近すぎてしまっているのかっ!?
後半部分から匠視点が入ります。
匠君のお父さんに連れて来て貰ったのはサロンと呼ばれる場所だった。
等間隔にテーブルと椅子が並べられカフェのような作りとなっていて、私と匠君のお父さんが座っている席には注文用の端末が置かれている。
なんとなくお茶は午後になってからというイメージだったけど、結構座席が埋まっていた。
――私が入っちゃっても本当に大丈夫なのかな?
六条院の生徒の中でもサロンに立ち入ることが出来るのは限られた生徒だと聞いていたため、生徒でもない私が足を踏み入れてもいいのかすごく不安。
「どうしたの? もしかして、抹茶パフェ苦手だった?」
テーブル越しに座っている匠君のお父さんが珈琲カップに手を伸ばしながら、私の手元にあるパフェを見ていたので首を大きく左右に振る。
匠君のお父さんからパフェがおすすめということで、私が注文して貰ったのは抹茶パフェだ。
「本当に私が立ち入っても大丈夫なのかが気になってしまったんです……この席だけ仕様が違いますし……」
私達が座っているのは他のテーブル席と色も形も違っていたので、特別な席なんじゃないかって思ったのだ。
「ここは美智達がいつも座っている場所だから全然問題ないよ。招待状を出したのが五王だからね! サロンは五王も使用許可降りているから平気なんだ。ただ、生徒会室など一般の生徒でも立ち入り禁止の所は家族でも禁止だから匠の所には案内できなくて。しかし、匠となかなか出会わないよねー。偶然ばったり遭遇っていうのを期待したんだけど。匠、朱音ちゃんにずっと会ってなかったからきっと会いたがっているよ」
「私も匠君に会いたいです。ずっと顔を見てなかったので寂しかったんです」
「本当?」
匠君のお父さんは一瞬目を大きく見開いたけど、すぐに表情を崩して柔らかく微笑んだ。
「良かったら匠に直接言ってあげて欲しいなぁ」
「匠君が六条院祭で色々忙しかったのを知っていますので……会いたかったのは私の我が儘です」
「ううん。全然我が儘じゃないよ。むしろ、我が儘言って欲しいって匠は思っているよ。朱音ちゃんに会いたかったって言われたら匠は疲れが飛んじゃうかも! だから、僕からのお願い。匠に言ってあげて欲しいなぁ」
即答するには躊躇してしまう内容だった。
だって、匠君は忙しいのに毎日電話してくれたし、その時も疲れているのを一切感じさせないようにしていたから。
私が会いたかったって言ってしまったら、きっと次何かあった時に無理してしまって迷惑になってしまう。
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。むしろ、幻聴かって疑うパターンになりそう!」
匠君のお父さんが大丈夫というのだから大丈夫なのかもと思い、私は「はい」と返事をした。
「本当にごめんね、匠となかなか連絡が取れなくて。バタバタしていてスマホをロッカーに入れっぱなしにしているのかも。今日は十倉や七泉が六条院祭の視察に来るし。まぁ、交流会メインなんだけど」
「交流会ですか?」
「そう。午前中が七泉で午後からが十倉だよ。匠の従姉が七泉女子の生徒会長なんだ。でもさ、ちょっと忙しすぎるよね。僕の時はここまで忙しくなかったのに。バンドのライブやれたし。あの頃が懐かしいなぁ……」
匠君のお父さんが目尻を下げてクスクスと喉で笑い出し始めてしまったので、私は「どうしたんだろう?」と首を傾げてしまう。
楽しそうな表情なんだけど、ほんの少しだけ寂しさを含んでいるような瞳をしている。
「ごめんね、ちょっと思いだし笑い。六条院祭は僕にとってターニングポイントっていうか、とても大きなものだったから」
「大きなものですか?」
「うん、そう。僕が朱音ちゃんと同じくらいの頃に、体育館でバンドライブしたんだよー」
「すごいです! ボーカルとかですか?」
「朱音ちゃん、当たり! ギター兼ボーカルだよ。ライブやった時に当時七泉生だった秋香を見つけてステージ降りて告白したんだ。返事の代わりに平手打ち返ってきたけどね」
「えっ、平手……」
途中までは少女漫画みたいと思っていたが、台詞の後半は私が聞き違いをしてしまったんじゃないかって疑いたくなるフレーズが不穏だった。
告白して平手打ちってなかなか結び付かず、私はどう反応していいのかわからなくて視線を彷徨わせてしまう。
「そう、平手。無礼者っ! って。まぁ、お互い顔は知ってはいたけど、挨拶くらいしかしたことがない間柄だったから彼女のリアクションも理解出来るけどね」
