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音楽科

突然届いた声は私だけじゃなくて他の人達にも覚えがあったらしく、各々反応が様々だった。

委員の少女はほっと安堵の表情を見せ、琴音達は反対に顔色を悪くさせていく。


「美智さんっ!」

私は振り返って目に飛び込んで来た人の名を叫ぶ。

まるで王子様のようにいつも私を助けてくれる大好きな友人の名を――

美智さんは答えるように柔らかく微笑むと、こちらに足を進めて腕を伸ばし私を抱きしめてくれた。

不安に苛まれている迷子の子供をあやすかのように。


「朱音さん、遅くなってごめんなさいね」

ぎゅっと抱きしめられ、私は体の力が抜けていく。

美智さんがいてくれるだけで、さっきまでの不安でもやもやとした心がすっと消えていった。


「美智さん、どうしてここに?」

「お母様からの着信ですわ。私ったら、マナーモードにしていたせいで気づくのが遅くなってしまって。でも、良かったです。いえ、良くはありませんね」

目をすっと細め美智さんが琴音達を見れば、彼女達の肩が大きくビクつき小刻みに戦慄く。


「君達、随分と馬鹿な真似をしたようだな。美智の大切な友人を傷つけるなんて」

聞こえて来た通るような声に対し、私は美智さんの傍に立っていた人へと視線を向ければ、ショートカットの少女が立っていた。

整った中性的な顔立ちをしているためスカートを履いてなければ、ぱっと見てどちらかわからない。

六条院では女王、王子、姫がいると聞いているけど、もしかしたら王子とはこの方なのかもしれないって思う。

演劇などで男装したらとても似合いそうな雰囲気をしているから――

彼女はさらさらとした漆黒の髪をかき上げながら、深くため息を零していた。


「な、棗様……」

琴音達は美智さんに対しての反応と同様の反応をしている。

もしかして、五王と同じような歴史と由緒ある家柄なのだろうか?


「演奏会前だとはいえ、不特定多数の人々が集まるこの場での行い。戒めてくれた笹屋さんに感謝するんだな」

「わ、私は……委員長として当然のことをしたまでです……」

「いや、とても勇気がいる行動だったと思うよ? 現に近くにいたのに知らぬ素振りをした人達もいる。君は立派だった」

棗さんが委員長さんの肩をトンと軽く叩き囁くように告げ微笑めば、彼女の顔がこれ以上染まらないだろうというくらいに真っ赤になった。

熱に浮かされたようにぼーっとなった彼女はハッと我にかえったようで、首を左右に振ると唇を開く。


「も、もっ、勿体ないお言葉です。しかも、私の名前を憶えて下さっているなんて感激です」

「勿論だよ。弓道部に差し入れをよくしてくれているから」

「あんなに大勢いるのに……」

タブレットをぎゅっと抱きしめ、委員長さんは瞳を潤ませている。


「棗の言う通りよ。笹屋さんは胸を張れることをし、貴方達はこの六条院祭で我が校の品を落とした。いいえ、それだけじゃない。私の大切な人を傷つけたわ」

美智さんは私から体を離し琴音達へと近づけば、琴音達が後退りを始めてしまった。距離は開かれたままかと思ったけど、後方にあった壁により差は縮められてしまう。


「ねぇ。貴方達、全員音楽科の代表に選ばれているようだけど、もしかしてそのことを忘れているのかしら?」

腕を上げ、美智さんは手にしていた扇子を一番近かった子のジャケットの襟元へと軽く触れた。少し上には光り輝くピンが存在を誇示している。何か刻まれているようだけど小さくて確認できない。


「随分余裕のようなので私も演奏会に参加しようかしら? 貴方達と違って久しぶりの演奏だけれども、当然私が演奏する以上のものを貴方達は披露して下さるわよね。棗。貴方も一緒にいかが?」

