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水遊び

雲一つない晴れ渡った青空の下。

俺と朱音、それからシロは五王家の庭にいた。それは朱音と約束していたシロの水遊びのために。

ちなみに美智はあいつの友人・棗の家で遊んでそのままお茶会へと向かう流れなので今日は不在。


「準備出来ているから、いつでも入れるぞ」

目の前にはエアタイプではなくフレームで固定タイプのビニールプールが準備され、そこにはもうすでに水が注がれてあり、日の光を浴び水面が輝いている。

広さは浴槽ぐらいで、深さはそんなになくシロの膝上ぐらいだ。


「シロちゃん、こんにちは。今日も可愛いね!」

朱音はそう俺の足元にいるシロへと声を掛ける。

そんな彼女の出で立ちは、水浴びということで動きやすくボーダーシャツにハーフパンツ。そして、足元はビーチサンダル。

一応濡れても大丈夫なようにうちで着替えて貰った。


それは、シロが水遊びをするとはしゃぎすぎて水を激しく飛ばすから。

そのため、毎回びしょ濡れ……

なので、いつも俺は事前に上着を脱ぎ上半身裸でシロの水遊びに付き合っているのだが、今日は朱音がいるのでTシャツとデニム。


「シロ、良かったな。朱音が一緒に水遊びをしてくれるって」

そう俺が口にすれば、「わふっ」と機嫌良く吼えて朱音の元へと近づく。

そんな風にシロが反応したのが珍しかったようで、朱音は目を大きく見開いた。


それもそうだろう。シロは朱音に対してまだ人見知り中。

もちろん、朱音も仲良くなろうと玩具を買ってきてくれたり、話しかけたりして遊んでくれている。

その結果、朱音が撫でても逃げないが自分から近づく事はないというなんともいえない微妙な距離間。

それが今日は自分から近づいてきたのだ。


――シロのやつ随分機嫌いいなぁ。好きだもんな、水遊び。


「シロちゃんっ!」

感極まった朱音は屈み込むとシロへと腕を伸ばし、首元に優しく抱き付いた。


「シロちゃん、本当に大好き。今日はよろしくね」

「わん!」

俺の視界に映しだされた光景は可愛いと可愛いが合わさり、二倍可愛いに変化。

それは、写真撮って待受けにして愛でたいぐらいに。


――と、撮りたい……っ! ここはさり気なく朱音にシロと一緒に写真を撮ってあげるよと言って写真を――……ん?


頭の中であれこれ台詞を考えながらデニムのポケットに手を伸ばしたが、全く感触がなく首を傾げてふと思い出してしまった。濡れると悪いので部屋に置いてきたことを。

あ、やばい。つい、いつものシロとの水遊びの癖で……


――マジかよ、スマホ!! この可愛く癒される瞬間を記録として残せないのかっ!?


頭を抱えたくなった事実に俺はめまいがした。なんて失態を……

取りに行くべきだろうか。いや、行くべきだ。まだ、チャンスはあるはず。

と、俺が朱音に「ちょっと部屋に」と声を掛けようとしたら、「朱音さん!」という少女の聞き慣れた声が背に当たり、俺と朱音はほぼ同時に弾かれたように振り返った。


――……なんであいつがここに? 棗の家からそのままお茶会に行くんじゃなかったのか? 


