レモン味のアイスキャンディーを君と
匠視点です。
「ありがとう、送ってくれて」
朱音の家から最寄りにある駅の乗車スペースにて。
俺はここまで送ってくれた隣にいる運転手――父に礼を告げれば、父はそれを穏やかな笑みを浮かべ受け取ってくれた。
外はすっかり黒のヴェールに包まれ、建物や街灯には明かりが灯されている。
みんな帰宅時のピークを過ぎたようで、大きくも小さくもないこの駅には人の往来があまりない。
つい数刻前。
俺は朱音に家族旅行の土産を渡すのを口実にし、無事会う約束を取り付ける事に成功。
日持ちのするものを購入したし、今週の土曜日に会う約束もしているのでその日に渡しても構わない。
でも、何かしら理由付けをしてでも朱音と会いたかったのだ。
素直に「会いたい」そう口にできる間柄になれればいいのに……――
俺と朱音は、今の所は友達というカテゴリに分けられている。
だから、付き合ってもいないのに、「会いたい」なんて事を言われても朱音が困ってしまうかもしれない。
……とか色々と考えてしまう。だから、言葉にするのを躊躇してしまっていた。
「父さん、旅行で疲れているのに悪かったな」
五王家の運転手に頼もうと思っていたのだが、父が運転をかってでてくれたので今回は父の運転に。
「いいよ。匠との時間も大事だし、それに家族旅行で癒されたから疲れていないからね!」
旅行で疲れているはずなのに、父は俺との時間も大切にしてくれている。
普段仕事で多忙のため、あまり家に居ないからと気を使ってくれているのだろう。
「帰りはどうする? 待っていようか?」
「大丈夫。後は家でゆっくりしていて。せっかくの休みなんだし。俺なら電車とかでも自分でなんとかなるから。もしバスとか電車の時間が合わなそうなら屋敷から車回して貰うし」
甘えてさすがに帰りもでは、父の負担になってしまう。俺は朱音の事を家まで送るつもりでいるので、時間もかかってしまうだろうから。
父の車で朱音と一緒にというよりは、徒歩の方が彼女と二人きりでいられるという密かな思惑もあった。
「僕に気を使わなくてもいいよ。なんなら、疲れてないって証明するために僕も朱音ちゃんの所に一緒に行こうかなー」
「えっ!?」
「冗談だよ。ちゃんと空気読んで、にやにやと見守られて貰うって」
「にやにやすんなっ!」
「いいねー。なんか、懐かしくなったよ。僕も匠ぐらいの時に、秋香に会いたくなって春ノ宮家を訪れた事があるんだ。まぁ、でも僕は春ノ宮家を出禁になっていたから全く会えなかったけどね! だから、交換日記していたんだ。義理父さんと」
「なんで春ノ宮のお祖父様としてんだよっ!? そこは母さんが相手じゃないのかっ!?」
「それ、本当に今でも時々思う。僕は秋香と交換日記したいって思ったんだけど、何故かそうなったんだってば。ほんとびっくりだったよー。二年も続いたし」
「長いな」
「でしょ? あっ、聞きたいなら話すよー」
「……いい。そろそろ時間だし」
朱音を待っている間に珈琲か何かをコンビニで買いたい。なので、ちょっと早めに送って貰ったのだ。
「じゃあ、ありがとう。気をつけてな」
「うん。安全運転で帰るよ。君もね」
「あぁ、わかっている」
俺はそう告げると、助手席の扉を開けた。
+
+
+
――朱音の分も買って行こうかな。でも、アイスとかの方がいいか? まだ結構熱が残っていて暑いし。
そんな事を考えながら見慣れたコンビニの自動ドアを潜れば、電子音が出迎えてくれた。
水族館の時に朱音と待ち合わせに使った駅近くにあるこのコンビニ。
ここはもうすでに馴染みとなっていて、物の配置などもある程度理解している。
それから、おばちゃんともよく話すような間柄に。
自動ドアを潜り左手にはL字になっているレジカウンターがあり、レジが二台とカップラーメン用のポットが一台。
他に端には簡易椅子とテーブルもあり、軽い飲食なら出来るようになっている。
日中はレジ担当の店員さんが二人いるのだが、時間帯のためか、今日はおじさん一人が担当している。
もしかして、あの人が噂の店長だろうか?
