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幻覚

短編のつもりで書いていたのですが、長くなってしまったので急遽連載に変更しました。

楽しんで頂ければ、幸いです。

 「はあー……」


 ピアノ教室の帰り道。

 ぼくはいつもの様にうつむき、溜息を吐きながらとぼとぼと歩いている。

 何故か。

 それは、母さんに無理やり通わされているからだ。

 本来音楽は、『上手くなりたい』と思わなければ、苦しむものではなく楽しむものなのに、何回「やめたい」と母さんに言っても、適当に「そうね、そのうちね」とあしらわれて、やめさせてくれない。

 プロになりたいわけでもないのに、毎日何時間も家では練習させられているし。

 家だけ出て無断欠席しても、どうせピアノの先生から連絡が行き、説教コースまっしぐらだ。面倒は避けるに限る。

 かなりのスパルタだけど、やる気も無いから上達のしようが無い。

 時間ギリギリまで怒られ、絞られ、やっと解放される。

 でも、この苦労も中学生になるまでだ。勉強を理由にやめさせてもらえれば、あと半年、辛抱すれば良い。

 そう言い聞かせ、いつも通っている。


 「はあー……」


 溜息を吐く。

 毎週火曜日は溜息百倍増量デーなのだ。普段も多いけれど。

 面白くもなんともない言葉がパッと浮かんで、一瞬ではじけて消える。


 「面白いじゃん!」


 ああ、疲れのせいか、幻聴まで聞こえる。

 女の子の声だけど、自分で自分を慰めるとか、なんかばかみたいだ。


 「幻聴じゃないよ。後ろ、後ろ」


 ……何でぼく、指示されてんの?

 そう思いながらも「後ろ後ろ後ろ……」とうるさいので、仕方なく振り向く。 

 そこには、同い年位のかわいい女の子がいた。

 宙に浮いていた。

 背中にある、鳥の翼の様な羽を、優雅に広げ、動かしながら。


 「…………」


 よし、家に早く帰って、母さんにピアノをやめさせてもらおう。

 さすがに幻聴と幻覚がセットになったって言えば、どれほど疲れているか分かってもらえるだろう。

 くるりと踵を返し、歩き始めようとしたが、


 「え、ちょっと待ってよ! 無視って、それは無いでしょ!」


 目の前の道を塞がれる。

 でもぼくはお構いなしに走る。

 どうせ幻覚だ。実体は無い。

 必死に、逃げるようにぼくは走り、走り、走る。

 幾つかの角を曲がり、家に着く。


 「た、ただいまっ!」


 ドアを開け、叫ぶ。


 「おかえりー。あらどうしたの、そんな慌てて」


 のんびりした声がぼくを迎える。

 肩で息をしながら、自分が何を言っているのか分からないまま、口走る。


 「げ、幻聴が、幻覚が、見えた、聞こえて、女の子、翼が、優雅で……」

 「え、どういうこと? 落ち着いて」


 玄関まで来た母さんに肩を撫でられるが、その甲斐なく、目の前が真っ暗になった。



 ***



 「ミライ、起きて、起きて」


 ぼくの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 起きてるよ。でも、まだ寝たいんだ。放っておいてよ。


 「だめ。今すぐ起きるの。そうじゃないと、お母さんが起きちゃうよ。わたしの姿を見られちゃう。勝手に人を呼んだら怒られるんでしょ? ご飯を抜かされちゃう」


 何で知ってるの?

