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朱音のクラス

五王家が全員榊西祭に参加することは事前に聞いていた。

だが、まさか春ノ宮家まで朱音のクラスに訪れるなんて知らなかったため動揺が……


朱音からの好感度は春ノ宮家もなかなか高いので、彼女としては祖父達が来てくれるのは嬉しいかもしれない。

朱音が嬉しいなら俺も嬉しいけど、驚き防止のために事前連絡はして欲しいと思う。


――な、何故お祖父様達が? 母に俺がこの時間に訪れることを聞いていたのだろうか。 


六条院祭が終わった後。

祖母にお礼の電話を掛けた時に、祖父の様子がおかしい件について訊ねてみた。

すると、「匠が見せた婚姻届けの影響なの。孫の恋をこの身尽きるまで応援すると誓ったそうよ」という返事が。

他にも孫が大勢いるのになぜ俺なんだっ!? と謎が深まるばかり。


「匠のお祖父さんも来ていたんだな。露木さんと仲がいいの?」

「わからない」

尊に対してそう告げれば、「匠君っ!」と、弾んだ声音が俺に届く。

祖父から意識をもう少し右手に映せば、朱音が満面の笑みを浮かべてこちらに小さく手を振ってくれていた。


朱音の衣装は、華やかな花々が描かれた柄のピンク色の着物と白のコルセット。

豊島さんのようにパニエで膨らませるタイプではなく、フリルのスカートという組み合わせだ。


俺もすぐに朱音に手を振ろうと思ったのだが、どうしても彼女の動きに合わせて揺れるスカートの方が気になってしまう。


――ス、スカート丈がっ!!


豊島さん達よりも長い。だが、それでも朱音のいつもの制服のスカート丈を見慣れているので気になってしまう。


「匠君、来てくれてありがとう」

俺の傍にやって来て、ふわりと笑った朱音が可愛いかった。

初めて出会った時では考えられないくらいに、朱音は本当に笑うようになっている。

それがとても嬉しすぎるし可愛いすぎるから破壊力が強い。


「佐伯さん、いらっしゃいませ」

「六条院祭ぶりだね。露木さん」

「はい」

朱音と尊がにこやかに挨拶をしていると、「露木さん」と朱音のクラスメイトが数人声を掛けてきた。

ちらりと俺の方に視線を向けたので、首を傾げる。

もしかして、少しうるさかったのだろうか? と頭に過ぎれば、どうやら違ったらしい。


「もしかして彼氏?」

俺はその台詞に口元が緩んでいくのが抑えきれない。

彼氏! なんて良い響きなのだろうか! 


……と思っていれば、「いやー、二人なかなか似合っているぞ!」という祖父の言葉が聞こえてきてしまう。

どうやら朱音の後に着いて来ていたようで、彼女の傍に立っていた。

朱音しか見ていなかったため、俺は気づくのが遅れてしまったようだ。


「匠くんは仲の良いお友達なの。さっき来てくれた美智さんのお兄さんだよ」

「美智さん……あっ、イケメン連れてきたあの美女かっ!」

「どうりでイケメン」

思いの外、妹の存在が朱音のクラスでも大きかった。


朱音に友達と言われるのは予想済みだ。

なので、ここで彼女のクラスメイトである男子に対し、牽制も兼ねて俺の存在をアピールしておかなければならない。

俺は唇を動かし、強調して言葉を放つ。


「朱音とはもっと親密になる予定だから。年を重ねても彼女の傍にいるって約束しているんだ。なぁ、朱音」

遠回しに朱音とは将来を考えているぞというニュアンスを含んだ台詞を告げた。


「それってこの間言ってくれたことだよね……? 私がおばあちゃんになっても傍にいてくれるって。あの時、すごく嬉しかったの。そんなに長く友達で居てくれるのが」

朱音は本当に嬉しかったんだろうなぁとわかる表情で微笑めば、速攻クラスメイトや祖父から綺麗に重なったツッコミが入った。


「「「露木さん、それ違う!」」」

なんだろう、この連帯感。お祖父様、初対面ですよね? 朱音のクラスメイトとは。


「え?」

クラスメイトと祖父の言葉に対し、朱音は驚きのあまり目をパチパチとしている。


「ちょっと待ってくれ、露木さんっ! そ、その……ふと疑問に思っただけで深い意味はないのだが、けっ、け、結婚……に関してどう思っているんだ?」

祖父が尋ねれば、クラスメイトは息を飲みながら俺と朱音へと視線を交互に動かしている。

朱音の結婚観について聞いた事がないので、これはある意味チャンスだ。

カタログチェックする時などに参考になる。


「結婚ですか? そうですね……私とは無縁だと思って考えていませんでした。でも、匠君のお父さんとお母さんを見て、とても素敵な夫婦だなぁって思ったので、今は出来れば結婚したいなぁって思っています」

