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じーちゃん

健斗視点長いので二つに分けます。

「おっ、珍しいなー。寺が恋しくなったのか? 健斗」

電話口から聞こえてきたじーちゃんの声。

声のトーンもいつもと変わらないことに対して、酷く安堵感を覚えてしまい泣きたくなった。

いつも通りで変らないということがこんなにも安心をもたらしてくれるなんて……

匠達以外の大多数の人々が今まで僕のことを好きだと言ってくれたのに、てのひらを翻しているからなのだろう。


どんな時も変らずにいてくれる存在というのは希少で大切だ。

当たり前のことなのに、僕はこんな風になるまで気づかなかったんだ。


「じーちゃん」

「……何かあったようだな」

声が震えていたせいだろう。じーちゃんの声音も硬くなった。


僕は朝に起こった出来事やさっき匠達に言われたことを話していく。時折、自分の感情を落ち着かせるかのように僕が感じたことや思ったことを交えて。

じーちゃんは何も言わずただ僕の話を聞いてくれた。


「すっごく怖かった。今まで隣で笑っていた子達がさーっといなくなっちゃったから」

「そうか。新学期早々、色々あったな」

「美智ちゃんのこと夢に出そうだよ」

名前を口にしただけでも体が震えあがりそうになる。

目で人を刺すという言葉通り、美智ちゃんの瞳は鋭く僕を抉るような凶器だ。


六条院の麗しき女王の名のとおり、躊躇わずに僕を切りつけることすらやすやすとやってのけるだろう。

やらないのは僕が匠の友人だから――


「健斗。甘えることは何も悪いことではない。甘えられる相手がいるということは幸運なことだ。でもな、それが当たり前だと思うのは愚か者の考えることだ。健斗は匠君達に甘えている。匠君達なら自分を見捨てないから大丈夫と心のどこかで思ってないか?」

じーちゃんの言葉が胸に突き刺さる。


――当たりだ。


夏休み前の騒動も寺に居た頃はちゃんと謝らなきゃと思っていたけど、新学期になってずるずるとそのまま忘れ去ってしまっていた。

それでも何も言って来ないから大丈夫。匠は優しいから許してくれたんだって――


「ある日突然何の前触れもなく急に相手がキレた……なんてことはないんだ。甘えるのが当たり前だと思って感謝せず、相手の気持ちを考えなかったからだぞ。全部積み重なったことが原因。予兆は絶対にあったはず。健斗、匠君達だってわからないぞ? 健斗が今のままならば」

「僕さ、どうしたらいいんだろう……わかんないんだ。今までのことも家のことも。僕じゃなくて隼斗が跡取りをすればいいのに」

「今度は隼斗に押しつけるのか?」

「違う! そうじゃない。ただ僕なんかよりも隼斗の方がしっかりしているから。このままずるずる僕よりは隼斗の方が断然良いと思ったんだ。家の事から逃げていた僕より、ちゃんと向き合って手伝いをしていた隼斗の方が適任者だって」

「だったらそう言ってみればいいじゃないか」

「え」

耳に届いたその言葉に、僕は目を大きく見開いた。


「わからないって言ってもいいの?」

継ぐか継がないか白か黒かちゃんとはっきりさせなければならないと思っていたから、目から鱗だった。


「良いに決まっているだろう。ちゃんと考えてわからないもんはわからないんだからな。健斗、自分の気持ちを伝えないで相手に理解して貰おうなんて無理なことだ。別々の人間だからな。だから、ちゃんと両親に言ってみたらどうだ? わからないって」

「うん、言ってみる」

祖父母や両親にはずっと跡継ぎだって言われ続けていたけど、僕の気持ちを伝えたことなんてなかった。

一度も向き合った事が無く逃げてばかりいたし。


「わからないって認めることも大事だと思うぞ? わからない自分を認め許すのもな。もしそれで家に居づらくなったらわしのところに来い」

「じーちゃん……」

「ただな、健斗。じーちゃんも年だ。ずっとかわいい孫たちに手を貸し守ってやりたいが限りがある。だから、じーちゃんが生きているうちに健斗を含んだ孫達には一人で立ってもらいたいんだ」

