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絵馬に願いを  作者: ニコル
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プロローグ

 紺碧の空と、春の日差しを全身に浴びた風を追い抜いて、赤いCR-Xデルソルは湯浅ゆあさ御坊ごぼう自動車道を南へと駆け抜けていく、それは1994年のゴールデンウィークのことである

 岡原弘利おかはら ひろとし50歳、彼は和歌山県海南市わかやまけんかいなんしの地場産業である漆器しっき会社勤務の会社員である、こういえば聞こえはいいが、紀州漆器きしゅうしっきは年々景気が悪くなる一方で、給料はよそに比べれば決して良くはない。しかし彼はその安月給で家を建て妻子を養い、一人息子の友弘ともひろを社会に送り出すこともでき親としての義務も無事に成し遂げ

”肩のにも降りた”というものである。

 この車はそんな自分に対する褒美なのだ、そうこれからは妻と二人で人生を楽しもう!。

 「いい歳して、そんな車は恥ずかしい」と4つ年下の妻、範子のりこは”古い考えの女”だからそういうのは仕方がない、しかし、”古い考えの女”だからこそ夫の命令は絶対なのである。

妻は白い帽子にサングラスをかけ、さっきから何もいわず風に帽子をさらわれぬよう左手を頭に乗せ、嫌々この車に乗っているつもりだが、まんざらでもないことぐらいわかる、これは満足しているときほどいつも無口になるのだから。

 しかし最近の車はよく走るものだ、高速道路といっても本当はかなりの上り坂にさしかかっているはずなのに全くパワーダウンしない。よし、もう少し踏み込んでみよう。速度計は100を越えた、エンジンと風の咆哮。

 ついに観念し、妻は帽子を頭から膝の上に移した、帽子から開放され風に泳ぐ範子の長い髪が岡原を若き日々の追憶にいざなう。

あの頃の俺達にとって範子はまさしくマドンナだった、仲間同士の喧嘩の原因の80%は彼女をめぐるもので、ツーリングの前の夜は殴り合あいが儀式だった、そして次の日はみんな顔に無数のあざとバンソウコウをつけて、女の子たちとの待ち合わせ場所に行ったものだ。

「みんな、その傷どうしたの?」と女の子の中で事情をよく知っている一人の毎回白々しい質問に対し、本当のことを言っていれば話が早かったのに、「昨日、みんなでラグビーをした」とか「バイクで転んだ」などと言い訳していたので、喧嘩の勝敗に関係なくバイクの後部座席の指定権は毎回女性陣にあった。

 しかしどういう訳か、毎回範子は一番最後に無言で、唯一残った俺の後に乗るのだった、ある日女の子の一人の「初めっから、あんたのバイクは範子の指定席だったんだよ。」という一言が俺と範子のきっかけとなった。

息子の友弘もそろそろ車や異性に興味を持ちだす頃であいつがこの車を見ればさぞ羨むことだろう。しかしもう立派な大人なのだから

ほしいものは自分の財力と器量で手につかむことだろう、勉強はいまいちだったが、そのほかのことは平均以上の人間に育て上げたつもりだ。

 「大人になった息子と二人で酒を飲む」これこそが俺が親父になった20年前から密かに持っていた夢でもあったがこの連休に友弘が帰ってくると思ってビールの大瓶を2ダースも買い込んでいたのに、あいつは帰った来なかった。

 向こうに、彼女でも出来たのだろうか?。お盆休みは帰ってくると言っていたから、その事については、その時に聞けばいい、さぞかしうまい酒が飲めることだろう。

 やがて車は渋滞に引っ掛かる、この自動車道の利用者のほとんどが大阪方面から白浜方面への観光客であるため、連休中初日は南行きが終日は北行きが車で溢れかえるのはいつもの事であっる。

 いざトロトロ運転になると流石に周りの目が気になる、この歳でオープンカーはやっぱりキツかったかな、岡原は屋根の電動開閉スイッチに手をかけたが、妻に強気を言った手前ここで屋根を閉めれば男が廃る、せめて雨でも降れば・・・。

 空を見上げれど雲一つ無い5月の空が広がる。

「・・・!?。」見上げた岡原の視界の上から下へ、つまり車の後ろから前へそれは音もなく飛行機か鳥のように空を飛び越えて行き目で追い掛けようとしたが、岡原の視線は前走するトラックのコンテナに遮られる。

 今のは何だろう?、鳥にしては大き過ぎたし、飛行機がこんな低空飛行する訳が無い、第一飛行機ならもっと爆音が轟くはずだ。妻の顔を見やったが妻は気付かなかったようだ。

 2人を乗せた車は渋滞で数珠繋ぎのまま、長いトンネルに飲み込まれていく。

トンネルの中は、車の排気ガスが充満し、それを吐き出そうと屋根に吊された何台かのファンが稼動してその音と、各車から発せられるエンジン音がトンネルの壁や屋根に凄しく響きわたる。この時トンネルの屋根に大蛇の如く亀裂が走っていることに何人が気付いていたのだろうか。

 「騒音がひどいので。」を言い訳に、岡原は車の屋根を閉めた。範子は落ち着いた様子でダッシュボードから”るるぶ和歌山”を取出しページをめくる、それを見ていた岡原はそっとルームランプを点す、

 トンネルは緩やかな右カーブを描き出口も入口も見えなく、オレンジ色のライトが長い車の列を照らしてその光景はまるで遊園地のアトラクションを思わす、範子は目当てのページを見付けたらしく「このレストランまだやってるね。」と本を差出す。

 もう25年ぐらい前のこと、範子は岡原に連れられてデートをするのはもう何十回目になるだろう。いつもと同じバイクでいつもと同じ道そしていつもと同じ会話、しかしこの日はいつもと同じではなかった。

何がどう違ったのか?

 それは、朝から岡原はほとんど口を開こうとしなかったのだ、いつもの明るい表情も妙に硬張りオドオドとしていた、「何があったの?」と聞いても「・・・別に」と生返事を返すだけで、理由を言おうとしない。

 バイクの運転も荒々しくカーブに来るたび振り落とされそうになる、そのたびに岡原の腹に回した腕をギュッと締め付ける。

 そして、左の二の腕には、なにか小さな箱のような物が当たっていた。

 範子は全てを理解したは、正確には8回目のカーブを抜けたときであった、そう、岡原の不思議な態度、黒い革ジャンの左ポケットに秘めらた5平方センチメートル程の小箱、これは間違いない、いつの頃からか思い描いていた”夢が約束される日”それが今日なのだ。

 相手のカードが解ると”恋の駆け引き”は、面白いもので、事あるごとにしかめっ面で左手をポケットにモゾモゾとする岡原のしぐさはどことなく可愛らしく、また焦れったくも思えそのたびに右手で左手の薬指をなでる範子であった。

 結局、範子の心と左手の薬指が満たされたのはその日のディナーの後であった。

 それは”サザン・オーシャン”海辺を走る国道42号線沿いに建てられた洒落た店だ今ではすっかりと古ぼけてしまっているが忘れもしない、このレストランがまだ新しかった頃のことだった、あれから”夢”と呼ばれた日々は”日常”と呼ばれる日々となった。


 大型車が近くに居るのか地響きを感じる。いや、そうでないことにはたして岡原たちは気付くことが出来たのであろうか?、それは犠牲者たちにとってはあまりに突然な出来事、落盤であった・・・・。


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