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付箋貼ってあるんだけどっ!?

「朱音のいる日本だ!」

 修学旅行先のドイツから帰国した俺は、車内で朱音に会える喜びを噛みしめていた。

 左手の外に広がっているのは、遠ざかっていく空港。つい数分前まで俺はあそこにいたが、今は屋敷から迎えに来てくれた車に乗っている。


「お疲れでしょう、匠様」

 前方の運転席から問われた声に、俺は首を左右に振った。


「飛行機で少し眠ってきたから大丈夫ですよ。今は朱音に会える気持ちが高まって気力が湧いていますし。あっ、中山さん。うちよりも朱音の家に先に寄って下さい」

「露木様とお約束を……?」

 運転手の中山さんは、不思議そうに尋ねた。


「約束はしていません。おみやげを渡しに来たという口実で彼女の家に行こうかなぁって」

「……今日はまっすぐ屋敷に戻りましょう」

「もしかして、シロに何かありましたか?」

 シロは五王家で俺に一番懐いているため、俺が長期間家を空けてしまうとすごく寂しがってしまう。

 旅行の支度をしていた時も、広げたキャリーの上に乗ったり準備を阻止しようとしていた。


 勿論、五王家には必ず誰かいる。

 お手伝いさんだったり、家族だったり……遊んでくれる人はいるけど、完全に寂しさを紛らわせることは不可能らしい。


 俺があまり家を空けるとシロの食事の量が減ってしまう時があって心配だった。

 美智にシロの様子を送ってくれるように事前に言っておいたので、美智からはシロに関するメッセージが数件届いている。

 不安の種だったシロの様子も、朱音がシロと一緒に遊んでくれたので食事の量も機嫌も戻ったと美智からメッセージが届きほっとしたのだが。


「シロは今日も遊んで貰って元気です。ですから、真っ直ぐ帰宅しましょう」

「シロじゃなかったら家族の誰か体調が?」

「いいえ、皆さんお元気です。匠様の帰宅を心待ちにされております」

 情報が少なくて現状を把握することが全く出来ないが、中山さんの言う通り今日は大人しく帰宅するべきなのかもしれない。

 朱音に会いたいけれども、彼女に連絡を入れてないので家にいるかわからないし。


 ――朱音に会いたいなぁ。


 俺はスマホを取り出してサイドの電源ボタンを押す。すると、真っ黒だったディスプレイが光を放ち、シロを抱き締めている朱音の姿が映し出された。

 二人とも顔を見合わせて笑いあっている。

 可愛いと可愛いが混ざって二倍の可愛さだ。


「屋敷に戻ったら、シロと遊びながら朱音に連絡しよう」

 ぽつりと俺の呟きが車内に浸透していった。





 +

 +

 +



 空港から三十分後くらい経過すると、見慣れた屋敷に到着した。

 俺は車から降りてトランクから取り出したキャリーを受け取り玄関へと向かう。


 しっくりと馴染んだ玄関の扉を開けて広がった光景に対し、俺は目を見開き固まってしまった。

 なぜならば、そこには居るはずのない人の姿があったから――


 不思議な現象が起こっているため、俺の頭が真っ白になってしまっている。

 シロが出迎えてくれているのは予想していたけど、その隣に会いたいと思っていた人の姿が存在していたのだ。


「あ、朱音……?」

 あまりにも会いたいと思ったせいで幻覚を見てしまっているのだろうか。

 似たようなことが六条院祭でもあった気がする。あの時は本物だったけど。


 一度外の空気で頭を冷やして冷静になった方が良いのだろうか? と思っていると、「ワン!」と弾んだ声を上げながら真っ白い影が俺に飛びついてきてしまう。

 油断していた上にシロが大型犬のため衝撃でバランスを崩し、よろけてしまい尻もちをついてしまった。


「シロ、急に飛びついてきたら危な……」

 最後まで言葉を告げる前に、シロに顔を舐められてしまい途中で台詞が止められてしまう。


 シロは瞳をキラキラと輝かせ、しっぽを大きく振りながら俺の周りをジャンプしたり、身をすり寄らせている。全身で俺の帰宅を喜んでくれているようだ。

 そんなシロを見て、俺は苦笑いを浮かべると「ただいま」と手を伸ばしてふわふわの頭を撫でる。


「シロちゃん、匠君が帰ってきて良かったね」

「え、やっぱり朱音なの!?」

 いつまでも聞いていたい声が頭上から届き、俺は弾かれたように顔を上げる。


「うん、私だけれども……?」

 不思議そうに首を傾げている朱音。

 彼女の後方にいる人物達によって彼女が本物であることを告げている。


 にやにやと見守っている祖父と母、それからなぜか「良かったな、匠」という表情を浮かべ涙ぐんでいる春ノ宮家の祖父だ。

 いつも通りの五王家でちょっと懐かしく思ってしまった自分がいる。


「お帰りなさい、匠。朱音ちゃん、匠の留守中にシロと遊んでくれたのよ」

 こちらにやってきた母は、朱音の隣に立つと穏やかに言った。


「美智から聞いているよ。シロ、食欲も戻ったって。朱音、シロと遊んでくれてありがとう」

「ううん。私もシロちゃんと遊んで楽しかったから」

「もしかして、今日も?」

「今日は……その……」

 朱音は恥ずかしそうに視線を彷徨わせると、頬をほんのりと染めた。


 ――可愛い! 抱きしめたい!


