六条院祭
五月から復活と言ってましたが咽頭炎が長引き遅くなりました。
完治し復活しましたので、よろしくお願いします(*‘∀‘)
……というわけで、今日から学園祭編(六条院祭&榊西祭編)開始です。
夏の暑さも和らぎ、過ごしやすくなった季節。
私も匠君もお互いの学園祭準備のため、時間が合わないせいで会えない日々を過ごしていた。
美智さんとは一緒にお買い物行ったり、五王家でシロちゃんと遊んだりして楽しかったけど匠君がいないと寂しい。普段は多忙のためあまり会えない匠君のお父さんの方が会っていたと思えるくらいに。
匠君から毎日電話はあったけど、やっぱり顔を合せてお話をするのとは違う――
「匠君と会うのって本当に久しぶりだなぁ」
私はフローリングの上に敷かれたラグに座りながら、テーブルの上に置かれたスマホへと手を伸ばす。
スマホの近くには六条院の校章が描かれた水色の細長い紙が。
これは六条院祭の招待状で今日の日付と私の名が記されている。
うちの学校では一般公開日には誰でも学園祭には参加できるけど、六条院はセキュリティの問題があり保護者以外は事前に申請をしておかなければならない。
招待制のため、匠君が手続きなどをしてくれた。
六条院祭は九時からだけど、私は午後から参加する予定だ。
――匠君のお母さんに誘って頂いて良かったわ。
受付まで匠君が迎えに来てくれるとはいえ、本当は一人で六条院祭に向かうのが不安で仕方が無かった。
妹が六条院だけれども、発表会などに誘われなかったため一度も行ったことがない。
あまりにも心細くて「佐伯さんが豊島さんを誘っているかも?」と思い、豊島さんに尋ねてみたら、「誘われたけど、断っちゃったの。友達と榊東の学祭に行く予定でさ」という返事が。
榊東は男子高。そのため、ちらりと佐伯さんの頭が過ぎってしまった。
やっぱり一人かぁと心細くなっていた時に、匠君のお母さんから「良かったら一緒に行きましょう?」というありがたいお誘いの電話があった。
匠君のお祖父さんとお母さんも六条院祭に行く予定なので、行きと帰りご一緒して下さるそうだ。帰りは匠君のお母さんオススメの甘味処に行くことになっている。
五王家の人々は本当に優しい。匠君も受付まで迎えに来てくれるし……
五王家の人々が浮かんで大好きだなぁと思っていると、
「お姉ちゃんっ!」
「え」
突然何の前触れもなくバタンと乱暴に扉が開かれ、妹の琴音が部屋に入って来てしまったせいで、私の思考はそこで切れてしまう。
――あれ?
今日の琴音はちょっといつもと違う。
制服は着崩さずブラウスは一番上まできっちりとボタンが閉められているし、メイクもヘアスタイルも大人めとなっている。
もしかして、六条院祭のためだろうか?
「今日、うちの学校に来るんでしょ?」
「うん。午後から」
「九時半まで講堂に来て。十時半から演奏会だから。お姉ちゃんどうせ暇でしょ」
腕を組んだ琴音がこちらを見下ろしながら唇を開く。
確かに時間があると言えばある。予定は午後からなので、午前中は勉強や部屋の掃除をする予定だったからだ。
「友達に姉がいるって知られて見たいって言われたのよ。あっ、いつもみたいなダサい恰好で来ないでねー」
「ちょっと、待って!」
「いい? お姉ちゃんの学校と違ってうちは六条院なの。そこ忘れないでよね」
「そんな急に言われても……」
私が立ち上がりかければ、言いたいことを言った琴音は颯爽と身を翻してしまう。慌てて後を追おうとすれば素早く琴音は階段を駆け下りていく。
「お父さん、お母さん。お姉ちゃん大丈夫だってー。絶対に一緒に連れてきてね!」
と左手のリビングへと向かって大きく叫んだ。
――お父さんとお母さんを巻き込まれちゃうと……。
私は両親にはとても弱い。
反抗すれば良いと自分でも時々思う。
でも、それが出来るなら私はとっくにやっているだろう。きっとまたどこかで自分のことを認めて貰えるかもしれないという気持ちがあるせいだ。
良い子にしていれば、いつかきっと……なんて希望が訪れることはないとわかっているのに。
白が黒に覆ることなんて絶対にありえないのに、割り切ることが出来ないでいる。
「匠君のお母さんに電話しなきゃ……せっかく誘って頂いたのに……申し訳ないわ」
私は溜息を零して白旗を掲げると、クローゼットから制服を取り出した。
+
+
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匠君のお母さんもお祖父様も予定が入っているためすぐには向かえないそうだ。事情を説明して急な予定変更を謝罪すれば、こちらの都合なのに匠君のお母さんは私を気遣う言葉をかけてくれた。
匠君にも連絡したけど留守電に繋がってしまったので、メッセージを送ってある。そのため、私は両親と共に六条院へと訪れた。
「……ど、どうしよう」
辺りをきょろきょろと見回せば、うちの学校が三つは入りそうなくらいの広大な敷地内に複数の建物が窺える。
整備された道を歩いているのだけれども、色々分岐点がありどこへ進んでいいのか全く見当がつかない。
――迷っちゃった。
誰かに尋ねればいいのだけれども、人の往来はあるけど生徒ではなく保護者ばかりなのでちょっと声を掛けにくい。
私は途中まで両親と一緒だったんだけど、琴音の友人のご両親達とばったり遭遇。にこやかに対応している両親から「先に音楽堂に向かってなさい」と言われ、一人で先に進んだのだけれども迷ってしまったのだ。
――講堂ってどこだろう? 匠君はさっき留守電だったし……美智さんにかけてみようかな……?