俺は一度も店長を見たことがない。おばちゃんが店長かと思っていたが、実は副店長らしい。
おばちゃんの話だと、休日は友人と釣りに行くため出現率が低いとのことだったのだが。
初めてみる店長っぽい人に気を取られていると、右手より「おや、珍しいね」と言葉を掛けられてしまう。
そのため、今度はカウンターからそちらへと顔と意識を向けることに。
そこにいたのは、コンビニのおばちゃんだった。
「こんばんは」
「こんばんは。この辺りの塾に通っているのかい? いつも日中なのに、この時間に来てくれるのは珍しいから」
「いえ、俺は塾には……朱音に旅行の土産を渡す予定になっていて、この辺りで待ち合わせしているんです。まだ時間があるので飲み物でも買おうかなと。今日はまだ日が沈んだと言っても暑いですし」
「あー、ここ数日熱帯夜だもんね。そのためか、最近アイスの売れ行きが好調だよ」
そう言っておばちゃんは自分が立っている左手にあるアイスケースを視線で指した。
「今、中高生に話題の初恋レモンアイスキャンディーもあるよ。今日、ちょうど追加入荷した所なんだ」
「初恋レモンアイスキャンディーですか……? 高校生なんで一応ターゲット層に入っていますが、いま初めて知りました。女子だけかな?」
「味はレモン味の普通の棒アイスなんだが、ちょっとした仕掛けがあってね。占い付きなんだよ。勉強運に友情運、あとは恋愛運。元々は、なんだったっけなぁ……名前忘れたけど、モデルだったか歌手だったかがのSNSのアプリで火が付いたらしい。この辺りは駅が近いから塾が数か所集まっているんだ。そこに通っている生徒も結構お客さんとして買いに来てくれるんだけど、色々教えてくれるんだよ。その商品も教えて貰って早速仕入れてみたんだが、売れる売れる。やっぱり若い子は流行に敏感だね」
「恋愛運……」
「そうそう。噂では希少価値が高い両想い運というのもあるらしいよ。占いは文字なんだけど、両想い運だけハートなんだってさ。なんでも、本当に両想いになった人もいるとか」
「本当ですかっ!? それは御利益にあやかりたい……」
これは買わねばなるまい。勿論、狙うはハート。
すっかり流行に乗せられた俺は、アイスを念入りに選び二袋購入。
そして、朱音との待ち合わせ場所である塾前へと向かった。
+
+
+
朱音が通う塾はコンビニからもう少しだけ奥に入った場所にあった。
周辺には看板を掲げ広々とした駐車スペースを所有する建物が多く、一見するとこの辺りは会社がメインなのかと思ったが、住宅も結構ちらほらと見かけるのでほどよく共存しているのだろう。
――朱音の塾はこの辺りのはずなんだけどなぁ。…あぁ、あそこか。
スマホで事前に調べていたので大体の場所は把握していたが、路肩にハザードをつけ停車している数台の車が俺に塾の場所を告げてくれていた。
どうやらそろそろ授業も終わる頃合いなので、迎えにきた親御さんなのだろう。
道路は二車線になっていて、塾側はもうすでに迎えに来た車や人で埋め尽くされていた。
そのため、比較的空いている反対側の歩道へと移動し待つことに。
手にしていたスマホを操作し、朱音に到着した旨と自分がいる場所をメッセージで送る。
だが、それは当然の如く即座に返信されることはない。なぜなら今、彼女は授業中なのだから。
早く会いたい――
そのため、そわそわしながら手にしているスマホをまだかまだかと何度も眺め、時間を確認してしまう。
まるでスマホがフリーズしてしまったかのように、ディスプレイに刻まれている時間がさっきと同じまま。
ほんの数秒しか経過していないというのに、俺にしてみたらもっと時間が経過したように感じてしまっていた。
朱音と会えない間の時間というのはものすごく長い。
一緒に居る時はあっという間に過ぎていくのに。
体感時間が逆になって欲しい。そうすれば、幸福な時間の割合が大きくなるはずだ。
「……早く来ないかな」
じっと塾の出入り口付近を眺めていれば、ちらほらと人が窺えた。かと思えば、その波は段々と多くなっていく。
どうやら授業が終わったようだ。
てっきり学校の鐘のように外までそれが聞こえるかと思ったのだが、そうでもなかった。
もしかして、夜間のため周りに配慮しているのかもしれない。
そわそわと落ち着かない心。
人の顔を一人一人確認していくと、とある二人組が目に入った。仲良さそうに手を繋いでいるカップル。
――いいな。俺も朱音と同じ塾に通って手を繋い……あ。
妄想の世界に片足を踏み込みかけたが、ここではたりと気づいてしまった。
あのお化け屋敷に行った時に訊いた小梁という男の存在を。
――まさか、朱音と一緒にって事はないよなっ!?