 だが、両親達がいるので代わりにシロを抱き締めれば、もふもふとした毛に手が沈む。


「あの……今日は、匠君に会いたくて……」

「お、俺にっ!?」

 修学旅行前に波がきていたと思ったけど、ありがたい事にまだ継続中でいてくれたようだ。


 離れたことで朱音にも影響があったのだろうか。

 会いたいと思っていたのが、俺だけじゃなくて嬉しい。


 俺は立ち上がって軽く汚れを払うと、靴を脱ぎ朱音の元へ。

 一緒にシロもジャンプしたが、玄関のたたきに降りたため、お手伝いさんにタオルで足を拭かれている。


 ――本物の朱音だ。


 朱音が目の前にいることがすごく嬉しくて、顔が緩んでいくのが押さえきれない。

 会いに行こうと思っていたのに、まさか会いにきてくれたなんて!


 彼女の方からのアクションはあまりないので、更に嬉しさが込み上げてくる。


 朱音は俺のコートの袖を掴むと、はにかんだ。

 彼女の笑顔の破壊力によって鼓動が大きくなっていく。


「ど、どうしたの?」

「匠君が帰ってきたなぁって思ったの」

 どうしよう! 幸せすぎて夢のようだ。というか、夢なんじゃないか?

 一抹の不安が過ぎったが、後ろからシロがじゃれてきたので夢ではないはず。


「朱音にお土産いっぱい買ってきたんだ。荷物を一度運んでくるから、部屋で待っていて。お土産持って行くよ」

「うん」

「それじゃあ、朱音ちゃん。私達とお茶して待っていましょうか」

「はい」

 頷く朱音を母が促がしたので、俺は早速キャリーを私室へと運ぶことに。


 心なしか足取りも軽い。軽すぎてスキップしてしまいそうだ。

 朱音達とは廊下の途中で別れ、俺は自室がある方へ。


「シロ、朱音が俺に会いにうちに来てくれたぞ。美智達との仲が進展するかと不安だったんだ。良かった、三日天下にならずに済んで!」

 隣にいるシロに語りかけながら私室へと足を踏み込めば、視界の端にテーブルがかすめた。その上には、ブライダル雑誌が。


 朱音との未来を考えて、時々読んでいる。彼女に似合うドレスや自分達の結婚式はこうしたいなぁなど色々事前学習するために。


「このまま順調にいってくれれば、ブライダル雑誌を朱音と一緒に読む日が近づ……え、ちょっと待って!」

 俺はとある事に気づいてしまう。

 ブライダル雑誌に見た事がない付箋が追加で貼られていることに。


「付箋が貼ってあるんだけどっ!?」

 読んだ時に朱音に似合いそうなドレスの箇所には、俺が付箋を貼っておいたのだがなぜか見知らぬ付箋が追加されていたのだ。


「怖い、怖すぎる。俺の居ない間に一体なにが起こったんだ。シロ、わかるか?」

 シロは俺の問いかけを気にすることなく、部屋をテンション高めで駆け回っている。

 仮にシロが知っていたとしても、犬語では俺に理解は出来ないが……


 祖父や母に聞くにしても朱音がいるため、俺は一番適任者である美智に訊ねることに。

 すぐさまコートのポケットからスマホを取り出し、急ぎ妹へと連絡。

 すると、やや間が空き電話に出てくれた。


『もしもし?』

「美智ーっ!」

『お兄様、おかえりなさいませ。帰国の挨拶で電話をかけてきたわけではありませんわよね? アレをご覧になってしまったのですか』

 どうやら美智は事情を知っているようだったので、俺は素早く唇を動かした。


「ど、どうなっているんだ? 付箋が!」

『お兄様がいなくてシロが寂しがったんです。それでシロが、お兄様の私物をリビングへ持ってきましたの。私物の中にたまたま雑誌が。しかも、朱音さんがいる時に』

 たしかに雑誌を見れば、くっきりと歯形がついている。


 美智に話を聞き、俺は血の気が引いていくのを感じた。

 まさか、朱音に見られてしまったとは。


 これを見て、彼女は勘違いをしてしまってないだろうか? 婚約者が出来たとか、結婚が決まったとか。


『お兄様、しっかりなさって。大丈夫ですわ。五王家と春ノ宮家がパニックになりかけながら、なんとか上手に収めました。お兄様の勉強用ということになっております。見聞を広げるために』

「たしかに勉強用だけど」

『付箋の箇所は、棗が朱音さんに聞き追加で貼ったものです。つまり、朱音さんの好みのドレスですわ』

「本当か!」

 朱音の好みのドレス。何度か彼女に直接尋ねようと思ったが、なかなか聞けずに。

 まさか、今回知れるきっかけになるとは思ってもいなかった。


「フォローしてくれて助かったよ。棗やお祖父様達にも後でお礼を言っておく」

 最初は血の気が引いてしまったが、結果的には朱音の好みを知れて良かった。

 俺は美智と通話を切ると、さっそく朱音の元へと向かうため荷物を解き、お土産を取り出す。


 少しずつだけれども、朱音との距離が縮まっているのが嬉しくてたまらない。

 今度二人でジンクスのあるカフェに行く予定なのだが、更に恋愛運が上がり、もっと良い波に乗れるといいなぁと思った。


 ――そういえば、カフェの御曹司って誰なんだ? 父さん達に聞くのを忘れてしまっていたけど。まぁ、うちではないだろうなぁ。父さんが告白したのは、六条院祭でだし。


 俺はすぐにカフェから朱音の方へと思考を切り替えた。







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