寿命は誰にでも平等に存在するのはわかっているのだが、言葉にして聞かされると氷の手で撫でつけられたかのように全身が冷えていく。


じーちゃんの家は寺だし何も娯楽施設がない山の中にあるから、自ら進んでそんなつまらない所に行くならこっちに残った方が断然良い。可愛い女の子達もいるし。

だから、長期休暇中もほどんど行ってなかったので、夏休みに強制的に連れていかれたのが数年ぶりだった。


身近にいる人間がいなくなることなんて考えたことなんてなかった。


「やめてよ。長生きしてよ。僕、今度からちゃんと四国にも遊びに行くし、電話もする。ちゃんとわからないって親と隼斗に言ってみるから」

「そうか」

「あと、ちゃんと匠に謝る。露木さんにも。生活態度も改める。だから、そんなこと言わないでよ」

「偉いな」

「偉くないよ。こうなるまで気づかなかったんだもん」

「だが、気づいた。もしかしたら、このまま気づかぬふりをしていたという道もあったのに。まだ若いんだ。今からやり直せばいい」

「なんか、坊さんの説教みたい」

「わしは坊さんだからな」

豪快なじーちゃんの笑い声に重なるように僕も笑った時だった。「兄さん!」という隼斗の声が聞こえてきたのは。

弾かれたように声のした左手へと顔を向ければ、こちらに向かって駆けて来ている隼斗の姿が。


「ここにいたんだね、探したよ。あ、ごめん。電話中?」

「うん。じーちゃんと」

僕は微笑むとじーちゃんに隼斗が来たことを告げ、またあとでかけ直すねと言って電話を着った。

そして、立ち上がると隼斗に飛びつくように抱きつく。


「えっ!? どうしたの?」

「隼斗、今までごめん。家のこと押しつけて」

本当は人前にでるのは苦手なタイプだということも知っている。それでも家の仕事で人と接していた。

僕が遊んでいる時にも、隼斗は遊ばず店の仕事をしていたこともあったはずだ。


――両親よりもまず隼斗に言わなければならない。


「ちゃんと考える。家を継ぐか継がないか。まだ僕にその選択肢が残されているかわからないけど。あと、ちゃんとするから。もう逃げない」

「そっか。どうやら美智ちゃんの荒療治きいたみたいだね」

「み、みちちゃんこわ、怖い……」

美智ちゃんの名を聞いて、僕は戦慄いた。

今度何かヘマしたら、容赦なく彼女に叩き潰されそうだ。





――確か榊西って言っていたよね。


エアコンのきいている車内から、僕は外の景色を眺めていた。

榊西の校門から川の流れのように同じ制服に身を纏った生徒達が一定に進んでいくのを観察するように。


露木朱音さんとは前に水族館で会ったことがあり、その時に榊西だということを匠から聞いたのでこうしてやってきた。

ちゃんと露木さんに謝ろうと思って。


今にして思えば、水族館での匠の様子から本当に好きなんだなぁとわかっていた。

それなのに僕は琴音ちゃんと仲が良かったからつい……


琴音ちゃんは僕に手作りのクッキー作ってくれたりいい子だと思ったんだけど、僕がだまされていただけなのだろうか。

これでも人を見る目はあると思ったけど、今回の件で実はなかったってことがわかったし。


「もしかして、露木さんもう帰っちゃったのかな?」

電話番号がわからないので、連絡しようにも方法がない。

そのため、僕は誰かつかまえて聞いてみようと思って車から降りようとしたら、突然ぬっとスモークガラス越しに人の姿が見えた。


「え?」

そこにいた人物を見て僕は震え上がってしまう。

それは美智ちゃんの付き人である国枝さんだったからだ。


窓を開けて辺りを見回すが、主である美智ちゃんの姿は見当たらない。もしかして、どこかに車を止めてそこにいるのだろうか。


「く、国枝さん!? ま、まさか、いるのっ!?」

「おりません。屋敷にいらっしゃいます」

誰が? と、訊ねずとも伝わっているらしい。


「健斗様、どうしてこちらに?」

「露木さんに謝ろうと思って……」

「直接朱音様に謝罪してどうするおつもりですか? 朱音様は知らないんですよ」

「あっ!」

「惜しいですよ、健斗様。そこまで気づいたのに……それに露木様は今日は匠様と映画デートなので、もう学校は出られております。もう少しで六条院祭で匠様も多忙になるので、露木様との時間も取りにくくなりますのでそっとしておいてあげて下さい」

「そうだよね……あのさ、お願い! 美智ちゃんにはいわないで」

「保守に走るのは結構ですが、申し訳ありません。仕事なんです。屋敷の方までご同行願いますか?」

僕に哀れんだ瞳を向けた国枝さんは、無慈悲にもそう告げた。







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