いはこの少女のようだ、バケモノ達の足音はこっちに向かってくる、友弘は杭を捨てて来たことを後悔した、もちろんその様な物を持っていたとしてもあのバケモノ相手にかなうはずが無い。

とにかく武器になるものは無いのか?、あたりを見回す、彼はかろうじて視界に非常用ボタンと消火器を見つけ出すことに成功した。

 こんな物が役に立つのだろうか?

 でも何も無いよりはマシだろう

 友弘は少女に不安を与えないように出来る限り落ち着いた態度をとり、左手で消火器を掴み、右手で非常用ボタンをラベルの指示どおりに強く押した、

 校舎のいたるところで非常ベルが鳴り響く。

「助けが来るまで、とにかく逃げよう。どこかに隠れられる所があるはずだから!」

少女はこくりとうなづき友弘に手を引かれながら、足音が聞こえる方と反対側へと走り出す。

 謎の化け物、警官隊の全滅、その事実を認識することは彼が今まで持っていた常識を真っ向からくつがえしていた。


これはもしかして夢ではないのか?

きっとそうだ!

目が覚めれば全ては元通りに戻っているに違いない!

“元通り”って?

僕はいつからこの悪夢を見ているのだろう?

ふもとのコンビニに来た時から?

和歌山に帰って来た時から?

あの事故でお父さんとお母さんが死んだ時から?


彼の心の中の問いかけに答える事の出来る人物は一人もこの世には存在し得なかったであろう、ただひたすらに彼の悪夢は終わることなく続いていた、終わったものと言えば彼らがひたすら走っていた廊下のみであった。

行き止まりである、突き当りに講義堂と記されたドアがあった、彼らにはもはやここしか逃げ場がなかった。二人は講義堂の教卓の裏に身を潜めいづれ迫って来るであろう化け物たちに何ら効果的な対応策もないまま、脅えていた。










 夜も深まり時計の針が新たな1日が始まりを刻んでから2時間が立とうとしていた。

彼等はその部屋の中央に先程コンビニで調達してきた惣菜やスナック菓子等をならべ、そこにまるで火を囲むように円を書いて座っていた。

 その状況は3時間ほど前のこの部屋の状況とほとんど変わりは無かった、一部を除いては。双方の相違点は大きく分けて3つあった、

 1つ目はその部屋の中央に並べられた惣菜、及びスナック菓子の種類が変わったこと。

 2つ目はその部屋に着任したての当主の姿が無かったこと。

 3つ目はその部屋にいる5人のあいだに会話が無くなっていたこと。

以上であった。


その頃、輝也たち5人は友弘の家での生還を待っていた。


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