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勘違い

「ごめんなさい、私よく見ていなくて……」

「俺の方こそごめん。気が付けば良かったんだけど、俺も視界の端にいるのが匠だと思っていたんだ。黒いジャケットの印象が強くて。まさか、間違えるとは思いもしなかった」

私の言葉に佐伯さんは眉を下げ、首を左右に振っている。

彼の手には先ほどまで豊島さんと連絡を取っていたスマホが握られていた。


私達は邪魔にならないように迷路の行き止まりに立ち、遊園地には相応しくない暗めな雰囲気を纏い項垂れている。


ついさっきまで匠君と豊島さんと一緒に迷路脱出を楽しんでいたのだけれども、出口捜索に夢中なってしまったせいではぐれてしまったのだ。

私と佐伯さんが匠君の背だと思っていたのは、全く違う人で気づいた時には既に時遅し。匠君と豊島さんの姿はなくなっていた。


幸いなことに、私の傍には佐伯さんがいたので、パニックになりかけたけれども、落ち着き行動することが出来たので、それはほっとしている。


「豊島が櫓を目的地にして、合流しようって」

「櫓……」

「そう、櫓。あそこだね」

佐伯さんが指をさした方向には、迷路の丁度中央。

四方から迷路を一望できるように櫓が組まれており、人々は楽しそうに辺りを見回している。


「探しながら向かってみようか」

「はい」

佐伯さんの言葉に頷くと、私達は足を踏み出す。


「露木さん、スタンプも探しながらで構わない? 豊島、クリアファイル欲しそうだったからさ」

匠君と逸れてしまったことで頭がいっぱいになっていたので、すっかり私の中からスタンプの件は抜けてしまっていたので一瞬きょとんとしてしまう。

そういえば、クリアファイルが貰えるんだったなぁと思いだす。


「スタンプ……あっ、はい。大丈夫ですよ」

「ありがとう」

佐伯さんはそう言うとはにかんだ。


「……あの、少し聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ」

「佐伯さんはどうして豊島さんを好きになったんですか?」

「えっ!?」

裏返った声を上げ、佐伯さんが足を止め、目を大きく見開いて私を見下ろす。

唇を金魚のようにパクパクとしながら、顔は真っ赤だ。


――匠君も背が高いけど、佐伯さんも背が高いなぁ。どっちが高いんだろう?


活動的な豊島さんとスポーツタイプの佐伯さんはお似合いだなぁというのが頭に過ぎった。


「ど、どっ、どうして急に……」

「私、学園祭でクラスの子達に言われたことを時々考えているんです」

「あー、結婚の前にまず彼氏を作るということだったよね? もしかして好きな人でも出来ちゃった!?」

「いいえ、出来ていません」

「良かった」

佐伯さんが何故かふぅっと息を吐き出し、ほっとした表情を浮かべたので首を傾げる。どうかしたのだろうか。


「私、恋愛の方の好きになった人がいなくて……みんなどうやって好きな人を作っているのかなぁって気になったんです」

「それ、匠に聞いたことある?」

「ないです。匠君は恋愛関係の話に強いんですか?」

「そういう意味の方ではないんだ。また俺が先にそういう話聞いちゃって良いのかな? ってことが気になっちゃったんだ。ごめん、気にせず続けて」

「無理やり伺おうとは思っていませんので……」

豊島さんがいたので今まで聞くことは出来なかったので、聞いてみようと思った。

無理やり聞き出そうというわけではなく、なんとなく参考に聞いてみたかったので。


「ううん、無理やりではないから安心して。でもさ、難しく考えなくてもいいんじゃないかな。豊島を好きになったきっかけは、気がついたら好きになっていたから」

「気がついたらですか……?」

「そう。元々さっぱりした性格で世話好きの子がタイプだったんだ。それで、同じクラスになって仲良くなって段々かな。周りのことをちゃんと見ている所とか気になって。まぁ、時々空回りになったり、余計なお世話になっているけど。そういう所も含めて好きなんだ」