 大きな疑問が湧き、はっきりと目が覚めてしまった。

 仕方が無いので、起き上がり、寝ていたベッドに腰掛ける。


 「おはよう、ミライ」


 目の前には、ピアノからの帰り道に現れた女の子がいた。

 今回は、浮いていない。

 幻聴に目を覚まされるなんて、ヒニクなものだ。

 サクランして、恰好つけてよく知らない言葉を使ってみる。


 「使い方は合ってる。でも、わたしは幻聴でも幻覚でも無いよ」

 「だったら何なんだよ。羽が生えてる女の子がいるなんて、幻覚以外にないだろ!」

 「あ、やっと口きいてくれたね。」


 ぼくの疑問に答えずに、幻覚はにっこり、美しくほほ笑む。


 「だから、幻覚じゃないってば! わたしは天使なの。だから羽が生えてて、実体が無いの!」

 「天使? ああ、妄想も膨らんでるよ。ぼくもうすぐ死ぬのかな」


 あれ、そういえば、ぼくはほとんど何も喋ってないのに幻覚は話しているね。

 あ、そっか。幻覚は自分で創りだした物だから、ぼくのことは良く分かってるはずだもん。納得。


 「納得しないでよ! わたしはて・ん・し! 人間の思考くらいお見通しだよ! それに、自覚がある幻覚なんて無いの! オッケー? ドゥーユーアンダースタン?」

 「オッケーじゃない。あと、最後のどういう意味なの?」

 「あ、そっか。まだ小学生だもんね。英語は習ってないのか。ごめんごめん。分かった? って意味だよ。分かった?」

 「分かった、分かった。理解したよ。ぼくの知らない事を知ってる幻覚なんてあるはず無いよね」


 納得した。いや、無理やり納得させる。


 「かなり無理があるけど良いか。しょうがない」

 「で、天使サマは、ぼくに何の用があるの……あるんですか」

 「今更敬語使わなくても良いよ。用って言うのは、ミライがもうすぐ死んじゃうから、お知らせに来たの」


 そっか、ぼくはもうすぐ死ぬのか。

 …………。


 「ええぇー!」


 え、え、え、う、嘘でしょ!?


 「嘘じゃないよ」


 天使はごく静かに、けれどもきっぱりと言い切った。

その言い方でぼくは、事実なんだと思った、いや、知った、いや違うな? 何て言えばいいんだろう。


 「悟った、じゃない?」


 ああ、それだ。『悟った』。

 そっか……。

 あれ、怖くない?

 テレビとかで、余命宣告をされた人は皆、最初は怖がっていたのに。


 「それは、ミライが死んでも構わないと思っているからじゃない?」

 「……どうだろう。分かんないよ」


 死ぬということに実感が湧かないからかもしれないし。

 まあ、いいや。どうせ死ぬんだから、何かを考えても今更だ。


 「そんなことないよ。ミライがもうすぐ死ぬっていうのは、あくまでも可能性の話だから。これから何が起こるかで、変わってくるの」

 「可能性?」

 「そう。確率はかなり低いけれどね」


 なんだ。だったらあんまり何をやっても意味無いんじゃないか。


 「何でそんなに諦めるのが早いの? 死にたいの、むしろ?」


 天使が泣きそうな顔をするので、安心させるように、言い聞かせるようにぼくは言う。


 「違うよ。あんまり死にたくないけど、別に死んでも良いかなって」

 「何で?」


 ああもう、しつこい。


 「しつこくて悪かったね。で、どうして死んでも良いなんて思うの?」

 「疲れたからかな?」

 「疑問形かい。でも、嘘では無いみたいね。っていうか、それが原因なんだけどね」

 「何の原因?」

 「ミライの死因」

 「へえ、ぼくの。って、死因!? 疲れが?」

 「過労死ってやつだね」


 聞いた事あるな。たしか、働き過ぎたり我慢し過ぎたりして死んじゃうんだっけ。


 「そう、そう。ミライ、何に疲れているの?」

 「どうせ知ってるんでしょ」

 「うん。でも自分で気付いて、自分で言わなきゃ」

 「分かった……。ピアノだよ。やりたくないのにやらされてるからね。しかも家では毎日練習させられるし」


 言いながら、考えた。

 ピアノが原因でぼくが死んだって知ったら、母さんはどう思うかな。

 自分のせいだって悲しむかな。悲しんでくれるかな。


 「きっと悲しむよ。」


 ふうん。別にいっか。


 「え、何で!? お母さんのこと嫌いなの?」

 「嫌いじゃないよ。」

 「だったら!」

 「好きでもないけど」

 「……え? どういうこと?」


 何と言えばいいのか、分からない。

 何とも思ってない。

 これかな。

 血の繋がった、他人。


 「そっ、か」


 天使は、哀しそうな顔をした。『悲しそう』じゃなくて、『哀しそう』。

 でも、重たい空気を振り払うべく、笑顔で、話題を変える。


 「そうそう、ミライの延命ができたらわたしについての記憶を消さなければならないの。でも、何かしらの、『天使がいた』ことの証明、というか足跡、というか、今までの日常を少しだけ変える事が出来るの」

