独占欲
こんばんは。いつもお世話になっています。
突然ですが、妹ばかり~が書籍化されることになりました。
これも朱音と匠を応援して下さった方のお蔭です。ありがとうございます!
詳しくはお手数ですが活動報告に記載していますのでお時間がある時にでも…
(お礼&今年のハロウィン企画も兼ねたSS掲載していますので長めです)
2016年12月15日ビーズログ文庫アリス様より発売予定です。
『妹ばかり可愛がられてコンプレックス持ちになった少女が、御曹司に溺愛されました。』
(公式HPより)
もし書籍版もという方はそちらもよろしくお願いします!
黒く塗りつぶされた空には、まるでクリスタルを散りばめたような星々が光を放ち俺と朱音を優しく見守ってくれていた。
塾から朱音の家までの帰路は、思いのほかひっそりとしていて心配になる。
日中なら何度も通った事があるのだが、やはり黒が支配したこの時間帯では全く別の道のように感じてしまう。
――人の気配が全くないわけではないんだよな。
両脇には家々が並ぶ住宅地となっているため、それなりに生活音が耳に届く。だが、その姿を確認する事があまり出来ないのだ。
全く人の通りが皆無というわけではない。日中は気温が高く暑いため、夜間の落ち着いた今の時間帯に犬の散歩をしている人の姿を見かけることが時々ある。
――やっぱり、送迎の車を用意した方がいいんじゃないか? でも、朱音に一度断られているし。また口を出しても朱音の負担になるしなぁ……父さんが防犯ブザー付のグッズ渡しているみたいだけど、それだけでは不安だ。
「匠君。アイス、冷たくて美味しいね。レモンだからさっぱりしている」
「ん? そうだな。まだ暑さが残っているから余計旨い」
そんな事を考えていると、朱音に話しかけられたので弾かれたように彼女へと意識と顔を向ける。
「なんか、不思議。こんな風に塾の帰りに匠君と一緒に帰れるのって」
そう言って朱音がクスクスと笑ったんだけど、それがふと消え、弱々しい表情に変化。そのため、俺は足を止めてしまう。
「朱音……?」
その姿が初めて五王の図書館で出会った頃のように、線が細く儚くてこの世界にただ一人だけで生きているような雰囲気だったため、俺は氷の手で心臓を掴まれてしまったような感覚に陥ってしまった。
前はそんな雰囲気が時々あったけど、今はもう全く見る事がなくなっていたのに――
「何かあったのか?」
「……ううん。なんでもない」
「なんでもないわけないだろ。もしかして家で何かあったのか? それとも塾か?」
「本当に何でもないの。ただ、匠君とこうして一緒に帰るのが楽しいから、明日から寂しくなってしまうなって思っちゃったんだ。いつも一人だったから。急にそれが心細くなって。あっ、明日も迎えに来て欲しいとかそういう事じゃないよ? ただ、塾がなかなか……それで匠君と美智さんが恋しくなっちゃったのかも」
「朱音……」
もしかして塾に慣れていないのかもしれない。クラスにも馴染むのに時間がかかったようだったし。
――でも、珍しいな。
こうして弱音というか、そういうのを零すなんて滅多にない。いつも彼女はギリギリまで我慢しているのが癖になっているから。
だから、朱音の吐き出した言葉を聞き、ほんの少しだけ喜んでいる自分がいる。朱音にとって俺はそういう弱音を吐ける間柄になったんだなと感じて。
「あのさ、俺で良ければ聞くから。朱音の話。だから、何かあったら言って欲しい。前も言ったけど、俺は朱音に頼られるのは迷惑とかじゃなくて嬉しいから」
「うん。ありがとう。匠君は優しいね。今日もわざわざお土産届けに来てくれた上に、こうして送ってくれて……」
「いや、朱音だからだよ。それに、もしかしたら、そのうち一緒に同じ方向に帰れる日が来るかもしれないし。今すぐは無理かもしれないけど」
朱音と俺が結婚すれば、こうして同じ方向どころか共に暮らす家に帰れる日々となるだろう。
そんな未来が来て欲しいと切に願っている。
「え? 匠君引っ越し予定あるの?」
「引っ越しっ!? 違う、朱音っ! ほら、一緒に帰ると言ったら他にも色々あるじゃないか」
「他……? んー……」
手を顎に添え、朱音は思案し始めてしまう。
ここで答えを口にしてしまうと告白を越えた発言となってしまうため、俺は話を再びアイスへと戻す事にした。
「アイス、なんの占いだろうな? 結構食べたけどまだ出ないな」
「でも、匠君は三分の一ぐらいまで食べているから、もうすぐ文字でそうだよね」
「なら、もう一口齧ってみるか」
ハートなら文字ではないから、もっと棒の中間辺りに出そうだし。
というわけで、アイスを食べてみれば出てきた。
ただ、それは俺の望んでいたものではないので、がくりと肩を落としてしまうことに。
浮かんでいるのは、『友』という漢字一文字。その下はレモンイエローのシャーベットに包まれている。
これは確実に友情運を指しているような――……いや、待て。まだ決めつけるのは短絡的すぎるっ!!
