誕生日プレゼント選び
真新しい制服に身を纏った新入学生を迎え、私は高校生活最後の学年になった。
今年はいよいよ受験。そのため、夏期講習に通っていた塾へ秋から通い始め、学校でも特別講習などを受けている。
志望大学は両親が決めた地元の大学のため、家から電車で通学できる距離なので合格したら匠君達と離れずに済む。
毎日、合格を目指して勉強中心の生活ゆえ、匠君達と遊ぶ時間も減っているけど彼らとは電話やアプリのメッセージで話をしている。
今度、久しぶりに五王家にお邪魔する予定。二週間ぶりに会えるから楽しみで仕方がない。
当日は匠君のお父さんが誕生日なので、食事を一緒に……とお誘いをうけたのだ。
でも、問題が一つある。
「……誕生日プレゼント、どうしよう?」
休日の昼下がり。
私は匠君のお父さんにお渡しする誕生日プレゼントを購入するべく、商業施設が立ち並ぶ場所に来ていた。
匠君の家に行くことをお母さんに告げれば、「ちゃんとしたものを買いなさい」と両親からお金を預かった。
でも、いつもお世話になっているから私もお金を出す予定でいる。
匠君のお父さんの好みがわからない上に、ブランドに疎いためお父さん世代に人気のブランドがわからない。
そのため、私はプレゼントをどうしようかな? と悩んでいた。
「やっぱり、ネクタイ?」
匠君のお父さんはお仕事の時はスーツ姿なので、ネクタイはどうかな? ってずっと考えていた。
ネクタイならいっぱいあっても大丈夫そうかなって。
でも、好みがわからない。
匠君なら知っているかもしれないと歩道の一番端に寄り、鞄からスマホを取り出す。
その時だった。視界の端に車が停車したのが入ってきたのは。
磨き上げられたシルバーの車で、エンブレムから高級車だとすぐにわかった。
私の周りでお金持ちといえば匠君達。
だから、匠君かな? って思ったけど、後部座席の扉が開き姿を現した人を見て私は目を大きく見開いてしまう。
「隼斗さん……?」
「露木さん」
着物姿の隼斗さんは、私の名を呼ぶと微笑んで軽く手を振るとこちらに向かってきた。
「こんにちは。露木さんの姿が見えたから挨拶をって。久しぶりですね、今日は一人ですか?」
「はい。匠君のお父さんへのプレゼントを探しに来たんです」
「匠のお父さんの?」
「はい。でも、どういったのが良いのかもわからないし、お店もなかなか決まらなくて。ネクタイを探しているのですが、オススメのお店ありますか……?」
「匠のお父さんなら露木さんが選んだものは嬉しがると思うよ」
隼斗さんの言葉に私も同意する。
匠君のお父さんは気持ちを大事にする人だと思うから。
「んー。着物ならアドバイスが出来るんだけれども……あっ!」
隼斗さんは車の方へと顔を向けると、もう一度私の方へと視線を向けた。
「知っていそうな人が居ましたよ。匠のお父さんとちょうど年も近いですし。車に乗っているから呼んできますね」
そう言うと、隼斗さんは停車している車へと向かい後部座席の扉を開けて中を覗き込んで何か話をしている。すると、着物姿の男性が車から降りてきた。
お父さんと同じくらいの年代の人で、万人受けしそうな笑みと雰囲気を纏っている。
私と視線がかち合うと穏やかな笑みを浮かべて会釈してので、私も慌てて同様に挨拶をする。
男性の笑った顔は誰かに似ている気がした。
隼斗さんは男性を連れ、私の元へ。
「露木さん、紹介しますね。僕の父です」
「初めまして。息子がお世話になっています」
「初めまして。こちらこそお世話になっています」
隼斗さんのお父さんだったのか。
笑った顔が誰かに似ているなぁって思ったけど、隼斗さんに似ていたのかもしれない。
――ということは、健斗さんのお父さんでもあるんだよね。
「ネクタイのプレゼントを探していると伺いました。良かったら、お手伝いしますよ」
隼斗さんのお父さんがにこにこしながら言った。
「あの……でも、お時間……」
きっと匠君のお父さんのように多忙な方なんだと思う。お店もやっているし。
申し訳ないからと遠慮すれば、隼斗さんのお父さんと隼斗さんが首を左右に振った。
「露木さん、気にしないで。僕達、家に戻る途中だったんですよ。店も父がいなくても母や従業員の方もおりますので」
「隼斗の言う通りです。ですから、遠慮せずに。お店も色々ご紹介できます。隼斗、運転手の林さんに先に戻るように伝えて来てくれ」
「わかりました」
「すみません……」
「気にしないで下さい。と言っても、やっぱり気にしちゃいますよね。交換条件と言ってはなんですが、買い物に付き合う代わりに私の分のネクタイを選んでくれませんか?」
「ネクタイですか……?」
「着物中心ですが時々スーツを着るので選んで頂きたいのです。実は話を聞いた時に、光貴さんが羨ましく思ってしまってね。娘に服や小物を選んで貰うのが夢だったんですよ。隼斗や健斗が嫁を貰うのはまだまだかかりますからね」
隼斗さんのお父さんは、私の負担を軽くするために気を使ってくれたのかもしれない。
匠君のお父さんもそうだけど、大人の余裕を感じるなぁって思っていると、隼斗さんが戻ってきた。
「伝えてきたよ」
「ありがとう。では、参りましょうか。ここから徒歩で向かえる所にあるんですよ」
私は隼斗さんのお父さんに促され、足を踏み出した。
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「すごくいっぱいありますね」
