第三話 女の喧嘩
「あぁ、明日の朝日が無事に拝めるかなぁ」
清美と対峙する前。私、新城満はそんなことを考えていた。
手の震えが止まらない。当然だ。のどの渇きが異常に速い気がする。当然だ。私はあの化け物に喧嘩を売ろうというのだから。じゃれあいではない本気の喧嘩を。
勝ち目なんてあるわけがない。百回やれば百回負ける。あれに勝つくらいなら全国大会を片腕のハンディ付きで戦ったほうがはるかに容易だ。
戦略、考えても無駄だ。弱点。考えても無駄だ。清美のほうが数億倍頭がいい。
「でも、譲れないものなら私にもある」
本当に帰ってきただけならどんなに良かっただろう。それなら、初めは怒りもあるが。少し経てば昔のようになれたはずだった。
「いつでも、かかってきていいですよ」
清美は構えず一見無防備な構えで立っている。冗談じゃない。相変わらずこいつは化け物だ。隙がどこにもないからだ。体の重心。姿勢。乱れが少しもない。例え今背後から襲われたとしても余裕をもって彼女は返り討ちにするだろう。ある程度のレベルに達した達人fがみれば驚くだろう。この年齢でこの域に達しているのかと。そして、真実を知れば絶望するだろ。五歳の時すでにこの域に達していたことを。
「こないのですか?私をぶん殴るのでは?それともこちらから行きましょうか?」
ゆっくりと清美が近づいてくる。散歩のように。しかし、重心のブレが一切なく。彼女から隙を作ることは一切ないだろう。なら、こっちから攻めるしかない。私は意を決して地を蹴った。予告通りぶん殴らせてもらう。顔面を。
「と、見せかけての山突き」
顔面に意識を集中させ腹も一緒に攻撃する山突き彼女は両方を軽々捌いて。絡めとった腕から。一本背負い。下はアスファルト。まともに投げられば怪我では済まない私は引っ張られないように力を入れるが。そこからの双手刈。基本的な組み合わせだ。そんな基本的な連携ではさすがに私は倒せない。そのまま払い腰で逆にこっちが投げようとしたところ。体を放された。
「本当に基本に忠実ですね。満ちゃんは」
一瞬の硬直の後に腕を極められ床に叩きつけられる。
「駄目ですよ。予想外の動きも想定しないと。そんないい子ちゃんの技では相手に動きが読みやすすぎます」
それは、他人に何度も言われた覚えがある。
「さて、もう私にかかわらないと誓うのであればこのまま開放しましょう。断ればわかりますよね?」
良かった。本当に良かった。こいつが私をいい子ちゃんだと思っていて。
「なぁ、お前は何がしたいんだ?」
「何って決まってるじゃないですか。行信さんの隣にいたい。だから、あなたが邪魔なんです」
邪魔か。笑いをこらえるのにも必至だ。私を邪魔だと本気で思っていてくれているというならば。
「なにをしてるんです。骨が折れますよ」
「でも、私には邪魔者の価値すらないぞ。行信はお前を選ぶだろう。誰が見ても明らかだ。そして、それがわからない。お前じゃないよな」
「何が言いたいんです?」
「だからさっきから言ってるだろう。邪魔物の価値がない私を何故排除するのか。本来ならば行信と一緒に帰ればよかったんだ私なんか無視して」
「ただの気まぐれですよ」
「お前がいなくなってから行信がどうなったのか知ってるのか?」
「だから、何が言いたいのです?」
「ただ、私は二度と行信のあんな姿を見たくないって言ってるだけだ」
私は痛みにかまわず腕に力を籠める。抜け出すのではない。それは無理だろう。
「なにをしているんです。腕が折れますよ」
構わない。いや、もともと手足の一本は覚悟していた。利口な私の武術は通用しない。軽くあしらわれて終わりだ。なら、無理するしかない。利口な私ができないような。そう、行信のような戦い方を。
足に力を籠める。立て。立て。立て。腕の痛みなんて忘れろ。そんな痛みは些細なものだ。たかが数か月腕が使えなくなるだけだ。
「こんなもんあんときに比べれば」
私は立ち上がった。といっても、折れたのではない清美が腕の拘束をほどいたのだ。
「まず、一発」
清美の顔面に私の拳が叩き込む。
「ぐぁ」
彼女の鼻血が飛び散る。ざまぁみろ。これでしばらく行信の顔をまともに見ようと思わなくなるぞ。ひるんだところで盛り手狩りで押し倒しそのまま馬乗りになる。
何度も何度も殴りつけられる。私はなすがされるままだ。あれ?なんで反撃しないのでしょうか?
