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カウントダウンはもう始まっている

喧噪が支配している教室内にて。

次の授業のために机の上に鞄を乗せてテキストやプリントを準備していると、「露木さん」と名を呼ばれてしまった。

その声の主とは昨日ちょっとした騒動があったばかりなので、私の肢体に緊張が走り強張ってしまう。


「……小梁さん」

ゆっくりと自分の席脇へと体を向ければ、そこには小梁さんが笑みを浮かべて佇んでいた。

「一緒に帰ろう」騒動が昨日起こったばかりなので、ちょっと彼とは気まずいというか、警戒してしまうのは仕方ない。

そのため、怯んでしまう。


もしかしてまた誘われるのだろうか? と身構えていたら、彼の唇が紡いだのは全く別のこと。

けれども、それはまたもや予想外の発言だったため、私に衝撃を走らせるのは容易かった。


「ねぇ、今度の土曜日って空いている?」

「え」

「北クライノートホテルのデザートビュッフェ一緒に行こうよ」

「私と……?」

「そうだよ。他に誰かいるの? 露木さんっておもしろいよねー」

そう言ってクスクスと小梁さんは笑いを零している。

だが、私はここで愛想笑いで返すことなんて出来なかった。


――……小梁さんと矢飼さんと三人でビュッフェ


元々、人との距離を取るのが苦手だというのに、昨日ちょっと揉めた関係者と外出。

これはハードルが高すぎるって思う。

本当に小梁さんの事が全く読めない……一体何を……


「あっ、どんな感じかサイト見る?」

目尻を下げた小梁さんがズボンのポケットからスマホを取り出そうとしたのを、私は制止した。


「大丈夫。あの……ごめんなさい。行けないの」

私は断りの言葉を口にした。

それは気が進まなかったからなどではなく、土曜日には用事があるから。

五王家で匠君とシロちゃんと一緒に遊ぶ予定となっている。

昨日匠君と電話で話した時に、シロちゃんの画像のお礼と共に「シロちゃんと水遊び楽しそうだね!」と告げたら、家でもシロちゃんが水遊びするから一緒に遊ぼうとお誘いを受けたのだ。

どうやらシロちゃんは真夏期間中には、簡易プールを用意して貰ってボールとかで遊んでいるみたい。


「もしかして甘いもの嫌い?」

「ううん。それは大丈夫なんだけれども……その…予定があるの。友達と遊ぶ約束が……だから、ごめんなさい。矢飼さんと二人で行ってきて……」

「一花? 一花は誘ってないよ。俺と露木さん」

「二人だけ!?」

つい叫ぶようにして声を上げてしまった上に、裏返ってしまった。

視線を彷徨わせ、動揺を隠せないでいる自分がいる。

てっきり矢飼さんも一緒だと思っていたのに。


確かに小梁さんは矢飼さんも一緒行くとは言っていない。

でも、なんとなく矢飼さんもだと勝手に思ってしまっていた。


「日曜の予定は?」

「夏休みの課題をやろうかと……塾と学校の……」

「じゃあ、その日に行こう」

「!?」

どうしてそうなってしまったのだろうか。

確かに課題をやるだけだから予定が入ってないと言える。なので、ビュッフェに行こうと思えば一緒に行けるだろう。

でも、言い知れぬ不安がよぎって仕方がない。


他の人と仲良くすることは、私にとって勉強になるのかもしれないって思う。

現に匠君達と一緒に遊んだりして時間を共有して少しずつ私にも変化があった。

でも、小梁さんの件に関しては先日の一件があり、不安要素以外存在しないのだ。

それに、彼は一緒じゃないと言ったけど絶対に矢飼さんも来る! という、そんな根拠の無い自信もある。


――こ、断らなきゃ……昨日の二の舞になっちゃう……


「あのね、小梁さん。私、日曜は……――」

紡ぎかけた私の言葉は、小梁さんの笑顔と台詞で覆い隠されてしまうことに。

「楽しみだね。日曜」

「え。あの………」

「じゃあ、時間は十時でどうかな? 露木さんの家に迎えに行くね」

「待って…私の話を……」

矢継ぎ早に届くそれに、ただでさえ上手に伝えられない自分の意志が余計に彼に届かなくなってしまう。

そのため、私の背筋を冷たいものが伝った。

このままでは日曜二人でビュッフェに……いや、矢飼さんも絶対に来るという根拠の無い自信もあるのでおそらく三人。

そのメンバー的に和気あいあいとした空気になる可能性はゼロに等しい。

匠君や美智さんとビュッフェに行くのとは違うのだから。


――どうしよう……! 


