九蔵豪
本編の前ですが、ちょっとお知らせです。
書籍版のタイトルから(仮)が取れました。
妹が可愛いのでコンプレックス持ちになった少女が、御曹司に溺愛されました。 が正式タイトルとなりましたのでよろしくお願いします。
それから、活動報告に発売一か月前カウントダウンとして番外編(五王家の旅行の一コマでシロ視点)を掲載しましたので、お時間がある時にでも是非!
本編に関しては今回長いので二つに分けました。
「豪っ!? お前、なんでここに!?」
つい俺がそう叫んでしまったのは仕方がないことだろう。
なぜならば、訪問する前ではなく訪問後に電話という斬新なアクションだったのだから――
しかも、玄関前でばったり遭遇した等ではなくここは屋敷内。
その上、来客用の部屋がある人の出入りが激しい所ではなく、こちらは私室があるプライベートな領域。
一度使用人を挟んでワンクッションを置き、来客の件が俺の耳に届くようになっているのに、それを飛び越え何の前触れもなく突然として豪が現れてしまったのだ。
屋敷の廊下にて。
こちらに向かって深々と頭を下げている豪が体を起こせば、凛々しくくっきりとした眉下にある少しつり上がった漆黒の瞳と交わってしまう。
余分な肉をそぎ落としたような輪郭に、纏っているポロシャツとブラックデニムが若干パツパツのように感じてしまうぐらいに骨格がしっかりとした身体。
衣服から覗く首もとや腕なども太い。
質実剛健という言葉が似合うようなその少年は、代々警察関係者を輩出している九蔵家の跡取りである九蔵豪だ。
「突然お邪魔して申し訳ありません、匠さん。ご当主に許可を頂き入れていただきました」
「お祖父様が……?」
「はい。実は午前中に棗の家に行って来たんです。棗に美智さんがいらっしゃると事前に聞いておりましたのでご挨拶に。その時に美智さんより露木さんが五王家に来訪していると伺ったんです。以前より美智さんから露木さんのお話は聞いておりまして」
そう言って豪は俺を越えた先にいる朱音へと視線を向けた。
それを追うように振り返り彼女の様子を窺えば、きょとんとした表情を浮かべている。
「私ですか……?」
「はい。美智さんととても仲良が良いと伺いました。その……それで自分とも是非仲良くして頂きたいと……ご挨拶に」
「ちょっと待て! 朱音と仲良くだって!? ……ん? あぁ、そういうことか」
その台詞を聞き、俺はやっと状況わかった。どうして豪が朱音を訊ねてきたのかを。
――あぁ、そうか。美智との仲を協力して欲しいんだな。
「朱音どうする?」
「えっとその……私は大丈夫だよ。でも、シロちゃんが水遊び始めたばかりだからどうしよう……?」
「あぁ、そうなんだよ。それが問題だ。絶対にここで中止させたらシロが拗ねちゃうんだよな」
俺は顎に手をあてると思案しはじめる。
――体を冷やしてしまうとシロの体に負担になるから、そんなに長時間遊ばせるつもりはない。でも、その間に豪に待っていて貰うというのも悪いなぁ……それに、朱音がシロと遊びたがっていたから遊ばせてやりたい。そうすると、誰かにシロの面倒を見て貰って豪と話すという選択は却下だな。
「豪。悪いけど、見てのとおり今はちょっと無理なんだ。だから、一時間後に時間を取れそうか? シロが遊び終わった後で乾かさなきゃならないし」
「すみません、勝手に押しかけてしまい……」
「いや、それはもういいよ。来ちゃったんだし。ただ、今度からは事前連絡してくれた方が助かる」
「はい。それは勿論、匠さん達のご都合に合わせますので、自分は一時間後でも問題ありません。ご当主より水遊びの件を伺っていたのですが、その時にもし時間がかかりそうなら囲碁の対局をと誘って頂いているので……ですから、このまま五王家に滞在してもよろしいでしょうか?」
