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短編

無毛の美女は剛毛野獣の毛が欲しい

作者: 佐伯さん

童話風(?)

 昔々、ある所に、とても美しい男が居ました。

 陽光を集めたような金糸に蒼穹にも似た碧眼、整った鼻梁に女性の羨むような白皙の美貌は、神に愛されたとも言わしめる程のそれはそれは美しいものでした。


 それに目を付けたのは、男好きで知られる魔女です。

 彼女は美しい青年を我が物にと願い、幾度となくお誘いをかけましたが、青年は頑として頷きません。それどころか彼は男を物扱いする魔女に「装飾品のように取っ替え引っ替えするような節操なしとは関わりたくありません」と答えたのです。


 それに怒った魔女は、美しき青年に呪いをかけました。


「ならばその綺麗な顔すら霞ませてやろう、お前を愛する人間など出来ぬように」


 青年が魔女にかけられた呪いは、毛が生え続ける呪い。

 呪いにかけられた途端に、青年の体を覆うように毛が生え、髪の毛は地につく程伸びてしまいました。


 切っても剃っても直ぐに元通りになるその姿に、美しさから近付いてきた女性は皆彼を忌避し、おぞましいものを見るように遠巻きにするのです。

 これには堪えた青年は酷く女性に失望し、家に閉じ籠るようになってしまいました。


 彼には、もう女性は寄り付きません。




 昔々、ある所に、とても美しい女が居ました。

 月の光にも勝る銀糸に紫水晶の瞳、滑らかな雪花石膏の肌に愛らしい顔立ちの、それはそれは綺麗な女性でした。

 美しく、その上で気立てがよく朗らかな彼女の人柄に、幾多もの男が求婚しました。


 それを妬んだのは、男好きで名を馳せる魔女です。

 彼女は女性の美貌に嫉妬し、特にその美しい銀髪を切り落とすように要求しましたが、女性は首を横に振ります。当然ながら従う理由もない女性は拒みました。


 それに怒った魔女は、美しき女性に呪いをかけました。


「ならばその美しい髪などなくしてやろう。お前のその誇りも奪ってやる。お前を愛する人間など出来ないように」


 女性が魔女にかけられた呪いは、毛が抜け落ちそのまま二度と生えてこない呪い。

 呪いをかけられた途端に、女性の髪は痛みもなく抜け落ち、足元には美しき銀髪が残骸のように落ちていました。


 何をしても髪の生えてこないその姿に、顔は美しいのに老人のようで、近付いてきた男性は皆不気味がり一人また一人と離れていきます。

 これに傷付いた女性は、ローブで全身を覆い、家に閉じ籠るようになってしまいました。


 彼女に、もう男性は寄り付きません。





 うちひしがれ嘆く彼女に転機が訪れたのは、家族がとある噂を口にした時です。


「隣町のカルヴィンという男は魔女に呪われて毛むくじゃらになったそうだよ。髪も体毛も、剃っても剃っても生えてくるらしくて……ユニスの呪いと足して割れたら良いんだけどね」


 彼女、ユニスはその話を聞いて、同じ魔女に呪われたのだと確信しました。

 そして、一つ思い付いたのです。

 剃れども剃れども生えてくる毛を貰えたなら、かつらが作れるのではないか、と。


 だから、ユニスは悲嘆に暮れるのは止めて、彼の下を訪ねる事にしました。


「帰ってくれ」


 ドアを開けすらせず、まさに門前払いといった風に言葉を突き付けるのは、呪われた男カルヴィン。

  ドア越しでは深くローブを被ったユニスの姿など見えず、ただ嘲笑いに来たと思っているのでしょう。


「話を聞いて欲しいの」

「どうせ君も僕を嘲笑いに来たんだろう」

「そんなつもりはないわ。私はあなたにお願いがあって此処に来たの」

「何だ、僕の姿を笑う以外に何の用があるというんだ。君だってこのおぞましい体を見た瞬間悲鳴を上げて逃げるに決まっている」

「――違うわ。私は、あなたの毛が欲しいの」


 きっぱりと言われた言葉に、カルヴィンは想定外で固まります。

 いつも嘲笑し忌避する周りの人間ばかりを見てきた彼にはユニスの言葉が驚きで、どうして欲しいのかと聞き返します。切っても剃っても同じ長さまで戻る不気味な毛を、何故欲しいというのか。


