表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽想寂日  作者: moes
19/22

かえる夜

 それはむきだしのまま、迷い、彷徨っていた。

「あぶないな、あれ」

 すれ違う人々のあいだをぶつかることなくすりぬける、その青年の足下には影はなかった。

「放っておくわけにもいかない、か。生きてるみたいだし」

 一見、幽霊のようではあるが、今のところ身体とのつながりは切れていない。

 ただ、それも時間の問題だろう。あのままの状態でいれば確実に呑まれて、二度と帰れなくなる。

 ため息ひとつついて、そちらに足を向けた。



 自分の馬鹿さ加減にあきれる。

 必死でバイトを掛け持ちして、お金をためて、入りなれない店で挙動不審になりつつも真剣に選んで買って、綺麗にラッピングもしてもらった。

 小さなその箱を眺め、喜んでくれるだろう顔を想像してにやけたりもした。

 なのに今は公園をくまなく、なめるように探し回ってる。今日渡す予定のそのプレゼントを。

 約束の時間に間に合うだろうか。っていうか見つかるのか?

 下ばっかり向いていたせいでこった首をほぐすついでに公園の時計を見上げる。八時五十三分。あ、待ち合わせ時間、何時だっけ?

「あの、どうかされたんですか?」

 やわらかな声が突然かけられる。

「待ち合わせ……じゃない、探し物をしてるだけ」

 声の主はひょろりと背の高いキレイめの顔をした優男だった。

「手伝いましょうか? 何をなくしたんです?」

 天の助け? 世の中まだまだ捨てたものじゃない。

「ありがとうございます。えぇと手のひらにのるくらいの白い箱なんだけど」

「どこで落としたんですか?」

 公園で探してることから察しろ。ここで落としたはずなんだよ……多分。

 表情を読んだのか優男は苦笑して質問を重ねる。

「いつ気づいたんです? どうしてなくなったんです?」

 どこか妙な質問。それ、聞いて探す手掛かりになるか?

 だけどまじめな感じだから真剣に考える。

「いつって三十分、……もっと前か? ポケット確認したらなくて、焦って」

 タダでさえ遅刻してるのにプレゼントまでなくしたなんて言ったら、と想像したら簡単に怒ってる顔があたまに浮かんで、それで……ってことは待ち合わせ時間はとっくに……なんかおかしくないか?

 いつもならお怒りメールがんがん入ってるころなのに連絡ひとつないし。携帯、どこやったっけ?

 それにショップの紙袋に入れてもらったはずだ。箱をむき出しでポケットに入れたりしない。

「ちがう。紙袋の中からなくなって……でも、紙袋どこやったっけ?」

 優男はすこし困ったような笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 その目があまりに穏やかで、混乱していた気持ちがすっと落ち着く。

「おれ、なにやってるんだろう」

「大丈夫、ちょっと道に迷ってるだけです。ちゃんと、戻れます」

 目を伏せた静かな表情。意味深な言葉。

 なんか、あれか? 変な宗教とかそういう系?

 ちょっとヤバイのにつかまっちゃったか?

 優男は曖昧に笑うと、こちらの手をそっと触れる。

 手の中に、かたい感触。

 優男の手の陰になって確認できないけれど、これはもしかして。

「とりあえず、あなたのいるべき場所に帰ってください。三上俊也さん」

 なんで名前知ってるんだ、と聞こうとした時には真っ暗な闇にのみこまれた。

――

「あ、多佳子ぉ」

 目をあけるとそこには待たせているはずの彼女の顔。感情が爆発する寸前の。

「ゴメンっ。遅刻してっ。プレゼントもっ」

 怒られる前に謝ってしまえとばかりに言って起き上がる……起き上がる?

 周囲を見回す。公園なのには間違いない。ただ人気のない植え込みの陰で、背中がじんわり冷たいのはなんでだ?

「なにワケわかんないこと言ってんのっ。遅いから電話してみたら木陰から俊也の着信音鳴ってるし、おそるおそるのぞいたら死んでるみたいに倒れてるし。なのに、間抜け面で目ぇ覚ましたと思ったら遅刻とか、そういうことじゃないでしょーっ」

 言葉が泣き声混じりになる。

 そういえば寝不足で風邪気味だったっけ。そのせいで倒れたのか?

「ごめん」

 抱き寄せようと手をのばしかけて手の中にある小さな箱に気がつく。あぁ、こんなとこに。あんなに探していたのに。

 多佳子の膝の上にそれを置いて泣き顔を引き寄せた。



「覚えてない、みたいだな」

 無事に身体に返った青年の様子を見つめてほっと呟く。

 魂だけで彷徨っていたこと、そして自分と会ったことは忘れていた方が良い。

「お幸せに」

 二人には届かないだろう声で、小さく祝福して公園をあとにした。


                                  【終】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