スカートのポケットに手を伸ばし意識をむければ、ドンと肩に何かぶつかり軽く飛ばされてしまう。そのため、体がぐらりと揺れたけど、なんとかバランスを取り倒れることはなかった。
反射的に顔を前方へと向ければ、私と同じような態勢になっている少女の姿があった。それを見て、自分が彼女とぶつかってしまったことを知る。
彼女は友人なのか、同じ年頃の少女に支えられていた。
「す、すみませんっ……!」
慌てて腰を折り謝罪の言葉を述べながら彼女達を見て、私は目を大きく見開いてしまう。
――七泉女子!
彼女達が纏っているのは、ベージュ色のジャケットに真紅のボックスプリーツスカート。上着の胸元には七泉の校章である鈴蘭を模した校章の刺繍が施されている。そのため、私の血の気がどんどん引いてしまう。
――な、なんて事を……!
七泉は匠君のお母さんの母校でもあるお嬢様学校だ。
「佐緖里様。大丈夫ですか?」
ショートカットの眼鏡をかけた少女は眉を下げ、隣に立っている少女へと声をかければ、彼女は安心させるように微笑む。
その少女は十人いたら十人全員が美女と断言するというくらいの容姿を持っているため、思わず見惚れてしまいそうなくらい。
猫のような瞳にすっと高い鼻、形の良い秋桜色の唇。左右の髪と同じ長さの漆黒の前髪を真ん中に分けそのまま流していて、胸元までの長さがある髪はゆるやかにウェーブがかけられている。
「ちょと、貴女!! 一体どこ見て歩いているのよ。こちらの方を誰だと思っているわけ? あの竜崎家の佐緖里様なのよ?」
「おやめなさい。私の方こそ前をよく見ていなかったから悪かったのだから。おしゃべりに夢中になってしまっていたのね」
「確かに話していて注意力は散漫になっていましたけど……」
「本当にすみません……」
私はもう一度深く頭を下げかければ、足元にスマホが落ちているのを視界の端に捉えた。
ディスプレイの面が表になっていて画面が光っている。もしかして、衝撃で横の電源ボタンが押され、ロック画面が表示されたのかもしれない。
すぐに私はしゃがみ込むと、手を伸ばし取った。
ディスプレイには、十倉学院の制服を着た温厚そうな少年が一人と四~六才くらいの可愛い男の子が二人映し出されている。子供達は同じ顔をしているので双子かもしれない。
「可愛い」
つい口から零れれば、佐緖里様と呼ばれた少女は顔をぱあっと輝かせた。
「ありがとう! 私の大切な宝物――弟達とお付き合いしている彼よ」
「ごめんなさい、スマホに傷とか……」
「カバー付けているから問題ないわ。気にすることなんてないわよ。私も何度もぶつけたりしているもの」
そう言って彼女はスマホを受け取る。
「佐緖里様。そろそろ参りましょう。左近君達も車でお待ちになっていますし。それに女王に見つかって変に勘繰られたら面倒です。私達はあまり女王に歓迎されないでしょうから」
「……無理もないわね。だって、あの時の私はまだ子供だったのだもの。でも、勘繰ることなんて今は何もないわよ。私と匠の事は過去だもの。私には夏がいるのだから」
――匠君?
