花火大会
こんばんは。お知らせが二つあります。
一つめは妹ばかり~の電子書籍版です。
発売より一ヶ月経過しましたので電子書籍版が1月21日より発売するみたいです。
(もう先行発売しているストアもあります)
電子書籍派の方はよろしくお願いします!
もう一つは活動報告に番外編を掲載しました。
前にブログに掲載していた話で本編内で匠が朱音を誘った夏祭りの話です。
せっかくなので転載しました。本編より糖度高めです。
今年の夏はいつもよりも気温が高いらしく連日真夏日。
今日も外は雲一つない澄み渡った青の世界のため自室はまるで蒸し風呂のように湿度が高く、立っているだけでも毛穴からじわりと汗が吹き出してしまう。
その上、開け放たれた窓から届いてくる蝉の鳴き声がより体感温度を上げてしまっていた。
部屋のクーラーを付ければいいのだけれども、もう少しで匠君が迎えに来てくれる約束の時間になってしまうので窓から流れ込む自然の風を頼りにしていた。
「荷物多くなっちゃった。減らした方がいいかな?」
ピンクの生地にホワイトのドットが描かれたベッドカバーの上には、ちょっと小さめなボストンバッグが置かれていた。
この中身はお泊りセットと浴衣が収納されている。
今日は五王家との花火大会。
美智さんに浴衣を選ぶのを付き合って貰った時に、「せっかくなのですから、花火大会当日はお泊りにしてゆっくりおしゃべりをしましょう!」とお誘いを受けたのだ。
花火大会は夜なので夕方からでも充分間に合うのだが、私は浴衣の着付けが出来ない。そのため、美智さんが準備を手伝ってくれることになっており、言葉に甘え早めに家を出発して五王家で準備をすることになっている。
こんなに甘えっぱなしでいいのかな? って思う。
この間の――小梁さんの件も五王家の顧問弁護士や匠君のお父さんが間に入り小梁家と話を進めてくれたと両親に聞いた。
その上、夜道は危ないからと匠君が車の手配してくれ、塾は五王家の車が送迎をしてくれている。
「優しさの塊のような人達だなぁ」
心から言葉が零れた時だった。右手に配置されている学習机から電子音が響き伝わってきたのは。
――匠君かな?
大抵電話が来るのは匠君なのできっと彼だろうと思い足を踏み出し向かう。
机の上にあったスマホを手に取り眺めたんだけれども、表示されていた氏名は私が想像していた人物からのものではなかった。
「佐藤さんだ」
私はディスプレイをタッチし通話画面へと切り替える。
「もしもし、佐藤さん?」
『あっ、露木さん! 今ちょっと電話とか平気?』
「うん」
『私さ、近所のスーパーにアイスを買いに来ているんだけど、偶然矢飼に会ったんだ』
「そう言えば前に中学が同じって言っていたもんね」
『そうそう。そんで矢飼に露木さんと電話したいって言われてさ。矢飼、露木さんの電話とかメッセージアプリのIDとか知らないから連絡取れないらしくて』
「私に……?」
一体、どういった要件なのだろうか。もしかして、小梁さんの件で私にクレームとか?
小梁さんはあの件で塾を辞めた。
それと同時期ぐらいに矢飼さんも塾を辞めてしまったようでビュッフェ以来会っていない。そのため、急に出てきた彼女の存在に頭が混乱していく。
『おはよう、露木さん』
「おはよう、矢飼さん。塾、辞めちゃったんだね……」
『唯翔がいないから。それならもっと近くの塾の方が通学便利だからそっちに通っているの。レベルも似たようなもんだし』
「……そっか」
『ごめん』
「え?」
『唯翔のおばさんに聞いたわ。昔から思い込みがちょっと激しいタイプだったけど、まさかそんな事するなんて。こうなるのなら唯翔の傍に四六時中居れば良かった。そうすればとめられたのに』
なんだろう。それはそれでちょっと問題があるような気がするのは。
ただ、心底思っているらしく矢飼さんの声音からは悔しさが読み取れる。
『唯翔、北海道に転校することになったのは知っている?』
「ううん、知らなかった」
私が両親に聞いたのは、もう二度と露木家と関わらないと小梁さんが約束したということだけだ。
『母方の祖父母の家が北海道にあってそっちで暮らすの。高校も二学期から転校。だから、露木さんの前にはもう現れないと思うわ』
「矢飼さん、寂しくなるね」
『そうね。でも、少しの間よ。だって、私も唯翔に着いていくもの』
「えっ!?」
驚いたのは私だけでなく佐藤さんもらしく、電話口から「はぁ!?」という驚愕の声が聞こえてきた。
『……って言っても、親に反対されたから今すぐは無理。学費とかも親が払ってくれているし。環境が整い次第あっちに向かうつもりよ。勿論、長期休みは必ず会いに行くし電話も毎日するわ。大学も唯翔と同じところを受ける。私、唯翔は誰にも渡すつもりはないから』
きっぱりと告げた彼女の台詞には、一切の躊躇いを含まず。
ストレートで力強く、本気であることを告げた。
『それだけ言いたかったの』
「わざわざありがとう」
『いいえ、じゃあ佐藤さんにかわるわね』
「うん」
何か衣が擦れるような音が聞こえたかと思えば、「小梁もなかなかだけどあんたもなかなかね。似たもん同士でお似合いじゃない?」という佐藤さんの声が聞こえた。どうやら電話口で二人はしゃべっているらしく、「あら? 私と唯翔がお似合いだなんて嬉しいわ」という矢飼さんの返事も届いてきた。
矢飼さんは小梁さんが絡まなければ怖い人じゃないっぽい。
恋をして相手を独占したいから攻撃的になっていただけなのかもしれない。
――恋かぁ。
私もいつか恋をする時が来るのだろうか?
