未来
天使と出会い、理不尽な死を回避し、母と友を失った僕。
金銭面は問題が無かったが、家事全般はいきなり僕が請け負った。それでも手探りでなんとかしていった。
中学生になり、新しい環境になり、僕には友達が出来た。
ナノハが約束を守ってくれた事に、感激と、嬉しさと、申し訳なさが僕の心の中で吹き荒れ、失った友の存在のあまりの大きさに、涙が止まらない夜もあった。
そしてその後は、平凡で充実した、人並みに幸せな人生を送った。
高校と大学へ進み、就職し、結婚し、子供が出来て、孫が出来て……。
不思議な事に、ナノハの事は忘れていない。
おそらく、母を失った原因がピアノで、ピアノをやめられたのはナノハのおかげだから、ナノハの事を忘れたら記憶に不自然な穴が空いてしまうからだろう。
今僕は、病院のベッドの上だ。
日本人の死因第一位の癌によって、命が尽きようとしている。
周りには家族と中学からの友人がいて、心配そうに、不安そうに僕の顔を覗き込んでいる。
そして、心臓が停止した。天使によって長らえた命はたった今、この世を去った。
***
一瞬目の前が暗くなったのち、ふっと意識が軽くなり、浮遊する。
身体を離れ、吸い込まれるように空へ昇る。
そして、止まった。
此処は……何処だ?
様々な色がゆらゆら漂っていて、その色の一つに僕はなっていた。
そのままゆらゆら揺れる。暫くすると、色が固まり出し、僕は小学校高学年位の見た目になった。
そこへ、一つの色がやって来て、僕の前で形を固め始めた。
その姿は、懐かしい、天使ナノハだった。
「ナノハ……」
そう呟く僕の声も、死ぬ前のしわがれた声ではなく、小学校の頃のボーイソプラノに戻っていた。
「久しぶり、ミライ」
にっこりと笑うその顔も、声も、記憶の中にある通りだ。
菜の花の様に、明るく咲き誇る。
「遅かったね。わたし、かなり待ったんだよ?」
「ごめん」
「いいのいいの」
「いや、そうじゃなくて。その、別れる前に当たって、酷いこと言って、ごめんなさい」
頭を下げる。
「そんな、謝らないで。お母さんの死を予想できたはずなのに、言わなかったわたしが悪いの。こちらこそ、ごめんなさい」
「ナノハが謝る事じゃ無いよ。僕は、間違っていたんだ。それに気付いていたのに訂正もしなかったし……」
「ううん。あながち間違ってもいなかったよ。お母さんの死は予想出来なかったんじゃなく、してなかったの。仕事を、怠ったの。だから、ミライの怒りは間違いじゃない」
お互いに、謝り合う。
それが終わって、互いに許しあった。
そして、笑い合った。
昔の様に。
「あははは!」
「くくくく」
「あははっ! あ、そうそう。わたし、今回は仕事なの」
「仕事?」
「うん。実はね……。ジャーン! おめでとう! ミライは、天界に行く事に決まりました!」
え、え、えええ~!
て、天国に!?
「そう! だから此処に来たの。此処は、死んだ地球の生き物の待合室。この後、天国に行くか地獄に行くか、生まれ変わるか幽霊になるかが決まるの。この中から、それぞれの次元の使いが魂を連れて行くんだよ」
へぇ~。
「ミライは、『普通の人生』を『幸せ』と感じたから、魂が洗われて、天界に行く資格を得たの」
そんなことで、魂は洗われるのだろうか?
「人によるね。でも、何をどう感じるかでその魂の価値はかなり左右される」
そうなんだ。
「じゃあ、行こうか。天界へ」
「はい」
僕は厳かな気持ちで、差し出されたナノハの手の上に自分の手を乗せた。
こうして僕は、初めて出来た友と、天界へ昇って行った。
***
僕は天界で、ナノハと同じ仕事を始める事にした。
天使として、地球の子供の救いになりたくて。
手が空くと時々、天国に来る魂を待合室から連れてくる仕事をするのだが、その時に子どもの魂を見かける度とても哀しくなるから、そんな自分の心を救う為でもある。
僕は未来という名の他にもう一つの名、諱を賜ったが、子供達の前ではミライと名乗っている。
僕こと天使ミライは、かつてナノハにしてもらったように、彼等の命を救う。
彼等の――未来を守る。
完結しました!
「笑い上戸な名無しの天使――ミライの未来」、いかがでしたでしょうか。
楽しんで頂けていたのなら、幸いというしかありません。
それでは。