ここで彼の名が出たので、私は声を上げてしまいそうになったが無理やりのみ込む。
私の知っている匠君なのだろうか? でも、匠という名は珍しくもないし。
六条院は生徒数も多いだろうから対象者が多いはずだ。
「確かに二条様がいらっしゃいますが、未だに佐緖里様の周りでは匠様の方を……」
眼鏡の少女は瞼をゆっくりと伏せ苦々しい表情を浮かべ唇を噛みしめた。
もしかして交際を反対されているのだろうか? 匠君の母方のお祖父様も男女交際反対派だったみたいだし。家によって厳しいのかもしれない。
「夏も左近達も私が守るわ。そのためなら手段なんて選ばないつもりよ。誰を傷つけても……ね」
顔を引き締め凛々しい面持ちで告げる。
絶対に揺るがないという決意がこちらにも伝わってくるように、彼女は真っ直ぐ力強い瞳で先を見据えていた。
「そろそろ参りましょう、佐緒里様。左近君達が首を長くして待っていますよ」
「えぇ、そうね。では、ごきげんよう」
彼女は微笑んで挨拶をしてくれたので、私も慌ててお辞儀をする。
美智さんもそうだけれども、流れるような優雅な動作は普段からの慣れなのだろう。しぐさ一つとっても品を感じた。
――なんか気になる人……匠って名を呼んだせいかな?
普段はあまり初対面の人に対して強く気を惹かれるということはないのだけれども、なぜか気になってしまい私は振り返って彼女達の背を眺める。
すると、
「どうかしましたか?」
と後方から声を掛けられてしまう。
「え?」
ゆっくりと体を向ければ、六条院の制服に身を包んだ少女が立っていた。
片側を編み込み左側部分で髪を結っていて、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。彼女の腕には生徒会と書かれた緑色の腕章が付けられてあり、手にはタブレットが。
「その制服は榊西の方ですね。もしかして迷われてしまったんですか?」
「はい。音楽堂に行きたいのですが……」
「音楽堂ですね。少々お待ちください」
彼女はタブレットを操作し始めると、私に差し出してくれた。ディスプレイには六条院内の簡易地図が表示されている。
「現在地はここで――」
彼女の言葉を遮るように、突然電子音がその場に割って入って来た。
そのため、彼女は眉を顰め、制服の胸ポケットへと腕を伸ばしスマホを取り出すと操作し始める。
スマホには六条院の校章が描かれていて、もしかしたら生徒会用なのかもしれない。
「え、電話? すみません」
「いいえ、どうぞ電話に」
彼女は眉を下げながら電話に出た。
「もしもし? 今、ちょっと道案内中だから後で……え? バンドライブ? そんなの申請されてなかったじゃないの! 三年で六条院祭が最後だからお祭り騒ぎにも限界があるでしょうに! トラブルが起これば私達の仕事が増えてしまうことも考えて欲しいわよね……会長に連絡は駄目か。午後からは大切な方がいらっしゃるから二時間は絶対にキープするって、午前中に仕事や挨拶を詰め込むって副会長と打ち合わせしていたし」
「会長……」
生徒会長って匠君だよね? 大切な人ってお祖父様とご両親かな。午後から来る予定だし。
それにしても六条院祭でも生徒会は休む暇もないくらいに忙しいようで、匠君が電話に出なかったのも十分理解できる。
「副会長は? ……あぁ、そうだったわね。午後からの匠先輩不在になるから今のうちに休憩中だったわ。でも、電話したら出て対処してくれると思うけど……んー、尊先輩は? ……別件処理中って。あと二年生は誰もいないわよ……一年で対処するしかないけど…あっ、いたじゃない! 健斗先輩! 最近真面目になってきているし。たぶん大丈夫よ。家柄は問題ないし。あー、たぶん……えぇ、電話してみて。私も後で行くわ。もしどうしてもだめなら美智様と棗様を頼りましょう」
そう言って彼女は電話を切ると、私へと顔を向けた。
「すみません。ちょっとバタバタしていまして…」
「いいえ。お忙しいんですね」
「そうなんですよ。数は多くないのですが、トラブルはやっぱりありますので。最後の思い出作りなのかわかりませんが、事前申請なしでライブだなんてやめて欲しいですよ。家同士のパワーバランスや派閥もありますから、生徒会が全て管理しているんです。家柄もトラブル回避できる者達を選んで中立的立場にしていますし。でも、私は一年なので学年が上だと、どうしても……同じ一年の美智様や棗様が生徒会に入って下されば心強いのですが……あっ、すみません。なんか愚痴っぽくなってしまって。ずっと忙しくて疲れているのかもしれません。本題が音楽堂への順路でしたね。ご案内いたします!」
「ありがとうございます」
「いいえ。これも生徒会の仕事ですから!」
そう言って屈託なく彼女は微笑んだ。
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あの後、生徒会の彼女に説明して貰った通りに順路を進めば、無事音楽堂へと辿り着くことが出来た。
音楽堂は灰色の円形状の建物で室内は、高めの天上に設置された照明により、映画館のようにずらりと並べられた座席、それから中央にはスクリーンの代わりにステージが窺える。
ステージは深紅のカーテンで覆われていて、奥から物音がするので準備中なのだろう。現に数人が座席に立ち、手元のタブレットを眺めている。
開演までまだ時間が早いため、保護者などはおらず生徒がまばらにいるのみ。
――琴音は……?
