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朱音…?

――しかし、なんで美智のやつ急に演奏会になんて参加するんだ?


少し時間の出来た俺は、様子を探るために足を音楽堂へと進めていく。

席を取るのにちょうど良い頃合いなのだろうか、音楽堂へと続いている道程には人の群れが川の流れの様に入口へと向かっている。

さすがはこの度の学園祭のメインの一つだなぁと思っていると、ふと後方から俺の名を呼ばれてしまう。

聞き覚えのある声だったため、躊躇いなく振り向けば想像したとおり健斗の姿があった。

見回りの途中なのか俺と同じように腕には腕章を付け、手にはタブレットを所持。


「あー、そうか。健斗が見回り当番だったな」

あの件以来、生徒会の仕事も真面目に取り組むようになったので、最初は隼斗と入れ替わっているんじゃないのか? と多くの生徒達に言われていたが、最近そんな話も落ち着き始めている。


「うん、そうだよ。匠はどうしたの?」

「演奏会にスケジュール変更があったから様子を見にきたんだ。顧問の先生が承認しているから問題はないが、一応確に――え?」

視界の端にいるはずのない者が映し出されてしまい、俺はか細い呟きを漏らしてしまう。

別に幽霊を見たとかではない。ただ、この時間帯には絶対に見ることはないはずの人がいたのだ。


「朱音……?」

午後から来るはずの彼女の姿があったのだが、一緒にいる人達も予想外の人物だった。なんと春ノ宮家の祖父母!

三人は俺に気づくことなく仲良さそうに話をしていた。

やがて三人とも俺の視線に気づいたのか目を大きく見開いたかと思えば、朱音が顔を輝かせて駆け足でこちらに向かってきた。


「匠君っ!」

少し息の上がった彼女が目の前に到着。

五王の人間と一緒ならば何か事情があって早く来たんだなぁと思うけれども、春ノ宮家では不可解な状況で頭が追い付かず。


――うちの家族と朱音は仲が良いから一緒にいても違和感は感じない。俺以外が朱音と一緒に水族館行っていたくらいだからな。でも、春ノ宮家は……特にお祖父様は朱音に馴れ初め聞かれて逃走したし。


「これはあれか。朱音に会いたいって思いまくっていたせいで俺も幻覚が……」

「私も会いたかったよ」

「あー、とうとう都合の良い幻聴まで……」

朱音が満面の笑みを浮かべて俺の元へと駆け寄ってきて、会いたかったって告げてくれる。なんだ、この最高なシュチエーションはっ!!

俺はこういう理想的な夢を何度も見ては、夢オチという現実を数えきれない程味わってきた。

それがとうとう形として現実世界にまで現れるとは。


――いや、でもよくよく考えたらこれはかなりアリなんじゃないのか? いつでもどこでも朱音に会える。タルパというものを聞いたことがあるが、もしかしたらその類なのかもしれない。悟ってしまったか、俺。


