五王家パニック
シロがお兄様の部屋から持ってきたブライダル雑誌を目にし、棗と朱音さん以外の人間が全員固まった。
当然だろう。よりにもよって朱音さんに見つかってしまったのだから。
しかも、ばっちり付箋も貼ってある。
――お兄様っ! ブライダル雑誌読んでいるんですか!? それは構いませんが、ちゃんと本棚に収納して下さい。シロの手が届くテーブルの上などに置いていましたよね……朱音さんがお兄様と離れたことで、お兄様にとっても良い方向に波がきているというのにっ!
雑誌はお兄様のものだと告げても良いのだろうか? 深く追及されてしまったら、なんと答えて良いかわからない。
どう誤魔化せば正解なのかと困惑しているのは、私だけではなかった。
それは、お祖父様達も同様。
お祖父様とお母様は手に取るように狼狽しているのがわかるし、春ノ宮家の祖父は「匠……」と半泣きの声を上げながら顔を覆っていた。
シロが持ってきた雑誌によって、五王家と春ノ宮家祖父がパニックに陥ってしまっている。
――こんな時にお父様がいて下されば!
お父様ならば、あの軽さで現状を打破して下さるはずだ。
「匠君、こういうのも読んでいるんだね」
朱音さんの呟きに、「私のですわ」と名乗りあげようと決意。
この中では私が一番適任者だろう。
たまたま友人から貰ったものをお兄様の部屋に置いてきてしまったということにすればいい。
私が手を上げかければ、先に口を動かしてしまった人により、余計にリビング内が混沌とし始めてしまう。
「わ、わしのだ……」
なんと名乗り上げてしまったのは、春ノ宮家の祖父。
それには、誰もが心の中で即座にツッコんでしまっただろう。
どうしてこの状況で!? と。
朱音さん以外は、目を大きく見開きお祖父様を凝視している。
「春ノ宮家のお祖父さんのですか? もしかして、お孫さんがご結婚でも?」
「いや、孫達は高校生と中学生だ」
「では一体……?」
「も、もう一度わしが結婚式をあげようと思ってだな…サプライズで……結婚記念日に……」
あぁ、お祖父様は嘘が下手すぎて墓穴を掘るタイプだとわかった。
別に自分ではなく、友人の孫や親戚でも良かったのではないのだろうか?
お祖母様はさぞかしお祖父様の嘘を見破りやすかっただろう。
「素敵ですね」
朱音さんが顔を輝かせお祖父様を見詰めている。
「と、とにかくあれはわしのだ。シロが間違えて持ってきてしまったのだろう。シロ、だめじゃないか」
と無理やり張り付けた笑みを浮かべながら、雑誌を朱音さんから受け取ろうとすればシロが吠えまくった。
今まで家族に向かって吠えたことなんて一度もなかったのに……
これにはみんな驚きを隠せず。
シロはお兄様の物をお祖父様が奪ってしまうと捉えてしまったのかもしれない。
――シロ、やめてあげて! お祖父様の心のダメージが計り知れないわ。
「シロちゃんどうしたの?」
事情がわからない朱音さんは困惑したままシロの方に身を寄せた。
お祖父様は真っ直ぐな方。
嘘をつくことに後ろめたさがある上に嘘が下手。
なので、とうとうお祖父様はシロと朱音さんを見て唇を開く。
「すまない、朱音さん……これはわたしのではなく匠のなんだ。シロもすまない」
「匠君の……?」
朱音さんはじっと雑誌を見詰めている。
――待って! ここで朱音さんに誤解されてこじらせてしまったら大変だわ。せっかくお兄様にとって良い波になっているのに。
「ブライダル雑誌読んでいるの知って、もしかして引いちゃった?」
棗がどら焼きに手を伸ばしながら尋ねる。
「いいえ、その……もしかして、婚約が決まったのかなって思ったんです。六条院では婚約者がいる人も多いって伺ったことがあるので……そしたら、匠君と遊ぶのも控えなきゃなぁとか色々考えてしまったんです」
「「「婚約者なんて滅相もない」」」
私達は必死だった。そのため、全員綺麗に咄嗟に叫んだ言葉が重なってしまったようだ。
朱音さんは私達を見て、驚きのあまり大きく瞬きをする。
「五王家は私も光貴も恋愛結婚だから、匠も恋愛結婚で全く問題ないんだよ。今すぐ結婚したいと申し出ても二人が幸せになるのならば了承する」
「えぇ、お父様のおっしゃる通りですわ」
「春ノ宮家としても匠の結婚には大賛成だ。だから、匠をどうかよろしく頼む。露木さん」
祖父達の動揺と必死さがその台詞からもわかる。
早口になっているし、春ノ宮家祖父に関しては最後は懇願になっていたから。
「良かった……」
「匠兄さんに婚約者がいなくて良かったってどうして?」
棗が朱音さんに訊ねた。
今日の棗は結構深く突っ込んで聞いている気がする。
「その……婚約者が出来たら、今までとおり会えなくなっちゃいますので……匠君と会えなくなるのはすごく寂しいです。今も少しの間、離れているだけでも寂しいのに……」
「匠はなぜこの時期に修学旅行なんだ?」
ぽつりと呟いたお祖父様に対して、私は同意するように頷く。
恋愛フラグ立っている予感がするのに、この場に居ないなんて!