「えっ!?」
「可愛かったよー。真っ赤になって」
匠君のお父さんは匠君のお母さんのことが好きなんだっていうのはすごく伝わってくる。だって、暖かみを感じる声音だから。月日を重ねても相手の事を思い続けるって素敵だ。
「秋香は春ノ宮家の末姫として有名で、いつも多数の護衛に囲まれるように守られ異性が近づくことなんて論外だったんだよー。すっごい箱入り。でも、六条院祭の時には護衛が離れていたから、チャンスとばかりに即効告白しちゃったんだ。その後、両校で大問題に発展」
軽く言っているけど、私が想像するよりも大変だったんだと察する。
匠君のお祖父さんが恋愛禁止って言っていたので、匠君のお母さんの時代もきっとそうだったはずだから。
「七泉は五王だからあまり強く言ってこなかったけど、春ノ宮家のお父さんが特に大反対でね。告白後に秋香にアプローチしたくても門前払いの上、電話もできなかったよ」
「――当然だ!! ちゃらちゃらした雰囲気だった上に、飄々とした性格だったじゃないか! それに学生の本業は勉強だからな。恋愛なんて当然禁止に決まっている」
突然割って入って来たのは以前聞いた事がある声だった。
そのため、私は弾かれた様に声のしたテーブル脇へと顔を向ければ、春ノ宮家のお祖父さんが立っていた。隣には、お祖父さんと同年代くらいの女性が。
もしかしたら、匠君のお祖母さんなのかもしれない。
お二人とも着物を着ているんだけど、着慣れているようでお似合いだ。
「あーあ、お父さん。せっかく恋愛解禁になったのに、そんな言い方だとまだ禁止みたいじゃないですか。朱音ちゃん誤解しちゃいますよ?」
「あっ」
匠君のお祖父さんはまるで貧血にでもなったかのように、さーっと血の気を引かせると私の方を見た。そして腕を伸ばすと私の両肩へと手を乗せる。
「違うんだ、露木さん。これは違うんだ! いいんだ、恋愛解禁になったからどんどん恋愛してくれっ。頼む!」
匠君のお祖父ちゃんの慌て方が前に水族館に一緒に行った時の匠君に似ていて、やっぱり祖父と孫なんだなぁって感じて思わず笑みが零れた。
「ほら、運命の相手は意外と近くにいると言うじゃないか」
「近く……クラスメイトですか?」
「近すぎてしまっているのかっ!?」
――え? 近い? 少し離れた方が良いのかな? でも、匠君のお祖父さんに肩を掴まれていて動けない……
そんな風に思っていると、「ごめんなさいね、露木さん」という柔らかな声と共に匠君のお祖父さんが私の視界から離れて行く。
「あなた。少し、落ち着いて下さい」
あなたと匠君のお祖父さんを呼んでいるってことは、やっぱり匠君のお祖母さんだろう。
「ごめんなさいね、ちょっと今こじらせていて。毎日一人で暴走して大変なの」
「いいえ、大丈夫です」
私が首を左右に振っている間にも、お祖父さんは「恋愛するならどうかもっと近くの男に!」と私に恋愛を薦めてくれてくれている。
以前お会いした時は恋愛反対だったんだけど心境の変化などあったのかなぁとぼーっと考えていると、
「夫とは以前お会いしたそうだけれども、私の方は初めましてよね。いつも匠がお世話になっています。匠の祖母です」
お祖母さんがご挨拶をしてくれたので、私は慌てて立ち上がると腰を深く折った。
「こちらこそいつもお世話になっています。露木朱音です」
「ふふっ。美智から話は聞いていて、ずっとお会いしたかったの。嬉しいわ」
お祖母さんは、にこにこしている。
「朱音ちゃん。お父さん達も一緒にお茶会してもいい?」
「はい」
「お父さんお母さん、どうぞ席へ。僕が朱音ちゃんの隣に行きますので」
匠君のお父さんが席を立ち私の隣へと座ると、お祖父さん達も席へ。
端末を取った匠君のお父さんは、お祖父さん達へと差し出したんだけれども、お祖父さんは「機械か」と苦々しい顔をしている。
操作に不安なのかもと頭に過ぎり手伝おうとしたら、お祖母さんが端末を手に取り慣れた手つきで操作してくれていた。
「……光貴、時間はいいのか?」
匠君のお祖父さんが開口一番にそう尋ねれば、匠君のお父さんは目尻を下げて唇を開く。
「お父さん、僕のこと心配してくれるんですか? 嬉しいなぁー」
「誰がお前なんかっ! 露木さんが一人になるからに決まっているだろ」
「やだな~。素直じゃないんだから」
「お前は本当に変わらないな」
むすっとしたまま、お祖父さんはそっぽを向いてしまう。
――ど、どうしよう……っ!