「そうだな。僕も久し振りに美智と一緒に演奏がしたいし」

二人の会話に委員長さんは顔をぱあっと輝かせ、琴音達は目を大きく見開く。


「本当ですか!? 今すぐ確認致します!」

委員長さんは駆け出すと、客席の一番端に座りタブレットをいじっている眼鏡をかけた男子生徒へと声をかけた。

音楽堂が広いため端から端までかなり距離があり、委員長さんの肩は大きく息をしている。

彼女の唇の動きが止まったかと思えば、少年が勢いよく立ち上がり、タブレットを座席へと投げ捨てるとこちらに向かって全力疾走してきてしまう。

呼吸の乱れが一切ない彼のブレザーにもピンが輝いている。


「ほっ、本当ですか!? 美智様と棗様が音楽科の演奏会に参加して下さるって!」

興奮気味なのかボリュームが想像以上に大きかったため、言葉が波紋のように館内に広がり会場がざわめきで包まれてしまう。


「なんだと!? 美智様が!」

「どういうことなんだ。サプライズなのか!?」

「棗様と美智様の演奏なんてレアよ。レア。まだ早いけど、席を確保しましょう」

「えぇ、そうね。一番前でみたいわ。他の子達にも連絡しておきましょう」

「写真は!?」

「撮影禁止のはずよ。写真部は生徒会に許可されているから、そこに望みを託すしかないわ」

という、驚きや黄色い声など様々な感情を含んだ声音があちらこちらから聞こえてくる。


――美智さん達、やっぱりすごい人気なんだなぁ。


「あら? 委員会の責任者は久万谷くまたに先輩ですのね。私の参加は問題ありませんか?」

「問題ありません。むしろ、美智様と……」

「ず、ずるじゃないか!」

久万谷先輩と呼ばれた生徒の言葉を遮るように、琴音の友人達が声を荒げ割り込んで来た。

琴音は口を閉ざしたまま、そっと美智さん達から視線を外す。


「そうよ。私達はちゃんと音楽科の中で選ばれたんですから」

「五王の家をかざすなんて卑怯だ! 俺達は認めない」

「毎日練習している私達を侮辱する行為よ」

口ぐちに美智さんと棗さんに放たれる台詞に、美智さんが扇子を開きかけた時だった。


「――なんて見苦しいのかしら。きっとプライドがないのね。美智様達によって自分達の演奏がくわれてしまうから」

という声が聞こえたのは。


「僕は基本的に学校と家を切り離して過ごしているけど、あまりに目障りな生徒がいるとつい両親に愚痴を零してしまいそうになるよ。今年の一年の代表者達は口のきき方も知らない傲慢な生徒ばかりのようだって」

「あら? 先輩。それは失礼ですわ。一年でもちゃんとしている子もいます。問題なのはこの子達……柏家を始めとしたグループですのに」

冴え冴えとした声が辺りに響き渡ったので、私達は声が届いてきた方向へと体を向ける。そこには十数人の男女混ざった生徒達の姿が。全員胸にはピンを付けているので、音楽科だろう。


「申し訳ありません、美智様。棗様。聞き耳を立てていたわけではありませんが、久万谷君の声があまりにも大きすぎて……」

「いや、だって美智様達が演奏だよ! 五王家と一緒のステージに立てるなんて実に名誉なことなのに驚かないわけがないじゃないか」

「えぇ、そうね。両親に自慢できるレベルだわ。いえ、この場合は両親が五王家と同じステージにと興奮して自慢しそう。あの五王家と斎賀家と共に参加する演奏会なんて家としてもメリット以外ないもの」

「久万谷。早く準備手配を。時間がないんじゃないか」

「わかっているよ。他の選抜者達も同意見だと思うけど、一応各自に確認してみてからにする。それから生徒会にも変更の打診をしておく。ただ、演奏順番は変更するのが難しく、美智様達は最後の方になってしまいますがよろしいでしょうか?」

「えぇ、構いませんわ。申し訳ありません。久万谷先輩にお手数かけてしまって」

「いいえ、そんなこと気にしないで下さい。僕は美智様のお役に立てるのでしたらなんでも致します」

「あら、久万谷君。そんなこと言って婚約者が泣いちゃうわよ」

「璃乃も美智様好きだから問題ないよ。むしろ、僕よりも美智様の方を優先……って、美智様が演奏するのを璃乃に連絡しないと怒られる! ベストな座席も取らないと……」

久万谷先輩と呼ばれていた彼は制服のポケットからスマホを取り出すと、操作し始める。集まった人々が男女問わなかったので男子生徒だけではなく、女子生徒にも美智さんが人気だというのが理解出来た。