「え、光貴……」

朱音の口から理想の夫婦像が父だと知った祖父の表情はなんとも複雑そう。

ちらりと両親の若かりし頃の話を聞いた事があるので、祖父としては思う所があるのかもしれない。


祖父の心情は充分理解できる。

春ノ宮の末姫として大切に育てた箱入り娘を掻っ攫ったのがチャラめの御曹司だから。


「露木さん、結婚の前にもうワンステップあるじゃん。彼氏だよ、彼氏」

「そうそう! ほら、意外に近い所に運命の相手はいるかもしれない」

「そうだよ、露木さん」

「いると思うなぁー。本当に手を伸ばせば届くくらいの距離にさっ!」

「彼氏……そっか。結婚するなら、お付き合いしなきゃならないよね」

「そう! そうなんだよ、露木さん。だから、付き合うことを考えてみよう」

女子達が朱音を囲みながら話している中で、男子達は俺の傍にやって来ると軽く肩を叩いてきた。


「御曹司でも俺達と同じだって思わなかったよ」

「イケメンだから苦労しないと思っていた」

「なんか親近感が」

「御曹司だからなんでも思いのままって思っていたけど違ったんだな。俺、応援するから!」

「俺も!」

「頑張れ」

短時間で色々と察してくれた朱音のクラスの男子は、俺に声をかけてくれている。

それを目にして、祖父は「素晴らしい。青春だ」と感極まった声音で呟いていた。


――この様子を見ると朱音に想いを寄せている男はいないのだろうか? 


俺がそんなことを考えていると、「露木さん」という豊島さんの声が聞こえてきた。

囲まれていた朱音にも届いたようで、彼女は顔を扉付近へと向ける。


「立ち話もなんだし、五王さんと佐伯を席に案内してあげてくれないかな?」

「うん、そうだね! あっ、でも……」

朱音は尊の方へ一瞬視線を走らせた。


「私より豊島さんの方が……」

「え? 私?」

尊が豊島さんのことを好きだと知っているので彼女なりに気を使ったのだろう。

豊島さんがきょとんとした顔をして朱音を見詰めている。


彼女は尊が自分に想いを寄せていることを知らない。

きっと仲の良い友人の一人だと思っているのだろう。ある意味、俺と尊は同じなのだ。


「もしかして五王さん、私に何か用でも? 遊園地のことですか?」

「いや、俺は……」

尊が豊島さんのことを好きなことを知っているらしい男子数名ほど「五王さんじゃないっ!」「露木さんの優しさがっ!」と頭を抱えだしている。


「豊島と露木さん二人で案内したらいいんじゃないか? ほら、二対二でさ!」

「二人もいらないと思うけど」

「いいから、いいから! 尊、また後でな」

尊の友達らしい男子は、豊島さんの背中を押すと尊へと手を振った。

納得のいかない顔をしている豊島さんにいつか尊の思いが届いて欲しい。


俺達が朱音に案内されたのは、祖父達の隣の席。窓際に等間隔で設置されているテーブル席で、外からの視界を遮るかのように簾がかけられてある。


「メニュー表どうぞ」

「ありがとう」

朱音に渡されたメニュー表を受け取り、俺はテーブルの上に置く。

尊の分はあるのだろうか? とテーブル越しに座っている彼へと顔を向ければ、尊が楽しそうに豊島さんとしゃべっていた。


――尊、頑張れっ!


俺は心の中で応援すると、再び朱音へと顔を向ける。


「あのさ……その……可愛いな」

スカート丈は短いと思うけど、衣装は朱音に似合っていて可愛い。

普段は着ないような衣装が着られるのも学祭の楽しみなのだろう。ただ、その衣装で学祭を回るとなると色々心配だ。

なので、朱音には着替えるように後で頼むつもりでいる。

勿論、写真は一緒に撮って貰うが……


「うん。衣装係の子達すごいよね」

「あっ、いや、その……衣装もだけれども、朱音が可愛いんだ。似合っているよ、そのいしょ……ん?」

なんかやたら視線を感じるなぁと思ってふと隣へと顔を向ければ、春ノ宮の祖父母の姿が。

真剣な表情でこちらをハラハラと息を飲んで見ている祖父と、にやにやとしたりしているけど瞳が優しげな祖母。



五王家では俺のことをにやにやと見守っているのを度々見かけるので「またかよっ!」と慣れてしまったが、まさかもう一人増えてしまうとは。


――春ノ宮家のお祖母様。あなたもですかっ!?












