生徒会室への来訪者
匠視点
六条院学園・生徒会室。
四十畳ぐらいの深紅の絨毯が敷かれた室内には、各役員の机や棚などが並べられている。
俺はそんな部屋にて、窓際に置かれている執務机でパソコンを操作していた。
廊下へと続く扉がまっ正面奧にあり、その前には役員用の執務机が設置。
机は左右の壁に沿って置かれているため、扉から会長執務机までは直線上に通路が出来ている状態だ。
室内は俺以外の姿は無い。
クラスのショートホームルームが少し早く終わったため、まだ他の役員は来ていないから。
同じクラスに副会長……臣がいるけれども、会議室の鍵を受け取りに職員室に。
本日執り行われる生徒会役員の準備のためだ。
臣が戻って来るまで多少の時間はある。
そのため、俺はとあるサイトを眺めていた。
――……これか。
見つめているノートパソコンのモニター。
そこに映しだされているのは、とある親子だった。
真ん中にピンクのドレス姿の朱音の妹・露木琴音が最上級の笑みを浮かべて佇み、彼女を挟むように左右には自分の両親と年が変わらぬぐらいの年齢をしたスーツ姿の男性と女性が。
彼らは誇らしげな表情をし、カメラに映っている。
全く理由を知らない人間からすれば、仲の良い親子に見えるだろう。
……いや、親子関係はかなり良好か。
朱音をないがしろにして、妹の方ばかり愛情を注ぎ可愛がっているのだから。
これはこのあいだ朱音とはじめて出会った時――……一ヶ月程前に行われた六条院・音楽科のピアノ発表会の記事。
うちの学校は行事などを新聞部が記事として作成し、学校のホームページへと掲載している。
ただし、外部の人間はそれを閲覧する事は出来ず。IDとパスワードが必要だから。
そのため、閲覧対象者はそれら個人IDを配布されている保護者と生徒のみ。
印刷も可能で、うちの両親はデータ保存とファイリングしている。
――……しかし、この妹はなかなか厄介だな。
露木琴音の件についてあれから色々と探ったのだが、全く悪い噂を聞かない。
むしろ、良い話ばかり。
成績も上の方に入っているし、友人関係も良好。そしてその愛らしい姿から男子生徒からの人気も高い。
きっと朱音の件を知らなければ、信じられなかっただろう。
自分よりも下に見ているのは、朱音に対してだけなのか?
それとも、他人にも自分にメリットが無いとわかったらそうなのか?
猫被り過ぎてなかなか尻尾を出さないので、その深い所までは不明。
愛されお姫様そのものだが、曲者だ。
俺は深い嘆息を一つ零すと、浅く腰をかけていた椅子の背へと深く凭れかかった。
「妹の件も両親の件も、なんとかしたいんだが……」
そんなふと漏れた呟きが室内へと浸透していく。
だが、現実問題として出来る事なんて限られている。
父さんにも色々とあたって貰ったんだが、今のところは法的にもグレー。
経済的には問題ない上に、日常会話もあるようだし。
ただ、愛情の比率が妹に偏っているだけ……
だから、俺達が出来る事と言えば、朱音の世界を外へと広げる事だけ。
朱音とはあれから休日や放課後など、お互いの時間が合う時に会っている。
主にあの図書館で。
ただし、二人っきりなんて事は殆ど皆無。理由は至極簡単。
俺の妹・美智のせいだ。あいつがいるため、必然的に三人となってしまう。
勿論、朱音と仲良くなってくれるのは嬉しい。
今日なんて、生徒会がある俺を放置し、美智がお勧めの甘味処へ朱音を連れて行くらしい。
しかも、併設されている雑貨店で買い物もしてくるそうだ。
なんて羨ましい! 俺も混ぜろ!!
――よし、会議終わったら電話してみるか。
なんだかんだ朱音とは毎日電話している。
会っても会わなくてもどちらにせよ、結局声が聞きたくなり、電話してしまうのだ。
初めて電話したのは、図書館で出会ったあの日の夜。
そろそろ両親が帰宅した頃かと思って電話してみれば、朱音は一人で外にいた。
どうやら駅前のコンビニに行った帰りだったらしい。
まだ塾帰りの生徒が駅前を往来している時間帯とはいえ、女の子が一人で出歩くのは危ない。
朱音の家から駅までは徒歩五分だが、街灯があまりない場所も通るからだ。
そのため、「明日じゃ駄目なのか?」と尋ねれば、「…今、飲みたいみたいだから」という返事が。
もうその時点で、嫌な気分が襲ってきていた。
自然と顔も険しくなり、「誰が?」と尋ねれば、案の定「琴音」。
しかも、帰宅したら飲みたい物が変っているかもしれないと。
オレンジジュースを人に買いに行かせて、アップルジュース飲みたいって言いだすのか!?