文字が見えてしまっているので、ハートのフラグが折られてしまったが、
『友情以上に発展!』など、まだ恋愛運フラグの可能性もあるはず。
いや、そうだ。きっと……!
「匠君っ!?」
気になって仕方がない俺は、憑りつかれたようにアイスを貪り始めてしまったため、朱音が驚愕の声を上げてしまう。
もう口の中が冷蔵庫のように冷たいし、頭がキーンとする。でも、内容が気になるため、文字が全文確認できるまで進めていく。
やがて段々とレモンイエロー部分が消え、棒の面積が増えていき文字が読めたのだがそれを目にして俺は現実から目を逸らしたくなった。
『友情運がアップするかも!?』
はっきりとそう書かれたその文字の威力は半端ない。期待が高かった分落差は激しかった。
――友情運って……確かに大事だけどさぁ……しかも、かもって不確定じゃないか。
普段は占いなんて気にしないけど、今回は自分でも珍しく凹んでしまっている。
ハートを期待していたのに友情運。
そんな俺を朱音が不思議そうな顔をしてこちらを見詰めていた。
「友情運はダメなの……?」
「いや、駄目ではないけどさ……ほら、その……ゆ、友情運はもう今の段階で満足しているから」
「そっか、緑南さんとかいるもんね」
「臣? あー、うん。仲はいいな。それより、朱音のは何だろうな。あっ、ゆっくりでいいよ。一気に食べると頭キーンとするし」
「うん。家に着くまでには食べ終わるといいな」
そんな感じで朱音の家に近づくにつれ、彼女のアイスの文字も段々と窺えるようになっていった。
「えっと……『運命の』って文字までは見えてきたみたい。なんだろう? 運命の志望校に合格できるかもとか?」
「朱音、そこは運命の相手だと思う」
「そっか。なんとなく勉強運かなって思っていたよ。来年受験だから」
どうやら朱音の中で恋愛に関しては相変わらずの感覚らしい。
それも彼女らしいと言えばらしいが。
やがて朱音の家の前まで到着したのだが、まだ彼女がアイスを食べ終えてなかったため、少し話をすることに。
邪魔にならないように道路ではなく敷地に入り玄関前にて。
。
二人で顔を合わせるように対面しているのだが、道路の街灯や玄関に付いているほんのりとした灯という心もとないものなので、あまりはっきりと朱音の顔が窺えないのが残念だ。
「ごめんね、アイス食べるの付き合わせちゃって……」
「いや、俺もなんて書いているのか気になるから」
それに何より、俺としては朱音と一緒にいたいので嬉しい。
「運命の相手は意外とまでは見えるんだけど……」
そう口にしアイスを食べ進めていく朱音。
だが、もうそこまできたらフレーズは決まっていると思った。運命の相手は意外と近くにいる。きっとそう書かれているだろう。
――もしそう書いていたら、朱音はちょっと意識してくれるだろうか……?