 ユニスは扉の向こうで困惑に揺れるカルヴィンを扉越しに見据え、眉を下げます。


 ユニスにはカルヴィンの気持ちが分かります。掌を返された経験は自分にもある。

 不気味に思われた事は数知れず。女性は髪が長いのがステータスで、それを奪われるのは女性の命を奪われたも同然。つるつるのまま永遠に生えてこないこの体は、女性としては失格なのだと周りから思わされてきたから。


 だから、そんな事で彼を厭う訳がないのです。同じような思いをしてきた彼にまた苦しい思いをさせるなんてありえません。


 想いのままに伝えると、彼はより扉の向こうで困ったような気配を強めます。

 それから、キィ、と小さくドアが軋む音がして。


 ほんの少しだけ顔を覗かせたカルヴィンに、ユニスは笑ってローブのフードを取ります。

 陽光を受けて目映く輝く頭部を見て、カルヴィンは眩しさに僅かに目を細め、それから恐る恐る家に誘いました。


 裕福な家の生まれからか生活には困っていないようですが、家全体の雰囲気が暗い。

 緊張した面持ちのカルヴィンに案内されてソファに座ったユニスは、不躾だと思いつつもカルヴィンの姿を見つめます。


 床に届かんばかりの長い金髪。長袖を着ているから見えにくいものの、服の隙間からかなり長い体毛が覗いています。

 顔は髭の生える位置はかなり毛むくじゃらで、顔の輪郭は毛に覆われていない部分はありません。

 鼻や目、唇等のパーツは辛うじて逃れていますが、頬の部分も深い毛に覆われています。眉は太いどころか額を侵食するように伸びている。


 けど、ユニスにはそれが皆の言うおぞましい姿には見えませんでした。


「思ったよりも普通ね。何だか毛の長い犬みたい」

「……そう言われたのは初めてだよ」


 あっけらかんとしたユニスに、カルヴィンも少し警戒をといたようで、ほんのりと眉を下げて笑います。

 同じ魔女に呪われた者なので、気持ちは一緒なのだと分かるのです。女性の命である髪を奪われたユニスに同情した、というのもあるのでしょう。


 肌色が眩しい頭でも、顔立ちは綺麗そのもの。何故彼女が他人に悪し様に言われ忌避されるのか、カルヴィンにはさっぱり分かりません。


 こんなに美しいならさぞ好かれただろうに、と零したカルヴィンにはにかみつつ「老人みたいで気持ち悪いだそうよ」と肩を竦めて答えるユニス。


「もう生えないにしても、せめて少しでも出歩けるようにかつらを作りたかったの」


 たとえ見せ掛けでも、と苦笑いをしたユニスに、カルヴィンは「僕の髪で良いなら幾らでもあげよう。切っても勝手に生えてくるからね」と快く承諾します。

 気味悪がられたこの毛で誰かが救えるならば喜んで差し出そう、とカルヴィンは髪を乱雑に縛ってからナイフを掴み、そのままノコギリを当てるように髪の毛を切り落とします。


 手に握られたのは陽光を集めたような金糸の束。

 その金糸の束を作った瞬間にはまたカルヴィンの髪は伸びて、同じ長さまで戻ります。


 その光景を呆然と眺めたユニスが「なんだか魔法みたいね」と感想を漏らすと、カルヴィンは「何たって魔女様の呪いだからね」と何処か晴れやかな笑顔で頷きました。




 髪を受け取ったユニスは数日後、再びカルヴィンの下を訪れます。

 その頭には、金色の長い髪が乗っています。


 かつらを身に付けた美しい女性の姿に、カルヴィンは穏やかな笑みを向けると共にどうして此処に来たんだろうか、問い掛けます。


「あなたのお陰で街を歩いても後ろ指を指されなくなった。それは嬉しい。けど、それでありがとうはいさようならとお別れしては、私の矜持が許しません。恩には恩を返します」