 「どういうこと?」

 「例えば、お父さんが昇進して少し贅沢が出来るようになったとか、アレルギーを治すとか、転校生が来て親友になるとか、死因に直接の関わりが無い所を、人生の道が大きく変わらないように、ちょっぴりプラスになるように変えるの」

 「へえ。凄い」


 ぼくの反応に、嬉しそうにくるくる回る。

 ついでに、羽もばさばさ動く。


 「でっしょー!」


 どうやら、この仕事が好きらしい。どことなく得意げだ。


 「これは、おまかせなの? それともリクエストに応えてくれるの?」

 「リクエストに応えるの。その選択肢のなかに『おまかせ』は入っているけれどね。まあでもどっちにしろ人生の道を大きく変えるようなものには応えられないから、ご注意を」


 最後は、おどけた様に、いたずらっぽく笑いながら言う。

 つられてぼくも笑顔になる。

 でも……。

 そうか、記憶が消されるのか。

 少し寂しいかも。


 「へえ、寂しいって思ってくれるんだ。優しいね」

 「優しいのとは違う、かな? ぼくは友達がいないから、こんなふうに楽しくお喋りするのに憧れていたんだ。それが出来なくなるのは、寂しい」

 「じゃあ、延命出来たら、ミライに二番目の友達が出来るようにしてあげる」


 それは嬉しいな。

 ん?


 「二番目?」

 「あら、わたしは友達じゃないの?」

 「え? 友達になってくれるの?」

 「もちろん! 覚えていられないけどね、ミライは」


 そんな……。

 初めてできた友達の記憶が無くなるなんて。

 物凄く嬉しいはずなのに、とっても哀しい。


 「ごめんね。でも、それが決まりなの」


 決まりなら、しょうがない。

 きっと、この天使にはどうにもできない事なんだ。

 悔しいけど、諦めるしかないんだろうな。

 延命出来るまでの、期間限定の友達。

 大切にしなきゃ。

 あ、そういえば、友達を天使って呼ぶのはなんか変だね。

 名前はなんて言うのだろう?


 「わたしの名前か……。ごめん、名乗れる名前は、無いの。名前はあるんだけど、人間に教えちゃいけないの。(いみな)って言って、位が上の人しか呼んではいけなくて、その名前を知ることによって、その名のヒトを支配できるようになっちゃう、簡単に言うと『呼んじゃいけない名前』だね。それしか持ってないの」


 天使は笑ったけれど、今までのように明るい笑顔じゃない。暗いと言うか、哀しそう。

 さっきも哀しそうな顔をしていたけれど、笑顔な分、余計に哀しみが強くなったように見える。


 「でも、『天使』って呼ぶなんて、変だよ。絶対変! 友達に『人間!』とか呼んでいる人間なんて、見た事ないでしょ?」


 ぼくは訴える。

 そして、アイデアが頭に浮かんだ。


 「そうだ、人間にも名乗れるように、他の名前をもう一つ作ればいいんだよ!」

 「名前を、作る?」

 「うん!」


 天使は、驚いた顔をする。

 そしてすぐに、明るい、明るい笑顔になる。


 「いいね、それ! (あざな)かあ! あ、字っていうのはあだ名のことね。名案だよ! どんなのが良いかな?」


 そうだな……。


 「花の名前が良いんじゃないかな」

 「どうして?」


 今見せてくれた天使の笑顔が花が咲いたみたいだな、と思ったから。

 恥ずかしいから口には出せないけど。

 どうせぼくが思ってる事なんて筒抜けなんだし。


 「よく分かってるね。ふふふ」


 今度の笑顔は、にやにやしている。


 「嬉しいんだもん。花みたいだって言われてさ」


 喜んでくれてたんだ。良かった。


 「よし、じゃあ、候補を挙げていこう! ……と言いたいところだけど、もう朝になっちゃう。お母さんが起こしにきちゃうから、今日の夜、またお話しよう。死亡回避のことも話さなきゃいけないから」


 ああ、昨日は家に帰って気を失ってしまって、ご飯も食べずそのまま寝てしまったんだ。

 気付いたとたん、お腹が空いていた事に気付いた。


 「分かった」


 そう返事をすると、天使はすっと見えなくなった。

 ぼくはお母さんが起こしに来たときのために、布団をかぶった。

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