ジンクスカフェ
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次話から3年生編となります。
クリスマスが近くなっているためか、私と匠君がいるショッピングモールでもクリスマスの装飾が施され、館内のBGMもクリスマスソングが流れている。
一階にはプリンセチアやポインセチアに囲まれた大きなモミの木があり、LEDの電飾やジンジャークッキーなどの飾りつけがされている。
休日のために、放課後は制服姿の子もちらほら窺えるモールだけど、今日は休日のためかあまりいない。
私と匠君は、これから以前から約束していたジンクスカフェに行く予定。
お昼や夕方の時間は混むからと、時間をずらして向かうことになっている。
それまで私達はショッピングモール内で映画を見たりして時間を過ごし、今はモール内の本屋さんの絵本コーナー前にいた。
「絵本もクリスマス中心に展開しているんだね」
「本当だな、サンタの絵が結構ある。やっぱり、ふんわりとした絵で可愛いのが多いな」
私と匠君が絵本コーナーを通り過ぎようとした時に、可愛い絵本がいっぱい目に入ったので引き寄せられ足が止まってしまったのだ。
「そういえばさ、子供の頃にうちにサンタが来ないって泣いたことがあったんだ」
「どうして?」
「屋敷に煙突がないから」
「煙突……」
私は頭の中で想像してしまって、笑いが零れてしまう。
――匠君、可愛いなぁ。
確かにサンタさんは煙突から入るイメージがある。
どうしてそう思っているのだろうか?
もしかして、絵本か子供用の番組で見たのかもしれない。
「その後、どうしたの?」
「父さんが雨戸やガラス戸を開けてくれたんだ。サンタさん、ここから入ってくるから大丈夫だよって」
「匠君のお父さんらしいね」
「確かに。しかし、もうクリスマスか。早いな」
「うん」
匠君達と出会ってから本当にそう思う日々を過ごしている。
きっと楽しい時間が増えているからだろう。
彼らと一緒にいるのは、とても心が温かくなる穏やかな時間だから――
「来月は匠君の誕生日だよね? 何か欲しい物とかある?」
匠君の誕生日は1月1日なので、お正月と重なっておめでたい日だ。
「朱音が一緒に居てくれれば何もいらないよ」
「それは勿論! でも……」
私はいつまで匠君と一緒に居られるんだろうか?
彼が修学旅行中にブライダル雑誌をシロちゃんが持って来た時があったのだが、その頃から改めて実感してしまっている。
六条院では婚約者がいる子も珍しくないと聞いていた。
匠君は素敵な人だからいつでも出来そうだし……
「待って。『でも』ってどういうことっ!?」
匠君が私の両肩に手を伸ばして、真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「匠君に婚約者が出来たら、婚約者の人に私のことが迷惑になっちゃうから」
「その心配は本当にしなくても平気。婚約者が出来るか出来ないかは朱音次第だからさ。つまり朱音がこ――」
匠君の言葉は突然のオルゴールの柔らかな音色が本屋さん内に流れてしまったことにより途切れてしまう。
ショッピングモール内にある大時計の音楽だ。
12時、15時など3時間ごとに音楽が流れ、小人の人形が扉から出てきて踊ったり、楽器を演奏したりしている。
「知っていた。今までの経験的にタイミングでこうなるって」
匠君は、がくりと大きく肩を落とす。
――え、もう3時なの!?
お昼の時と3時の時は混雑しそうだから避けようと言っていたのに、もう時間になってしまったようだ。
予定では3時よりも前に向かう予定だったのに。
「ごめんね、匠君。私がゆっくりしていたからもう3時になっちゃった。お茶の人達でカフェ混んじゃうよね。急いで本を買ってくるよ」
「いいよ、朱音。ゆっくりで。カフェはここから近いし」
「ごめんね」
時間をちゃんと見て行動すれば良かったと後悔しているせいか、私は段々と視線が下がっていく。
匠君と本屋さんや雑貨屋さんを回るのが楽しくて、時間を忘れてしまっていた。
「俺も悪いよ。ちゃんと時間見ていなかったから。朱音と一緒にいるのが楽しくて、あっという間に時間が過ぎるのを忘れていたんだ」
「匠君も……?」
「『も』って、もしかして朱音もなのか?」
問いに頷くと、匠君は顔を緩めて微笑んだ。
「そっか。同じだな。俺達は俺達のペースでやろう。カフェが混んでいたら、ずらして早めに夕食にしちゃえばいいしさ」
「うん」
「じゃあ、目当ての本を探しに行こうか」
匠君に促され、私は本を買うために新刊のコーナーへと向かった。
会計を終え、私達はショッピングモールを出てジンクスのあるカフェへ。
カフェはモールの賑わいとは違い、ひっそりと静まり返った場所にあった。
昔ながらのカフェと記事に書かれていたように、店もレトロ風で可愛らしい。
赤煉瓦で作り上げられた壁には白の木材で縁取られた窓が嵌め込まれ、壁と緑の三角屋根の間には蔓を模した鉄製の看板が掲げられている。
見る限り外に並んでいる人はいないようだ。
「並んでいると思ったけど、まだ大丈夫のようだな」
「うん」
匠君が扉を開けてくれれば、ガランガランというドアベルの音が響き渡る。
すると、すぐに黒いワンピースにフリルの白いエプロン姿の店員さんが来てくれた。
店内は黒い梁が剥き出しになり、クリーム色の天井にはシャンデリアとシーリングファンが。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
にこやかな店員さんに、匠君が「はい」と告げる。
「すみません。ジンクスの噂を聞いてきたのですが席は空いていますか?」
匠君の言葉に店員さんが眉を下げ、少し振り返って後方にある座席へと顔を向ける。
店内はカウンター席とボックス席のみだ。
並んではいなかったけど、混雑しているようでカウンター以外のボックス席は全て埋まっている。
――あれ?