+
+
+
「まぁ! 見て下さい。ハートの形をした花火ですわ」
「どれだ!? あ、あれか。いいな、ハート。恋愛運が上がりそうだ。どれ、写真を……」
屋形船の窓付近にて。私は匠君と美智さんと一緒に花火を眺めていた。
すぐ傍にはテーブルがあるんだけど、そこには匠君のお父さん、お母さん、お祖父さんが料理やお酒を堪能している。
五王家の人達は全員浴衣姿。着物を着慣れているためか、みんな凄くお似合いだ。
美智さんは淡い水色の生地に兎が描かれた浴衣、匠君は濃紺っぽいけどよく見ると市松模様柄になっている浴衣を纏っている。
私は美智さんに付き合って貰って購入した紫陽花柄の浴衣を着ていた。
「花火、綺麗だね」
ゆらゆらした海面に浮かぶ屋形船から見える花火は、地上で見るのとはまた違った趣がありつい顔が緩んでいく。
きっと大好きな人達と一緒だから余計そうなんだと思う。
「えぇ、本当に」
扇子で扇ぎながら、美智さんは私に向かって微笑んでくれた。
彼女が使っているのは、白檀で作られた扇子で扇ぐ度に甘い匂いに鼻腔をくすぐられてしまう。
私は同じものを美智さんにプレゼントして貰ったんだけど、今日は匠君から贈られた団扇を使っている。
団扇とブックカバーを頂いたんだけど、匠君も同じものを持っているそうだ。
どちらを使うか迷ったんだけど、扇子は持ち運びができるから普段使いが出来る。だから、ぜひ今日は団扇の方をと美智さんに言われたので団扇になった。
「朱音」
「ん?」
匠君に呼ばれたので顔を右側へと向ければ、彼はスマホで夜空に咲き誇る花火を撮影している最中だった。すぐに撮影が終わったのか、彼は手を降ろすと体を私へと向ける。
「来年は二人で花火を見に行かないか?」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、私はちょっと鼓動が飛び跳ねてしまう。
「え? なんで来年なの? 今年見に行けばいいじゃん。公園の夏祭りまだ終わってないし。規模は小さいけど花火も打ち上がるよ。屋台出て楽しいし」
割って入った匠君のお父さんの台詞に、私は目を大きく見開いてしまう。
「匠君のお父さんは夏祭りとか行ったことあるんですか?」
私の勝手な思い込みかもしれないけど、御曹司と夏祭りってあまり結びつかなかったのでちょっと驚いてしまったのだ。
「あるよー。デートで。ねっ?」
と、匠君のお父さんは隣に座っている匠君のお母さんへと笑顔を向ける。すると、ちょうど何か食べ物を食べていたらしく、箸を持ったまま匠君のお母さんが咳き込んでしまった。
「ど、どうして急に私達の話に!?」
「護衛付きだったけど、楽しかったよね。秋香は箱入りお嬢様だったから、夏祭り初めてで。あ、ちなみにお父さんもあるよ。ねっ、お父さん。お母さんとデートで夏祭りに行き、初めて手を繋いだんですよね?」
その発言に、今度は日本酒を飲んでいた匠君のお祖父さんが咳き込んでしまう羽目に。
「な、何故知っているんだっ!?」
匠君のお祖父さんは頬を真っ赤に染めガタガタと体を戦慄かせているため、手にしているガラス製のお猪口の中身が波打っている。
匠君のお父さんはその反応をみてクスクスと笑いを零し始めた。
「ということで、親子二代で夏祭り行ったから匠も行ってきたら? そんで親子三代制覇しようよー。再来週の土曜だったはずだからさ」
「夏祭りか。いいな。朱音、空いているか? もし良かったら一緒に行かないか?」
「うん、大丈夫だよ。あっ、美智さんも一緒に」
「ごめんなさい、その日は棗達とお泊り会でして。ですが、まだ夏休みはあります。いっぱい遊びましょうね」
「はい!」
お祭りは一緒にいけなくて残念だけど、美智さんの言うとおり夏休みはまだ残っているので私は微笑みながら頷いた。
――夏祭りなんてかなり久しぶりだから楽しみだなぁ。美智さんとは行けないけど、夏休みはまだ残っているし。
今まで一人での時間が一番だと思っていたけど、匠君達と一緒だと倍楽しい。
傍にいると落ち着いて温かくなる。二人が大好きだからそう感じるのかもしれない。
もし、私に好きな人が出来るとしたら匠君達みたいな人がいいなぁって思った。