4)処刑せよ
それから三日後の夜。
町外れの墓地で、さらに細く頼りなくなった月明かりの下で、ざっくざっくと土を掘り返す影があった。
その背後から、気配を消して近づく姿が声をかける。
「やっぱり墓地荒らしに現れたか」
影……マーシアが驚いて振り向くと、そこにランドックが立っていた。
マーシアはあわてて逃げようとしたが、ランドックの合図で四方から警備兵たちが現われる。
「くっ……」
マーシアは長衣の中を探る。何か道具を出そうとしているらしい。が、すでに打ち合わせ済みの警備兵たちの方が早かった。それぞれの手から投網が放たれる。
「あっ…!!」
次々と頭上に投網が広がり、マーシアはからめ捕られてゆく。
「くっ!」
マーシアは長衣の下から小刀を取り出し、網を切ろうとした。
「逃がすかっ!」
だがランドックが網の上から跳びかかり、取っ組み合いとなる。自由に動けるランドックと四肢に網が絡みついてるマーシアでは勝負にならない。たちまち地に押し倒されてしまった。
押さえ込もうとする手を必死に振り払う。が、網に邪魔され動きが鈍る。ランドックの手が首の後ろにかかった。
と……ブチッ、と音がしてネックレスの鎖が切れた。護符がランドックの手に渡る。
「あっ……返して!」
マーシアが驚いて叫ぶが、ランドックはそれを取り上げて
「おとなしく縛につけ!」
と返す。するとマーシアはゆっくりと息をつき、動きを止めた。
「……わかった、抵抗しない。だからそれ返して」
急におとなしくなったマーシアにランドックは驚きを隠せなかった。だが部下たちは手際よく彼女を縛り上げていく。
ランプの明かりでほの暗く照らされてる司令の執務室へ、ランドックが乱暴に駆け込んできた。
「アルディリアス司令! ついにやりました!」
満面に歓喜の色を浮かべている。その後ろ、扉の向こうでは、衛兵が困惑している。
「誰も入れるなと言ったろう!」
アルデイリアスの怒気に衛兵は
「も、申しわけありません」
と答えるしかない。ランドックもその様子に困惑したが、
「あの……死霊術師のマーシアを逮捕して拘留……」
が、その報告はさえぎられた。
「うるさい、今はそれどこじゃないんだ! ……ああ、お前の権限で処刑でもしておけ」
「は?」
アルディリアス司令は机の上の書類や道具を乱暴に片付けると、壁にかけてあった長剣を帯び、部屋から出て行こうとした。
「お待ちください! 警備小隊長に処刑の権限なんか……」
「いいんだよ! とにかくお前に一任する」
すがりつくように言ったランドックを振り払い、アルディリアス司令は忙しそうに出ていってしまった。
「処刑って……取り調べもせずに? 司令はいったいどうされたんだ?」
話を振られた衛兵も、首を捻るしかできなかった。
処刑するにしても、とりあえず取り調べは必要だろ……そう考えながらランドックは衛庭に出る。マーシアを監禁している地下牢は別の建物で、衛庭からまわるしかない。
だが詰め所の窓から、あのグロリオという警備兵が顔を出した。
「あ、ランドック隊長! いま聞いたんですが、夕方にルドリア副長が……」
たった1つのランプで照らされている暗い地下牢。
鉄格子の前にランドックが立つ。警備兵Bが後ろで粘土板に記録を取っている。
ランドックはため息をついて、責めるように言った。
「当たり前だろ。死体を弄ぶのは罪だ」
牢の中のマーシアは、悪びれもせずに子供のような目で問い返す。。
「どうして? 魂の抜けた死体はただの『物』にすぎないのに」
「『物』じゃない。遺体には敬意を払うべきだ」
「それは宗教観の違いね。魂と物は別々という考え方もできるのよ」
苛ついてきたランドックは、まず息を整えてから、軽蔑するように言った。
「お前は親しい者の死に遭ったことがないんだな?」
とたんにマーシアの表情が曇る。
「……育ての親って、『親しい者』よね?」
「え? ああ、そうだろうな」
さっきまで無邪気に見えたマーシアの眉の間に縦皺が浮かんでいた。悲痛な記憶をたどる表情であることはすぐわかる。
ランドックは自分の発言に後悔した。
「……無神経だった、すまない」
今度はマーシアが驚く。
「いいえ……どうせ虐げられてる死霊術師なんだから」
「それだ。だいたい、君はなんで死霊術師になんかなった?」
「…………」
「育ての親御さんも死霊術師だったのか?」
「旅芸人だった」
辛さと悲しさの混ざった顔でうつむく。が、マーシアはすぐに顔を上げた。
「そんなことより。あれを返して」
「あれって?」
「竜の護符よ」
ランドックはふと気が付いてポケットに手を入れ、
「これか?」
と竜の護符を取り出して見せた。
マーシアは奪い取ろうとするかのようにあわてて檻から手を伸ばす。
「おっと! そんなに大切なものなのか?」
「あなたが持っていても役に立たないでしょう?」
「何なんだこれは?」
「…………」
黙り込んでしまったマーシアに、ランドックは強い視線を向ける。
「正直に言うんだ。ことと次第によっては返却を考えないでもないぞ?」
「……じゃあ言うわ。死霊術の道具よ」
「ならば……これは証拠の品だ。返すわけにはいかない」
「そんな!! それがないと困るの!」
「困られても困る」
睨み合いとなり、重い空気の中で双方が溜息をつく。
「石頭のコチコチ役人なのね……」
「ちゃんと調べないわけにいかないだろ、君を捕まえるために死者まで出てるんだ」
その言葉にマーシアは驚いた。
「私、生きてる人間を殺した憶えはないけど?」
ランドックはくやしそうに下を向く。
「ああ。たしかに自損事故だった。お前の所為じゃない」
「そうなの……冥福を祈ります」
だがその一言は、ランドックの怒りに小さな火をつけた。
「よくそんなこと言えるな、死霊術師のくせに!」
マーシアは静かに答える。
「死霊術師にだって、人の死は悲しくないものじゃない」
そしてまた沈黙。
しばらくするとマーシアは溜息をついて
「ま……御師匠様みたいに問答無用で処刑されないだけでもマシか」
と呟いた。
そのとき、牢屋の外からあわただしい物音が聞こえてきた。ただ事ではなさそうだ。
「……またあとで調べる!」
ランドックは言い捨てると、粘土板を持つ警備兵Bを促して外へ出て行った。
溜息を付いて簡易寝台に座り込んだマーシアは、くんくん、と匂いをかぐ仕種を見せた。そして呟きを漏らす。
「……ふーん、近くに死人?」
詰所でランドックはグロリオからの報告に、混乱した声を上げた。
「近衛兵と警備兵が王宮で斬りあい? どういうことなんだ!」
「いえ、いまのところそれだけしか」
情報が少なくて判断も出来ない。
「単なるケンカとも思えないが……王宮は管轄外だ。騒ぎが波及しないよう、市街地に警備を……」
司令不在の衛兵本部で、万一に備えてとランドックが命令を出そうとすると、近くの部屋から男の悲鳴が聞こえた。……殉職者の遺体を一時的に収める霊安室だ。
[つづく]