真相判明
寒さで震えてしまっているかのように、スマホを持っている手が戦慄いている。
全く想像をしていなかった朱音と隼斗の関係を聞き、体にも動揺が伝わってきてしまっているのだろう。
気分的には彼女と友人が自分の知らぬところで一緒に会っていました。……という事に近いのかもしれない。
朱音とはまだ付き合ってないけど。
なんとかスマホを操作して朱音へと電話をかけスマホを耳にあてれば、コール音が耳朶に聞こえてくる。
ほんの二・三回しかまだコール音が聞こえていないはずなのに、やたら長く感じてしまっていた。
こんなに動揺しなくても大丈夫だ。絶対に。
頭ではわかっている。隼斗と朱音の間には何も無いということが。
仮に隼斗が朱音の事を好きになったとしたら、隼斗の性格上きっと俺に告げてくれるから。
では、逆に朱音が隼斗の事を好きになったら……?
「ああっ!」
もう無理。考えるだけで無理。
段々とネガティブな方向に考えてしまう自分に対して、「考えるな」と言い聞かせるが勝手に頭の中で映像として浮かんできてしまっている。
朱音が俺以外の人を好きになって付き合ってしまったら、俺は祝福することは出来ないかもしれない。
しばらく何も手につかなくなってしまう自信がある。
早く朱音の口から真実を聞かせて欲しい。そうすれば、きっとこの気持ちも落ち着くだろうから。
精神の安定のためにも朱音に話を聞きたいがコール音のみが続いている。
「朱音が出ない! まさか、隼斗と電話中なのかっ!?」
焦りの声を上げれば、「落ち着きなよ、匠」という冷静な父の声が背に降りかかったため、俺は振り返った。
「朱音が出ない!」
「コール音は鳴るの?」
「聞こえている」
「なら、電話に気づいていないだけだよ。個人でスマホを持ち連絡先を知っているのに、家の電話にかけるってことないだろうし」
「朱音と隼斗って番号を交換しているのっ!?」
「そこまでは聞いてないなぁ。どうなんだろうね」
どうしよう。ますます感情の波が大きくなってしまい、全身の血の気が引いてしまったかのように体が重く冷たくなっていく。
「大丈夫だよ。きっと出られないだけだから。ほら、深呼吸」
俺は父の言う通り深呼吸すれば、コール音が消え留守電に切り替わってしまう。
簡単にメッセージを残し、俺は電話を切る。
手に持っていると気にしてしまうからテーブルに置こうかなと思っていると、スマホから電子音が響き渡ってきた。
部屋中に緊張感が走り、俺は手にしているスマホを凝視。
「朱音からだ」
世界中で一番大好きな名前がディスプレイに表示されている。
俺はスマホを操作し、耳にあてると唇を開く。
「もしもし、朱音っ!?」
『もしもし、匠君? ごめんね、電話に気づかなくて。お風呂に入っていたの』
「いや、いいんだ。朱音から電話をかけて貰ったから折り返すよ。俺、通話料がかけ放題プランだからさ」
『うん。いつもごめんね、かけて貰ってばかりで』
「全然。じゃあ、また」
『うん、また後で』
朱音の通話が切られたのを確認すると、俺は父の方へと顔を向ける。
「朱音が出たよ。風呂入っていたようだ」
「良かったね」
「あぁ」
俺は頷くとリダイヤルを押して朱音へと電話をかければ、すぐに朱音は出てくれた。
『もしもし、匠君?』
「あぁ、俺だ。朱音、実は単刀直入に聞きたいことがあるんだ。隼斗のこと、どう思う? 朱音と同じ小説が好きで気があうみたいだし、俺から見ても隼斗は良い男だと感じるんだ」
だから好きになった? ということは聞けず。
「匠、それじゃあ、朱音ちゃんに隼斗君を薦めているように聞こえるよ」
後ろからかけられた父の声に対して、俺はとっさに叫ぶ。
「それ困る!」
『匠君?』
朱音の困惑した声が聞こえた。
――お、落ち着け俺。
「朱音。父さんの誕生日プレゼントにネクタイを選んでくれただろ? 隼斗と隼斗のお父さんと一緒にお店で選んだって聞いたんだけど」
『うん、そうだよ。もしかして隼斗さんに聞いたの?』
「父さんが隼斗のお父さんとパーティーで会って、ネクタイの話になったんだって。俺、朱音と隼斗の仲が良かったのを知らなくてびっくりしたよ」
『偶然出会ったの。隼斗さん達が車で通りかかって見つけてくれたんだ』
朱音と偶然出会えるのか。
俺、一度も朱音と町で遭遇したことがないのだが。
みんな、よく朱音と偶然出会えるよなぁ。
『プレゼントに悩んでいるのを知って、ネクタイ専門店を紹介してくれたの。隼斗さんも隼斗さんのお父さんも優しくて素敵な人だよね』
