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祖父逃走

ついさきほどまで真っ暗に近かった空間にぱっと明かりがともされ、一気に視界が明確に広がっていく。

正面奥にある大きな映画のスクリーン画面には、私達を楽しませてくれていた世界が終わり、今は漆黒へと戻っていた。

数分前までは静まり返った館内だけれども、今は座席を立つ人々の気配と「お忘れ物のないように」という放送に交じり、賑やかな話し声が聞こえてくる。


――眩しい。


天井から照らしてくれている人工的な灯により、私は一度瞼を伏せた。

光を加減し調整してくれているけど、ちょっとだけ私にとっては強い。きっとあまり映画の類を頻繁に見ないせいだろう。


「朱音、大丈夫か?」

映画はとっくに終わったのになかなか席を立たない私を心配したのか、匠君が声をかけてくれた。

私はゆっくりと瞼を開け声のした左側へと顔を向ければ、眉を下げ屈み込んでいる彼の姿が。

学校帰りなので私も匠君も制服のままだ。


「大丈夫。ちょっと眩しくて……もう平気」

私は膝の上に置いていた通学鞄を手に取り立ち上がると、ホルダーへと紙コップを回収するために腕を伸ばすが、その前に「一緒に捨てるよ」と横からさっと匠君の手が伸びてきてカップを先にとられてしまう。


「俺、トレイ持っているから荷物にならないしさ」

匠君は手にトレイを持っているんだけど、それには二人で食べたポップコーンが入っていたカップと紙コップが乗せられている。


「ありがとう」

「これくらいどうってことないよ。じゃあ、行こうか」

「うん」

匠君と二人で話をしながら出入り口へと向かえば、係りの人が紙コップなどを回収してくれていたのでお願いし、私達はそのまま流れに沿ってホールへと抜けていく。

チケット売り場や飲食スペースがあるホールには、設置されているポスターやパネルをスマホで写真撮影したりしている人の姿もちらほら窺えた。


「あのさ、どうだった?」

とあるパネルの前に立つと、匠君がちらちらとパネルを見ながら尋ねて来た。

それは今しがた見たばかりの映画で、タイトルの下には可愛い少女とちょっとワイルド系の少年がキスする寸前の写真があり、『誰もが胸キュン確実! 君も恋したくなるかも!』という協調されたキャッチコピーが描かれている。


匠君に誘って貰って見たのは、学園ラブコメ物の人気少女漫画を実写化したもの。

その上、ヒロイン役はこの映画で初デビューの注目の子だけど演技力がすごいと話題になっていたし、ヒーロー役とそのライバル役はチケットを取るのが難しいアイドルグループの子達。

……なので、結構大々的に宣伝しているのを目にしていたので流行に疎い私でも映画のタイトルは知っていた。


「原作を読んでみたいなぁって思ったよ」

「あー、うん。そうなんだろうけど、もっとちょっと違う見方で」

「それってどういうこと?」

彼の意図がわからず、首を傾げた。


「ほ、ほら! この映画のキャッチコピーが、誰もが胸キュン確実! 君も恋したくなるかも! だろ? だから、その……あ、あか、朱音もその……こっ、恋をしたくなった……?」

「匠君は恋したくなったの?」

「おっ、俺っ!? 俺はその大丈夫! 朱音がいるから! それに俺のことより朱音のことが重要だ。どうだった?」

「恋愛というより、原作も読んでみたいとは思ったよ」

「原作っ!?」

「うん。私、漫画とか読まないけど気になったの。漫画はまだ続いているみたいだし」

「それは作者も嬉しいだろうけど、自分自身の恋愛観とかは?」

「んー……」

それは特に何とも思わなかった。

映画は二人が両想いになってハッピーエンドで無事終わった。

なので、お話は原作を読んだことがない私でもとても楽しんでみることが出来た。

ただ、原作ではまだ続きがあるようだし、ライバルキャラも諦めてないみたいだから一波乱ありそうで続きもちょっと気になっている。


「私が誰かと付き合ったり好きになったりするのは想像出来ないんだけど、夏休みに小梁さんの件で矢飼さんと話した時に恋について考えたの。前に美智さんにお話したことがあるんだけど、もし好きな人が出来るなら匠君や美智さんみたいな人だった良いなぁって思ったんだ」