佐伯さんがお話をしてくれながら照れくさそうに笑ったのを見て、本当に豊島さんの事がすきなんだなぁと感じた。


――気がついたら好きになる。やっぱり想像出来ないけれども、いつかできると良いなぁ。


「色んな人がいるように、好きになるきっかけも色々だよ。勿論、感じ方も。胸がどきどきしたり、穏やかな時間を過ごせたり」

「そうですよね。ありがとうございます」

「露木さんはきっと傍にいると思うよ。本当に」

「学祭でもクラスメイトに言われました。近くにいるって。もしかして、クラスメイトとかでしょうか?」

「お、俺と同じで近すぎたパターンじゃないのか、もしかして……」

「同じですか? 一体誰と――あっ、あれ! スタンプ台ありましたよ!」

首を傾げながら佐伯さんへと尋ねようとすれば、視界の端に台のようなものが飛び込んできた。

そのため、私がよくよく観察するように視線をむければ、スタンプ3という張り紙とスタンプ台を発見。


「え、あっ本当だ。スタンプ押して行こう」

「はい」

私達はスタンプ台へと向かった。







「スタンプ二個集まって良かったですね」

「あぁ、あと三個でクリアファイル貰える」

佐伯さんと話をしながら櫓の階段を昇れば、「落ち着いて下さい、五王さん。大丈夫ですよ。佐伯もいますし。だから、ここで待っていましょう。探しに向かってしまったら、またはぐれてしまう可能性が」という声が届いてきた。


「この声、豊島さんのですよね?」

「うん」

私達が声のした方向に顔を向ければ、櫓の中央付近で頭を抱えている匠君の姿があった。


「手を繋いでおけばよかった……」

「繋げるくらいの親密度なんですか?」

「……なんとか理由付けてなら繋いだことがある」

「もしかして人込みではぐれるからとかのパターンですか? 理由付けをしない日が来るように頑張りましょう! とりあえず、今は待ちましょうよ」

豊島さんが匠君の肩を軽く叩きながら、励ましているように見える。


「匠、豊島っ!!」

佐伯さんが声を掛けながら手を振れば、二人共弾かれたようにこちらへと顔を向けてきた。

豊島さんは笑顔で佐伯さんと同じように手を振っているけど、匠君は私達の方へと駆け出す。


「朱音!」

「わっ!?」

私達の方へとやってきた匠君に抱きしめられ、私の口から変な声が零れてしまう。

ぎゅーっと抱きしめら、まるで迷子の子供と再会したかのようだ。


「良かった、本当に」

「ごめんね、はぐれちゃって」

「いや、いいんだ。今度からちゃんと朱音の傍にいるから。ずっと朱音から目を離さないよ。会えてよかった」

匠君はそう告げると、私から体を離しほっと安堵の表情をし、今度は佐伯さんへと顔を向ける。


「尊、朱音のことありがとう」

「いや、こっちもごめん。匠と他の人を間違えちゃって。来る途中にスタンプ二か所見つけたから集めてきたよ。匠達は?」

「「え」」

匠君と豊島さんが顔を見合わせる。


「こっちはスタンプ全くなかったよ……」

豊島さんが、がくりと大きく肩を落としてしまったのを目にし、私は自分の手元にある紙へと視線を向ける。

用紙には五つの四角形が印字されてあり、内二つにはゴールドとシルバーのスタンプが押されていた。


――クリアファイル、豊島さん欲しがっていたよね。


私が用紙を交換しようという提案をするよりも、佐伯さんの唇が開く方が先で彼が豊島さんへと声を掛ける。


「スタンプ用紙交換しよう! 俺、クリアファイルは不要だからさ」

「でも、佐伯がせっかく集めたのに」

「いや、俺達集めたというか、彷徨ってたらスタンプ台の所に出たというのが正解なんだ。ね、露木さん」

「うん」

「五王さんは?」

「俺はいいよ。気にしないでくれ」

豊島さんは匠君の言葉を聞くと、佐伯さんに向かって「ありがとう」と笑顔を向けた。


「合流したし、さっそく向かおう。他のアトラクションもあるしさ」

佐伯さんに促されたので、「そうだね」と全員の台詞が重なる。

まだ遊園地は始まったばかりなので、迷路で時間をいっぱい取られては他のアトラクションが体験できない。


「豊島さん。迷路中は俺が朱音の隣でいい?」

「勿論です! じゃあ、私は佐伯と一緒にいますね」

豊島さんは匠君に告げると、佐伯さんの隣へ。


「ちゃんと匠君のことを見ているね」

今度はぐれないようにしないと! と心に決め伝えれば、匠君はなぜか頬を染め「……うん。見ていて」と呟いた。


「じゃあ、行こう! めざせスタンプラリー制覇っ!」という豊島さんの声に対し、私達は頷くと足を進める。

豊島さんと佐伯さんが並んで先に進み、私と匠君は後を追う。

佐伯さん達はスタンプ用紙を見ながら、楽しそうにおしゃべりをしている光景が爽やかだ。

二人共スポーツも得意だし、やっぱり似合う。


「朱音。尊となんの話をしていたんだ?」

匠君から声をかけられたので、私は視線を彼らから匠君へと移す。


「恋愛の話だよ」

そう告げれば、匠君が足を止め固まってしまった。


――あれ? どうしたんだろう?








