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春ノ宮家

朱音を自宅まで送り、俺は真っ直ぐ屋敷には戻らず春ノ宮の屋敷にいた。

春ノ宮家は五王と同じくらいに古くからの家のためか昔ながらの純和風の建物なんだけど、ちょっと変わっている所がある。

それは屋敷の傍にあるこじんまりとした古民家と畑だ。

最初は離れ? と思っていたが、以前父から祖父達が駆け落ちした時の話を聞いて納得した。

どうやら駆け落ち当時に暮らしていた物件を再現したものらしい。

田舎で農家の手伝いをしながら民家を借り、二人で生活していた時の気持ちを忘れないようにということなのだろう。


――そんな熱烈な恋愛をしたというのに、どうしてお祖父様は恋愛話を語ってはくれないのだろうか? 五王のお祖父様も話してはくれなかったし。朱音が恋愛話に興味を持ってくれるなんて珍しかったんだけどなぁ。進んで自分の恋愛話をしてくれる人なんて、俺の周りで父さんしか……いや、父の妹・渚おばさまも話しそうだけど、あの二人は絶対に参考にならないのはわかっているし。


どうしたもんかなぁと溜息を零しながら、俺は母を伴いつつ春ノ宮家の廊下を歩いていた。

母は心配だったらしく、春ノ宮の家で待っていてくれたのだ。


「匠、大丈夫よ。そんなに深い溜息を零さなくても。私からもお父様を説得してみるわ」

「違うんだ、母さん。実は朱音がお祖父様の恋愛話に興味を持ったんだけど、逃げられちゃってさ。五王のお祖父様にも逃げられて残るは父さんだけ。父さんなら進んで嬉々としゃべるだろうけど、参考にならなそうで困っているんだ。誰かいないかなぁ? お祖母様なら語ってくれると思う?」

「……匠。貴方、余裕ね」

「余裕ではないけど、俺の本気をお祖父様にちゃんと伝えて説得するつもりで来ているから大丈夫だよ。それに、本気度を示すものをちゃんと持ってきたし」

「持って来た……?」

と、母が首を傾げたところでタイミング良く祖父の部屋に辿り着く。


クーラーの苦手な祖父は自然の風を好むので障子は開け放たれているままだ。

俺と母さんは軽く挨拶をして室内へと入室すると、腕を組んだ祖父が待ち構えていた。その傍には、祖母が。

五王の祖母は温かい春の陽だまりのような人だったけど、春ノ宮の祖母はお嬢様育ちの箱入りなのに竹を割ったようにさっぱりとしていつも明るい人だ。

祖母は俺と目が合うと、穏やかに微笑み口を開く。


「ふふっ、匠ったらバレちゃったみたいね」

子供のいたずらがバレてしまったかのような口調に祖父が眉を吊り上げてしまう。


「おい! バレたって知っていたのか!?」

機嫌の悪そうな祖父の言葉を気にする素振りも無く、祖母はあっけらかんとしている。


「勿論よ。美智と匠に聞いていたもの」

「何故わしに言わなかったんだっ!? のけものか?」

「だって、貴方ってば恋愛禁止なんて時代錯誤なことを孫達に強要していたから反対すると思ったからです。私達が幸せになったように匠達も幸せになる権利があるというのに。そろそろ恋愛禁止は解禁なさっては?」

「だが……孫達を守らなければならない使命が……どこの馬の骨に騙され傷つけられたら……」

「確かに恋愛で傷ついたり騙されたりすることもありますわ。でも、誰かを想って強くなったりも出来ますわよね? 私達もそうだったじゃないですか。何もかも失ってでも二人で生きていこうって」

その言葉に祖父の顔が夕日を浴びたように真っ赤に染まってしまう。

どうやら祖母は祖父と違ってその手の話は全く照れがないらしい。


――ん? これはお祖母様なら馴れ初め語って下さるのか?


