宗教勧誘
今日もどこかで誰かがアクイに染まるイビツ。その一角、ネオンの主張が激しいエリアでデタラメなリズムで歌いながらスキップしているのはドンシャン・ガラリだ。場所が場所なので酔っているようにも見えるがいたって素面である。
「ピッピリトントンきゅわきゅわティーン!んふふふドコドコどこかにゃぁ?ココかみゃ??ピャピャッ!」
ニタニタと笑いながらご機嫌にゴミ箱を開けている姿は実に不気味。セイギという肩書きがなければきっとまともな扱いを受けられなかったに違いない。本人は気にしないかもしれないが。
今から10分前、『アクイが出た、何とかしてくれ』と善良で無害で一般的な住人から通報が入った。それでドンシャンはここに駆けつけたわけだが、話半分で聞いていたため卵を投げつけて来るタイプのアクイらしいということしかわかっていない。先程からゴミ箱に注目しているのはそれが理由か。
「もしもしそこの貴方!そんなところでゴミ漁りなんてしてどうしたんですかぁ?」
「ンピャ?」
見るからに怪しいドンシャンに声をかけたのは真面目な雰囲気の女性だった。彼女は手が隠れるほどに長い袖をパンっと合わせて詰め寄ると
「あっ!もしかして路頭に迷っていらっしゃる?困っていらっしゃる?どうですか宗教とか?興味ありませんか!?貴方もきっと救われますよぉ!」
一呼吸で言い切った顔はとても満足げだ。たぶん恐らくではあるが一般的に見てこの人もだいぶ怪しい部類だ。
「……」
さてその露骨な宗教勧誘にドンシャンは全く興味がないという風にぽけーっと焦点の合わない視線を彼女に送っていた。しかし何かに気付いたようにピタっと一点を見つめた途端、いつもの生き生きとしたニタリ顔に戻った。
ドンシャンは、彼女が服の上から付けている腕輪、その『アクイ』の文字を見つけてしまった。通報されたアクイが彼女ではないかも知れないがドンシャンにとって重要なのは相手がアクイであるかどうかだけだ。
「ンヒヒっ、アクイのぉ シューキョーってどんな感ピ?ンヒヒっ」
「気になりますか!?そう、神様はいつも仰っているんです、『アクイに染まることこそ人として自然なことである』と…アクイである事を受け入れて生きることこそ人間らしいと!」
「ピャーッ!すっごーい!アクイになる事は自然な事、普通のこと!?」
「そうです!何も恐れる事はありません、そもそもアクイとは我々の中にあったのですから!
ふふふ、さぁ!貴方も今日からマリス教の1人に…!」
「ヒヒヒヒっ あのねェ!
ドンシャンにも宗教ってあってねェ!パパのことなんだけどぉ、ていうーかぁ、もうパパがシューキョーって感ピなんだけど!ピャピャッ恥ずかピィ!」
「ドンシャンが信じてるのって『アクイにはどんな事をしても良い』だけなん、ピャ☆」
「…!貴方まさか」
ドンシャンの腕輪が袖の中に隠れていたからか、彼女はようやく状況を把握したようだ。熱く語っていた表情から一転、苦虫を噛み潰したような顔でドンシャンを睨みつけた。
「ドンシャンはァ、アクイに染まるのも落ちるのも自由だと思うし良いと思う、ピョ?
でもアクイを受け入れるならァ、ドンシャンにやられちゃうことも受け入れて同然でショ?そうでショ!?だってこれもォ、ドンシャンなりのシューキョーだからね!」