そんな事が頭に過ぎったしまったせいで変に体に力が入ってしまい、握りしめていたアイスの袋と棒が入ったコンビニの袋がガサっと音が鳴ってしまう。
「あっ!」
どれぐらい経過しただろうか。朱音としゃべっているうちに、やがてレモンイエローの部分が全て無くなり彼女のアイスは棒のみとなった。
「あっ、匠君のいうとおりだよ! 運命の相手だった」
「マジかっ!?」
「うん。運命の相手は意外と近くにいるかも!? って」
さすがだ、初恋レモンアイス。その名の通り俺の恋を応援して空気を読んでいる。
ここはアイスの占いに背中を押して貰って、言ってみるべきだろうか。
土産を渡すのがメインじゃなくて朱音に会いたかったと。
――……これ、結構いいチャンスじゃないのか?
早くなる鼓動を沈めつつ、俺は唇を開いた。
「あのさ、朱音。俺、今日は旅行のお土産を届けるって言ったけど、実は……――」
だが、そんな俺の声は途中で遮られてしまうことに。
それはガチャという玄関の扉を開けられた音によって邪魔されてしまったからだ。
「は?」
「え?」
何の前触れもなく訪れてしまったそれに対し、目を大きく見開いている俺と朱音の二人を開けられた扉から零れているオレンジ色の光が包み込むと、「あーっ! やっぱり匠先輩じゃんっ!」という聞き覚えのある事が飛んできてしまった。
「お姉ちゃんと誰かの話声が聞こえてくると思ったんだよね。しかも、見知った声」
「なんでこのタイミングで……!?」
それは琴音だった。
髪はほんのり湿り気を帯びている上に、身に纏っているのがルームウェア。
ぱっと見れば、どうやら風呂上りのようだ。
「匠先輩もしかしてお姉ちゃんを送ってきたんですか? 中入って来たらいいのにぃー。外すっごく暑いし。ほら、立ち話もなんですから中で私と二人でお話しましょうよ」
「俺はお前と話す事はない……――って、おい!」
琴音が俺の腕にしがみ付き、玄関の中へと引きずり込もうとしたので俺は頭を抱えたくなった。
こんな事になるなら魔よけを連れてくればよかったと激しく後悔。
まさか、ここで遭遇するとは。
まぁ、朱音の妹だから妹が家にはいるのはわかっていたが……
「離れろって!」
そう言って琴音の腕を振り払おうとした時に、突然背中を氷の手で撫でられたかのような感覚に陥ってしまう。それと同時に強い誰かの刺すような視線も――
「なんだ……?」
振り返れば、そこには露木家の塀と塀の間から窺える道路がひっそりとしているばかり。
場は静寂に包まれ、人どころか動物の姿もない。
その様子を見る限り自分の気のせいのようだが、感じたのが強いモノだったのであまり心はすっきりとしない。
――……やっぱり見てくるか。不審者が塀裏にでも隠れ死角になっている可能性もあるし。
「朱音。家の中に入っていて」
「どうしたの?」
「なんか、変な視線を感じたから。一応確認してくる。不審者だと悪い」
「えっ……なら、私も……」
「駄目だ。危ない」
「匠先輩って結構用心深いんですね。猫だと思いますよ。隣の家の猫をよく見かけるので。あっ、ほら!」
そう言って琴音が指をさしたのでそれを追えば、確かに塀の上には街灯の灯によって猫がシルエットを浮かび上がらせていた。
――猫だったのか……? いや、でも……
「ほんとお姉ちゃんって気がきかないよねー。匠先輩をこんな所に立たせて」
「そうだよね……ごめんね、匠君……もっと早く家に招けば良かった。あの、よかったら冷たいお茶でも飲んでいって」
「朱音は悪くない。時間も時間だから朱音を送ったら帰るつもりだったんだ。だから、俺の事は気にしなくていいよ」
というか、もう琴音には帰って欲しい。……ここ、琴音の家でもあるけどさ。
せっかく美智もいないし二人きりだっていうのに。
しかも、俺に素がバレている上に美智がいないから琴音が生き生きしてぐいぐい来る。
