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榊西祭

「駄目だってば、シロっ! 連れていけないんだって! というか、重っ」

屋敷の玄関にて、俺はすっかり困惑していた。

しゃがみ込んでローファーを履いていると、シロが両前足を俺の肩に乗せ「ワンワン」と吠えはじめてしまったのだ。


今日は朱音の学校・榊西の学祭。何を着て行くか迷った俺は、他校のイベントに慣れているであろう尊に相談。

「制服でも私服でもどちらでもいいよ。でも、制服の割合の方が多いかな」と教えて貰ったので制服を着ている。


朱音のクラスでは和風カフェをやるので、俺はクラスでの彼女を見るために少し早く向かうことに。

尊が一人で豊島さんのクラスに行くということなので誘って一緒にいく予定だ。


尊とは榊西の校門前で待ち合わせをしている。

朱音が尊に対して、「一緒に回りませんか?」と誘ったのだが、尊から「ロロン達を散歩に連れて行かなきゃならないから」と固辞された。

きっと気を使ってくれたのだろう。咄嗟に出たのがロロン達なのがどう断っていいのか迷っていたのだと思った。

お邪魔になるからと言えば、邪魔にならないと朱音は言うだろうし……


「シロは学校に入れないから連れていけないんだ」

「ワンワン」

俺に向かって連れて行って! と言っているかのように、シロは俺の背でいつもよりテンションとボリュームをアップさせて叫んでいる。

シロは時々こんな風に俺に連れて行けアピールをすることが度々あった。

子犬の時からなので慣れているのだが、子犬の時は楽々と対応出来たけど今ではちょっと無理。

二歳なので体が大きくなったので重たい。


「朱音の学校から帰って来たら遊んでやるから。なっ?」

「わふっ!?」

朱音という言葉に反応したのが、ますます吠えはじめてしまった。

彼女はうちに来るとシロといっぱい遊んでくれるため、シロも大好きなのだろう。


「待ち合わせに遅れるって、シロ」

腕を後方へと伸ばすと掌には、ふかふかの綿毛のような感触が伝う。滑らかで触り心地がよく、ほどよい弾力も感じられる。


「クゥン」

シロはやだと拒否するかのように、俺の頭上に頭を乗せてきてしまう。


――こうなったら、少しだけ部屋で遊ばせて来るか?


全力で遊べば疲れて休むかもしれないなと思い、履きかけたローファーを脱ごうとした時だった。


「シロ~」

という軽やかな声が聞こえてきたのは。

振り返れば使用人の門脇さんの姿があった。門脇さんは犬好きで、俺が留守中にシロの世話をしてくれている人の一人である。


「シロ。匠様について行っちゃったら、おやつが食べられなくなっちゃうよ?」

門脇さんは手にしていた銀色のトレイとおやつが入っている袋を手にしている。

おやつはパッケージを見ると、シロが最近気に入っているやつだった。

パッケージなのか匂いなのか、それともおやつ用のトレイなのか、シロは「わふっ!?」と大きな一吠えで反応すると俺からさっと離れていく。


シロはハートマークが飛んでいそうなテンションで吠えながら、しっぽを大きく動かすと、「早く袋あけてー」というように門脇さんが持っているトレイを咥えて軽く引っ張った。


「ここではなく部屋であげるから、匠様を見送ろうね」

その言葉に、シロは俺の方を見ると「ワン!」と声を上げた。

どうやらシロの中で、俺とおやつを天秤にかけた結果、おやつの方が余裕で勝ったようだ。なんとも言葉にしがたい複雑な心境。


「……まぁ、でもシロっぽいけどな」

俺は手を伸ばしてシロの頭を撫でると、「留守番よろしくな」と告げた。





榊西には時々朱音を迎えに行くので場所はわかっていた。

校門前まで車で送って貰ったのだが渋滞しているため、途中で下ろして貰い徒歩で向かうことに。

尊との約束の時間までまだまだあるからゆっくりでも問題ない。

待ち合わせ場所の校門までは簡単で歩いている歩道をそのまままっすぐ進んで行けば、左手奥に建物が見えるから突き進んでいけばいい。


――校門前で朱音に着いたとメッセー……ん?