やはりそこにいたのは、想像通りの人物。

それは、腕を上げ左右に振りこちらに駆けている妹の美智だった。

着物の裾をゆらゆらと揺らしながら、俺には絶対に見せないような満面の笑みを浮かべている。


「あれ? 美智さん……?」

立ち上がった朱音がそう声を零せば、そのままイノシシの如く真っ直ぐこちらに突進してきた美智に飛びつくように抱き付かれてしまう。

そのため、あまりに急な出来事のせいで勢いが殺せなかったため、朱音の体がバランスを崩し、ぐらりと倒れかけてしまったので俺は咄嗟に手を伸ばして彼女を支えた。


「お前な~、加減しろよ。朱音が倒れたらどうするんだ?」

「申し訳ありません、つい……」

眉を下げながら、美智は朱音からゆっくりと体を離した。


「私は大丈夫だよ。それより、美智さん。お茶会は大丈夫なんですか……? たしか、お友達の家から真っ直ぐにと……」

「えぇ、そうですわ。でも、その前に朱音さんがいらっしゃっていると伺っていましたので、立ち寄りました。私、直接お礼が言いたかったんです」

「お礼……?」

「えぇ。お兄様に伺いましたわ。露木琴音から私のことを庇って下さったと」

美智が言っているのは、ついこの間俺が旅行の土産を口実に朱音が通う塾まで会いに行った時の件。

あの時、呪いの日本人形発言をした琴音に対して、朱音が「美智さんの事をそんな風に言わないで欲しい」と美智の事を庇った朱音。それを帰宅した俺が美智に伝えたのだ。

それを聞いた美智が目元を潤ませ、電話ではなく直接お礼を言いたいと言っていた。

妹が泣いたのなんて祖母が亡くなった時以来。ちゃんと美智も十分理解しているからだろう。それがどんなに勇気がいる行動だったかを――


「ごめんなさい……私、結局琴音のことを止められなくて……」

「いいえ、私のためにありがとうございます」

そう言って美智は朱音の手を取ると、両手で包むように握り締め微笑んだ。


そんな朱音達を見守っていると、ふと間隣から「麗しき友情ですね」という声が聞こえたのでそちらへと顔を向ければ国枝の姿が。


「ん? いたのか」

「ちょっと、匠様。俺の扱いすごく雑じゃないですか~?」

「美智の存在が大きくて気づかなかったんだよ。それより、お茶会は大丈夫なのか?」

「えぇ、あと五分ぐらいでしたら問題ありません。お茶会と言っても、今日は五王家に敵対心を持っている間澤家のご令嬢主催のティーパーティーですからね」

「うちって何気に敵多いよな。たまにパーティーでも嫉視されるし」

「それは仕方ありませんって。なんせ、天下の五王家ですからね。名家中の名家故に恐れおおくて妬みすら起きない方達が大半ですが」

五王の名は大きな盾と剣となり自分の身を守る事も出来るが、なんせ目立ちすぎる。出る杭は打たれるのだ。

でも、五王家に生まれたからにはそれなりに覚悟しているというか、割り切っている部分もある。それはきっと美智もだろう。


「あの、美智さん。今日はこれからお茶会なんですよね……?」

「えぇ。ですから、そろそろ出なければ……」

「そうですよね」

その言葉に、朱音はしゅんと肩を落とした。


「どうかなさいましたか?」

「あの……」

伏せられていた朱音の面があげられたのだがその頬は桃色に染め上げ、唇を何度が動かし言葉を発そうとしていた。手をぎゅっと握り締め、視線を彷徨わせている。

まるでこれから告白でもするかのような雰囲気に、俺は若干の焦りを感じてしまっていた。


「朱音さん?」

「こ、今度……その……お時間がある時で構いませんので、浴衣を選ぶのに付き合って欲しいんです……花火大会では五王家の皆さんが浴衣だって伺っていたので……私、浴衣持っていなくて……どういうのが良いかわからないから…その……」

俺はその発言に「……え」という消え入りそうな声を零してしまう。

それもそうだろう。だって、朱音からのお誘いというのはこれが初めて。

しかも、相手は俺ではなく妹!


それには美智も予想外で驚いているらしく、一瞬だけ虚をつかれた様子だったが、すぐに溢れんばかりの笑みを浮かべて朱音の手を取り握り締めた。


「えぇ、勿論ですわ! 是非、一緒に行きましょうね!」

その言葉を耳朶に入れた朱音がほっと安堵の息を零す。

それを見ながら俺は戦慄いていた。勿論、動揺と嫉妬で。


――俺よりも美智の方が距離を縮めていないか!? シロにもあっという間に抜かれそうだし!








――早いな。抜かれるのはわかっていたけど、まさか、もうこんなにすぐに呆気なく抜かれてしまうなんてなぁ……


「はい、シロちゃん。ボール」

「わふっ」

俺は目の前に広がる光景を見ながら、しみじみそう思っていた。

そこにいるのは、朱音とシロ。朱音はビーチサンダルを脱ぎ、プールに足を浸らせながら玩具でシロと遊んでくれている。そんな朱音達は水しぶきを上げながら楽しそうな声を奏でていた。


朱音からのお誘いによってスキップしそうなぐらいに機嫌が良かった美智を見送ったあと、シロの水遊びが開始されたのだが早いものでこうなった。きっとシロも大好きな水遊びをしているから通常時より進展しやすかったのだろう。

その結果、俺はぽつんと少し離れた所からそんな朱音達を見守っている状況だ。


――まぁ、でも朱音が笑ってくれているからいいか。それに至福の光景だしな!


今度は万全を期して部屋からスマホを取って来てあるので、いつでも写真撮影は可能。そのため、今度こそ

可愛い朱音と可愛いシロの二倍可愛い風景をさりげなく撮れる。

……ということで、さっそく朱音達へとスマホを向けた時だった。

場に電子音が流れ、ディスプレイがカメラモードから着信画面へと切り替わったのは。


「はぁ? このタイミングで電話?」

そこには九蔵豪くぞうごうという名が表示されていた。

もうその電話主の名をみただけで、あいつとのこれまでの付き合いと経験から容易く電話の内容が理解出来てしまっている。どうせ、豪からの電話は十中八九、あいつが片思いしている女子……美智の件だろう。


――午前中、美智が棗の家で遊んだ時に豪もいたんじゃないのか? 今日、朱音と一緒なんだけれど……後で折り返すか。


と、思った時だった。


「匠君。電話鳴っているみたいだけれども、だい……――あれ? あの人は匠君のお友達……?」

俺を見ながら、朱音は小首を傾げた。いや、正確には彼女の視線は俺を越えた先、つまり後方にある屋敷へと向けられている。


「はぁ!? まさか、もうっ!?」

反射的に振り返れば、スマホを握り締めた少年が腰を折っている場面だった。









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