この流れに乗ってさらっと聞いておき後で朱音に電話した時にでも語ろうと俺は訪ねることに。


「お祖母様達はどうして駆け落ちを?」

「最初は家同士の政略的な結婚話での婚約だったんだけど、お互い相手のことを好きになってちゃんとお付き合いしていたの。でも、ある日突然私の生家よりも春ノ宮に大きな利益をもたらす家との縁談が出て破棄されてしまったのよ。会う事も禁止されて離ればなれになってしまいそうな時、貞治さんが『俺は君以外を愛するつもりはない。だから、一緒に遠い場所にて二人で暮らそう。何もかも捨てることになるが、俺だけは君の傍にいて一生守る』って言って下さったの」

「あーっ!!」

祖父は耳を塞ぎいきなり大声を出し始めたので、俺も母も体が大きくビクついてしまうはめに。

古典的なリアクションだとは思うが、祖父は今までに見た事のないくらいに顔を真っ赤にさせている。俺は朱音との出会いから語れるけど、やっぱり祖父にとっては恥ずかしいものなのだろう。


「それから二人で――」

「もういい! もういいからやめなさい!」

祖父は祖母の両肩を掴むと懇願した。若干瞳に涙がうっすらと浮かんでいるのは気のせいだろうか?


「お祖父様、恋愛解禁にして下さい。俺、朱音に本気です。お祖父様がお祖母様を守りたいと思ったように俺も朱音のことを守りたいんです。これを」

そう言って俺が制服の胸ポケットから取り出したのは、夏休みにコレクションの如く集めた婚姻届から選び抜いた究極の一枚だ。

それをテーブルへとそっと置く。勿論、俺の記入すべき所は全て済んでいる。


「え、待て。た、匠……」

震える祖父の声が聞こえたので、まだ早いと怒鳴られるのだろうと察する。

きっと感情が高ぶって声音が揺れているのだろうと。

そんなことは予想済みだったので身構えることなく、俺の心は落ち着いていたのだけど、どうやら予想外のことが起こった。


――なんだ? この状況。


何故か祖父達に可哀想な視線を向けられてしまっているので、俺は首を傾げてしまう。


「た、匠……っ!!」

祖父が慌てて立ち上がると俺の傍にきた。

「映画館で露木さんは付き合ってないと言ってなかったか。それとも、わしと別れたあとに付き合ったのか?」

「いえ。そんな簡単にカテゴリーチェンジなんて出来ません」

「匠、よく聞きなさい。結婚というのは、一人では出来ないのよ。相手も同じ気持ちで無ければ……」

「偽装は駄目よ、偽装は。犯罪よ。お、落ち着きなさい!」

どうやら祖父だけでなく、取り乱しているのは母達もらしく声音が不安定だ。

すっかり取り乱している三人を目にし、俺は自分が日頃からどんな風に思われているのか疑問に思った。


「わしが男女交際禁止にしてしまったから追い詰めてしまったのか……」

「落ち着くのはお祖父様達です。これはちゃんと朱音に書いて貰ってから出しますってば。この婚姻届けは本気だという俺の意志表明ですよ。証人欄には五王と春ノ宮良家の祖父に書いて頂きたいのでお願いします」

「そ、そういうことなのか……」

周りを囲んでいた祖父達はほっと安堵の息を漏らした。


「お父様。どうか匠達の恋愛を認めて下さいませんか? 孫達のことを大切に守って下さるお気持ちもわかります。ですが、匠も大分顔つきが変わってきましたし、新しい匠の一面も見えるようになったんですよ。にやにやと私達も見守っているんです」

