密室を探せ!
こんばんは。いつもお読みいただきありがとうございます!
10/1(明日)更新分で六条院祭編は終わりです。
次は榊西祭編となります。
「密室ってどこだよっ!?」
昼食の食堂・個室にて。俺はテーブルの上に置いてあるタブレットをひたすら凝視しながら頭を抱えてしまっていた。
タブレットのディスプレイには、構内図が表示されている。
朱音に対して王子立候補をするため六条院内で個室を探しているのだが、空き教室などは防犯対策として施錠されているので立ち入りは無理なのでなかなか二人きりになれる場所がない。
いま自分がいる場所も個室なのだが、雰囲気が……
――あー、生徒会室が使えれば!!
例え役員の了承を得たとしても規則を会長が破ることなんて出来ず。
「……頼む。誰か教えてくれ」
がくりと肩を落としながらそのまま力を抜きテーブルへと伏せれば、ちょうど良いタイミングで電子音が室内に鳴り響く。
音の発生源はランチ用の呼び出し機の隣に置いてあったスマホからだ。
「父さん?」
ディスプレイに表示されている登録名と電話マーク。
相手が誰かわかっているため躊躇わずに電話を取れば、「匠?」という軽い声が耳朶に届く。
「いま、平気かい?」
「平気。食堂だから」
「朱音ちゃんの件、ちゃんと美智達から連絡貰ったよ」
「悪かった。ちゃんと電話出られなくて。鞄の中に入れっぱなしにしていたんだ。色々朱音のためにありがとう」
「僕も朱音ちゃんと話せて楽しかったし! スマホの着歴凄いことになっていたでしょう?」
「……やばかった」
五王家から春ノ宮家まで朱音を知っている者達からの着信やアプリメッセージが沢山残されていた。
特に凄かったのが春ノ宮家の祖父からのもの。
「何故電話に出ない!?」「匠、至急折り返し寄越すんだ」「緊急なのに何をしている!?」「場所を言え。すぐに迎えに行く」など切羽詰まったボイスメッセージが……
「美智からメッセージが届いて匠と会えたって知っていたけど、一応匠に連絡してみたんだ。ついでに可愛い息子の声を聞いて午後からの仕事を頑張ろうと思ってさ!」
「俺、もう高校生なんだけど?」
「子供はいつまで経っても可愛いよー。パパ、お仕事頑張ってね! という匠と美智が小さい頃くれた手紙を手帳に挟んでいるし!」
「でも子供が可愛くない親もいる」
「……朱音ちゃんのご両親と何かあったのかい?」
急にトーンが落ちた俺の声に同調するかのように、父の台詞がついさっきまでの軽さが消え真面目さを含んでいる。
「何もなく『いつも通り』。だから困っているんだ」
「あのね、匠。僕は最初から完璧な親なんていないと思っている。僕だってまだまだだ。親は子供と共に成長するってよく言うけど、朱音ちゃんのご両親はそれが出来なかったんだろうね。朱音ちゃんのご両親は未熟なのかも」
「親って難しいな」
「そうだね。でも、僕は親って楽しいって感じているよ。勿論、大変な事もあるけど、それを上回るくらいに匠や美智を愛しているからね。僕の子供で本当に良かったって強く想うくらいに」
「き、急に恥ずかしいだろ!」
父はストレートに言うタイプなので、時々すごく照れるというかこっちがテンパってしまう。
昔から父は友人が多く人脈が広かったけど、そういう裏表ない所が人を惹きつけるのかもしれない。
「匠のことは特ににやにやして見守れるから楽しいしね~」
「そっちの楽しいかっ!?」
父は真面目なのかふざけているのは本当にわからない。相変わらず雲みたいな人間だって思った。
「午後からは朱音ちゃんを六条院を案内できそうなの?」
「予定とおり休憩時間入れば問題ないよ」
「そっか、なら良かった」
「でもさ、密室がないんだよ。密室が」
「密室?」
「ちょっと朱音と二人きりで話をしたいんだ。それで誰にも邪魔されないように密室を探しているんだ。どっかないかな?」
俺は父に訊ねながらグラスに入った水に手を伸ばして飲めば、喉が渇いていたから冷たい水のお蔭で清涼感に包まれた。
「えっ!? 告白するの!?」
予想もしていなかった唐突な言葉に対して、水を噴き出しそうになってしまう。
「急に何を! まだしないよ! しても今は困惑されてしまうじゃないか。今は王子ポジションに付くのが先決。友達からもっと距離を縮めるんだ。少しずつ恋愛面も押していく。勿論、朱音に無理をかけないようにというのは前提だけど」
「王子かぁ。なら、雰囲気良い所の方がいいよね。温室とかいいんじゃない?」
「温室は不特定多数の生徒の出入りがあるじゃないか」
「そっちじゃなくて植物研究部の温室。確か複数所有しているはずだから、その一つを少しだけ借りちゃえばいいんじゃない?」
「あっ!」
確かに植物研究部所有のなら雰囲気は良いと思う。珍しい植物や綺麗な花も咲いているだろうし。
学園祭中だけれども研究発表を展示スペースでやっているし、一般の生徒はなかなか温室には向かわない。
許可されている部員やその家族以外は。
――確かうちのクラスの朱鷺川が部長だったな。頼んでみるか。