「それは全然構わない。悪いな、お爺様の相手して貰って。俺も父さんもあまり囲碁は上手じゃなくてさ」
「いいえ。俺もご当主と囲碁を打ちたかったですし、それにミケさんにもご挨拶をしたいと思っていましたのでありがたいです」
美智の事が好きな豪は、美智の愛猫のミケにも認められようと積極的に絡んでくる。
基本的にミケは美智以外にはあまり懐かないため、「お前なんかにうちの美智を任せられるか!」と豪はうちに来ると威嚇されてばかり。
それでも、彼はめげずに必ずミケの所に顔を出して根気よく話かけるのだ。
「ミケはどこにいるんだろうなぁ……美智が帰ってくると、どこからともなく戻ってくるから普段あいつがどこにいるのかさっぱり。寒いとリビングにいることが多いけど今は夏だし。ただ、うちの敷地からは外に出ないはずだ。佐々木さんか菊間さんに聞いてみてくれ」
俺はうちで働いてくれている使用人の名を豪へと告げた。
佐々木さん達は猫好きで比較的ミケも懐いていて、この二人なら抱っこも可。
そのため、美智が学校などで外出している時に面倒を見てくれている。
「ありがとうございます。聞いてみますね。では、また後でよろしくお願いします。匠さん、露木さん」
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水遊びが終わりシロの毛も乾かし終えた俺と朱音は、豪の待っている部屋へと向かった。
想像通りというか、テンションが上がったシロにより、俺と朱音はびしょ濡れ。
そのため、二人とも着替えを済ませている。
てっきり遊び疲れていつものように爆睡するかと思っていたシロだが、上機嫌でふわふわのしっぽを振りながら廊下を歩き俺達を先導中だ。
「シロちゃん、案内してくれるの? ありがとう」
「わふっ!」
やがて辿り着いた先にあったのは、来客用の一室。
冷房がかけられているのか、障子は閉め切られたまま。シロはその前でしゃがみ込むと俺の方へと首を向けた。
「豪。開けるぞ?」
声を掛けると「はい」という声が届いたので障子を開けば、室内から逃げて来たひんやりとした空気が肌を掠めた。
中は水墨画が描かれた襖で区切られ、中央には飴色のテーブルが設置されている。その上には、おしぼりや菓子類、それから森が過ぎるような色をしたお茶が入れられた冷茶グラスが。
正座して待機していた豪は、俺と朱音の方へと体を向けると会釈した。
「悪いな、豪。待たせたな」
「いえ、こちらが連絡もなく突然来てしまったので……」
「足、楽にしろよ」
「はい」
と、頷いた豪だったが、足を崩さず。
それが彼らしくて俺は苦笑いを浮かべてしまう。
「あの……匠君。私、どこに座ればいいかな……?」
隣に佇んでいた朱音からそんな疑問の声が零れたので、「俺の隣に」と口を開こうとしたら、「ワン!」という鳴き声が俺達を包んだ。
そちらの方へと視線を向ければ、もうすでにシロが豪とテーブル越しに座っていた所だった。
「もしかしてシロちゃんの隣に来いって言ってくれているの?」
「えっ!? うん、たぶんそうだと思う」
「本当? 嬉しい!」
だが、そうなってしまうと俺と朱音の間にシロが陣取ってしまうのだが……
出来れば俺の隣にと言いたいところだけど、顔を緩めて目を輝かせている朱音を見て何も言えなくなった。
その結果、俺は空いているシロの隣の座布団へと腰を落とす。
――朱音の隣の座が奪われてしまった……
シロと朱音は顔を見合わせながらほほ笑みあっていることから、十分打ち解けた事ことが理解できる。
そんな可愛いと可愛いの組み合わせを眺めながら、俺はいつぞや父に言われた台詞を思い出した。「シロが犬で良かったね」と。
犬年齢で二歳と言えば、人間年齢で俺よりちょっと上ぐらいだろう。
シロが人間なら確実に敗北していた。うちのシロは可愛いし。