「にやにやとは何だ?」

「じきにわかります。恋愛を解禁して頂ければ」

その言葉に祖父は唸ると、今度はじっと俺を見詰めて来た。

交わった瞳は何かを探るようだけれども、ほんの少しだけ戸惑いが混じっているように感じるのはまだ動揺が残っているのだろう。


「お祖父様、お願いします」

畳みかけるように、俺は祖父に深く頭を下げた。


「あなた、もう恋愛解禁にしましょう。人を好きになるというのは理屈ではありませんわ。私達もそうだったじゃありませんか?」

腕を組んで難しい表情をしている祖父の肩を祖母が軽く叩き優しく諭すように告げる。

それを祖父がゆっくり瞼を伏せ頷いた。


「……わかった」

「本当ですか!?」

「その代わり好きな相手が出来たら全員ちゃんとわしに報告すること。これが条件だ。私が見定めよう」

好きな子ではなく付き合うことになったらの方が良いではないのか? と思ったが、報告で済むならばと思って口を噤む。

これでこそこそと祖父に隠れて付き合うということもないだろう。

解禁になったぞ! 良かったな! と、密かに彼女がいる従兄弟に早く許可が下りたことを伝えなくなった。


「よかったわね、匠」

「はい」

これにて一件落着だ。


「私も露木さんにお会いしたいわ。貞治さんはお会いしたのよね?」

「朱音が了承して下さったら構いません。あっ、そうだ。お祖母様。その時は馴れ初めを話して下さると嬉しいです」

「馴れ初め? えぇ、勿論」

にっこりと微笑んだ祖母に対して、すかさず祖父が止めに入ってきてしまう。


「ちょっと待て」

「あら、別に構わないのでは……?」

「構う! おおいに構う! 駆け落ちの件はおおやけになってないはずだ。家を汚すからと父達が隠していたからな。それなのにどうして光貴が知っているんだっ!?」

「それは私と菊乃さんがお互いの馴れ初めを話していた時に、光貴君がいたからよ」

菊乃さんとは五王の祖母のことだ。


――お祖母様同士で恋バナか。


仲良く祖父とお茶を飲んでいる時の祖母の姿が頭を過ぎる。

いつも仲が良かった二人。

祖母の誕生日には仏壇に手紙が備えられているのだが、きっとそれは祖父からの便りだろう。祖母との約束なのかわからない上に、触れても良いのかわからずそっとしている。


「菊乃さんの所は少女漫画みたいで素敵だったわ。人の数だけ色々あるのよね。私達も若い頃はそれはもう燃えるような恋をしましたもの」

「それ以上はやめなさい。絶対に言うんじゃないぞ」

「匠は露木さんとどんな物語を紡ぐのかしら? 私は匠にとっても露木さんにとっても幸せな形であることを望むわ」

「頑張ります」

絶対にこの婚姻届けを使う日が来るように――


「お父様達、六条院祭に今年も訪れますか?」

「えぇ、勿論」

「でしたら朱音ちゃんは六条院祭に私達と行く予定になっていますので、もしかしたらお母様たちとお会いするかもしれません」

「え? 朱音と一緒に来るの? 俺、朱音と学校回る予定なんだけど」

さらりと聞こえてきた母の台詞に俺は弾かれたように顔を向けた。

朱音が入りにくいとは思って校門まで迎えに行くつもりではいたけど、まさか五王家と一緒だなんて聞いてない。

生徒会の仕事で見回り等もあるけど、ちゃんと朱音との時間は取っている。


「あら、大丈夫よ。ちゃんと匠と朱音ちゃんの時間は邪魔しないわ。朱音ちゃんが一人で不安そうだって美智に聞いていたからお誘いしたの。私とお義父様と三人よ。光貴さんは仕事の都合でまだスケジュールがわからないけど、おそらく去年と同様に一人でふらっと見に行くかもしれないわ」

「そういうのは一応俺にも言って欲しい……というかさ、もしかして朱音の学校の学園祭とか誘われている?」

「えぇ。和風カフェをやるそうね。楽しみだわ」

「初耳なんですが、それ」

朱音の学園祭には勿論俺も誘われている。

彼女の空き時間には学校を案内して貰うことにもなっているけど、五王家も誘われているのは知らなかった。

しかも、俺が知らない朱音のクラスの内容まで知っているし!

朱音の好感度が美智に抜かれそうになっていたと思えば、もっと身近な所にもいたと俺はこの時に知った。


――やばい。このままでは母達にまで抜かれそうになってしまうじゃないか。ここは学園祭で朱音との距離を縮めるためにより一層頑張らなければ!






ここまでお読みいただきありがとうございました!

新学期編はこれにて終了です。次話より学園祭編(六条院&榊西)となります。

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