ブライダル雑誌
匠君が修学旅行に出発して三日目。
彼とアプリを使ってのメッセージのやり取りはあるけど、出国時に言われた通り時差の関係で電話はまったくない。
私と匠君はいつも大体決まった時間に電話をしていたので、日常の一部を切り取られたようで寂しい。
匠君、日本にいないんだなぁと感じてしまって――
匠君、今なにしているだろう? ドイツとの時差って何時間くらいだっけ?
ぼーっとそんなことを考えていると、「朱音さん?」と凛とした声で名を呼ばれてしまったため、私は弾かれたように声のした左手へと顔を向けた。
すると、美智さんと棗さんが覗き込むように少し前かがみになり、不安そうな表情を浮かべているのが目に飛び込んでくる。
彼女達の背景には、見慣れた五王家の屋敷が。
……あっ、そうだった。
放課後に美智さん達と遊ぶ約束をしていたため、迎えに来てくれた彼女達と共に車に乗り目的地である五王家へ。
どうやらとっくに五王家に到着していたようだ。
二人は車から降り、私だけが車内にいる。
「すみません、今降りますね」
「もしかして、体調でも……?」
「ううん、ごめんなさい。少しぼうっとしてしまって」
「無理なさらず具合が悪い時にはおっしゃって下さいね」
「ありがとうございます」
私はお礼を言って車から降りようとすれば、微笑んだ棗さんが手を差し出してくれた。
「さぁ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
棗さんは相変わらず王子様のようにエスコートしてくれる。
そのため、私は急速に血液が身体の中を駆け巡っていくのを感じた。
笑顔も素敵でカッコイイし、全部が絵になるので六条院の王子様と呼ばれるのも十分理解できる。
「顔が真っ赤になっちゃったね。かわいいよ」
「え、あっ、その……」
どうしよう。そんなこと言われたら、ますます赤くなってしまう。
挙動不審になっていると、美智さんから「棗、お兄様が留守中よ?」という台詞が飛んできた。
棗さん美智さんの言葉に肩を竦める。
三人で玄関に向かうと使用人の方が扉を引いてくれたので、中の様子が窺えるように。
廊下にずらりとお手伝いさん達が並び「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた。
美智さんがローファーを脱ぎ廊下へと上がると、にゃーっと鳴き声と共に可愛らしい足音が聞こえてくる。長い廊下の奥から現れたのは、ミケちゃんだ。
「まぁ! ミケ、お出迎えしてくれたの?」
美智さんはやってきたミケちゃんを抱き上げ撫でると、ミケちゃんが喉を鳴らす。
「やぁ、ミケ」
「ミケちゃん、久しぶりだね」
私と棗さんが声をかければ軽く一瞥し、すぐに美智さんに身をこすりつけるように甘えている。
いつものミケちゃんは凛としてカッコイイけど、こうして美智さんに甘えている時のギャップがとても可愛い。
「そういえば、匠兄さんがいなくてシロは大丈夫なのかい? シロ、匠兄さんラブだから」
「お祖父様やお母様がシロと遊んでいるけど、二人とも仕事や付き合いで外出する機会も多いから完全にシロの気はまぎれないの。私も遊んでいるけど、やっぱりお兄様でないと駄目みたい。時々、シロはお兄様の部屋で過ごしているわ」
「美智さん、シロちゃんと遊んでもいいかな……?」
「えぇ、是非! リビングにいると思いますので参りましょう」
美智さんに促されて足を進めようとすれば、車の音が聞こえてきたので私達は条件反射的に振り返った。
すると、やや間が空き玄関の扉が開かれ、現れたのは春ノ宮家のお祖父さんだった。手には何かが包まれた風呂敷と大きな紙袋が握られている。
お祖父さんは私達がいると思わなかったようで、目を大きく見開くと口を開いた。
「三人共、ちょうどいま帰宅したところなのか?」
「えぇ、そうですわ。お祖父様、まさか朱音さんが訪れるのを狙って……お兄様がいない間の暴走はお止めになってね」
「近くまで来たから寄っただけだ。それに暴走とは一体なんのことだ……?」
お祖父さんは手にしていた紙袋を「皆で食べなさい」と近くにいた使用人の方に渡すと、履物を脱ぎ私達の元へ。
私と棗さんが挨拶をすれば、お祖父さんはすこし目尻を下げ「みんな、元気そうで何よりだ。美智とこれからも仲良くしてやってくれ」と言葉を発した。
「匠は一緒ではないのか?」
「お兄様は修学旅行中ですわ」
「この時期だったか」
みんなで話をしながらリビングに向かえば、匠君のお祖父さんとお母さんが出迎えてくれた。
挨拶を済ませ、みんなでテーブルを囲むように座る。
五王家の広々としたリビングにはコタツがあり、ぬくぬくと温かい。
お手伝いさんにより、春ノ宮家のお祖父さんが持って来てくれたどら焼きやお茶がテーブルへと並べられていく。
「お父様と美智達が一緒なんて珍しい組み合わせですわね」
「ちょうど玄関で鉢合わせをした。匠は修学旅行中らしいな」
「えぇ、ドイツに」
「なるほど、それでああなっているのか」
春ノ宮家のお祖父さんが視線を向けたのは、五王家のお祖父さんが座っている場所の後方。
そこには、コートや六条院の通学鞄などが乱雑に置かれている。
なんだろう? と首を傾げていると、「シロが持って来ているんだよ」とお祖父さんが教えてくれた。
もしかしたら、匠君がいなくて寂しいシロちゃんが、匠君の匂いがするものを傍に置いているのかもしれない。
時々、匠君の部屋で過ごしているとも美智さんが言っていたし。
「シロちゃんは……?」
「匠の部屋に。あぁ、戻ってきたみたいね」
匠君のお母さんが扉の障子の方へと顔を向ければ、少しだけ開き、そこに身をねじ込めるようにして真っ白いふわふわの物体が現れた。
ゆっくりと扉が開き、現れたのはシロちゃん。
匠君の部屋から持って来たものなのだろうか? シロちゃんは口に雑誌のようなものを咥えている。
「シロちゃん!」
私がシロちゃんの名を呼べば、シロちゃんが駆けて来てくれた。
シロちゃんは咥えていた雑誌を下に置くと「クゥン」と寂しそうに鳴いたので、私は撫でながら抱きしめる。
「寂しいよね……私も同じだよ。匠君がいなくてすごく寂しい」
「「「え」」」
私の言葉になぜか私以外の全員の声が綺麗に重なったので、私はシロちゃんを撫でるのが止まってしまった。
シロちゃんもみんなの反応にびっくりしているようで、きょとんとしている。
「あ、朱音さん。お兄様がいなくてすごく寂しいとは本当ですか?」
「はい」
「これは……お兄様もしかして……」
美智さんをはじめとして、みんな顎に手を添え思案しているようだ。
心がここにあらずのような雰囲気を纏っている。
――みんな、どうしたのかな?
静かに見守っていると、視界の端にシロちゃんが座ろうとしていたのが映し出されたため、私はすぐにシロちゃんへと意識を向けた。
シロちゃんが座ろうとしている所に、シロちゃんが咥えてきた雑誌があったので、邪魔にならないようにと腕を伸ばして手に取った。
「あれ? この雑誌って」
何気なく雑誌をひっくり返し、表紙を見て私は匠君と雑誌が全く結びつかず言葉が漏れてしまう。
表紙にはウェディングドレスに身を包んだ幸せそうな女性が。
これ結婚式などが掲載されている雑誌だ。
「匠君、ブライダル雑誌を読んでいるの……?」