「さぁ、どうぞー。パパ、ママ! 匠先輩がきたよ!」
「おいっ!?」
ぐっと琴音に腕を引っ張られ、そのまま扉の中へと招かれてしまう。扉が閉まる前に朱音がその身を滑らせて俺を追ってきたので三人一緒に玄関内へ。
「せっかくあの呪いの……美智様がいないんだから、私と仲良くしましょうよ! お姉ちゃんなんかより私の方がいいって絶対に理解して貰えるわ」
お前とは無理。絶対に無理。と何度目の台詞になるかわからない言葉を口にしようとしたら、琴音に捕まれている腕と反対側の腕に何か温かな温もりがしがみついて来た。
そのため、そちらへと顔を向けて目にした光景に俺は目を大きく見開いてしまう。それは、朱音がぎゅっと俺の腕にしがみ付いていたからだ。
「え? ど、どうした? 幽霊でも出たか?」
もう動揺が隠せない。お化け屋敷ならばわかるけどこの状況でなんて。
そのため、どもってしまっている。
「こ、琴音はだめ……匠君は私の友達なの……だから……」
「朱音……」
以前、遊園地に行くときに俺と美智にそう言ってくれた事があった。琴音に奪われたくないと。
でも、今回は琴音本人に対して向かいちゃんと口にしている。
きっと勇気がいる行為だっただろう。その証拠にか細く呟かれたその声も体も戦慄いている。
それでも、音として放った言葉は俺にも琴音にも届いた。
そんな朱音の想いに俺は泣きそうになった。
最初の頃からは想像出来ないぐらいに彼女の変化が強くなっている上に、俺との関係性も確実に進んでいるからだ。
「はぁ? 何それ。なんで私が匠先輩と仲良くしちゃ駄目なわけぇ? お姉ちゃんにそんな事を決める権利ないじゃん」
思いっきり眉を顰めて唇を尖らせた琴音は、不機嫌さを前面に出した。
「そ、そうだけど……美智さんと匠君だけは……」
俺から体を離すと、朱音はぎゅっと自分の手を握り締め唇を開く。
「私、別にあの髪の伸びる呪いの日本人形と仲良くしたいなんて微塵も思ってないわ」
「美智さんの事をそんな風に言わないで欲しい」
「そんなことお姉ちゃんに指図される覚えない。むかつくんだけどー。何様なの?」
「ご、ごめんなさい……」
びくりと体を大きく動かした朱音は、これ以上限界だったらしく瞳を潤ませている。
そんな状況なのに美智を庇ったなんて……
「もういい。お姉ちゃんなんて放っておいて、匠先輩早く中に入りましょうよ。パパもママもリビングにいるから」
そう言いながら体をより密着させてきた琴音を無理やり振り払い、俺はすぐさま朱音の方へと体を向ける。
すると、不安げに揺れている彼女の瞳が交わったのだが、すぐに逸らされ「ごめんなさい」という謝罪の言葉が耳に届いた。
「匠君達が琴音にとられて離れて行っちゃうって怖くて……匠君達は譲れないから……琴音の言う通りそんな権利ないのに……束縛するとか、そういうつもりなくて……」
「謝る必要なんてないよ。俺、嬉しいから。朱音からなら独占欲も。ちゃんと頑張って勇気を出して言葉にしてくれてありがとう」
そう言って俺は朱音の頭を撫でた。
春風のような温かさが広がっていき、なんだかくすぐったい。
独占欲がこんなにも心地よいと感じるなんて思いもしなかった。
……まだ友達としてだが。
それはおいおいとステップアップして恋人になれば問題ない。
いますぐ歓喜の雄叫びを上げたいがここでは不可。なので、今日は家に帰ったら思いっきり嬉々たるこの想いを紙にしたためよう。きっと過去最高の枚数を記録するのは間違いなしだろう。
「俺は琴音のことなんてどうでもいいし、なんとも思ってない。それがこの先覆ることもないし。だから、心配しないでいいよ」
「匠先輩酷い! どうして私に優しくしてくれないの!?」
「酷いのはどっちだよ?」
俺は嘆息を零すと同時に美智のありがたみを噛みしめた。