あの後、迷路も無事攻略。

クリアファイル手に入れた私達は、アトラクションも数か所体験した。

ジェットコースターの定番から、遊園地のキャラクターを模したゴーカートまで。

楽しい時間はあっという間で早くもお昼に。


「そろそろ昼食にしようか」

ちょうどプラスチックの簡易イスとテーブルセットが設置されている飲食スペースの横を通り過ぎた私達は、席に座りお昼を食べることになった。

席の近くには、軽食をオーダー出来るお店があり、貼られているメニュー表を見るホットドッグやフランクフルト、チュロスなどがあるようだ。


「混んで来たな」

「あぁ、時間も時間だからなぁ……豊島と露木さんは席を取っておいてくれないか? 俺達二人で買ってくるよ」

佐伯さんの提案に、私と豊島さんは了承。


「私のメニューはいつもので!」

「いつもの?」

「ホットドッグとドリンク、それからポテトのセットだよ。ここでの定番メニューなんだ」

「私もそれにしようかな」

「じゃあ、俺達ちょっと買ってくるよ」

「うん。お願い。席、そこにするから!」

豊島さんが視線で指したのは、私達から一番近い場所。

匠君達が私達に背を向けていくのを見送ると、豊島さんと席へと座った。

周りには手作りのお弁当を食べている親子連れも居て、ほのぼのとした日常の一片を窺える。


「クリアファイル手に入って良かったね」

「うん、本当に! 佐伯のお蔭だよー」

豊島さんは満面の笑みを浮かべてカバンからクリアファイルを取り出すと眺め出す。


「迷路ではぐれた時、佐伯さんが居てくれてすごく頼りになったの。佐伯さん、優しい人だよね」

「そうそう、すごく優しいんだ。面倒見良いし。だから、モテるんだけど、彼女作らないんだよー。勿体ない」

それは豊島さんの事が好きだからと浮かんだが口を閉ざした。

佐伯さんが伝えるべきであって、私がしゃしゃり出るべきではないだろう。

タイミングとかあるから――


「佐伯も頼りになるだろうけど、五王さんもすごく頼りになると思うよ! 好きになった子のことを大切に守ってくれそう」

「匠君?」

私は視線を豊島さんへと向ければ、彼女はにっこりと微笑んだ。


「いやー、リアル王子様みたいだよね。あんなにイケメンな上に御曹司でハイスペックなのに、かなり気さくでさ。将来結婚したら、素敵な旦那さんになるよ! 子供好きだって言っていたし。六才のいとこがアメリカに二人いるんだって。五王さん懐かれているらしいよ」

海外に匠君のいとこがいることも、子供が好きなことも知れなかった。

アメリカにおばさんが住んでいるというのは美智さんに聞いたことがあるから、もしかしたらいとこはその方の子供かもしれない。


気のせいだろうか。

さっきから豊島さんは、匠君のことに関して饒舌になっている気がするのは。


「さ、佐伯さんどうかな? 良い旦那さんになると思うよ!」

私は慌てて話を佐伯さんへと切り替えれば、豊島さんは訝しげな表情を浮かべてしまった。

急に会話を変えてしまったせいだろうか。


「どうして急に佐伯が?」

「えっとそれは……」

佐伯さんが豊島さんのことを好きだからと言えず、私は黙って俯いてしまう。

なんとなくだけれども、佐伯さんのことも匠君と同じように話してくれると思っていたのだけれども。


――もしかして、匠君のことが……?



「露木さん、聞いてもいい?」

「うん」

「もしかして、露木さんって佐伯のことが好きなの?」

真っ直ぐと揺らぐことのない豊島さんの瞳を見て、私は目をぱちぱちと大きく瞬きをしてしまった。

だって、全く予想もしていなかった質問だったから。

即座に否定しようとすれば、


「「え」」


という綺麗に重なった匠君と佐伯さんの言葉が聞こえてきたので、私は弾かれたように顔を向ければ、まるで氷に包まれてしまったかのように固まった二人の姿が飛び込んでくる。

心なしか二人とも顔を強張らせ青ざめていた。






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