しかし、やたらリアルな幻覚なので触れそう! と思ってしまった俺は、彼女へと手を伸ばして抱きしめる。


「おい、感触まであるじゃないか! ますます良いな!」

「え?」

首を傾げている朱音が可愛い。


「あとはいつでもどこでもこの能力を……」

「匠っ!!」

すっかり忘れていた祖父の声に我に返り、弾かれたように顔を向ければ顔を真っ赤にさせている祖父の姿が。

身体をわなわなと震わせている祖父の隣で祖母が「あらあら」と言いながらほほ笑んでいる。


「何をやっているんだ公衆の面前だぞっ! ……待て。いや、いいのか!? 匠は近すぎて圏外パターンだから」

「近すぎたパターンってなんですか。しかも圏外」

なんかよくわからないけれども、不穏なフレーズではないか。


「おい、どうなんだ。抱きしめてもいいんだよな? 何が正解で間違いなのかわからないぞ」

「いや、わからないから俺も尋ねたんですよ。それなのに逆に聞かれても……素朴な疑問なんですが、お祖父様にも朱音が視えるんですか?」

「匠、お前は何を言っているんだ? 疲れているのか」

「疲れてはいましたけど、朱音の幻覚を視て元気になりました」

「あなた、良かったわね。たくみもこじらせているみたいよ。ふふっ、似た者の孫と祖父ね! ありがちなパターンであなたと同じで想像しやすいわ」

「それはわしと匠が単純と言いたいのか!?」

「露木さんは幻覚なんかじゃなくて本物よ。光貴くんが途中までエスコートしていてくれたんだけど、お仕事があるからバトンタッチしたの」

「えっ!?」

ということは……首を下げて腕の中にいる彼女の存在を見れば、朱音はきょとんとしている。俺以上に状況を把握出来ていないようで、目を何度も大きく瞬きをしていた。

当然だと思う。まさか、俺が幻覚だと思っていたなんて考えもしないだろうから。


「えっと、匠君?」

「ごめん、朱音っ!! 間違えたんだ!!」

言って気づいた。この言い訳はやばいって――


他の女性と間違えて抱きしめたと朱音に思われたら、一大事の上に取り返しが付かない状況になってしまうではないか。

今までの努力が水の泡になってしまう。

俺は急ぎ唇を開こうとしたら、先に俺のことをフォローしてくれる台詞が聞こえた。


「違うんだ、露木さん! どうか誤解しないでくれ。匠は間違えていたんだけど、間違えていなかったんだ! だから、露木さんを抱きしめて正解だと思って欲しい。是非、匠を圏内に入れてくれないか」

「……お祖父様、急にどうしたんですか?」

なぜ、俺のことをゴリ押し初めてしまったのだろうか。

俺が居ない間に一体何があったと頭を抱えたくなる現状に、俺はますます混乱し出す。


――そう言えば、さっきお祖母様が匠『も』こじらせているって言ってなかったか? ……おい、ちょっと待ってくれ。ということは、お祖父様がこじらせているということかっ!? 父さんと違ったパターンで暴走じゃないか。


「匠」

「どうした、健斗」

混乱する思考を沈めようとしていたら健斗に声を掛けられたので顔を向ければ、神妙な顔をした健斗と視線がかち合う。


「あのさ、状況があまりよくないかも」

そう言って健斗は瞳をさっと周囲へと向ければ、騒めきに包まれているのに気付く。

どうやら人前で朱音のことを抱きしめてしまったので、好奇の目にさらされてしまっているようだ。

ただでさえ五王と春ノ宮の人間と一緒にいて目立つのに……


朱音のことを考えずに行動してしまった己を責めるが遅い。


このまま何事もなかったかのようにするのはマズい。五王の庇護下にあるということを示し牽制するべきだ。朱音に関われないように強いレベルで力を見せなければならないだろう。

祖父や父達がいてくれたら力が強いだろうけど、いまは俺一人なのでひと押し弱い気がする。

唇を噛みしめかけると、「大丈夫よ、匠」と優し気な声と共に肩を叩かれてしまった。


「え? お祖母様」

にこりと微笑んだ祖母が祖父の腕へと触れた。

もしかして、春ノ宮家も後ろ盾になってくれるということなのだろうか。

ついこの間恋愛解禁になったばかりなのに急に協力的な理由は?

もしかして、あの婚姻届け効果か?


「さぁ、貴方。出番ですわ」

「そ、そうだなっ……!」

あたふたとしていた祖父だが、急に顔をきりっとさせると唇を開き、ボリュームを上げて周りに聞こえるように声を上げる。


「露木さんが所用で時間が早まったので、匠の代わりに我が春ノ宮家が露木さんをエスコートするために馳せ参じた。少し前まで光貴もいたけどな。前回、碌に挨拶が出来なかったので、きちんと挨拶をさせて貰ったぞ。匠には何度も連絡を入れたのに、スマホはどこに置いているんだ?」

