表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

回避

 次の日、土曜日の朝。

 起きたら既に母さんは帰ってきていて、朝ご飯を上機嫌で作っていた。


 「未来、おはよう」


 そう言っておっとりと微笑む。


 「……おはよう」


 目を擦りながら返し、ダイニングにつく。


 「ねえ、一昨日の事だけど。もう、あんなこと言わないでね。約束よ。いいわね?」


 僕が食べ終わったところを見計らい、母さんは聞く。

 最後にハテナマークが付いているとはいえ、『いいわね』なんて断定的に言っている。

 でも答えは勿論、


 「良くない。何回でも言うよ。やめさせてくれるまで」


 だ。


 「あら、まだ寝惚けているのかしら? 顔を洗ってらっしゃい」


 僕の反応が期待と違ったので、耳を疑ったみたいだ。


 「寝惚けてないよ。もう目は覚めてる。顔は着替える前に洗うからまだ良いや」


 いつもの様に応じる。


 「だったら、お母さんの言う事分かるわよね?」

 「うん。分かってる。だから、嫌だって言ってるんだよ」


 分からないのはそっちでしょ、と言おうとして、留まった。余計な事は言わなくても良い。


 「未来あんた、反省してないでしょ。でないと、今日もお母さん、お祖母ちゃんの家に行くわよ」


 段々、言い方に棘が混じってくる。

 でも、僕は引くわけにはいかない。


 「別にいいよ。まあでも、これ以上食事抜かされたら、飢えて死んじゃうよ、僕。そうしたら虐待で警察に逮捕されるんじゃない、母さん?」


 明らかに、言葉に詰まっている。


 「な、生意気言うんじゃありません! それに、質問にも答えなさい! 反省したの、してないの?!」


 でました、『生意気』。出来ないオトナの決まり文句! 

 ナノハだったらそう言っているんじゃないかな、と思い、笑いそうになる。

 でも堪えて、


 「してないよ。反省しようにも何処をどう反省すればいいのか分からなかったから」


 と、さらりと流したように聞こえる様に、言う。


 「ねえ、どうして僕はピアノをやらなくちゃいけないの? やめちゃいけないの? 疑問を持つのも、『やめたい』って言うのもだめなの?」


 次は、ふと思い浮かんだ疑問を訊く様に。


 「それは……わたしが出来なかったから、未来には『出来ない』ことの悔しさを味わわせたくなかったのよ!」


 ヒステリックってこういう状態なのかな? 興奮した様に叫ぶ。

 本音を隠してるつもりなのかもしれないけれど、つまりは僕は母さんの夢を代わりに叶える為に生まれてきた、ということか。


 「でも僕、やりたいなんて一言も言わなかったと思う。言ってたとしてももうやりたくない」


 でも僕は、気付いていないふりをしてみる。


 「あんたは、わたしの言う事だけ聞いていればいいの!」


 ああ、これも本音だ。


 「なんで? 少し位僕の自由にさせてくれてもいいじゃん」


 無邪気に見えたかな?


 「未来はね、お父さんとお母さんがいなきゃ今ここにいなかったのよ。だから感謝して、わたしの言う事を聞かなきゃいけないの!」

 「じゃあ他の皆はどうしてピアノ行かなくても良いの? 親の言いつけを守らないでゲームセンターに寄り道する人がいるんだけど母の日とか父の日には高い物買ったって自慢してたよ」

 「う……うるさい! こんな悪い子うちの子じゃありません!」


 矛盾が出てきた。攻めてみる。


 「うちの子じゃない? だったらますます、なんで母さんじゃない人の言う事を聞かなきゃいけないの?」

 「そ、それは……」


 とうとう、母さんは何も言えなくなったようだ。


 「脱線したけれど、僕が言いたいのはピアノをやめたいって事だけだから。じゃ、ごちそうさま」


 食器を台所へ運ぶ。


 「じゃあ、未来、あなたはどうしてピアノをやめたいの?」

 「疲れたから。楽しくないし、やる気もない。別にプロになりたいわけでもないし、これ以上上手くならなくても良いし。だからやめたいんだ」


 このまま続けたら死ぬしね。と心の中で付け加える。


 「もう、分かったわ。勝手にやめなさい。自分で電話をいれなさい」


 やった! やめていいんだ!


 「電話番号知らないよ」


 感情を抑えて、言う。


 「ああ、そうだったわね……」


 疲れた素振りを見せて、母さんは電話をし始めた。



 ***



 その日は、とても楽しかった……と言う風にはならなかった。

 母さんが、物凄く沈んでいたのだ。

 今までのおっとりした、穏やかな母さんとは別人の様で、無表情、無反応。なんだか出来損ないのからくり人形(ロボット)の様だった。

 そのせいで、この家の空気はどんよりと重く、折角やめられたのに、僕の嬉しさはどこかへ飛んで行ってしまった。

 そしてその空気を振り払うことなく、夜を迎えた。

 自分の部屋に行くと、案の定、ナノハが迎え入れてくれた。


 「おめでとう。これでミライは、理不尽な死を迎えなくて済むよ」


 穏やかな、微笑を滲ませていた。いつもの底抜けに明るい笑顔ではない。

 でも僕の口は、別の疑問を発した。


 「ナノハとは今日でお別れ?」

 「ううん。死亡回避を確認するまで、つまり次の火曜日まではミライの傍にいるよ。その後わたしは天界に返って、ミライの記憶から消える。記憶に穴が空かない様に暫くしてからね」

 「そう……じゃあ、どっちにしろすぐお別れだね」

 「でも、それまでに沢山お話ししよう。友達だから、ね!」

 「うん! でも、今日は疲れたからもう寝ていい?」

 「いいよ。ゆっくり休んで」

 「ありがとう。おやすみ」

 「おやすみ」


 今度は、いつもの様な明るい笑みをこぼし、またすっと消えた。 

 死亡回避には成功しましたが、まだ続きがあります。次か、次の次位に完結すると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