「そうだったんだな。俺もびっくりしたけど、父さんがびっくりして今俺の部屋にいるんだ」
『ごめんね。プレゼントを内緒にしたくて、隼斗さんのお父さんにも秘密にして貰ったんだ。匠君には隼斗さんから聞いているかなって思って』
もしかして、隼斗も朱音から聞いてるかなぁと思って俺に言わなかったのかもしれない。
「いや、いいんだ。ちょっと動揺しちゃっただけだから。父さん、朱音から貰ったネクタイを大切に使っているよ。今日もパーティーに着けていったんだ」
『本当? 嬉しい! 誰かにネクタイを選ぶのなんて初めてだったから、不安だったの』
「俺も時々スーツを着るんだ。今度、一緒にネクタイを選んで欲しい」
『私?』
「ほら、毎回自分で選んでしまうと、どうしても偏ってしまうからさ」
自分でもすらすらとよく言葉が出るなぁと思う。
だが、これはチャンスだ。生かさねばなるまい。
「勿論、朱音の都合の良い時で構わない。受験終わってからでも良いし」
『私、センス良くないよ……?』
「父さんにプレゼントしてくれたネクタイ、かなり良かったよ。俺も欲しいくらいだ」
『ありがとう。自信ないけど、私で良ければ……』
「本当っ!? すっげぇ嬉しい!」
朱音にネクタイ選んで貰えるなんて、明るい未来に段々近づいているんじゃないか。
階段を昇る様に、最終的には朱音と結婚してネクタイを結んで貰いたい。
妄想のシチュエーションが現実に!
「匠」
「ん?」
「僕にも変わってー」
父から声をかけられたので、俺は頷く。
「朱音、父さんが朱音と話したいんだけどいい?」
『うん』
朱音が弾んだ声をあげた。
毎回思うけど、朱音と五王家は本当に仲が良い。
去年の修学旅行中なんて、俺がいなくても五王家でシロと遊んでいたりしていたし。
もうすっかり馴染んで家族の一員だ。
「もしもし、朱音ちゃん? ネクタイね、今日もパーティーに着けて行ったよ……うん、そう……隼斗君のお父さんと出会ってさ。羽里さんと朱音ちゃんが仲良いから焼きもちやいちゃったよ。朱音ちゃんのこと凄く気に入って、ぜひお嫁に欲しいってまで言っていたからさ」
「それ聞いてないんだけどっ!!」
つい叫んでしまったのは仕方がないだろう。
俺は隼斗のお父さんが朱音のことを羽里の嫁に狙っていたなんて知らなかったから。
――五王だけじゃなくて、羽里も朱音のこと気に入っているのかっ!?
いつの間にか増えたライバルに、俺は頭を抱えたくなった。
「あっ、そうだ。朱音ちゃんってネクタイを結べる? ……そうだよね~、学校の制服はフック式だし。今度会った時に教えるね! ほら、結婚した時に夫のネクタイ結ぶってシチュエーションがあるかもしれないし」
「父さんっ!!」
父が朱音に言っているのは、俺の理想のシチュエーションの一つだ。
今朝話した内容を覚えていて言っているのだろう。
もう忘れて欲しい……
「もう少ししゃべりたいけど、匠が朱音ちゃんと話したいみたいだから代わるね……うん、また」
父がスマホを俺へと差し出したので受け取った。
それから朱音と少し話をして、俺は電話を切った。
本当はもっと彼女としゃべりたいけど、朱音が受験勉強中なので、あまり長時間話をしないように気を付けている。
受験が終われば時間を気にすることなく沢山話が出来るだろう。
「会えない時間が増えるって、こういうことが起きるんだな。でも、俺は朱音のことが好きだし諦めるつもりはない。お祖父様を目指して頑張る!」
部屋でくつろいでいる父に宣言するように告げれば、父は目を大きく見開き「え、お父さんの方なの? 僕じゃなくて?」と口にした。
「父さんではぶっ飛び過ぎて参考にならないよ。お祖父様なら参考になると思うし。なんていっても、ジンクスの当事者だったから」
「ジンクスって?」
父が不思議そうに俺の方を見ている。意外な反応だ。
なんでも知っていそうな父だが、どうやらお祖父様のジンクスの件は知らなかったらしい。
「とある喫茶店で告白すると恋愛運がアップするってジンクスがあるんだ。なんでも、昔とある御曹司が喫茶店で告白して成功した上に、その後結婚まで決まったそうだ」
「お父さん、喫茶店で告白したの?」
「プロポーズは月郷だって聞いた」
「あ~、プロポーズした場所は知っているよ。お母さんに聞いたから」
そういえば、誰かのプロポーズの話って聞いたことない。
朱音に対してカフェなどでプロポーズに近いことは何度か言っているけど、正式なプロポーズはまだだ。
朱音は理想のプロポーズなどがあるのだろうか。今度さり気なく聞いてみよう。