朱音のシフトが終わり、俺達は学祭を回ることに。

俺達がいる廊下にも人の往来が多くあり、榊西生や他校生などの制服姿の学生を中心に賑やかだ。


尊から学祭ではカップル率が高くなるという台詞を聞いたせいか、さっきからやたら恋人同士の人ばかりが目に飛び込んできてしまっている。

壁と自分で彼女を閉じ込めて顔を近づけている彼氏や、彼氏の腕にしがみ付き教室前ではしゃいでいる彼女など……


俺だっていつか朱音と!! と、ちらりと隣の彼女へと視線を移せば、視線に気づいた朱音と瞳が交わったため微笑まれてしまう。


朱音は着物からいつもの見慣れた制服に着替えている。

着物姿は可愛かったけれども、あのスカート丈が……ということで着替えて欲しいと訴えようかと思えば、朱音の方から汚すと悪いからと着替えてくれたのでほっと安堵。


「匠君のお祖父さん達、楽しんでくれるといいね」

「そうだな」

祖父が俺達のことを影ながら見守ろうと付いて来る予定だったらしく、お祖母様に止められていた。


「匠と露木さんを見ていたらあの頃が懐かしくなったの。私、模擬店が初めてだから楽しみにしていたのよ? 匠に構うのも結構ですが、たまには私にも構って下さいね」とにこにこしながら告げた祖母に「な、なにを急に……!」と顔を真っ赤にして戸惑う祖父。

結局、祖母の作戦勝ちということで祖父は俺よりも祖母の方へ。

そのため、俺と朱音は誰にも邪魔されず二人で回れることになった。


「匠君、どこか行きたい所ある……?」

「外に焼きそばの屋台があるんだけど気になっているんだ」

「焼きそば……もしかして陸上部のかな? 毎年恒例みたいで名物になっているんだって。美味しいって毎年買いに来るご近所の人もいるみたいだよ」

「それは期待度高まるな」

俺と朱音は早速昇降口を出て外へと向かう事に。



「並んでいるな……」

屋台があるスペースに向かえば、さすが榊西祭の名物というだけあって焼きそばの屋台には列が出来ていた。

熱々の鉄板上でソースが焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、急にお腹が空いてしまったように感じてしまう。


さっと周りを見回すとテーブルはないが、プラスチックの簡易イスが数十個不規則に並べられていた。

席には膝の上に屋台で買ったものを乗せながら、楽しくおしゃべりをしながら食べている生徒の姿が窺える。

空席も少し見られるので、座ることは可能のようだ。


――たしかパンフレットに空き教室も解放しているので、そちらで飲食も可って書いてあったな。


「朱音。外で食べる? 中で食べる?」

「匠君はどっちで食べたい?」

「俺、外で食べたいかも。屋台の醍醐味というかさ」

「じゃあ、外にしようか」

朱音の言葉に俺は頷く。


「焼きそば並んでいるよな……俺、並んで買って来るから、席を取って貰えると助かるかも」

「うん。じゃあ、あそこの席空いているみたいだから取っておくね!」

朱音が視線で指したのは、建物の壁沿いに等間隔で二、三個ずつ不規則に並べられている場所だった。


「わかった。何かあったら連絡して。すぐに行くから」

「うん。じゃあ、またね」

朱音が小さく手を振り俺から離れていくのがちょっと寂しい。早く焼きそば買って朱音の所に戻ろう。


……ということで、俺は早速駆け足で屋台に向かい列に並んだ。

回転率が意外と早いようであまり待たずに俺の番になった。


ジャージに榊西陸上部と書かれたエプロン姿の部員は、にこやかに接客してくれながら焼きそばを焼いてくれている。

店には三人~四人いて焼く人と会計の人などそれぞれ役割が分かれているようだ。


「焼きそば二つ下さい」

「はい、焼きそば二つですね。毎度ありがとうございます。少々お待ちください」

注文を取る人が「二つ」と告げれば、焼いている人が「二つね」と言いながらパックに手を伸ばす。


――いくらだ?


値段を見ようと張り紙へと視線を向ければ、ちょうど「匠!」と名を呼ばれたので、意識がそちらに向かってしまう。


「父さん?」

そこにはスーツ姿の父がいたのだが、珍しくちょっと残念そうな顔を浮かべている。


「どうかしたのか?」

「朱音ちゃんと一緒だよね……?」

「あぁ」

「やっぱり朱音ちゃんのシフト中には間に合わなかったかぁ……会社を出る時に急な来客があってさ……朱音ちゃんどこ?」

「朱音ならそっちにいるよ」

俺は朱音がいる方向へと体を向ければ、ちょうど朱音の前に三人の男が近づいている場面だった。


「なんだ……?」

他校生らしく、制服が榊西と違って学ランだ。

もしかして朱音の知り合いなのだろうか? と首をかしげれば、朱音の表情が曇っていくのがわかる。

彼女は困惑そうな表情を浮かべて唇を動かすと首を左右に振った。


――あまり良くはない雰囲気だな。


「父さん、ちょっと焼きそばを受け取るのを代わって! 焼きそば二つでお代はまだだから」

「任せて」

俺は父に焼きそばを頼むと、急ぎ朱音の元へと向かった。










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