壁側や後方のスペースに数人固まっている生徒達の姿が確認できる中で、一際目立つ男女の集団を見つけたんだけど、その中心に妹の姿があった。
どうやら友人同士でおしゃべりをしているようだ。
――声をかけてもいいのかな?
どこで彼女の機嫌を損なうかわからなくて、私はただ困惑してしまう。
じっと見ていたせいか琴音の背中がくるりと動き、こちらへと体を向けてきた。
「あっ、お姉ちゃんーっ!」
「え」
満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振る妹の姿。
そんな出迎え方なんて一度もされたことがないため、私はこれは夢なのだろうか? と一瞬思ってしまう。
琴音の声に彼女の周りにいた友人達の双眸が一気に集中したせいで、私は耐えきれなくなり俯いてしまう。
頭の先から足先まで観察するようなそれは、私が最も苦手とするもの。
でも、琴音の友人なので挨拶はしなければならない。そのために私は早く家を出たのだから――
私は意を決し足を進めると、妹達がいる所へと向かった。
「初めまして。琴音の姉の露木朱音です」
「本当に琴音ちゃんのお姉ちゃんなのっ!?」
絶叫に近い驚愕の声に私は弾かれたように声のした方向へと向ければ、目を大きく見開いた琴音の友人と視線が絡み合う。みんな半信半疑という表情をしていた。
「似てないな」
「ほんとに。血が繋がっているの?」
口々に浴びせられる台詞は、今までなんども聞いてきたので慣れてしまっている。
「えー、そうかな? お姉ちゃんも可愛いよー」
ここでまさかの琴音からのフォローに、私の心臓は大きく跳ねてしまう。
庇って貰えるなんて思ってなかったため、妹の方を見れば微笑んだ妹の姿があったけど目が笑ってなかったのでちょっと安心。いつもの琴音だ。
「お姉ちゃん、榊西でも成績上位なの」
「榊西ってどこ?」
「榊駅の近くの一般の高校だよ」
「へー。そんな学校あるんだ。全く知らなかったー。そこで上位と言っても意味なくない? うちで琴音ちゃんの様に上位なら自慢できるだろうけどさ」
「えー、そんなことないよ~。私より上の人もいるもん」
目の前で繰り広げられる光景に対し、私はこのために呼ばれたのだろうかと落ち込み始める。そもそも琴音が私のことを友人に紹介するという段階で気づかなければならなかったのだ。
両親もそろそろ来るかもしれないから、我慢して過ごすのが一番だろうと思っていると、
「みなさん、先ほどから失礼じゃないですか?」
という声が聞こえた。
そのため背後を振り返れば、髪を二つに結った少女が立っていた。手には生徒会のようにタブレットを持っており、学級委員という真紅の腕章を付けている。
どうやら六条院祭では腕章を付けわかりやすくしているようだ。
「でたよ、また煩い委員長が!」
「音楽科の品位に関わります。言葉を謹んで下さい」
「ちょっとー、誰に言っているのかわかっているわけ?」
「僕達に説教って笑わせるよな。そんな資格あるのかよ。笹屋家ごときが」
それには彼女は唇を噛みしめている。
パワーバランス。生徒会の子が言っていたのはこういうことなのだろう。
家同士の関係が強い六条院。そのために生徒会がいるって。
委員長に対して浴びせられる聞くに堪えない暴言。
――どうしよう……私のせいだ。
現状を打破する考えが全く浮かばない。匠君や美智さんとは住む世界が違うと思ったことは何度もある。でも、ここまで世界の差を強烈に感じたことはなかった。
何も出来ない自分が歯がゆい。
今の私に出来るのは誰かに助けを……と、スマホに手を伸ばしかけた瞬間だった。
凛とした声音が私達に届いてきたのは。
「――でしたら私達ならその資格はあるのかしら? ねぇ、棗」




