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絵本の作者

匠視点

時間はあっという間に過ぎていくもので、朱音達と話していたらすぐに夕食の時間になった。

そろそろ父も帰宅すると電話があったので、俺達は食堂へと移動。

うちはいかにもな日本風家屋なので和室がメイン。

だが、使いやすいようと食堂など一部の部屋は改装。


既に食堂には祖父と母も揃っていて、父が戻るまでここで団欒をすることに。

俺達が囲んでいる長方形のテーブルには純白のクロスが敷かれ、その上には緑茶が入った湯呑が二対三にそれぞれ左右に分かれ並んでいる。

祖父と母はいつもの通りの座席で、二人の間には一つ空席が。そこは父の指定席だ。

そして俺と美智はいつもより一席分ずれ、朱音の席を俺達の間に。


彼女は俺の隣に座り美智達から投げかけられた言葉に対して受け答えをしていた。

始めの頃よりも固い雰囲気は弱まり、多少はうちに溶け込んで貰えたようでほっと胸をなで下ろす。

夕食には誘った物の、やはり負担になっているんじゃないか? そう思ってしまっていたから。


俺は朱音の事が気になって仕方がない。

それは、はじめて出会った時からずっと――


最初はどこかもの悲しそうで消えてしまいそうな彼女が気になったから。

でも絵本が好きだと言ってくれたのが嬉しくて……

あの絵本の良さは正直未だに全くわからないが、それでも父の描いた絵本を好んでいると言って貰え照れくさいと同時に、嬉しさが膨らんでいった。


朱音の事をどう思っている?

そう尋ねられればきっと俺は適切な言葉が見つからず答えられないだろう。

いろんな気持ちが溢れ、未だに整理出来ずにいる状況だ。


でも一つだけはっきりとしている事がある。

それは、朱音に心から笑って欲しいって思っていること。それも自分のすぐ傍で。


勿論、朱音は笑ってくれる時もあるけれども、やはりぎこちなかったり戸惑いを含んでいたり。

楽しさだけではなく、なにかしら他の感情も見て取れる。


それに我が儘も言って欲しい。

ちゃんと彼女の口から好きなものや嫌いなものを聞き、もっと朱音のことを知りたい。

時間がかかるかもしれないが、俺はそのために出来る事をしたかった。

勿論、無理せず朱音のペースに合わせてなのは前提だが。


「匠くん……?」

「え?」

その声に弾かれたように顔を上げれば、不安げに眉をハの字にしている朱音の姿があった。

どうやら、俺は少しぼうっとしてしまっていたようだ。


「考え事? もしかして、邪魔しちゃったかな……?」

「悪い……」

「ごめんね」

「待って。なんで朱音が謝るんだ? 声かけてくれたのに、ぼうっとしてた俺が悪いだろ?」

首を捻りながらそう尋ねれば、

「琴音に言われた事があるの。私といても退屈だって……つまらないって言われるから。だから、匠くんもそうなのかなって……」

その言葉に、俺は眉間に皺が寄るのを堪えることは出来ず。

それは祖父を始めとした家族も同じようだった。


――……退屈? どうしてそんなことをわざわざ本人に言う必要がある? 


朱音の妹が全く理解できない。それどころか、嫌悪感すら覚えてしまう。

俺が朱音に肩入れしているから余計そう思うのだろう。


「どうして謝るんだ? 俺は朱音と一緒で楽しいよ? だから、これからもずっと一緒にいたいって考えていただけ。だから、また会ってくれるか?」

「……でも、私でいいの? 琴音なら……妹の方が、きっと……」

消え入りそうな声になりながら、彼女は俯いてしまう。


「朱音がいいんだ」

俺はそんな彼女に対して、手を伸ばして頭を撫でる。

すると朱音は弾かれたように顔を上げると、じっとこちらを凝視した。

かと思えば、その澄んだ瞳に涙を浮かべ始めてしまう。

それには、さすがに心臓が氷の手で掴まれてしまったかのようになり、咄嗟に手を離してしまうのだった。


「悪い。本当にごめん! 気安く触るべきじゃなかった」

「ううん。違うの。いやとかじゃないんだ。ただ、私に対して優しくて温かいなって……そんな人、もう現れないと思っていたから……」

「……そっか。なら良かった」

そう言って調子に乗って手を伸ばしてまた頭を撫でていくが、朱音の口から出た言葉にまた止まってしまうはめに。


「お婆ちゃんみたい。逢うたび、よく撫でてくれたの」

お、お婆ちゃんっ!?

お父さんみたい。お兄ちゃんみたい。そんなフレーズをドラマや漫画で聞いたり見た事はあるが、まさかのお婆ちゃんかっ!?


――いや、でも朱音は亡くなったお婆さんの事は大切に思っていた。という事は、俺の事に対しても嫌悪感など抱いてないという事だろう。現に頭を撫でられても嫌ではないと言ってくれた。これはポジティブに考えるべきだろ! そうだ。絶対にそうだっ!


