図書館にて宿題
長方形のオフィスデスクの上に開いているノート。
それに走らせていたシャープペンが、ぴたりと止まってしまっている。
そのため、数字の羅列が中途半端のまま。
私はノートと同じように開いている数学Ⅱの教科書へと手を伸ばして、数式を眺めてみるが、やはりピンとこず。
そのため、ちらりと隣の席にいる人物へと顔を向ける。
そこには、制服姿の匠君の姿があった。
彼は私と同じように教科書とノートを開き、シャープペンを走らせている。
あの出会いから数日。
私と匠くん、それから美智さんは、こうして時々逢うような関係に。
プライベートルームでおしゃべりをしたり、屋敷の方にお邪魔したり……
今日は図書館の個室を借りて学校の宿題をやっている。
わからない所は、匠君に教えて貰いながら。
美智さんは、学校で友達と少しおしゃべりをしてから合流予定。そのため、室内は私と匠君だけ。
本当は図書館のテーブル席でも良かったのだけれども、あそこは飲食禁止スペース。
それに静寂に包まれている館内では、わからない所を尋ねるのも気が引ける。
そのため、匠君が個室を借りてくれたのだ。
ここは良心的な値段なので、学生にも借りやすい料金。
だから、友達同士で借りて割り勘する子達も多く利用しているので、ここのフロアには私達以外の学生の姿もよく見る。その上、自販機も設置され、飲み物も買いやすい。
――……今、大丈夫かな?
問題を解いていてわからない箇所があったのだけれども、なかなか匠くんに声を掛けるタイミングが掴めず。
そのため、じっと凝視。そのせいか、ふと匠くんの顔がこちらを向いてしまい、ばっちりと視線が交わりあってしまう。
「もしかして、わからない所あったのか?」
「うん……問二の問題が……今、聞いても大丈夫かな?」
「いいよ」
そう言って匠君は柔らかく笑った。
「数学だっけ? 教科書見せて貰ってもいい?」
「うん」
私は頷くと、開かれたままの教科書を手に取り、そのまま匠くんへと渡した。
すると彼はさっと目を通す。そして今度は私のノートを覗き込み、視線を走らせる。
「途中まで解けているようだ」
「ほんと?」
「あぁ。応用問題の中でもこれは癖があって難しい。だから、少し混乱しているのかも」
「そっかぁ……」
「朱音は勉強頑張っているな」
「え?」
「教科書に書き込み多いから。自分で解りやすいようにメモ取っているのがわかる」
「ごめん……読みづらいよね……」
私の教科書やノートには書き込みが多い。そのため、ごちゃっとしている印象を受けるのは無理もない。
授業を聞きながらわからなかった所や、難しいと思った所の解説を自分なりに砕いて記入しているからだ。
琴音と違ってあまり要領の良くない私は、すんなりと飲み込む事があまり得意ではないから。
「いや全然。教科書やノートって、人それぞれ使いやすいように書いて良いと思うよ。美智の教科書なんて新品同様だぞ? あいつはノートに書き込む派だから。だから、ノートは本人以外見てもわからないんだ」
「そうなんだ」
「あぁ。それで、問題なんだけれども……」
匠君はそう言うと、私のノートに書かれている問題を指でトントンと叩いた。
「ここまで合っているんだ。ここを……――」
と、その後匠君は優しく丁寧に解説してくれた。
彼は教え方がすごく上手。そのため、いつも私でもちゃんと答えを導き出す事が出来る。
「ありがとう。匠君って教え方が上手だよね」
「いや、朱音の覚え方がいいからだよ。それより、少し休憩しないか? ずっと勉強ばっかりだと疲れるだろ? 何か飲み物でも買ってくるよ」
「なら、私が……」
「平気。俺が……――って、ごめん」
匠君の言葉を遮るように、流行りの曲が私と匠君の間に流れ始めてしまう。
その発生源は、テーブルの上にあったスマホ。ブラックのカラーのそれは、匠くんのものだった。
「誰だよ?」
と、言いながら匠くんがスマホを取り、ディスプレイを確認するとすぐに電話を取る。
「もしもし、美智?」
どうやら、美智さんのようだ。
「……はぁ? 小腹が空いた? ……あぁ、いいんじゃないか。……というかそんな腹に溜まりそうなものやめろ。もっと軽いものにしろって……夕食を食べられなくなってお爺様に怒られるぞ。……あぁ、それならいいんじゃないか? …聞いてみるから、ちょっと待っていろ」
「え?」
ふと匠くんが私へと視線を向けてきたので、少しだけ戸惑った。
どうしたんだろう? と小首を傾げながらそれを受け止める。
すると彼が、
「朱音。みたらし団子って食べられる?」
と口を開く。
突然みたらし団子のことを尋ねられ、私は一瞬戸惑うが、なんとか首を縦に動かした。
「うん。食べられるよ」
「そうか。なら大丈夫かな」
匠君はそう呟くと、そのまま再び会話を始めてしまう。
――お団子がどうしたのかな?
+
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電話の数分後。
美智さんと国枝さんが図書館の個室へとやって来た。
そのため、大きな長方形のテーブルに設置されている四つの椅子は全て埋まっている。
テーブルに置かれていた教科書類は綺麗に片付けられ、代わりにみたらし団子が乗っている皿とお茶の入った湯呑が。
「やっぱり、お団子はみたらしよねっ!」
テーブルを挟んで私の正面に座っている美智さんは、顔を緩めながらお団子を食べている。
彼女が持っている団子は、艶々とした醤油色。
「みたらしも良いが、胡麻も旨いと思うけどな。あと、ずんだ」
「えー。僕は胡桃押しですね」
匠くんと国枝さんも頬張りながら、そう口にしている。
このお団子は、美智さんがここに来る途中に立ち寄って購入してきてくれたのだ。
どうやらあの電話はお店からだったらしい。
「朱音さん、いかがかしら? お口に合うといいのだけれども……」
「はい。美味しいです」
みたらしのあまじょっぱさも程よく、団子も丸々としてもちもちとした食感。
お団子なんて久しぶりに食べたけれども、美味しい。
「良かったわ! ここのお店、お爺様もお父様もお気に入りで、うちで良く買いに行くの。だから気に入って頂けて嬉しい」
そう言って、ふふっと笑う美智さん。
凛々しくて優しくて綺麗なお嬢様を具現化したような彼女は、きっと六条院の中でも目立つ存在だろう。
匠君に前に聞いた事があるが、六条院の麗しき女王と呼ばれているそうだ。
美智さんだけじゃない。匠君もそう。
生徒会長をしているそうで、色々と多忙を極めている。
そんな見目麗しき優しい兄妹。その上、五王という雲の上のような人達。
そんな二人と仲良くなれて、なんだか不思議な気分だ。