ぱっと見た室内の風景に見知った顔があったので、私と匠君はお互い顔を見合わせてしまう。
奥の席にいる着物を纏ったご老人は、よく五王家でお世話になっている人だ。
「匠君のお祖父さんだよね?」
「あぁ、お祖父様だ」
「もしかして、一番奥の席にいらっしゃる着物姿の方ですか? そちらがジンクスの席ですよ」
店員さんに教えて貰った匠君は、ぱあっと顔を輝かせた。
どうやら匠君はジンクスの席へ座りたかったらしい。
確かにここに来る時も、妙にそわそわしていたけど。
「朱音、お祖父様がいるなら相席で座れるかもしれないぞ! ちょっと、聞いてくるよ」
匠君は店員さんに断ると、お祖父さんの元へと向かった。
「お知り合いが居て良かったですね。ジンクス席はとても人気でなかなか座ることが出来ないんですよ」
「そうなんですか?」
店員さんの話を聞き、やっぱりみんなジンクスの話を知っているんだなぁと頭に過ぎる。
私はクラスメイトに勧められたから来たかっただけなので、絶対に座りたいと感じていなかった。
でも、匠君は座りたそうだったから、お祖父さんがいてくれて良かったなぁと思う。
「えぇ。お客様も彼氏さんもタイミングが良いですね」
彼氏ではないですと言おうとした時に、匠君が戻ってきたので私は唇を開くのを止める。
匠君のお父さん達のような幸せな結婚がしたいなぁって思っているけど、その前の段階に恋愛がある。
でも、今は匠君達と一緒にいるのが楽しいから、匠君達以上に一緒にいたいって思える人が現れるのか? という感情が強い。
修学旅行でそれがより強くなった。
匠君と離れるのがあんなに寂しいって思ったり、自分から会いに行ったり……
誰かに会いに行ったのは初めてだ。
修学旅行中に小岩井君と手を繋いだ時も匠君とは違う違和感を覚えたし。
誰かと付き合うということは、匠君以外の人が私の隣に立って手を繋いだりするのかなぁ? と、隣に来た匠君を見上げる。
すると、彼は「どうかした?」と不思議そうな顔をしたので首を左右に振った。
「相席でも大丈夫でした」
「畏まりました。では、席へご案内致しますね」
店員さんに促され、私達は匠君のお祖父さんの元へ。
匠君のお祖父さんは、にこやかに挨拶をしてくれ、私も同様に挨拶をしながら匠君と席へ座る。
お祖父さんとテーブルを挟んで私と匠君が並んだ。
テーブル上には水の入ったグラスの他に、匠君のお祖父さんが注文したであろう珈琲とケーキが並べられている。
「お邪魔してすみません。誰かとお約束ではないですか……?」
「いや、ここに来るのはもう私一人のみだから気にしないでくれ」
お祖父さんの言葉に、私はちょっと引っかかった。
『もう私一人のみ』ってどういう意味だろうか。
「二人とも、ここには良く来るのかい?」
「初めてです」
「私もです」
「しかし、意外ですね。お祖父様がカフェなんて。父さんなら駄菓子屋にも高校時代から出入りしていたから来そうですが」
「ここは私の若い頃からあるんだよ。社会人の時から、よく菊乃と一緒に来ていたんだ」
「お祖母様ともですか……?」
匠君のお祖父さんの話を聞いて、『もう私一人のみ』の意味がわかった。
匠君のお祖母さんが亡くなる前は二人で訪れていたけど、今は一人で訪れているということなのだろう。
「全く聞いた事がありませんでした」
「それはそうだろう。誰にも言ったことがなかったからな」
「でしたら、ジンクスの人物もご存じなのかもしれませんね」
「ジンクス?」
お祖父さんは珈琲カップへと伸ばした手を止め、怪訝そうに匠君の方を見た。
「お祖父様が座っているこの席、恋愛運がアップするってジンクスがあるんですよ。なんでも、昔とある御曹司がここで告白して成功し付き合ったそうです。しかも、結婚までいったと」
匠君の話が終わるか終わらないかのうちに、カタカタという音が聞こえきてしまう。
発生源は、匠君のお祖父さん。
お祖父さんが持ちあげようとしているカップが戦慄き、ソーサーとぶつかり合っていたのだ。
私にも伝わってくる激しい動揺を見て、ジンクスのもとになった御曹司の正体がわかってしまった。
「な、なっ、なぜそんなことにっ!?」
「お祖父様だったんですか」
「ち、違う」
否定している匠君のお祖父さんの顔が真っ赤になり、言葉では否定しても表情で肯定していた。
――お祖父さんが告白した場所だから、二人の思い出の場所なのかぁ。結婚しても一緒に通っていたなんて素敵だ。
「プロポーズした場所でもジンクスになっているかもしれませんね」
「なに!? 月郷にもジンクスがあるのか!」
「……プロポーズした場所は月郷ですか。料亭でプロポーズしたんですね」
「誘導尋問かっ!」
「参考にしたいのですが、プロポーズの言葉は?」
匠君の問いに、お祖父さんは顔を両手で覆ってしまった。