うまく断るにはどうしたら良いものだろうか? とあれこれ思案していると、

「――ちらっと耳に入っちゃったんだけれども」という声が私と小梁さんを包み込んだ。

そのため、弾かれたように私達は顔をその声の主へと向けるために前方へ。


「島田さん!」

そこにいたのは島田さんだった。

唇に塗られたリップと同色の真紅のネイルが施された手には、スマホが握られている。黒地にコバルトブルーの蝶が描かれたケースに入れられ、島田さんらしさが窺える。


「北クライノートホテルのスイーツビュッフェに行くの? なんか、通りかかったら偶然聞こえちゃったの。ちょうどみのり達と一緒にビュッフェ行きたいねーって話していたんだ。だから、露木さん、小梁くん。私達も一緒に行ってもいいかしら?」

彼女が首を傾げれば、小梁さんが困惑した表情を浮かべてしまう。


「急に深山さん達を誘ったら困ると思うけどなぁ。島田さんは暇かもしれないけど」

「ご心配なく。みのり達も暇よ。一緒に遊ぶ約束はしているけど、まだ予定立ててないから」

島田さんは振り返ると、一番後ろへと視線を向ける。

それを追うように私も顔を向ければ、そこには女子生徒と男子生徒が。

壁に凭れかかりながら、二人共笑い声を上げながらしゃべっていた。

それは深山みやまみのりさんと熊谷純くまがいじゅんさん。


「みのりー、純」

休憩時間のため教室内は賑わっているが、島田さんはそんな室内の雑音を全てかき消すかのような声音で二人の名を呼びながら、手を上げて左右に振ってみせる。すると、深山さん達は弾かれたように顔をこちらに向けてきた。

いきなり名を大声で呼ばれたため、目二人共目を大きく見開き、驚きに染まっている。


「今度の日曜ってうちら空いていたじゃん? 小梁君と露木さんが北クライノートホテルのスイーツビュッフェ行くんだって。うちらも一緒に行こうよ」

「マジ? すっげぇ行きたかったんだ!」

「俺も! 樹里とみのりとじゃあ、男が俺一人になるから行きづらかったんだよなー。小梁も一緒なら浮かないから助かる」

二人が満面の笑みを浮かべながらそう口にした。

するとそれを合図とばかりに、会話を耳にした教室内のクラスメイト達も順次唇を開いていく。


「すごい大声で話していたから聞こえたんだけどさ、俺も行っていい? 甘党なんだ。でも、熊谷と同意見で男でビュッフェは……と思っていてさ。みんな一緒なら怖くない」

「小梁君が行くなら私も!」

「えっ、なら私も行くー」

「行きたいけど、日曜無理……」

きっと、島田さんのボリュームが大きかったので、クラス全員に聞こえていたのかもしれない。


「なら、行ける人はみんなで行きましょう。親睦会というわけじゃないけど。小梁君。別に問題なんてないわよね?」

「……」

顔を合わせた島田さんと小梁君。

あんなに笑顔だった小梁さんは感情を引っ込めたのか真顔になっている。

二人は視線を絡めお互い一瞬たりとも逸らさない。

まるで瞳同士で喧嘩しているかのように、彼らの眼差しは冴え冴えとしていた。


「集合時間何時にするー?」

「俺、朝から食事抜いて喰いまくる」

と、そんな一触即発の空気を感じてない周りの声がBGMと化す中、小梁さんがやがて深い嘆息を零すと唇を開いた。


「――……いいんじゃないかな。クラスの親睦会もかねて」

「えぇ、そうよね。じゃあ、露木さんを借りていい? 私、露木さんと共通の友達がいるの。実はその子と三人で遊びに行く約束をしていて、その予定決めたいのよ。それに、小梁君って確か次の授業の教材を職員室に取りに行くように頼まれてなかったかしら? そろそろ時間だと思うけれども」