視線の先に何やら人混みがあったので気を取られた俺は足を止め眺めれば、様々な制服に身を包んだ女子高生に囲まれている尊の姿があった。


――尊って男から見てもかっこいいもんな。


爽やかで裏表なく運動神経も良くて頭もいい。まるで、少女漫画のヒーローのようだ。

人気があるのは納得だと思いながら、「尊」と声を掛ければ気づいた彼と視線が交った。

だが、尊だけではなく女子生徒達の意識も向けてしまったようで、一斉に彼女達の双眸が俺に注がれることに。


「なんだぁー。待ち合せって男子とだったんじゃん」

「二人ですか? よかったら一緒に回りませんか?」

「すごい! イケメン同士の上に、六条院生!」

「いや、あの……」

尊を囲んでいた子のうち数名が俺の方へとぐいぐいと来たので、弱々しくなってしまう。

六条院内ではどちらかと言えば近づかれないので、ちょっと戸惑ってしまったのだ。


「彼女いるんですか?」

「一緒に回りましょうよ」

「ごめん。俺達、彼女いるんだ」

正確には彼女になって貰う予定という括弧が付くのだけれども、ここは口を噤む。


「ほんとに彼女? 男二人だし六条院生なのに?」

「本当。悪いけど、俺達急いでいるから。模擬店見に行かなきゃならないんだ。なっ、匠!」

「あぁ」

「どのクラス? 私達も行きたい~。案内するよ。去年も来たからわかるし」

腕を掴まれたりし始めたので、俺は溜息を吐きたくなった。

無理やり振り払って彼女達が怪我しないように、そっと外そうと触れた瞬間だった。「お二人とも一体何を……?」という声が聞こえて来たのは。


それはある意味俺にとってライバルの声で、視線を声音が聞こえた方へと向ければ予想的中。


「美智!」

「美智ちゃん!」

六条院の制服を纏った美智が扇子を手にして立ち、左右には騎士の様に棗と豪を従えている。

どうやら美智達も朱音の学祭に来ていたようだ。


――棗も来ているのかっ!?


六条院祭以来、棗の姿を見ると動揺してしまう。


「……え。すごい美女がいるんだけど」

「モデルかなにかじゃない?」

「両脇もイケメンじゃん」

女子生徒達は、突如現れた美智達に釘付けになっている。

六条院の女王と王子は他校生の興味を惹くようで、俺達から彼女達の意識を向かせてくれた。

美智はよく人目を惹く容姿をしていると言われているから、きっとそのせいだろう。豪達もイケメンだし。


「お久しぶりです、匠さん」

「久しぶり、豪」

「匠兄さん達、相変らずモテるね。こんなに綺麗なお姉さん達に囲まれているなんて」

そう言って微笑んだ棗に対して、女子生徒達は黄色い悲鳴を上げて頬を染めだす。六条院の王子様はどうやら他校生にも王子様で通じるようだ。

根っからの王子様気質の棗は、朱音すらも落とす勢いなので納得する。


――ん? これはチャンスじゃないか?


今のうちに抜けよう! と、俺は尊に対して瞳で合図をしこっそりと足を動かせば、気づいた美智が唇を動かし俺に何か伝えようとしてくれている。


――なんだ?