食い入るように出入り口を凝視していると、駆け足で人々の流れを縫うように足を進めている少女の姿が目に飛び込んで来た。
彼女は黒のTシャツの上に灰色のキャミというレイヤードスタイルとデニムという恰好をし、肩には花柄のトートバッグをかけている。
その人こそ俺の待ち人だったため、胸が一度高く飛び跳ねてしまう。
彼女はやがて出入り口から歩道に出ると手にしているスマホから視線を外し、周辺をキョロキョロと見回し始める。
そんな朱音を目にし、口元が緩んで仕方がない。
――やっと会える!
俺はそんな彼女の元に向かうために足を踏み出した。
早歩きが駆け足に変り、どんどんと加速し気が付けば両腕を大きく振り走っていた。
反対側に渡るためには押し信号を押さねばならないのだが、どうやらタイミングよく、こちら側に渡っている人が押してくれていたらしく、すぐに信号が青に。そのため、すぐに焦らされる事無く無事最短時間で渡りきれた。
「朱音」
彼女に近づきその背にそう声を掛ければ、弾かれたようにこちらを振り返った。
肩下ぐらいまで伸びた髪がふわりと舞い踊るのが窺えたかと思えば、花が開くかのように朱音の微笑みが瞳に映し出される。
それに思わず見惚れていると、
「匠君!」
と、朱音が俺の名を呼んでくれた。
それを瞳に映した俺は、胸がきゅっと締め付けられたと同時に、ここに来て良かったと心底思う。
朱音の顔が見れ、そのうえ彼女が俺を見て微笑んで名を呼んでくれた。もうそれだけで幸せだ。
「勉強、お疲れ」
「お疲れさま」
「朱音。少しここから外れようか。ここだと人の流れ遮ってしまうから」
「あっ、うん。そうだね」
こっちと朱音に誘導されながら、人の出入りが激しい場所から退き、塾の煌々と照らされた灯の下から街灯の心もとない灯の下へ。
俺達が移動したその横を塾の生徒と思われる人々が家路につくために通り過ぎていく。
「朱音の家まで送るよ。もう暗いし」
「えっ……!?」
俺の言葉を聞き、一瞬目を大きく見開いた朱音だったが、すぐに眉を下げてしまう。
「でも……」
「ここを真っ直ぐ? 駅の方向からするとそんな気がするんだけど合っているか? ごめん、ちょっとここら辺は土地勘なくて……」
「うん……このまま真っ直ぐだけど……でも、匠君。車待って貰っているんじゃ……?」
「あぁ、それは大丈夫。今日はゆっくり帰ろうと思っているから。だから、時間は心配いらないよ。そうそう、さっきコンビニに寄ってきたんだけど、朱音と食べようと思っておばちゃんオススメのアイス買ってきたんだ。占い付きなんだってさ。なんか最近流行っているみたいだ」
「もしかしてレモン味のやつかな……? クラスで結構食べている子がいるよ」
「あぁ、きっとそれだな。そのアイス食べながらゆっくり帰ろう。ちょっと待っていてくれ。今、渡すから」
俺はそう告げるとコンビニの袋を開け、アイスキャンディーを取り出すとそれを朱音へと差し出した。
レモンイエローの棒アイスが描かれたパッケージには、「ハートが描かれていたらラッキー!」と、ショッキングピンクで目立つようにでかでかと記載されていてる。
無論、狙っているのはこの両想いハート!
ちゃんと二袋とも両想いハートが入ってそうなのを念入りに選んできてある。
「ありがとう。あっ、お金……」
朱音は受け取ると、鞄から財布を取り出そうとしたので、俺はそれを制止した。
「気にしなくていいよ」
「でも、匠君達にいつもごちそうになってばかりだから……」
「朱音はお茶とか奢ってくれているじゃないか」
奢って貰ってばかりで悪いからと、朱音はコンビニなどで飲み物を買う時に奢ってくれる。
俺としてはそんなに気にしないで欲しいって思っている。だって、それは俺が勝手にやっているだけだから。
「それはコンビニのお茶とかだよ……水族館もチケットとか貰ったし……」
「俺が朱音と一緒に食べたくて買って来たから、本当に気にしないでくれ。若干、アイスを朱音に押し付けちゃっているし。朱音の食べたいものじゃなくて、レモン味にしちゃったから」
「ううん、押し付けられているとか思ってないよ。食べた事ないから、ちょうど興味あったの」
「それなら良かった。勉強運と友情運と恋愛運が基本らしいんだけど、レア度が高い両想い運っていうのもたまに入って入るみたいなんだ」
と、ここでさり気なく言ってみた。
「両想い運?」
「あぁ。それだけ文字じゃなくて、ハートが彫られているみたい」
「ハートかぁ。可愛いね」
そう言っている朱音の方が可愛い。
「じゃあ、行こうか」
そんな感じで俺達はアイスを食べながら、おしゃべりをして朱音の家に向かうことになった。