「あ、ありがとう……その……すごく嬉しい」

完熟したトマトのように匠君は顔を真っ赤に染めると、恥ずかしそうに微笑んだ。


「それでさ、その件で例えばなんだけど『みたいな』という部分を取っ払った場合ってど――」

「たーくーみーっ!!」

「そう、俺なんだ! って、え!?」

裏返った声を上げ、匠君は声のした右手へと顔を向ける。

そこは自動ドアが数か所あるんだけど、一番中央に着物姿の初老の男性が立っていた。大きく肩で息をしてこちらを睨みつけるようにしている。


「お祖父様っ!? 嘘だろ、なんで……」

匠君は珍しく動揺しながら、鞄からスマホを取り出すと操作し始めた。ディスプレイを眺めて「マジか」と呟いている。もしかして、いらっしゃる連絡があったのだろうか? 館内で映画が始まる前に私達はそれぞれサイレントモードにしていたから。


「お祖父様って、お母さんの方の」

「あぁ、春ノ宮家当主。あー、もうなんでよりによってこのタイミングでなんだ。六条院祭の準備に時間が取られてしまうから朱音としばらく会えなくなるっていうのに」

がくりと肩を落とした匠君に私は首を傾げてしまう。

だって、お祖父さんが来ても何も問題ないと思ったから――


「匠、探したぞ!!」

こちらにやってきている匠君のお祖父さんと瞳が合ったので、私は軽く会釈をすると挨拶をした。


「はじめまして、露木朱音と申します。匠君にはいつもお世話になっています」

「これはこれは、ご丁寧に。匠の祖父・春ノ宮貞治だ。こちらこそ、いつも孫が世話になっている。大丈夫なのか? 匠が……その……迷惑になるようなことをしてないか?」

春ノ宮家と言えば名家中の名家で私ですら名前は知っているレベルだけど、まさか匠君の母方の実家だったのをはじめて知った。


「迷惑なんてとんでもないです。匠君と美智さんにはいつもよくして貰っています。それに五王家のみなさんにも」

「ほ、本当か……? 初対面に等しいのに急に頬に接吻などされなかったか?」

私は聞き慣れない言葉に目を大きく見開いてしまった。

接吻ってキスのことだよね? なんで急にその単語が?

現状がわからない私に対して、匠君のお祖父さんは眉を下げ不安げだ。


「お祖父様っ!!」

それには匠君が叫び声を上げて私の前に出た。


「朱音の前で変なことを言わないで下さい」

「すまん。わしだって孫を信じている。だが、あのチャラい男の影が頭に過ぎるのだ」

「父さんそんな事したんですかっ!? だから、両親の過去の恋愛系って聞きたくなかったんだ……ぶっ飛んで参考にならないって思ったから……」

「匠、わしが学生のうちは男女交際禁止だって知っているだろうが。これはどういうことだ?」

――男女交際禁止? そう言えば、前に匠君と匠君のお父さんがうちにご挨拶に来てくれた時にそんなことをちらっと言っていたような……


「どうして男女交際禁止なんですか? 恋愛は悪いことではないですよね」

真っ直ぐと強い眼差しで匠君が見れば、それを匠君のお祖父さんは受け止めている。揺らぐことなくしっかりと。

匠君のお祖父さんはほんの少しだけ表情を厳しくさせると、ゆっくりと唇を開いた。


「学生は学業が本業。それに学生では何かあった時に責任が取れないじゃないか。害ある者を見分ける判断がまだついてない。普段なら家柄のみで近づいてくる者達は見分けられるかもしれないが、恋愛が絡むと判断力を失ってしまう。わしは何人も見て来ているんだ。お前達が傷ついてからでは遅い。わしは孫を守らねばならない任務がある」

「確かにお祖父様のいうことも一理あるのですが……」

「とにかく、一緒に屋敷に来なさい。ここでは話も出来ない」

匠君のお祖父さんが匠君に手を伸ばしてその腕を掴もうとすれば、匠君がさっとそれを避ける。


「待って下さい。今、俺は朱音と一緒にいるんです。もうすぐどちらの学校も学園祭が始まるのでお互いの時間を合せるのが難しいんです。ですから、今日は朱音との時間を優先させて下さい」