「先輩達もありがとう。僕達のことをフォローしてくれて」

「いいえ、棗様。元々は私達音楽科の愚者な後輩が招いた行為。責任はこちらにありますわ」

顔を真っ赤にさせた女子生徒達が棗さんを取り囲んでいる傍で、琴音達がそっとこの場から離れようとしている。もうすでに表情が全くない。

そんな琴音達を見て美智さんが微笑みながら口を開いた。「御機嫌よう」と。


「美智さん、庇って下さってありがとうございました」

「いいえ、気になさらないで。朱音さんは私の大切な友人ですもの。そうだわ! 棗のことを紹介しますわね。棗!」

棗さんは弾かれたようにこちらに向けると、柔らかく微笑んだ。

周りの女子生徒達がつい見惚れてしまうくらいのそれは、同性の私の体温すらも上昇させるのは容易かった。


――絵になる人だなぁ。


綺麗というか、カッコイイというか、何と言っていいかわからないけど、強く人を惹きつける。


「初めまして、斎賀棗です」

手を差し出され、私は一瞬きょとんとしてしまう。

あまり握手をする機会がないため、求められている答えが瞬時にわからなかったのだ。


「初めまして。露木朱音です」

私も手を差し出せば、棗さんが目尻を下げた。

「美智に聞いている通り可愛い人だなぁ」

「か、可愛くは……」

「いや、可愛いよ。こうやって頬が薔薇色に染まって素直に反応してくれている」

そう言って棗さんが私の頬に手を伸ばしかけたんだけど、それをガシッと横から伸びた手により直前で止まった。


「棗。無意識に色々な人の心を打ちぬくのは構わないけど、朱音さんは駄目よ。お兄様が泣くからやめて」

「なに、匠兄さんってそんな感じなの?」

「えぇ、そうよ」

「『六条院の獅子王』なのに?」

「獅子王……?」

私が首を傾げれば、「匠の呼称だよー」という声が聞こえたので、私達は反射的に声のした方向へと顔を向ける。すると、そこに居たのはスーツ姿の匠君のお父さんだった。

にこにこと笑みを浮かべ、片手を上げている。


「お、お父様!?」

「匠君のお父さん!?」

全然気配もなにも感じなかったため、まったく気づかなかった。

それは美智さんも同様だったらしい。


「ちなみに僕は『六条院の傾奇者』って呼ばれていたんだよー」

「お父様、傾奇者って……一体どんな学校生活を……」

「え? 普通。生徒会長だったからちゃんと行事とか取り仕切っていたよ。七泉や十倉の学園祭にも挨拶に行ったりしてたし。あっ、でも七泉は二年の時に出禁になったから行ってないかな」

「七泉ってお母様の母校……出禁って……いえ、聞くのはやめます」

美智さんは顔を引き攣らせながら首を左右に振った。


「ちらっと生徒達が話しているのを聞いちゃったんだけど、美智達演奏会出るんだって? じゃあ、朱音ちゃんのエスコート役は任せて! 匠と連絡取れないみたいだから、僕がエスコート役をかってでるよ」

「お仕事は大丈夫なのですか?」

「三十分くらいなら大丈夫。春ノ宮家もそろそろ来るし」


――春ノ宮家って匠君のお母さん方だよね? そう言えば、お祖父さんの方とは映画館でお会いしたことがあったわ。確か駆け落ちしたって……


堅実そうな和服が似合う人だった。

あまり挨拶できないままお別れしてしまったので、あまりお話はしていない。


「お待ちください。五王家ならまだしも春ノ宮家とは、朱音さんは初対面に等しいではありませんか?」

「僕もそう言ったんだけど、春ノ宮家のお父さんが張り切っていてさ。匠の分をわしがフォローするって。お父さんかなりの真面目人間だから、斜め上の方向に思考がいきそうなんだよね。恋愛禁止にしたせいで匠が……ってちょっと責任感じちゃっているみたいだし」

「責任? お兄様に何かあったんですか?」

「いや、あれは匠が予想外の行動というか……まさか、書いて持って来るなんて誰も思わなかったから」

匠君のお父さんの言葉に、私と美智さんはお互い見合って首をかしげた。


――なんだろう? 書いて持ってきたって。



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