「でも、匠君に幸せになって欲しくないとかではないですよ。私の我が儘です……嫉妬しているのかもしれません」
「「「嫉妬っ!?」」」
ガタッとこたつに身がぶつかる音が響き、棗と朱音さん以外が立ち上がる。
お祖父様達と視線が交わり、私達はまた腰を下ろす。
「はい。匠君や美智さんと一緒にいるのがすごく居心地が良くて。二人が大好きなんです。ですから、ずっと一緒にいられる相手の方に焼きもちというか、羨ましい感情が……」
「まぁ! 朱音さん。私、婚約者が出来ても朱音さんとご一緒に遊びたいわ」
私は隣にいる朱音さんに抱きついた。
朱音さんが嫉妬して下さるなんて嬉しい!
私も朱音さんと同じ気持ちだ。仮にお兄様と朱音さんが付き合ったら、私はお邪魔虫になってしまう。
だから、今のうちに朱音さんといっぱい遊んでおこうと思っていたくらいだから。
「露木さん、美智と匠兄さんだけ?」
棗が優しげな瞳で朱音さんを見詰めている。
「棗さんもです」
「本当? 嬉しいなぁ。ありがとう」
そう言いながら棗は周りにキラキラとした王子様オーラを漂わせながら、朱音さんの頭を優しく撫でた。
きっと六条院でその姿を見せたら、また女子生徒のハートを奪うことになるだろう。
朱音さんも棗のオーラに当てられ、顔が真っ赤だ。
「でも、婚約者がいなかったら雑誌は……?」
「見聞を広げるためじゃないかな。話のタネにする時もあるだろうし、勉強用とか」
棗の話を聞き、朱音さんは「あっ!」と声を上げた。
「そう言えば前にブライダルフェアを見に行っていたって、匠君のお父さんに伺ったことがあります。棗さんのいうとおり、付箋も貼ってあるし勉強用かもしれませんね」
ブライダルフェアは毎年招待状が届き、付き合いの関係上参加している。
行くのはお父様だけれども、今年はお兄様も出席した。
きっと朱音さんとの結婚を夢見て、ドレスなどを参考にするために見に行ったのだろう。
――付箋、朱音さんに似合うドレスの箇所なんだろうなぁ。お兄様の好みも大切かもしれないけれども、朱音さんの好みの方が大切だと思うわ。本人に聞いた方が良いのに。いや、聞くよりもまず先にお付き合いするのが先決よね。順番が……
「ねぇ、露木さん。一緒に雑誌を見ようよ」
「えっと……勝手には……匠君のですから……あっ、シロちゃんっ!」
シロは朱音さんが太ももの上に乗せている雑誌を前足で捲ろうとしている。
「大丈夫だよ。僕が怒られるから。あっ、和装のページもあるようだね。朱音さんは和装と洋装どっちが着たい?」
「私ですか……? 考えたことがないです」
「どっちもかわいいと思うよ。ドレスから見てみようか」
棗が腕を伸ばしてページをめくる傍で、シロも一緒に雑誌を見ている。
「これ露木さんに似合いそう。あっ、こっちとこっちのドレスではどっちが好み?」
「えっと……どちらかといえばこちらです」
棗は朱音さんにドレスを見せて好みか聞いているようだ。
この絶好のチャンスに、私達一家は全員顔を見合わせて口を開き叫ぶ。
「「「ふせん! 誰か付箋を!」」」
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「ねぇ、ミケ。朱音さんはお兄様のことが好きなのかしら……?」
自室にて。私は膝の上で身を丸めているミケを撫でながら尋ねると、ミケはにゃーっと可愛らしく鳴く。
リビングでの出来事の後。ブライダル雑誌を眺めながら棗が上手に朱音さんの好みを聞き、付箋を貼ることに成功。
さり気なく自分のペースに持っていくのは、さすがは棗だと思う。
朱音さんはシロとも遊んでくれ、シロもお兄様が居ない寂しさから気が紛れ機嫌が戻ったようだ。
食欲が減っていたが、いつも通りに夕食も食べたので何より。
――そうだわ! シロの件、お兄様にもお知らせしておこうかしら?
お兄様がシロのことを心配して私にメッセージを送って来ていたため、立ち上がりスマホが置かれている学習机の方へ。
ちょうど私がスマホへと手を伸ばせば、タイミング良くディスプレイが光り電子音が流れ出す。
「誰かしら?」
ディスプレイを眺めれば、差出人が朱音さんからのアプリメッセージだった。
スマホを操作して視線を動かしメッセージを読んでいけば、私の瞳が段々と見開かれていく。
「これは……」
メッセージの内容はお兄様の件だった。
お兄様が修学旅行から帰国した場合、空港から五王家へ真っ直ぐ帰宅するのか? それとも六条院で解散なのか? と尋ねる内容だった。
もしかして朱音さんはお兄様が帰国したら、会いたいということなのだろうか?
お兄様がじわじわと朱音さんと距離を縮めてきたのが、こうして目に見る形として表に現れたのならば良い結果だと思う。
朱音さんとお兄様がお付き合いする日が訪れる日もやって来る……?
開かれた可能性を感じ、私はなんだか緊張でドキドキしてしまった。