「ならん。男女交際は禁止だとさっきも言っただろうが」

攻防戦が目の前で行われる中、私は言わなければならないことが一つあった。でも、なかなかタイミングがつかめず。

なんとな隙をみて口を開く。


「あの、すみません。男女交際とはお付き合いのことですよね?」

私はそう言いながら匠君のお祖父さんの方へと顔を向けた。

「ん? あぁ、そうだ」

「私と匠君はお友達です」

「そうなのかっ!?」

弾かれたように匠君のお祖父さんは匠君へと顔を向けたので追えば、なぜか項垂れている匠君の姿があった。


「匠? どうしたんだ?」

「まだ友達というカテゴリーになっているだけなんです。いずれカテゴリーチェンジをするために頑張っている所なんですよ」

「な、なんか色々すまなかった匠」

「必ず後で春ノ宮家に向かいますので、今はそっとしておいてくれませんか? いろんな意味で」

「だがな、匠」

「お願いです。お祖父様だって僕の気持ちわかって下さるはずです。だって、お祖母様と駆け落ちしたんですよね? だから――」

「ぬおっ!? な、なっ、なぜそれを知っているんだっ!?」

さーっと顔を真青にした匠君のお祖父さんは、がしっと匠君の両肩を掴んで揺らし始める。

どうやら全くの予想外すぎて動揺しているようだ。


――駆け落ち? 


「ちょっと、落ち着いて下さい。父さんに聞いたんですよ。これおおやけになってなかったんですか?」

「あいつは何故知っているんだ!?」

「駆け落ちされたんですか?」

私がそう尋ねれば、

「そ、それは……」

匠君のお祖父さんは匠君から手を離すと顔を真っ赤にさせ鼻先に汗をかき始めた。そして暑くなってきたのか、扇子を取り出して扇ぎ始める。


「どうやって出会ったのか聞いてもいいですか?」

「ち、父から強制されたみ、みっ、見合いで……その……出会ってそれで……お互い……」

「待って。どうしたの? 朱音。珍しく話に興味があるみたいじゃんか」

「うん。あのね、駆け落ちするってことは今まで持っていたものを捨てることになるでしょう? それでも、一緒にいたい人ってどうやって知り合ったのかなぁって気になったの」

「映画よりまさかの実体験が良かったの!?」

「え? 映画? 映画は面白かったよ。原作も読みたくなったし」

「そうか、そうなのか。実体験……」

匠君は顎に手を添え何か思案しはじめてしまった。かと思えば、じっと匠君のお祖父さんへと視線を向けた。

その視線に耐えきれなくなったのか、匠君のお祖父さんはさっと顔を逸らす。


「なんだ? 匠」

「お祖父様。お祖母様との出会いから語って下さい。具体的に」

「な、なにを!?」

「お願いします。俺のために。朱音が興味を持っているんですよ」

「急にそんなこと言われても」

視線を彷徨わせながら後退りし始める匠君のお祖父さんを匠君が「お祖父様」と前に足を進めて距離を縮めていく。

なぜだろう。先ほどと形勢逆転したように見えるのは。


「わしは急用を思い出したから帰る!! 後で必ず屋敷の方へ来るんだぞ!?」

「あっ、お祖父様。待って下さい」

匠君の制止を聞かず、匠君のお祖父さんは背を向けると逃げるように去っていってしまった。

どうやら傍にお付きの人も二・三人いたようで後を追うように黒服の人も続いていく。

あまりちゃんとご挨拶が出来なかったのがちょっとだけ心残りだ。


「朱音、ごめん。お祖父様が急に押しかけちゃって」

「ううん、私は全然。でも、良家の結婚って家同士の関係で結婚前提のイメージだったけど、駆け落ちということは違うの?」

「そういうところもあるな。春ノ宮の祖父母も最初そんな感じだったんだけど、当時の春ノ宮家の当主から婚約を破棄し違う良家の娘と結婚しろと言われたんだって。もうお互いを愛してしまっていた祖父母はそれに背いて駆け落ちって聞いたよ。あ、でもうちは祖父も父も恋愛結婚だから問題ないから!」

私に手に触れ、力強く匠君はそう言った。


「え? うん」

「祖父は社内結婚だし」

「社内? 匠君のお祖母さん社長秘書だったの?」

「いや、事務員。五王の子会社に身分を隠して出向中の祖父と出会って結婚って聞いているよ。そうだ! 朱音、これからうちに来ないか?」

「うん」

「春ノ宮家のお祖父様には逃げられたけど、今度は五王のお祖父様になれそめを聞こう!」

その後、五王家に向かった私達だけど、匠君のお祖父さんが「急用を思い出した」と外出してしまったのでなれそめ話は聞けなかった。





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