修学旅行
榊西の修学旅行は二泊三日の奈良・京都。
一日目の奈良ではクラスごとの団体行動だったので、クラスメイト達と共にガイドさんに案内して貰って奈良公園で鹿を見たり、春日大社にお参りしたりと色々奈良を楽しく知ることが出来た。
私が想像していたよりも鹿が多かったのでびっくり。
お店で購入した鹿せんべいをあげようとすれば、わらわらと群がって来てしまったので、ちょっと驚いたけどとても可愛かった。
奈良をガイドさんに案内して貰い、夕方からはバスで京都へ。
荷物を事前に送っておいた旅館に宿泊し、二日目の今日はグループでの自由観光となっている。
私達は清水寺と地主神社を参拝した後に、三年坂付近でお土産を見て回っていた。
坂道にはお土産屋さんがずらりと立ち並んでいて、私達と同年代らしい制服姿の子達の姿もちらほらと窺える。
「修学旅行先が海外の学校も多いけど、奈良・京都も良いね!」
「うん」
隣を歩いている豊島さんの言葉に私は大きく頷く。
私達のグループは予定通り、原口君と松波さんのために彼らのグループと一緒に回っていた。
全員で八人という結構な人数のため、邪魔にならないように二人ずつに分かれて歩いている。
勿論、原口君と松波さんはペアに。
「良い雰囲気で良かったね、あの二人」
豊島さんが前方を歩いている原口君達を見ながら、小さな声で呟くように口にした。
「うん、本当に」
松波さんはきらきらとした輝く表情で原口君を見て微笑んでいる。
「ねぇ-、みんなちょっといい? ここ行きたいんだけど、ちょっと寄ってもいいかな? オリジナルの可愛いお土産売っているの」
原口君達の前にいる山川さんがスマホ片手に振り返った。
「場所どの辺なんだ?」
「このあたりだと思うんだけど、ちょっと待って今地図出すから」
私はふと視界の端に着物を纏った人が過ぎったので、視線で追ってしまう。
美智さん=着物となっているため、つい反応してしまうのだ。
――そういえば、観光用に着物をレンタル出来るところがあったっけ。
修学旅行前にチェックしたガイドブックに書いてあったなぁとぼんやり思っていると、肩に何かがぶつかった。
かと思えば、進みたい方向とは真逆の方向に体が押し流されていく。
「えっ!?」
気がつけば、私の体は団体旅行の観光客の波に飲み込まれてしまった。
――ここではぐれてしまったら、みんなに迷惑が……!
私は頭が真っ白になりかけながらも、なんとか体を動かしてもがきお土産屋さんに向かっていけば無事脱出に成功。
だが、辺りを見回しても豊島さん達の姿が見つからず。
すぐに皆に連絡を取るためにコートからスマホを取り出そうと視線を下へと向けかけると、「あっ、いた! 露木さんっ!」という聞き慣れた声が耳に届く。
弾かれたように顔を上げれば、そこには榊西の制服を纏った少年の姿が。
耳がかからないくらいに切られた髪を緩くワックスで遊ばせ、バスケ部らしい鍛えられた体つきをしている彼は、原田君のグループにいる小岩井君だった。
「小岩井君」
「良かったー。すぐに見つかって。すれ違い防止のために、豊島達には店に向かって貰っているよ。あっちで合流しよう。俺、祖母の家が京都だからみんなより土地勘あるから迎えにきたんだ」
「はぐれてごめん。ありがとう」
「いや、いいよ。人が多いから仕方ないし。じゃあ、行こうか」
小岩井君が私の手を繋ぐように取ったので、びくりと肩が大きく強張ってしまい、反射的に手を引いてしまう。
すると、彼は一瞬目を大きく見開くと呻き声を上げ、頭を抱えてしまった。
彼のリアクションに驚きながら唇を開きかけると、音を発する前に彼の言葉が私の耳に聞こえてくる。
「ごめん、露木さんっ! つい、俺が妹にする態度と同じように手を繋いじゃった。あいつ、すぐはぐれるからいつも手を繋ぐんだ」
「ううん、私のほうこそごめんなさい」
自然と体に染みついているようなので、きっといつも妹さんの面倒を見ているのだろう。
小岩井君は良いお兄ちゃんなのかもしれない。
――でも、さっきはなんで手を振り払っちゃったのだろう?