 だから、あなたに恩返しをしに来ました。

 きっぱりそう言い切ったユニスに、カルヴィンも困惑します。善意でやった事だから気にしなくていい、そう言うものの、ユニスは頑として頷きません。


 数十分の応酬の後、折れたのはカルヴィンでした。

 誰も近寄らないカルヴィンも人との関わりに飢えていた、というのもあり、ユニスはカルヴィンの側に居る事で恩返しをする事になりました。


 異性に言い寄られる事はあっても、外見ばかり見る女性しか近寄って来なかったカルヴィン。

 こんな毛むくじゃらになっても悪意を抱かず真正面からカルヴィンを見てくれる女性は初めてで。


「編んだら少しは動きやすくなるんじゃないかしら」


 長くて鬱陶しい髪をせっせと編んで一纏めにするユニス。

 彼女は毎朝起きたカルヴィンの髪をくしけずり、丁寧に纏めていきます。それだけではなく、洗った髪を時間をかけて乾かして満足げな表情を浮かべます。

 綺麗な髪ね、と本心から口にして。


 生活の面倒を見てくれるユニスに、カルヴィンは感謝すると同時にどうしてこんなにもしてくれるのだろうか、と疑問がどんどん湧いてきます。


 恩返しだけならもう充分なのに。美しい彼女なら、かつらさえあればまた掌を返して男が寄ってくるだろう――そう思って問い掛けたら、ユニスはからりと笑います。


「見た目だけで判断する男なんてこっちから願い下げだわ」


 なるほど、それは同感だ。

 至極もっともだと思ったカルヴィンは、ユニスの艶やかな頭部をそっと撫でます。

 ユニスは、あれだけ髪を渇望していたけれど、家の中ではかつらをつけません。飾る必要なんてない、そう笑って。


 そんな飾り気のない清らかな彼女に惹かれるのは当然の流れでもありました。


 けれど、自分は毛むくじゃらで、人に愛される事などないのではないだろうか。そう思ったカルヴィンは想いを押し留めていました。




「あなたは私がつるつるなのを見てどうも思わないわよね」


 風呂上がりに彼の髪をとかしていたユニスがそう問い掛けると、カルヴィンは不思議そうに目を丸くしています。

 毛むくじゃらでごつく感じさせるその顔も、見慣れたユニスには気にはなりません。寧ろ愛嬌のある顔立ちだとすら思っていました。


「そうだねえ、僕には頭が軽そうで楽だなあと思うよ」

「あなたは頭が重そうだものね」

「そりゃあねえ。こんだけ長ければ重いさ」


 頭が軽そう、というのは物理的にですが、嫌みのない、純粋に思った言葉なので、ユニスも嫌な気分にはなりません。

 嘲笑されてきた時に同じ言葉を聞いた時は泣きそうになりましたが、彼が言うと不思議と胸にスッと入ってくるのです。本人が言う通り髪で頭が重いから出た言葉だと分かっているから。