「いつものことなの。二人共とっても仲が良いから安心してね。それより、露木さん。光貴君はもう少ししたら仕事に戻らなければならないの。その後は私達がエスコート役をバトンタッチしてもいいかしら?」
「私のことは大丈夫です。会場に両親もおりますし……お気になさらずに」
「ふふっ。私達が一緒にいたいの。美智達から話を聞いていて、ずっとお話したいと思っていたのよ。ねぇ、あなた」
「あぁ。前回はちゃんと挨拶も出来なくてすまなかった」
「馴れ初め聞かれて逃走したんですよね。馴れ初めは私からお話しましょうか?」
「おい!」
「その年で恥ずかしがることないじゃないですか」
「この年だからだろうが」
「あら? なら、若い頃なら話してくれましたか? あなたのことなんてわかりきっていますよ」
お祖母さんがクスクス笑えば、お祖父さんは顔を真っ赤にさせて口を真横に結んだ。
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(匠視点)
六条院祭は生徒会が主となっているためか、事前準備期間だけでなく当日も忙しい。
今は到着した七泉の生徒会を出迎え、校内を案内中だ。
「どうせみんな顔見知りなのだから交流なんて今更だって思わない? 私達は休日を潰されるし、匠達はただでさえ多忙なのに時間を奪われてしまう。私、午後からゆっくり来たかったのに……」
隣を歩く七泉の制服を纏った少女は、頬に手を当てると大げさに溜息を吐き出す。
彼女の後方には六条院の生徒会役員と七泉の生徒会役員の姿があり、話をしながら足を進めているという状況だ。
「朋佳姉さん、どうして午後から来たかったんだ?」
七泉の現生徒会である三年・春ノ宮朋佳は俺の従姉である。
彼女はすっきりとした卵型の輪郭を持ち、猫のような瞳をしている。美智も猫のようだけれども、こちらはシャープで切れ長の瞳だ。
ほんのりと薄く色づいた唇は不機嫌そう。
彼女が動くたびに、肩下までに切りそろえられたさらさらとした漆黒の髪が揺れ動いていた。
「私も匠の思い人である朱音さんにお会いしたいからよ。美智からとても仲が良いと聞いているの。お祖父様達も午後から朱音さんにお会いするって伺っているわ。私も遊んで欲しいーっ!」
「朱音は母さん達と一緒に来るよ」
「本当に残念だわ……かわりに美智の演奏は聞くことが出来るようになったけど」
「美智?」
全く身に覚えのない話だったため、俺は足を止めてしまう。
「あら、知らなかったの? 美智が音楽堂で演奏するそうよ。六条院の友人から連絡があったわ。棗ちゃんと一緒みたい」
基本的にスケジュール進行の予定外となることは生徒会の承諾が必要。
会長か、副会長、それから顧問の先生の誰かが了承すれば、その人の責任のもとに通ることになっている。
そのため、俺は手にしていたタブレットを操作し確認すれば、確かに音楽科の演奏会に美智達の演奏が加わっている。
――承認者は顧問か。
先生が承認したのなら別に問題はないだろう。
でも、急に何故? と思い直接本人に訊ねようと制服のポケットに手を伸ばせば、本来ならばいつも定位置としてそこにあるべきものがなく、俺の手は何も掴むことはなかった。
「スマホ……!」
どうやら鞄の中にいれっぱなしのままらしい。
朝からバタバタしていて全く気付かなかった。
「忘れたの? 貸す?」
「いや、平気だ。ありがとう。時間見て直接音楽堂に行くよ」
「スマホないと不便でしょう? 連絡出来ないし」
「問題ない。緊急のは生徒会のスマホにかかってくるか、校内放送で呼び出しがあるだろうからな」
「それもそうね」
「昼になったら食事時間で休憩できるから、その時に取りに行くよ」
朱音が来るのは午後からなので、おそらく連絡があるとすればその頃だろうし。
ちゃんと生徒会の役員達には大切な人が来るから、緊急時以外はそっとしていて欲しいと告げている。
俺が休憩している間は、副会長の臣が会長代理を務めてくれるようで「露木さんとゆっくりしてきて下さい」と言ってくれたのでありがたい。
――早く朱音に会いたいな。
朱音とはサロンでお茶をしたりと色々と考えているので今から楽しみだ。