鬱陶しいにも程があるだろうが!!
だが、朱音にとっては、そんな我が儘は日常茶飯事なのだろう。
ちゃんと他のジュースも購入済みだった。
飲みたい奴が自分で買いに行けよっ!! と、叫びたくなった。
だが、それを朱音に告げても、きっと困らせるだけなのでぐっと堪える。
言えるような状況なら、朱音だって強く妹に言っているだろうし。
そんな俺とは違って、隣りに座っていた奴は忍耐力が限界に達していたらしい。
朱音と話すために、俺の隣に座っていた美智だ。
あいつは顔を俯かせると、そっと立ち上がり部屋から出て行ってしまったのだ。
かと思えば、何やら障子の向こう側――庭の方から狼の鳴き声に近い絶叫が届いてきてしまう始末。
きっと苛立ちが収まらず、大声を張り上げたんだろう。
愛犬のシロも、それに合わせて吼えたので二重の音となった。
あぁ……あの時の事を思いだしただけで、焦れこんできてしまった。
そのため、気分を落ち着かせるために、机の上に置いているスマホへと手を伸ばす。
そしてタッチパネルを指で操作し、朱音の電話番号を表示させたる。
朱音は何をしているのだろうか? いま、彼女の声が聞きたい。
そう思って数字の羅列の下にある、電話マークをタッチしようとした時だった。
ガチャという音が響いた瞬間、正面にある扉が開いたのは。
ここは防犯のためにオートロック。
そのため扉の傍に設置されている機械で指紋認証を行わなければならないのだ。
だから、入室を許可されているのは役員と先生のみ。
開いたという事は誰かきたのだろう。
――臣か? それとも他の奴らか?
どちらにせよ、他の役員が来たのならば準備をしなければならないと、俺は電話をかけるのをやめパソコンを操作することに。
ログアウトし、すぐにいつものディスプレイ画面へと切り替えれば、六条院の校章が浮かんだ。
「あっ、匠いるじゃんーっ! ちょうどいいタイミングだよ」
「……お前か。健斗」
顔を上げ見れば、ちょうど扉を開けている派手な身なりの男子生徒の姿が飛び込んで来た。
空いているもう片方の手を掲げ、「よぉ!」と言っている。
健斗は、生徒会書記で同じ学年。
耳下まで伸びた髪は緩くウェーブがかけられ、前髪はヘアピンで無造作に止め、おでこを見せている。
しかも、色もかなり明るめに染めており夕日色。
半分消えかかっている眉の下にあるややタレ目な瞳は、薄茶のカラコンを入れている。
口角は常に上げられ、余計にへらへらとした印象を受ける。
俺も人の事は言えないが、健斗は見た目も中身も軽い。
とても江戸時代から屋号を持っている歴史ある呉服店・羽里の跡取りにはとても見えない。
持ち物一つとってもそれが如実に表れている。
例えば通学バッグ。今、健斗が肩から下げている六条院の校章入りのバッグには、飴色のクマのぬいぐるみがぶら下がっていた。
このクマは最近海外で流行りはじめているらしく、うちの学校でも女子生徒に大人気。
なんでも、若手デザイナーのショップで売り出されていたものを、あちらの芸能人が使用して爆発的にヒットしたようだ。
色も形も多種類で、国や場所により限定品なんかも。
健斗はコレクターなのか? と尋ねたくなるぐらいに、このヌイグルミを持っているらしく、日替わりで変えていた。自他認める、女の子大好き! な奴で、女子に囲まれてハーレムを築いている奴だ。
「さぁ、入って。入って~。可愛い女の子が遠慮したら駄目だよ~」
「は? 可愛い女の子?」
健斗が自分の背で扉を押さえるようにし、笑顔のまま誰かを中へと促している。
「女の子……っ!? おい、健斗っ! ここは生徒会室だ。だから部外者は立ち入り……――」
基本的に部外者は立ち入り禁止。
そのため、止めようと立ち上がり目に飛び込んで来た人物に舌打ちをしたくなってしまう。
――……どうして、ここに。
それは朱音の妹・露木琴音の姿だった。