「……あぁ、そうだった! 当番だったね、俺」

「あの先生、難癖つけてくるから早く行った方がいいんじゃないかしら?」

「そうするよ。島田さん、教えてくれてありがとう。じゃあまたね、露木さん」

小梁さんは手を上げ小さく左右に振ると、そのまま教壇側へ向かい廊下に通じている扉へと消えて行った。


それを見てほっと胸をなで下ろすけれども、ここでふと島田さんと佐藤さんと遊ぶ約束をしていないのに気付いた。

そのため、視線を探るように島田さんへと向ければ、彼女に肩を竦められてしまう。


――もしかして、助けてくれた……――?


「あいつ、なんなんだろうね。ほんと、何を考えているのかさっぱりわかんないわ」

「ごめんね。助けてくれてありがとう」

「いいえ。私ももう少し早く気付けば良かったんだけれども……しかし、なんであんなに押しが強いのかしら? 露木さんに好意があってアピールって感じは全くしない気がする。変な執着というか、絶対に仲良くならなきゃという変な意気込みを感じてちょっと怖いね。何か心当たりある?」

「ううん……」

私はそれには首を振った。


「まぁ、でもそれは置いておいて露木さんと遊ぶのって何気に初だから日曜楽しみだわ。大勢いた方が人の目があるから良いかなぁって思ったんだけど、大丈夫だった? 露木さんって人が苦手そうだなぁとは常々感じていたんだけれども」

「正直苦手だけど、小梁さんと矢飼さんの三人の空間よりはハードルはまだ……」

「あー、やっぱり矢飼さんも来るよね」

「断言はできないけど、おそらく……」

「当日は私もみのり達もいるし平気だよ。一応今回の件、充希にも言っておくわ。同中だから何か耳に入れる事もあるかもしれないし」

「ごめんね……」

「ううん。ちょうど日曜暇だったし、ビュッフェもみのり達と行きたいねって話していたの。だから、ちょうどいいわ。高級ホテルのスィーツなら絶対に美味しいだろうからいっぱい食べないとね!」

そう言って島田さんは目尻を下げて微笑んだ。








――……本当になんだったのだろうか?


島田さんの機転のお蔭で今回は難を逃れることができた。

けれども、まだ安心はできない。昨日のように、全授業が終わった時に「一緒に帰ろう」とまた言われないかが心配。

授業はあと一コマが残されている。


小梁さんは悪い人ではないのかもしれないけど、ちょっと苦手。

距離感が近すぎる。私の話を聞いてもくれず、どんどん領域に侵入してくるのだ。

それは第三者――島田さんが違和感を持つレベルで。


「なんでだろうなぁ……」

私は深い嘆息を零しながら、財布片手に階段を降りていく。

さっきのやり取りで喉が渇いてしまったので、一階のロビーにある自販機で飲み物を買おうと思ったのだ。


――……後でシロちゃんの画像見て癒されよう。今日の夕方に五王の屋敷に戻るって言っていたから、今の時間帯だともうすでに家に着いてシロちゃんは匠君と遊んでいるかな?  それとも遊び疲れて寝ちゃっている? あぁ、早く土曜日にならないかなぁ……


そんな事を考えていると、一階へと到着。

ロビーには円型の大きな黄緑のソファが二つと、一人掛けソファが二つ置いてあった。そしてその奥には観葉植物と自販機が三つほど。

ロビーにはソファに座って飲み物を飲んでいる子や電話をかけている子の姿もちらほら窺える。


冷たい緑茶にしようかなぁと思いながらお茶類が多い一番端の自販機へと向かっていると、「ねぇ、あの子じゃない?」という言葉が斜め横からぶつかってきた。そのため、意識がそちらに惹かれてしまう。


――え?