「お前はまた行信を苦しめるつもりなのか?」
仕方ないじゃないですか。どうしようもないのですから。私だって何度も何度も何億回も考えたんですよ。方法がないんですよ。
「なんで、お前は誰も頼らないんだよ。昔も今も」
「笑わせないでください。私があなたを頼る?私以下の人間に対してどうして?」
頼ったって何の意味もない。余計に犠牲が増えるだけじゃないですか。
「私が頼れないなら、せめてあいつを頼れよ。あいつはずっとそれだけを」
しつこいしつこいしつこいしつこい。あぁ、そうかこの気持ち前にも感じたことがある。
「うざいんですよ。むかしっから。行信さんもあなたも」
私は乗りかかられた状態で満ちゃんの顔面を殴る。こんな状態じゃあ録に力が伝わらない。非効率的だ。本来なら殴りかかってきた手を利用し抜け出すのが最良なのに。わかっていてそれができない。
「あなたなんかになにがわかるんですか。私がどれだけの思いでこの街に来たか。本当は来るべきじゃないことはわかってます。行信さんを苦しめることだけだってのも」
でも会いたかったんですよ。いいじゃないですか。最後に少しだけ良いおもいしても。少しだけでも夢をかなえたかったんですよ。
「違う違う。お前は帰ってきたことが間違いなんじゃない。あの時、何も言わずに去ったこと。そして、今もなにも頼ろうとしてないことが問題なんだよ」
「そんなこと無理なんですよ。私だって本当はずっと一緒にいたい。頼ってどうにかできるならどうにでもしてます。でも、無理なんです。何回計算してもどう立ち回っても。どうすることもできないんです」
「やてみなきゃわからないだろう」
何回殴られただろう。何回殴り返しただろう。もう、覚えてない。少なくても数日は行信さんに見せられる顔ではなくなったことだけは確かです。
「本当に、ほんとうにうざいんですよ。あなたも行信さんもこんな化け物みたいな私に」
とうとう、私は泣き出してしまった。
私、神崎清美は人間ではない。
父は大学院の准教授。あまりうだつの上がらないが優しい父親だと思っていた。母は昔から多芸に秀でてて何でも手を出していた。どっちかといえば母に似たのだろう。幼いころから優秀すぎる頭脳を持っていた。三歳だったはずだ。父が思い悩んでいる研究を遊んでくれない私が見かねて解決したのだ。三十秒で。父が数年悩んでいた事なのに。
「さ、さすがは由乃の娘だ。すごいねぇ」
その言葉を額面通りで受け止めてしまった私も間抜けだ。顔は恐怖を必死で隠そうとしていた顔なのに。
私はそれ以来知識というものを魅入られたように吸収した。5歳になるころには過去の偉人たちの愚かさが分かった。ニュートンの法則?エーテルなんて存在しないなんてわかりきっているのに。フェルマーの採取定理。なかなかの難題だ。一時間ほど予備知識なしで挑んだらかかってしまった。そして、これらを今まで解けなかった人たちはなんと愚かなことか。同時に何個か自分で作った技術を世に流してみた。結果世界が傾きかけた。唯一の救いはそれが、まだ作られるほどの技術がなかったということか。
「お前なんか私の子供ではない」
父が私に向けた最後のことばだ。そう、その時に私は自分が化け物だということを理解していたのだ。以来人を軽蔑するようになっていた。
だから、化け物の私は人を頼らない。だって無意味だから。
あぁ、あの人はいつもあきらめが悪い。
私が父に捨てられて以来私は荒んでいた。それを救ってくれたのはもちろん行信さんだ。
小さい頃、あの人のことは覚えてなかった。母の友人の息子。遊んだこともあったが、上辺だけの付き合い。すぐ近くに住んでいたのに遊ぶことはすぐになくなっていた。しかし、父がいなくなってすぐにあの人は私を構いだした。
うざかった。それまでは他人だったのがうざいという一点で存在を認識した。何度も何度も返り討ちにした。実は行信さんを七回ほど原因不明の事故。または病気で病院送りにしたことがある。本人には私とはわかる形で。でも、次の日には私に近づいてくるのだ。私に近づきたいそれだけで、周囲から異端児の扱いを受けていたことも知っている。耐えられなくなった。
だから、行信さんを自分の拳でコテンパンにした。当時から普通の子供の中では強かった行信さんも私にはかなわない。私は体の動きのすべてを把握しているのだから。動きを把握すれば相手の動きを掌握することも簡単だ。何度も殴り。投げ。踏みつけ。しかし、それでも彼は立ち上がってくる。そいて、怯えも恐怖もなく手を差し伸べてくるのだ。信じたくなかった。それを手にすればまた裏切られる恐怖が生まれる。さらに何度も何度も倒した。骨だって何本もおれるはずだった。死んでいておかしくはなかった。それでもふらふらになりながら近づいてくる。殴っているこっちが腕が上がらなくなった。いつからだろう。私は泣いていた。そして、最後の最後の彼の限界がきて倒れ掛かってきたのだ。私も一緒に倒れてしまった。彼の体温に触れながら。
「僕の勝ち」
「あなた一度も私を殴ってないでしょう」
その時私は彼に恋をしたのだ。後で母に死ぬほど怒られた。あれは年齢のこと以上だった。後にも先にあれだけ怒られるのははじめてだった。死ぬかと思った。
母はもともと知っていた。私がやらかしてきたことも。しかし、行信さんが土下座してまで頼み込んできたらしい。何度も何度も殴られた。抵抗することなくただただ泣いた。
そして、しばらく行信と一緒に入院するはめになった。次の日には元気に走り回っていた彼を見て人間自分の想像をはるかに超えることなんてあると初めて思い知らされた。
「なぁ、頼むよ。私はお前と行信が心から笑ってる姿が見たいんだよ」
「私ならとても人の恋路を応援することなんてできませんが。私満ちゃんのそういうことだけは認めてます」
もう、殴り返す気力もなくなってしまいました。その時、乾いた拍手が響き渡った。
「いやぁ、いいもの見せてもらったってわけでもねぇな。もう少し女の子同士の喧嘩なんだから色気ださねぇ?」
登場早々下品な言葉を言う男。私はこの男を知っている。今、最も合いたくない男で。私が行信さんをあきらめる原因ともいうべき最悪最強の男だ。
サブタイトル微妙です。今度直すことになると思います。ってか更新毎日無理でしたね。仕事がいろいろあって。朝四時から夕方八時まで拘束されると・・・さすがにきついっす。頑張って明日更新できたらと。もう一つの作品も明日更新する予定です