朱鷺川製薬の令嬢である朱鷺川あゆみは、葉澤病院の子息である葉澤悟と婚約しているため学内でよく二人でいるのを見かける。
俺も朱音と同じ学校なら絶対にいつも一緒にいただろう。
「ありがとう、父さん。頼んでみるよ」
「大丈夫だよ。朱鷺川製薬のお嬢さんならきっと協力してくれる。大切な人との時間のためにと言えばね」
なんでだろう? と思ったが、電話越しに秘書の橋波さんが「社長、そろそろ」と呼ぶ声がしたので礼を言って電話を切った。
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朱鷺川の電話番号は知っている。
だが、頼みごとをするのだから、直接本人に会って頼むべきだろうと思った俺は、事前連絡を入れ昼休みを利用して温室に向かっていた。
この辺りは校舎から少し距離があるため、あまり生徒の往来がなくただ自分の足音だけが耳に届く。
三年が夏で引退したので二年が一人一ヵ所温室を持っているらしく、朱鷺川は自分が研究している温室にいるそうだ。
「五王様。お待ちしておりましたわ」
温室の前には一人の少女と少年が立っていた。
少女は目尻が下がったややタレ目に少し丸みを帯びた輪郭、ふっくらとした唇をしている。
胸下まである柔らかそうなウェーブかかった髪は、右側で束ねられそのまま流されていた。
彼女に寄り添うようにいる少年は、こちらに軽く会釈をすると瞳を揺らめかせながら俺を捉えている。
凛々しい男らしい顔立ちに引き締まった唇が何か告げようとしたが、すぐに閉じてしまった。
ふんわりとした彼女とそれを守る騎士のような印象だ。
「悪い。葉澤と一緒だったか」
「申し訳ありません。彼ったら、心配だったようで」
朱鷺川は笑いを堪えつつ、隣にいる葉澤へと視線を向ける。すると、彼は不安そうに見つめ返す。
心配? 体調でも悪いのか? と一瞬頭に過ぎったが、つい先ほどの件を思い出す。俺のことを見ていたあの揺らぐ瞳を――
「そういうことか! すまない。婚約者がいるのに二人だけになるのは配慮が足りなかった」
「お気になさらないで下さい。悟ったら、私が五王様に告白されると思っているんです。ふふっ、六条院内では五王様の恋人のお話で持ち切りだというのに。見当違いもはなはだしいわ」
「そうだけどさ、あゆみが可愛いから心配なんだよ」
「悟もカッコイイわよ」
「本当に?」
「本当ですわ。いつも見惚れちゃうくらいに!」
そう言って朱鷺川は葉澤の腰へと抱き付けば、葉澤はこれ以上ないというくらいに頬を緩め彼女を抱きしめ返す。
二人共、いちゃいちゃするのは用事が終わってからにして欲しいのだが……と、大声で叫んでしまいたいくらいに甘々でピンクな空気を醸し出している。
脳内にリア充という言葉が浮かんだ。
――お、俺だってその内朱音とっ!!
俺もいるぞという意思表示のためわざとらしく咳払いをすれば、朱鷺川が「そうでしたわ。悟、また後でね」と言って離れていけば、「後で抱き付いてくれるだけ?」と葉澤が尋ねた。
なに、あれ。すっごく羨ましい……
あー、朱音に会いたい。何しているんだろう? まぁ、美智や棗と一緒に楽しんでいると思うけどさ。もう朱音が恋しくなってしまった。
「申し訳ありません、五王様」
「いや、いいんだ。俺が二人の時間を邪魔してしまっているからな。それで、さっそくなんだが頼みがある。朱音と……大切な子と二人だけで大事な話をしたいから温室の一ヵ所を貸して欲しい」
「まぁ! 大切な子というのは、あの噂になっている方ですわよねっ! どのようなお話をなさいますの!? もしかしてプロポーズを?」
朱鷺川は両手を組んで目をきらきらと輝かせ出すと、ずいずいっと俺の前へと近づいて来る。
――ど、どうしたんだ!? 急にテンションがっ!
近いと思ったがそこは慣れているのか、「駄目だよー」と言って葉澤が彼女に腕を伸ばし腰元に絡んで引き離す。
「申し訳ありません。あゆみは恋愛至上主義でして。恋愛話が大好きなんです」
なるほど、それで父が大丈夫と言ったのか。
「朱音へのプロポーズはまだだ。今回は他の大事な話を二人だけでしたい。昼休みが終わってから少し生徒会の仕事があるから、あと一時間後くらいに借りたいんだが、温室をほんの少しだけ借りることは可能か?」
「えぇ、勿論です! お任せ下さい。ティーセットのセッティングも致しますわね!」
「いや、そんなに気を使わないでくれ」
「いいえ、五王様。雰囲気は大事です。お時間までに準備いたしますわ。温室は管理の為に施錠されていますので、お時間になったらまたこちらにいらっしゃって下さい。さぁ、こうしてはいられません。早速準備を! では、五王様。ごきげんよう」
朱鷺川は満面の笑みを浮かべると、颯爽と駆けだしていってしまう。
おい、葉澤残しているが大丈夫なのか? と、彼へと視線を向ければ微笑まれてしまった。
「いつものことですから。そういうあゆみが俺は好きなんです」
俺はこれが婚約者の余裕か! と呟きたくなった。