若干無理やり感は否めないが、そう思っていたらなんだか妙な視線を感じたので、そちらへと顔を向けた。

するとテーブル越しに祖父と母がにやにやとした表情を浮かべていたのが飛び込んでくる。

恐らく見てないが、美智も同じような状況だろう。


それに対して「なんだよ!?」と、告げるために唇を開きかけた時だった。

タイミング良く、ダダダダッと廊下を駆けてくる音が耳朶に届いたのは。


――……おい、嘘だろ。嫌な予感しかしないんだがっ!?


案の定、その音は食堂の前で止まってしまった。そのまま通り過ぎてくれればよかったのに。

うちの食堂の扉は一部分がすりガラスになっているのだが、そこに人の姿が窺える。

もう完全にあの人だ……俺はそのシルエットを見ながら、頭を抱えてしまう。


「露木朱音さんというお嬢さんは!?」

バンッという乱暴な音を立てながら扉が開き現れたのが、俺と美智の父である五王光貴ごおうこうき。つまり、あの絵本の作者だ。


いつも綺麗に整え、撫でつけている黒檀のような髪はボサボサ。

それに身に纏っているスーツもよれよれ。

どれだけ全速力してきたのだろうか? というか、大人なら少しは落ち着いてくれ。

これから朱音に紹介しなければならないのに、顔から火が出そうになるじゃないか。

第一印象って、結構大事だぞ?


大丈夫だろうか? と朱音の様子を窺えば、案の定、石像のように固まってしまっていた。

だから、電話で忠告したのに!!


「光貴! 朱音さんの前ではしたない」

「お父さん、雷は後にして下さい。あの絵本をやっと理解してくれる子が現れたんですよ?」

そう言いながら父は俺の隣に座っている朱音を視界に捉えると、こちらに駆け足でやって来て穏やかに微笑んだ。


「こんばんは。君が露木朱音ちゃんかい?」

「……あっ、はい。お邪魔しています!」

朱音は一瞬間を置いたが、すぐに立ち上がって会釈をした。


「絵本はちゃんと匠から貰った?」

「はい。あの、ありがとうございました。本当に頂いても宜しいのでしょうか?」

「いいんだよー。あの絵本を気に入ってくれて僕としても嬉しいから。子供達はおろか、配ったちびっ子達にもあまり評判が良くなくてね。話の内容もありがちでおもしろくない。その上、絵が下手くそだって」

「でも……とても楽しんで書いているのは伝わってきます。ですから、私は好きです。ウサギも味があって可愛いです……」

その朱音の言葉に、父の顔が子供のように輝く。


やばい。ただでさえスイッチ入っているのに、面倒な事になりそうだ。

……という、その予感は的中。


「そうなんだ! 本当に楽しくてあっという間に描けてさ。いや~。わかってくれるなんて感慨深い」

と、あろうことか俺もまだ触ってない朱音の両手を取り握り締めたのだ。

それには流石にすぐに立ち上がり、瞬間的に引き離した。


「やめろよ。セクハラだ!」

「おいおい、人聞きの悪い事をいうのは止めてくれ。あの絵本の良さを理解してくれたから、感極まっただけだよ。それより本は何冊渡してくれたんだ?」

「は? 一冊に決まっているだろ」

「一冊だって!? なんてけち臭い。四・五冊渡すべきだ。いや、なんなら段ボールごとでもっ!」

「段ボールごとはやめろ。ゴミの押しつけみたいじゃないか」

「ゴミって酷くないかい? ね~、朱音ちゃん。ごめんね、匠ってば口悪い子で。こんな子だけれども、良かったらこれからも仲良くしてやって~。あと、これからもうちにも遊びにおいでね。美味しいお菓子買っておくからさ」

そんな父と俺に対し朱音は戸惑っているのか、交互に顔を見比べている。


――あぁ、外で食べてくればよかった。


しかも、こんなにテンション高まっていると絶対に余計な事言うし。

そんな父の暴走を危惧しつつ、俺は静かに嘆息を零す。とにかく、早く席に戻って貰おう。

そう判断し、頭を冷やす為に一度深呼吸。そして、口を開いた。


「良い年した大人が猫なで声だすな。それより父さんも早く席に座れって。食事が遅くなって、朱音が帰るの遅くなるだろうが」

「あっ、そうか。ごめんね。でも、安心して。ちゃんと僕が送って行くからさ」

「いえ……自分で電車で……」

「駄目だよ。女の子なんだから。あっ、そういえば明日休みだよね?」

「はい」

「なんなら泊って行ったらどうたい? 絵本の感想聞きたいなぁ。あと、匠との馴れ初めを。どこで出会ったの? うちの子どう思う?」

言ってしまった。やはり余計な事を……!


「頼む! 早く誰か食事を運んでくれっ!」

強制的に食事へと移行するために叫んだ台詞が、食堂内にこだました。




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