「あっ……」

スマホは鞄の中にある。

急用があれば校内放送の呼び出しか、生徒会用に掛けてくるからいいかと放置していたツケが回って来てしまったようだ。


「今度からスマホをちゃんと持ち歩き連絡できるようにしなさい」

「お祖父様、お祖母様。俺の代わりに朱音のことありがとうございました。朱音は俺だけではなく五王家にとっても大切な人です」

「露木さんは春ノ宮家にとっても大切な人だから気にすることはない。今度二人で遊びに来なさい。歓迎しよう」

その発言に再びざわめきが広がり始める。

きっと春ノ宮家の男女交際禁止令があり解禁になったという噂を知っているから、二人で遊びに来いと言っているのに驚いているのだろう。

祖父の台詞は、朱音と俺を公認していると告げているから。


「はい、是非」

朱音は祖父へと微笑むと今度は俺の方へと顔を向けると笑いかけてくれた。


「しかし、どうしたんだ? 朱音、午後からじゃなかったよな」

「あの……琴音から頼まれて……」

弱々しく吐き出された言葉に、俺はなんとなく察した。

同時に美智が急に演奏会に参加する理由も。


「ごめん、肝心な時に役に立たなくて。スマホ、ロッカーに入れっぱなしだったんだ」

「ううん。私が急に予定を変更しちゃったから……美智さんにも助けて貰って……」

「そっか」

手を伸ばして朱音の髪を撫でるように梳いていく。

美智は朱音の王子なのか? と問いたくなるくらいに、美智が彼女のために動いている。俺だって朱音のためにと思っているが、何故か美智の方がタイミング的に。

美智も朱音のことが大好きだから苦になってないようだし。


「匠君のお父さんにサロンに連れて行って貰ったんだけど、さすが六条院だなぁって思ったよ」

「え? サロン?」

俺は撫でていた手をぴたりと止めてしまう。


「サロン行っちゃったの!?」

朱音とサロンでゆっくりとお茶をと考えていたので、動揺が大きすぎて思いの外声のボリュームが高くなってしまった。

いや、でもサロンには色々なメニューがあるから、俺のオススメの抹茶パフェはまだ食べていないかもしれない。


「うん。匠君のお父さんに連れて行って貰ったの。六条院はやっぱりすごいよね。あんなに立派な設備が整っているなんて。匠君のお父さんにおすすめの抹茶パフェご馳走になったんだけど、すごく美味しかったよ」

「忘れていた。俺と父さんは好みが似ていたんだった……」

見た目だけではなく、服の好みも似ているし食も似ている。


「朱音、もしかしてこのまま演奏会見終わったら帰っちゃう?」

「ううん。匠君との約束があるから」

そうか、それなら良かったと言いたいが、俺の休憩時間は昼休み終わってからになってしまうのでまだまだかかる。

美智が演奏会を終われば美智に朱音の案内を頼めるが、それまでどうするかが問題だ。このまま祖父達に頼むか……

だが、こじらせているというのが気がかりになっていた。


「匠」

「え? あ、悪い健斗。見回り中だったよな。先に向かってくれ」

健斗に声をかけられて、俺は顔を健斗の方へと向ける。

予想外のことがあり過ぎて、健斗の存在が蚊帳の外になってしまっていた。


「僕の休憩時間を匠が使って。ずっと匠の休憩時間までは時間的に無理だけど、演奏会を露木さんと一緒に見られるし、美智ちゃんにバトンタッチするくらいの時間にはなると思うからさ」

「そんなことをしたら健斗が休めなくなっちゃうだろ」

「僕は休憩時間を連続ではなくまばらに取っているから平気。午前中と昼休憩の他に午後からの休憩時間あるし。それに、お詫び代わりというか……」

健斗は眉を下げて朱音へと顔を向ける、「本当にごめんね」と告げる。

きっと前回の朱音を巻き込んだ騒動のことを言っているのだろうけど、朱音は知らないため何故急に謝罪を受けたのかわからず小首を傾げている。

健斗は祖父達へと軽く挨拶の言葉を交わすと、今度は俺と朱音へと顔を向けて手を上げて「じゃあ、またね」と口にすると足早に先へと進んで行った。





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