「君はその頭が嫌みたいだけど、僕としては髪洗うの楽で良いなーと思うよ。何せこれだけあるからね」

「ふふ、そうでしょうね」

「それに、君は綺麗だよ。僕を卑下せずに見てくれるから」

「なんで卑下するのか分からないわ」

「それが僕が君をどうも思わない理由と同じだよ。中身を見てるんだからね」


 あ、とユニスが声を漏らすと、カルヴィンは穏やかに笑って「優しくて好きだよ、君のそういうところが」と告げるのです。

 好き、という単語にドキリと心臓が跳ねるのを、ユニスは他人事のように感じていました。


 誰に言い寄られてもこんな気持ちになる事はありませんでした。その言った人間ですら、魔女の呪いがかかったユニスから掌を返して離れていくのです。

 彼だけは、自分の中身を見て好ましく思ってくれる。


 思えば、どうして彼に此処までするのか……と自分でも思いましたが、単純な事だったのです。

 彼を好ましく思っているから、側に居たいのだと気づかされたのです。


 けれど、恩返しが終われば側には居られなくなる。言ってもし嫌がられてしまえば、此処にはこられなくなる。

 だから、まだ恩返しは終わっていないと言い聞かせ、ユニスは自覚した想いを押し留めて内緒にしておく事にしました。




 くっつきそうでくっつかない二人ですが、それでも二人なりに穏やかに暮らしていたある日、魔女が訪れました。


「男よ、私のモノになって私を愛し讃えると誓うならば呪いをといてやろう」

「女よ、私に跪き忠誠を誓い許しを乞うならば、呪いをといてやろう」


 共に暮らしている事が不愉快だったのか眉を寄せつつ、二人へ高慢に言い切った魔女。


 心を偽るならば呪いはとける、その選択を突き付けられたのです。

 魔女は優越感で二人を睥睨しています。

 無様に許しを乞うに違いない。心をへし折って忠実な下僕にしてやろう、そんな思いで二人を見ていました。


 けれど、二人は同時に言葉を紡ぎます。

 想いを偽る事なんて出来ないから。


「嫌だ。心に嘘はつけない。呪いなんかとけなくてもいい」

「嫌よ。心に嘘はつけない。呪いなんかとけなくてもいい」


 ほぼ同じ言葉を謳った二人は、そこで見つめあう。


「僕には、ありのままを見てくれる彼女が居るから。彼女が好きだから、お前には愛を誓える訳がない」

「私には、ありのままを見てくれる彼が居るもの。彼が好きだから、あなたには忠誠を誓える訳がない」


 そう口にした瞬間、魔女の口から悲鳴が迸ります。

 驚いて身を強張らせたユニスを、庇うようにカルヴィンは抱き寄せます。


 その様子に魔女は聞くに堪えない憎悪の声と、見るに堪えない醜悪な表情を浮かべて、頭を掻きむしります。

 警戒するカルヴィンの目に、やがて魔女に変化が起こりました。


 魔女の頭から髪の毛が抜け落ち、逆に体からはカルヴィンよりも毛深い体毛が生えてきたのです。


 逆に、変化がユニスとカルヴィンにも起きました。

 ぱら、ぱら、とカルヴィンの髪の毛が、体毛が、抜け落ち、今度は以前の長さに生え変わったのです。

 同様に、ユニスの髪も呪いをかけられる以前の長さに戻りました。


『ならばその綺麗な顔すら霞ませてやろう、お前を愛する人間など出来ぬように』

『ならばその美しい髪などなくしてやろう。お前のその誇りも奪ってやる。お前を愛する人間など出来ないように』


 呪いは制約があり、条件を満たせばとけるもの。

 魔女が有り得ないと切って捨てた可能性を、二人は掴みとったのです。真に愛する人が出来たなら、呪いはとけるのです。そして、その呪いはかけた本人に返ります。


 人を呪わばなんとやら。

 二人を呪って、その呪いを同時に返された魔女は頭部の脱毛と体毛の成長をその体に味わう事となりました。

 そして、その体は不自然に縮んで、成人女性から老婆へと変貌してしまいます。


 元々見掛けだけ若返らせていた魔女は、二つの呪い返しを受けて姿を保てず、人を呪って愉しむ醜い本性を暴かれて全身に呪いを刻み込まれてしまいました。


 逃げ帰る魔女を呆然と見守った二人ですが、ふと顔を見合わせて改めて互いの姿を瞳に映します。


 カルヴィンの瞳には、月光を糸にしたような銀髪に紫の瞳の、美しい女性が。

 ユニスの瞳には、陽光を思わせる目映い金髪に空を思わせる碧眼の、美しい男性が。


 惚れ惚れしそうな程美しい男女が顔を合わせて立っていました。


「……なんだ、いつもの君と変わりないね」

「そうね。あなたもいつものあなたと変わらないわ」


 本来の姿に戻って喜ぶつもりだったのに、二人の心はそこまで沸き立ちません。

 何故なら、二人は互いの姿形ではなく心こそ美しく思い、そして愛していたのですから。


 お互いに喉を鳴らして笑って、それから抱き締め合い唇を重ねます。

 近くで見つめ合って頬を緩める二人。ふと、ユニスは何か思い出したように声を上げます。


「あ、でも戻って良かった事があるわ」

「良かった事?」

「前のままだと、口付けたらお髭がくすぐったそうだったから」


 悪戯っぽく笑ったユニスに、カルヴィンも「そりゃ違いないね」と楽しそうに笑いました。




 そうして二人は誰にも笑われる事のない見事な結婚式を挙げて仲睦まじく過ごし、晩年には髪を失ってもそれはそれは仲良く過ごしましたとさ。


「やっぱり君は髪の毛がなくても素敵だよ」

「こんなしわしわのおばあちゃんでも?」

「勿論」

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― 新着の感想 ―
[良い点] しっかり作り込まれたストーリーに、気付いたら読み切ってました。 呪いの下りは脱帽モノです……。凄い。
[一言] マイページから来たけど、普通に面白い! 流石佐伯さん様! ……あれ?
[良い点] あらすじはコメディなのに、ちゃんと童話だ!(失礼) ほんわか温かくなる素敵な物語でした
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