小首を傾げて美智に訊ねようとしたが、せっかく棗に惹きつけられているので、このままそっとしておくことに。

緊急な連絡なら俺のスマホに入って来るだろうと判断し、俺は尊と一緒に校門を潜って榊西の敷地内へと入った。


校舎内だけではなく、外にも模擬店があるようで運動部が焼きそばなどの屋台をしているようだ。

着ぐるみでチラシを配っている生徒や女装をして看板を持っている生徒など、見ているだけでも賑やかだ。


「他校はこんな感じなんだな」

どっかの代の生徒会長の時は生徒会が主催した模擬店やったらしいが。


俺は「学祭いいよねー。僕ももう一回高校の制服着てみたい」と朝食の時に言って、祖父に呆れられていた人物を思い浮かべた。

模擬店やバンドライブをやったりして、父の高校生活は俺が想像も出来ないくらい自由だったのだろう。

六条院で模擬店やバンドライブをやれたのが不思議だ。


「うちでもやりたいがちょっと難しいな」

「そうだね。六条院ではちょっと難しいかも。屋台とか行ったことない子達もいるだろうし」

「だよなぁ……」

うちは父が夏祭りとか駄菓子屋とか連れて行ってくれたりしたから経験はあるけど、他の生徒達は屋台などで買い食いしたことがあるのは少ないはずだ。


「あのさ、匠。遊園地の件。ありがとう」

「ん? あぁ、朱音が誘ってくれた件か!」

昇降口から校舎内へと入れば、尊がふと言った。


六条院祭の時に朱音が俺と尊と豊島さんと四人で出掛けようと提案した時のことだ。あの後、朱音が豊島さんへとメッセージを送ればすぐに返信があり、とんとん拍子に四人で遊びに行くことが決定。


「あまり二人で遊べない上に、榊西祭があるからやきもきしていたんだ」

「榊西祭で?」

「学園祭はイベントとしてカップル成立率も高くなるからさ」

「そうなの!?」

初めて知った衝撃の事実に、俺はつい声を上げてしまう。


「準備とかで今まで関わりがなかった人とかと接点が出来るからね。この機会に仲が良くなってというのが普段の生活よりも多くはなるよ」

「えっ、朱音も……!」

「同じクラスなら色々クラス内での出来事を見られるけど、クラスどころか学校が違うもんな。俺達」

「そうなんだよ」

今回の学園祭は俺にとってまたとないチャンスだと思っていた。

イベントとして距離を縮めるということもあるが、ずっと気になっていた朱音のクラスメイトのことを見られるからだ。

朱音は気づかないかもしれないけれども、彼女に想いを寄せている男がいないとも限らない!


心なしか俺の歩くスピードが速まった。





「ここが朱音のクラスか」

配っていた模擬店マップを見ながら、俺と尊はメニュー黒板が置かれているクラス前へと立っていた。

入口の上部には、朱色の額縁に収められた和紙に和風かふぇと書かれた看板が窺える。


「いらっしゃい……あっ、佐伯と五王さん!」

出迎えてくれたのは、豊島さんだった。

店が和風をコンセプトにしているようで、衣装も和風となっているようだ。

着物をリメイクしたのか襟元にはフリルが付けられ、帯の代わりにコルセットを使用。裾は切られスカート風に形を変えパニエで膨らませているのだが、丈が短いように感じる。


「待って! 全員こんなに丈短いの!? 朱音も!?」

久しぶりだねとか他にも豊島さんに言うことはあったはずだが、俺の頭は朱音のスカートの丈で頭がいっぱいになってしまった。


「そうですね。着物を使いたかったんだけど、予算が……全員の家にあるわけじゃないですし。浴衣は他のクラスがやるので。だから、予算内で収めるために汚れなどの理由で驚くくらい格安でリサイクルショップで売っていた着物なんです。それを汚れの部分を切ったりして衣装係がリメイクしてくれたから基本的には短いかも」

「朱音は!?」

「露木さんは接客中ですよ。五王さんのお祖父さんとお祖母さんの」

「そうか、お祖父様達のか……えっ!? お祖父様?」

教室内へと視線を向ければ、机を組み合わせて深い緑色のクロスが敷かれたテーブル席に春ノ宮家の祖父母の姿があった。

そして傍には朱音の姿も。


――春ノ宮家も来ていたのかっ!? 美智が何か言おうとしていたのは、このことだったのかっ!






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