連れて来て頂いたのは、ネクタイ専門店だった。
ネクタイに専門店があるのをはじめて知ったし、ネクタイの種類にも驚く。
落ち着いたダークブラウンを基調として店内には、シックなものから遊び心あるデザインまで色々揃っている。
「海外ブランドから日本製まで種類は豊富です。オーナーのこだわりで質の良いものを揃えているんですよ。日常用として数本まとめて購入される方から、大事な商談用に購入される方まで様々です」
私達の傍に居た白髪交じりの物腰柔らかそうな店員さんは、柔らかな笑みを浮かべながら教えてくれた。
店員さんには事前に予算を伝え、案内して貰っている。
「可愛らしい柄もあるんですね」
「プライベートでお使いになっている方もおられますので。こちらのトランプ柄のネクタイがよく売れています」
店員さんがディスプレイされていたネクタイへと手を伸ばして取ってくれたのは、トランプ柄のネクタイだった。
ジョーカーやクィーンなどが描かれていて、仕事では使えないけど可愛い。
――あれ? 最近どこかで見たことがあるような気がする。
トランプ柄のネクタイに見覚えがあり、私が首を傾げながら見詰めていると店員さんが唇を開いた。
「俳優の方が上演会で着用されていたようですよ。テレビで報道され、お求めになられる方が増えました」
「もしかして、湊川先生の小説が原作の映画の上映会ですか?」
「はい」
にこりとほほえんだ店員さんを見て、だから見覚えがあるんだなぁと納得。
「映画をやっているもんね。前売りチケットを買っているけど、まだ映画を見に行けてないなぁ。露木さんはもう見た?」
隼斗さんの言葉に対して、私は首を左右に振った。
私もチケットは買ったけど、まだ見に行けてない。
「私もまだです。今日、見に行けそうなら行こうかなって思っていました」
「もしかして、露木さんも湊川先生が好きなのかい?」
「はい」
「隼斗も好きなんですよ」
「露木さんは知っているよ」
「そうか。二人は気が合うんだね」
隼斗さんのお父さんは、うんうんと首を縦に動かしている。
――ネクタイはお仕事で使用出来るタイプの方が良いかな? トランプ柄も可愛いけど。
「お仕事で使えて柄があまり派手ではない物はありますか?」
店員さんに尋ねれば、案内して貰えることに。
連れて行って貰ったのは、私が伝えたようなネクタイが並んでいる場所だった。
柄が細かいものや落ち着いた色のネクタイがディスプレイされている。
ここなら匠君のお父さんもお仕事で使っても大丈夫そうだ。
「明るい色の方がいいかな」
匠君のお父さんは、ダークトーンよりも明るい華やかな色の方が似合いそうだから。
お仕事でも問題ないようなシックなものも多く、色々選べそうだ。
何本か迷ったけれども、私が選んだのはグレーが混じっている水色のネクタイ。
どこかのブランドの物なのか、白いブランドのロゴ柄がうっすら入っている。
「匠のお父さんに似合いそうだね!」
「うん。気に入っていただけたら嬉しいなぁ」
私はネクタイを眺めながら呟く。
「あの……」
隼斗さんのお父さんの声が聞こえ、私と隼斗さんが同時に振り返った。
すると、もじもじとしている隼斗さんのお父さんが視界に入ってくる。
「督促するようで申し訳ないが、私の分のネクタイも選んで欲しいなぁ」
「……お父さん」
隼斗さんの呆れた声に、隼斗さんのお父さんは「光貴さんが羨ましくて」と言った。
「あの……実はさきほど………」
私は腕を伸ばすと、ネイビー色のネクタイを選んだ。
紬織りで作られているため、ネクタイというよりは着物の印象を受ける。
「さっき、見つけたんです。隼斗さんのお父さんに似合いそうだなぁって」
「本当かいっ!? さっそく合せてみますね」
隼斗さんのお父さんが弾んだ声を上げ、私からネクタイを受け取ると鏡で合わせ始める。
隼斗さんは楽しそうな彼のお父さんの姿を見ながら、「ごめんね、露木さん。お父さんがしゃいじゃって」と眉を下げながら告げた。
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「今日はありがとうございました。送って頂いた上に、パフェもご馳走になってしまって……」
家の前にて。
私は隼斗さんと彼のお父さんと対面しながらお礼を言った。
傍にはシルバーの車が停車している。
「いいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。娘が出来たようで年甲斐もなくはしゃいでしまいましたよ」
「僕も湊川先生の映画の感想を話せて楽しかったです」
ネクタイを選んだ後、私は隼斗さん達と映画を見に行ったり、甘味処でパフェをご馳走になりながら映画の感想や新刊についておしゃべりをして過ごした。
帰りは電車で帰る予定だったけど、隼斗さん達がわざわざ家まで送ってくれた。
隼斗さんのお父さんはネクタイを気に入って下さったようで、早速近々招待されているパーティーに着けていくとのこと。
喜んでもらえた事に、私は良かったなぁとほっとする。
「あの……パーティーでは匠君のお父さんにお会いしますか……? プレゼントの件は内緒にして頂きたいのです」
「勿論です。光貴さんとは彼の誕生日が終わってから開催されるパーティーでお会いすることになると思います。その時は自慢しちゃいますね!」
隼斗さんのお父さんは、ネクタイが入っている紙袋を手にして満面の笑みを浮かべた。




