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約束

明日(15日)更新分で塾編は終わります。

「匠。僕達が来た方向にうちの車があるから、朱音ちゃんと一緒に屋敷に戻りなさい。運転手の林さんと屋敷には電話しておくから。僕は九蔵さんの後を追う。きっと今頃捕まえていると思うし」

「わかった」

俺達から体を離した父は、そう告げると立ち上がった。


「私、家に……これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」

まだ力が入らない朱音は、父を見上げる。

その表情はまだ強張っているんだけど、眉は下げられ申し訳なさが含まれていた。

こっちとしては気にしなくても良いのだけど、朱音は気にしてしまうのだろう。


「さっきの少年の件とかご両親に相談しなきゃならないから、朱音ちゃんの家ではバタバタして休めないかも。だから、うちの方が落ち着けると思うから今日はうちにお泊りしてね。あっ、ちゃんと朱音ちゃんのご両親には説明しておくから心配しないで」

「そうだよ、朱音。一人で眠るのは心細いだろうし……」

まさか朱音の初めてのお泊りがこんな形で実現するなんて思わなかった。できるならば、楽しいお泊りにして欲しかったのに。


「ワン!」

ポンと朱音の膝の上にシロが前足を乗っけて吠えた。

もしかしてシロは自分が添い寝すると言いたいのだろうか。

美智に頼むつもりだったが、シロも一緒なら朱音もより落ち着けそうだ。


「シロ。二人のことを守ってくれてありがとう。可愛いとカッコイイを兼ね備えた番犬だね」

父は屈み込むと手を伸ばしてシロを撫でる。

シロはわしゃわしゃとされ嬉しそうに尻尾を大きく振っているのだが、さっきの凛々しさが消え今はいつものシロだ。


「じゃあ、そろそろ行くよ」

「来てくれてありがとう。助かったよ」

「子供を守るのは親の役目だよ。シロ、車まで二人の護衛をお願いするね」

父はそう告げると、豪のお父さんが駆け抜けていった薄暗い先へと走っていく。どんどん遠くなっていく足音溶け込むように闇に消えていく父の姿を俺と朱音は見送った。


「俺らもそろそろ行こう。立てる?」

その問いに朱音は首を左右に振る。


――怖かったもんな。よし!


俺はシロのリードを掴むと、しゃがみ込んだままの態勢で朱音へと背を向けた。


「おんぶするから乗って」

俺だって朱音をおぶる体力と筋力ぐらいはある。

時々、シロがじゃれついて子犬の時のようにおんぶせがんでくるのでそれに比べれば断然軽い。


「えっ!? わ、私、重いから……」

「大丈夫、落とさないから。このままここに座っていると車が来て危ないぞ」

「お、お願いします」

その言葉と共に首元に伸ばされた手と背中に感じる重みに再び安堵の息が零れる。もう二度と危険な目にあって欲しくない。

許されるなら安全な場所に閉じ込めたいとさえ思ってしまう。


「シロ、行くぞー」

立ち上がり声をかければ、元気な「わふっ」という声が聞こえた。シロは俺達の前へと向かうとそのまま先導するように進んでいく。


――今回の功労賞はシロだな。


朱音の危機に気づき真っ先に向かって守ってくれた。今度、ご褒美にシロが大好きな川遊びか海遊びに連れて行こう。


「しかし、小梁の狙いは琴音だったとはなぁ。あいつ、もう少し中身見ろよ。琴音の外側ばかり見すぎだろ。朱音じゃなくて琴音に直接いけばいいのにな」

「佐藤さんから聞いた話では、中学から好きだったみたいで一度告白しているって」

「へー。中学から……って、待って。朱音、知っていたのか?」

「日曜に佐藤さんから電話がかかって来て教えて貰ったの。小梁さんは琴音狙いで私に近づいているんじゃないかって。だから、今日塾が始まる前に直接小梁さんに――」

「まさか、一人であの男と対峙したんじゃないよな?」

俺が吐き出した声は強張っていた。


「……ご、ごめんなさい」

「朱音、自分が危ないことしたって自覚あるのか!?」

彼女の予想もしなかった行動を知り、頭の中が真っ赤になって気が付いたら怒号を上げていた。すると、背負っている小さな体が大きくビクついたのを感じた。そして続くようにすすり泣く声も。


あいつが刃物を持っているような相手だったら?

俺や父達が来なかったら?


朱音は人に頼るのが苦手だというのはわかっている。今回はたまたま怪我もなく済んでよかったけど、もし彼女に何かあったら俺は――

浮かんできた最悪の光景に心臓が凍えそうになり、俺は唇を噛みしめた。


「なんで言わなかった? 結果的に怪我もなく無事だったけど、どうなっていたかわからなかったんだぞ!?」

選択肢によって分岐する道。朱音はわざわざ自分から危険な方を選び進んで行ってしまったのだ。俺達に迷惑かけると悪いと思って。


「朱音。俺に迷惑かけたくないからこの件を一人で解決しようとしたんだろ?」

「た、匠君は……私にとって…大切な人……なの。だから、わ、私……私が一人で……でも、やっぱり不安になって電話……ごめんなさい…」

背中で泣きじゃくる朱音に対し、俺は怒鳴ってしまったことを後悔した。

もっと言い方があったかもしれない。けれども、この根本を直さないとこれからもこんなことが続いてしまう――


「怒鳴ってごめん。俺さ、朱音に関することで迷惑なことなんてないと思っていた。でも、今回みたいなことは迷惑だ。こうやって俺の知らない所で一人抱えて危険な目にあうなんて耐えられない。朱音の身に何かあったら俺は自分を許せなくなってしまう」