私は自分の手へと視線を向けながらクビを傾げる。知らない人ではなく、同じクラスメイトなのに。
匠君とは水族館などで手を繋いだことはあるけど、その時には全く感じなかった違和感だ。
もしかして、何の前触れもなく自分の手に誰かの感触が伝ったため、びっくりしてしまったのだろうか。
「手、痛くない? 私、振り払っちゃったから……」
「いや、全然。露木さんの反応は当然だって。俺が急に手を繋いじゃったんだから驚くよ。ほんと、ごめんな」
小岩井君は眉を下げたまま、唇を開く。
「俺、年の離れた妹がいるんだ。佐奈って言うんだけど、いつもすぐにどっかいくから手を繋いで歩くんだよ。この間もスーパーに買い物にいったら、お菓子売り場に勝手に直行してさ。本当にごめん、露木さん。それに五王さんも!」
「え、匠君?」
どうして匠君が出てくるのだろうか。
「そ、それは……ごめん、一先ず忘れて! 豊島達の所に行こうよ。露木さんのことを心配して待っているからさ!」
「うん」
妙に焦り出した小岩井君に、私は不思議に思いながらも頷いた。
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はぐれてしまうというトラブルはあったけど、私達は事前に組んでいた予定通りに観光場所を回って楽しく過ごしていた。
みんなでお土産を購入したり、写真を撮ったりと色々思い出もいっぱいだ。
「ねぇ。休憩がてらにお茶にしようかー。喉乾いたし、足も疲れたよね」
バス亭に向かっている途中、豊島さんが言った。
色々歩き回ったため、すっかり足が疲れてしまっているので、ここで休憩を挟むのは嬉しい!と、私達は同意するように首を楯に動かす。
「この辺りのお店探してみる……?」
私がスマホを取りだせば、豊島さんが首を振った。
「実はもう予約しているんだ。予定時間よりも少し早いからゆっくり行こうよ」
「予約?」
もしかして京都で行きたいカフェでもあったのだろうか。
ガイドブックにも美味しいカフェ特集という記事もあったので、気になる場所をチェックしていたのかもしれない。
予約したというのがちょっと気にかかったけど、予約取っても行きたい場所なのかもと思い、さほど気にせず。
私は「こっちだよー!」とスマホ片手に案内してくれている豊島さんへと続いた。
辿り着いたのは、ひっそりとした路地裏にある和風モダンなカフェだった。
暖かなオレンジ色の証明に照らされた室内はテーブル席が三つとカウンターと席があり、窓ガラスは鶴のステンドグラスになっていて可愛らしい。
椅子に敷かれている座布団やテーブル周りの小物も和風のものになっていて、美智さんが好きそう! 一緒に来たいと思った。
店員のお姉さんによって案内されたのは、予約席と書かれた黒板プレートが置かれている席。
私達はそれぞれ席へと腰を落とす。
「実は予約時にメニューも注文済みなの。お茶とケーキのセットだよ!」
「ケーキ久しぶりに喰うよ、俺」
「楽しみだね」
みんなでおしゃべりしながら待っていると、水色のエプロンを纏った店員さんが注文したセットを持ってきてくれた。
店員さんが手にしている木のトレイには、ティーポットとカップの他にケーキとフルーツがたくさん乗ったデザートプレートがある。
私の傍にやってきてテーブルへと乗せてくれたんだけど、デザートプレートを見て目を大きく見開いてしまう。
だって、デザートプレートにはチョコレートペンでハッピーバースデーとメッセージが書かれていたのだから――
「お誕生日おめでとうございます」
にっこりと微笑んだ店員さんに言われ、私はやっと現状を理解。
みんな知っていたの? と疑問に思いながら、視線を動かして彼女達を見詰めるとみんな顔を緩めて唇を開いた。
「「「露木さん、お誕生日おめでとー!」」」
私へと届いたお祝いの声に視界が滲んでいく。
まさか、お祝いして貰えるなんて思ってもいなかったので驚きが隠せない。
そもそも、誕生日を覚えてくれていたなんて思ってもいなかったのだ。
「ありがとう」
私が放った言葉は、嬉しくて感情が高ぶってしまっているので少し震えていた。
「良かったら、みなさんの写真をお取りしましょうか?」
店員さんの言葉にみんなが盛り上がって立ち上がると、デザートプレートを持った私を中心にし集まった。
小岩井くんがスマホを店員さんに渡してくれ、写真を撮って貰うことに。
満たされて暖かくなっていく心の中で、私はなぜか匠君のことが頭に過ぎる。
みんながお祝いしてくれてすごく嬉しかったんだって、一番に彼に伝えたかった。




