どうなってんのっ!?
「匠、見てー。朱音ちゃんにプレゼントして貰ったネクタイ! それから、美智から誕生日プレゼントとして貰ったカフリンクス」
「……ねぇ、このやりとり何回目?」
俺は満面の笑みを浮かべている父とは対照的に、げんなりとしていた。
いつものように朝起きて制服に着替え身支度を済ませると、朝食を摂るために食堂に向かうことに。
だが、偶然ばったりと父に遭遇してしまったのが運の尽き。
このあいだ開催された父の誕生日を祝うホームパーティーで朱音と美智に貰ったプレゼントの自慢が始まった。
余程嬉しかったのだろう。
これが初めてではなく、数えきれないくらいの回数だ。
「あっ、匠に貰ったキーケースも大切だよ! キーケース、音羽達に写真送って自慢したんだー」
音羽さん達とは、父の友人。
全員六条院の卒業生で在学中は父を支える生徒会役員。
つまり、あの予告なしライブをした仲間でもある。
ちなみに音羽さんは昨年、朱音と訪れた別荘付近で出会った吉良の父親だ。
みんな日本の経済を動かすほどの人達なので多忙。
けれども、年に数回時間を作って集まっているらしい。
「二人とも廊下で突っ立って一体何をしているんだ?」
怪訝そうな祖父の声が背に聞こえ、俺は振り返った。
「おはようございます、お祖父様」
「おはよう」
「父さんがまたプレゼントを見せびらかしているんですよ……ほんと、羨ましい」
俺だって朱音にネクタイを選んで欲しい! いや、一緒に選びたい!
勝手に頭の中で光景が浮かび顔が緩んできてしまったため、俺は慌てて顔を引き締める。
「きっと近い未来には、俺も朱音にネクタイを選んで貰います。その上、ネクタイも結んで貰いますので」
「定番中の定番が匠の理想のシチュエーションなんだね。僕、秋香に結んで貰ったことないなぁ」
「私もない。自分で結べるから想像したこともない」
「俺だって時々スーツ着ますから結べますよ。六条院の制服もフック式ではないので自分で結びますし。でも、自分で結ぶのと朱音に結んで貰うのは違うんです。ほら、ネクタイ結んで貰う時って、距離が近くなるじゃないですか!」
と力説すれば、祖父と父がにやにやし出したので、俺は二人を置いて足早に食堂へと向かった。
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(光貴視点)
人付き合いも仕事の一つ。例えば、招待されたパーティーへの参加だ。
秘書によって招待状が選別され、僕が参加しなければならないものは僕の予定に組まれ、会長である父が担当した方が良いものは父に届けられる。
僕は今日も仕事の一環として招待されたパーティーへ出席していた。
老舗ホテルの大広間では、煌びやかな衣装に身を包んだ老若男女がグラス片手に談笑している。
彼等の傍にある窓からは、黒く塗りつぶした空に淡く光る満月が。
今日の仕事はこのパーティーで終わりだから直帰できる。
――ひと通り挨拶は終わったかな。
社交の場なので挨拶に来てくれる人達が多く、挨拶だけでも結構時間がかかってしまう。
やっと自分の前から人が消え、手にしていたグラスに口につければ、生温くなってしまったアルコールが喉を潤してくれた。
「五王さん」
突然名を呼ばれたので、弾かれたように顔を左手へと向ければ、呉服屋・羽里の主人であり、匠の友人でもある健斗君達のお父さんの姿が。
――珍しいなぁ。
パーティーで時々お会いすることはあるが、呉服屋であるため、大抵は着物を纏っている。
だが、今は珍しくスーツ姿なので、僕は羽里さんのスーツ姿に興味を持ってしまう。
人懐っこい笑みを浮かべながら、羽里さんは僕の方へやって来た。
「こんにちは、羽里さん。いつも匠がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ。うちの健斗と隼斗が匠君にお世話になっています」
「珍しいですね、スーツ姿なんて」
「実はネクタイを自慢したくて、最近はスーツを着用しているんです」
ネクタイ自慢か。僕も気持ちはわかる。
やっぱり嬉しいと人は自慢してしまいたくなるものだなぁと、今朝の件が頭に過ぎる。
「とてもよくお似合いですね」
羽里さんの胸元を飾っているネクタイはネイビーの紬織り。
呉服店で和をイメージする彼にはぴったりだ。
「ありがとうございます。五王さんもネクタイとてもお似合いです。露木さんのセンスはやはり素敵だ」
「ありがとうございます。すごく気に……ん?」
自分の口から間の抜けた声が漏れた後、僕はしばし固まってしまった。
秋香が隣に居たら、「あら、珍しい」と言われそうだが状況が状況だ。
仕事ならばどこまでも冷静になっていられる自信がある。
だが、羽里さんは息子の友人の父親。プライベートに頭が切り替わってしまっているので、若干頭が混乱し始めている。
どうして朱音ちゃんが選んだネクタイだってご存じなんだ?