「匠君……」

「自分の身は自分で守るから俺の事を信じて今度からちゃんと相談して欲しい。約束してくれるか? 約束破ったら――」

「また…シロち…ゃん…と遊ぶの…だめ……?」

朱音の中で大好きなシロと遊べなくなるのは、やっぱり耐えられないレベルのようでゆびきりの件を覚えていたらしく聞こえてきたその台詞に噴き出したくなった。


「ううん、今度は俺と遊ぶのを禁止」

俺だってそんな約束したくないけど、朱音が自分で抱えて俺の知らぬところで危険な目にあってしまう方が耐えられない。


「嫌?」

「うん。やだ」

やばい。顔が緩むのが抑えられなくてニヤけてしまう。

シロほど抑止力があるか不明だったが、朱音がさっき俺の事を大切と言ってくれたからちょっと賭けてみて良かった。


「じゃあ、約束して」

「する」

朱音はそう告げると俺の首元へとぎゅっとしがみ付いた。




ゆっくりと障子を開けて中を窺えば、薄暗くひっそりと静まり返っている来客用の部屋には寄り添うように布団が二組敷かれ、それぞれ朱音と美智が身体を休めている。

朱音の布団の上にはシロが眠っていた。


――眠ったか?


抜き足で朱音に近づくと屈み込んで様子を探れば、寝息を立てているようで眠たようでほっとする。あんなことがあって睡眠取れるが不安だったが、シロや美智がいるから大丈夫だったようだ。


あの後、朱音と一緒に屋敷に戻れば、美智と母、祖父に出迎えられた。

美智にいたっては泣きそうな表情で祈る様に腕を組んで立っていたのだが、車から降りた朱音を捉え飛び掛かる勢いで朱音に抱き付いた。

無事な事は父に聞いていただろうけど、姿を見るまで不安だったのだろう。


詳しい話は明日にし、今日は少し早めに休ませることにして美智が付き添って風呂などを済ませ部屋で休ませた。

さすがに俺も一緒に添い寝はちょっと無理なので、こうして様子を見に来てみたのだ。


「本当に無事で良かった」

俺は手を伸ばして朱音の髪を梳くように撫でる。すると、彼女の隣で眠っていた美智の体がゆっくりと起き上がった。


「悪い、起こしたか?」

「いいえ、眠っていませんでしたので。あの男の件はどうなりましたか?」

「全てうちに一任すると。二度と露木家に関わらないようにして欲しいそうだ。顧問弁護士も警察も関与しても構わないと」

俺の話を聞き、美智は目を大きく見開いた。


「まぁ! てっきりあのご両親のことだから、大事にはしないで欲しいと言われるかと思いましたのに」

「直接狙われたのは朱音だが、小梁の目的は琴音だからな。ヒーローベルト的な存在の琴音がいなくなったら一番困るのは自分達。命がけで守るさ」

「忘れがちですが、露木琴音への両親からの愛は歪んでいたんですわね。不死鳥の如く蘇って我が儘三昧するので同情は出来ませんが。ポジティブなんでしょうか?」

琴音の場合はポジティブなのか、たんに学習能力がないのか不明だ。

あいつも大人しくなってくれればいいのだが、多分無理だろうなぁ。

ある意味パワースポットと言えるあの両親がいる家があるから。


「小梁の両親は塾をやめさせるそうだ。朱音に二度と近づけさせないために転校もさせると」

「転校ですか? この数時間で随分早い選択をしましたわね」

「おそらく、小梁家はあいつの将来のために選択したのだろう。来年受験だから、まだやり直せる時間はあると。サッカーの才があって高校はサッカーの名門に推薦で入学したが、今回の代償として諦めるしかないだろうな。転校だし。ちゃんとカウンセリングにも通わせるそうだ」

「小梁という男は自業自得ですわ。ですが、朱音さんが……」

「まだ夏休みはある良い思い出で塗り替えてやりたい。美智も朱音を気にかけてやってくれ」

「勿論ですわ!」

美智は首を縦に動かすと、朱音へと顔を向けた。その瞳は穏やかで優しげ。


「近々のイベントは花火大会ですわよね。私、朱音さんとお揃いの扇子を注文いたしましたの。白檀の扇子です。花火大会の時にお渡しするつもりですわ」

「は?」

朱音を撫でていた手を止め、俺はぐっと眉間に皺を寄せると美智を見る。


――扇子だって? 冗談だろ!?


「どうなさったのですか?」

「俺、朱音とお揃いの団扇をオーダーしているんだ。同じ柄でブックカバーも」

「……」

扇子と団扇なんてジャンルが被ってしまっているじゃないか。まさか、兄妹で考える事が似ているとは。







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