そこに視線を向けたくなるのをぐっと堪える。おそらく、窓側にいた女子二人組だろう。


「あの子だれ?」

「ほら、小梁くんが最近やたらと構っているの」

「えー。なんで? ずるいんだけど」

耳朶に届くそれに私は聞こえない振りをして財布を開けると硬貨を取り出し、自販機に投入していく。じゃらじゃらという音にだけ集中し、それ以外の音をシャットアウトする。けれども、やはり聞こえてしまうようだ。


「可愛い子だと思っていたのに。普通じゃん」

「ほんとうにねー。まぁ、でもあいつに潰されるんじゃない?」

「あー、矢飼か。あいつ邪魔だよね。幼馴染のくせに彼女面」

ここで矢飼さんの名を聞き、びくりと体が大きく動いてしまう。

けれども、反応するのもあれなので何事もなかったかのようにボタンを押して冷たい緑茶を購入。

ガタンという音がペットボトルを取っていいよと告げたので、私は屈み込んでそれを取りかけた時だった。


「――私に何か用なの? あんた達」

という、よく通る威圧的な声が飛んできてしまったのは。

それに対して、さっきまでしゃべっていたあの子達が息を飲んだのを感じた。

それもそうだろう。突然噂をしていた子が現れたのだから。

本人登場になぜか私も狼狽。


――ど、どうして!? 教室二階だよね? あ、飲み物……?


自販機は一階部分のみ。そのため、降りてきてもなんら不思議ではない。

なぜだろう。手にしているペットボトルがやたら冷たく感じる。


「べ、別になんでもないわ。行こう」

「そ、そうね。授業始まっちゃうし」

どもる声と共にバタバタと足音が遠ざかっていく。どうやら彼女達は本人を前にして退散したようだ。

他にもロビーには人が数人いるはずなのに、なぜか私と矢飼さん二人きりの空間にしか感じられず。


――私じゃなくて自販機に用があるんだよね……?


そうであって欲しいと思っていたら、「ちょっと、露木さん」と背後から声を掛けられてしまったせいでその願いが虚しく散ってしまった。

「……はい」

私はそれに対して、ぎこちなく体を後方にいる矢飼さんへとゆっくりと向ければ、やはり彼女の姿が。

腕を組んでまるで貫くような鋭い視線をこちらへ向けていた。


「あの……」

「私も日曜行くから。ビュッフェ」

「……はい」

そっちか……何を言われるのだろうと身構えていたけど、よかった……

しかし、早い。ついさっきの情報がもう回っているなんて。

そう安堵の息を零せば、まだ話は終わっておらず彼女の艶のある唇が開かれた。


「勘違いしないでよね。唯人はあんたの事なんて好きでもなんでもないんだから!」

「……すみません」

「唯人は絶対に誰にも渡さない。あんたにもあの女にも――」

あの女って誰? と尋ねようとしたが、強い意志を宿した瞳に捉えられ、私は言葉を発する事が出来なかった。そうこうしているうちに、「じゃあ、それだけだから」と彼女は口にすると立ち去ってしまう。

その背が完全に自分の視界から消え、やっと私は体の力が抜けていく。


「帰ったらすぐお風呂入って寝よう……」

もうどっと疲れが襲って来た。あと一コマで今日の授業は終わるので、そうしたらあとは帰れる。

ただ、また小梁君に誘われないかという危惧は残されているが。


早く土曜になって欲しい。そうすれば匠君とシロちゃんと遊べるから。

匠君や美智さんと遊ぶのはとても楽しい。毎年白紙に近かった手帳だったけど、今年は二人と出会い彼らとの約束で埋められていく。それがとても嬉しい。


――教室行く前にシロちゃんの画像見よう。


そう思ってワンピースのポケットに入っていたスマホを取り出そうとしたら、ちょうどタイミングよくスマホが震動した。けれども、それはほんの数秒だけ。今は全く微動だにせず。そのため、メールかメッセージだと推測。


――なんだろう? 


首を傾げながらスマホを取り出せば、ディスプレイには届いたばかりのポップアップメッセージが。瞳でそれを追っていき、私は目を大きく見開いた。


『お疲れさま。塾が終わったらあと、少し時間取れるか? ちょうどこっちに用事があるから、朱音に会って旅行のお土産を渡したいんだ』







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