朱音ちゃんがネクタイを購入した店は、ネクタイ専門店。調べてくれて買いに行ったのかなぁって思っていたけど、まさか――
「露木さんのお買い物に、隼斗と共にお付き合いさせて頂きました」
にこにこと嬉しそうに微笑んでいる羽里さんを見て、僕は「匠、どうなっているの!?」と、心の中で息子へ問いただしていた。
朱音ちゃんと隼斗君の二人の接点が全く結びつかないし、聞いたことがない。
「いやぁ、実はこのネクタイも露木さんが選んでくれたんですよ」
「朱音ちゃんが!?」
「うちは息子が二人なので娘に選んで貰うのが夢で。五王さんのネクタイを選んでいるって聞いて僕も羨ましくなって選んで貰いました。いや~、露木さんは良い子ですよね。是非、うちの息子の嫁に来て頂きたい」
申し訳ないが、朱音ちゃんは五王の嫁なので……とまだ言えない。
まさか、羽里さんが朱音ちゃんをかなり気に入っているなんて。
匠はこのことを知っているのだろうか。
「朱音ちゃんとはいつからお知り合いに?」
ここは情報収集するべきだろうと、僕は笑みを浮かべながら唇を開いた。
「プレゼントを選んでいる露木さんと隼斗が偶然出会ったんです。その時に私もおりまして。いや~、本当に良い子ですよね。一緒に過ごして本当にそう感じました。隼斗と露木さんが同じ小説が好きで、ちょうど映画をやっているそうで見てきましたよ。甘味処でスイーツも食べて楽しかったです」
羽里さんから聞かされた言葉は、衝撃の連続だった。
朱音ちゃんと知り合いだったということも驚きだし、何より隼斗君と羽里さんと一緒に映画と甘味処。
――匠、本当にどうなっているの!?
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(匠視点)
「寂しいなぁ……」
俺は自室にて、机に向かっている。
朱音が受験勉強のため、二人で会える時間が少なくなってしまったので気持ちの赴くまま紙に気持ちを綴っていたのだ。
寂しさのあまり、ペンが走って仕方がなかった。
真っ白だった紙が黒く塗りつぶされるように文字で埋め尽くされている。
会える時間が限られているからこそ、より二人の時間は貴重だ。
次に会える日は一か月後。俺は、もうすでにその日を心待ちにして数えてしまっている。
「よし、シュレッダーをかけよう」
以前、美智に紙を見られて以来、俺は書き終わったら即シュレッダーへとかけることにしていた。
椅子から立ち上がり、机の隣に置いてあるシュレッダーへ向かい、電源ボタンを押した瞬間。
ドタドタと乱暴に廊下を走る音が耳に届き、俺は眉を顰めて振り返った。
――シロ? いや、シロにしては足音が大きいな。誰かが走って来ているのか?
何かあったのだろうかと思っていると、自室の障子がバンッと開かれてしまう。
「は?」
そこに立っていたのは、髪と衣服を乱した父だった。
「どうしたの?」
「それはこっちの台詞っ!」
父に尋ねれば、逆に聞かれてしまう。
「待って。意味がわからない。説明して」
「隼斗君と朱音ちゃんって仲が良いの? 隼斗君のお父さんと隼斗君と朱音ちゃんと三人で一緒に僕へのプレゼント選びに行くくらいに。知らなかったから驚いちゃったよ~」
「……ど、どういうことっ!?」
想像もしていなかった朱音の名前と隼斗の名前が出て来たことにより、俺の頭が真っ白になった。
フラグ建築士の尊ならば、まだ話はわかる。
なんで隼斗が出てくるんだろうか。
「え、匠も知らなかったの? 朱音ちゃんが僕にプレゼントしてくれたネクタイって、隼斗君と隼斗君のお父さんと買いに行ったんだって。しかも、羽里さんのネクタイも朱音ちゃんが選んでくれたそうだよ。さっきパーティーでネクタイ自慢されちゃって知ったんだ」
「聞いてないんだけどっ!? だから朱音はあのお店を知っていたのか!」
あのとき店の件は気になっていた。ちゃんと気になったら、朱音に聞いておけばよかったと俺は後悔している。
「じゃあ、三人で映画と甘味処に行って来たって話も?」
「え、そんなに仲が良いの?」
フラグ建築士ってもう一人増加してしまったのか。
「と、とっ、とにかく朱音に聞いてみる!」
幸いなことに、もうすぐ朱音に電話する時間帯だ。
机に向かって足を進め、置いてあるスマホを手に取り操作しようとしたけど、指が震えてしまっている。
「僕がかけようか? 自分よりパニックになっている人間を見たせいか落ち着いたよ」
「大丈夫。俺は落ち着いているから」
と言ってはみたが、相変らず手は震えているし心臓が早鐘だった。




