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授業の終わりを伝えてくれる鐘の音が室内に鳴り響く中。

黒板の前にある教壇に佇んでいる先生が「今日の授業はここまで」と告げた。すると、一気に教室内にざわめきが押し寄せてくる。これで今日の塾の授業は全て終わりなので、休憩時間と違いとても大きな喧噪となって広がってく。


塾の教室は学校のクラスと結構違う箇所も多い。

例えば机。学校のように一人一人個別ではなく、ここは長方形のオフィスディスクを使用。

教壇から眺めると左右に二台ずつ配置され、それが五列ずつ設置されていた。

席は全て埋められ、クラスの人数は二十人となっている。


他には、壁には各有名大学の合格率などが張り出されていたり、「起立、礼、着席」などの号令はなく全て鐘の音と先生によって時間を切り替えを行っている。

結構色々相違点があるけれども、それでも学校同様基本的には勉強をする場所なのでそれほど違和感を感じず。


「ねぇ! コンビニ寄って行こうよ」

「いいね。喉渇いたー。あと、お菓子食べたい」

そんな会話が耳朶に届く中、私はそのまま自宅に帰るために床に置いてあった鞄を膝の上に乗せ、机の上にあったテキストやプリント類を仕舞い始める。

すると、何やら鞄の中にしまっていたスマホのランプが点滅していたのが視界に入ってきた。


――なんだろう?


首を傾げながらそれを取り出し眺めれば、表示されていたのはSNSのコミュニケーションアプリのメッセージ。

差出人は匠君。メッセージの他にどうやら画像が添付されているらしい。

早速ロックを外しアプリを開いて確認していくうちに、私の顔が段々緩んでいく。

だって、その画像は――


「か、可愛いっ……!」

それは私の大好きなシロちゃんだったから。


『お疲れ。癒されるかわかんないけど画像送るよ。すごい寝相だろ? 今日遊びまくっていたから爆睡。可愛いんだけど、俺の寝る所がない…』という匠君のメッセージに続いて、シロちゃんの画像が3つ。

2枚は川で泳いでいるシロちゃんで、最後の1枚がベッドに仰向けになっているシロちゃん。なんともセクシーな写真だ。

すやすやと気持ちよさそうな笑みを浮かべていて、こっちまで幸せが伝染してきそう!


――たしか家族で別荘に行っているんだったよね……?


夏はシロちゃんも一緒に旅行に出来るようにと、五王家と一緒に国内別荘へ。

ミケちゃんは老猫のため移動や環境が負担になるからと屋敷でお留守番。

それを美智さんがとても気にかけていて、屋敷に残るミケちゃんの写真を送って貰っているそうだ。


――いいなぁ。匠君。


最近慣れてくれたとはいえ、私が一緒ではシロちゃんはこんな風にリラックスしてくれないだろう。

やっぱり家族で気を許してくれているからこそ。


「シロちゃんと川遊び。私もしたいなぁ……」

そうぽつりと零した時だった。「露木さん」と声を掛けられたのは。

そのため、弾かれたように顔を声のした机脇の通路側へと向ける。すると、そこには一人の少年が佇んでいた。

洋楽のアーティストのTシャツにブラックデニムという比較的体系がはっきりと見て取れる恰好をしていて、しっかりと引き締められた体のシルエットがわかる。


「小梁さん……?」

彼は小梁 唯翔こはりゆいとさん。

お化け屋敷で会った佐藤さんと同じ四中出身だ。

ここは座席が決まっているため、仲が良くなるのは近くの席の子、または元から知っている子が多い。

佐藤さんとはあの件以来、少し話をするようになっていた。

けれども彼は席が遠いのに、何故かわざわざ休憩時間などに私に話をかけてくれる。


小梁さんはこの塾でも人気があり、目立つタイプだと思う。

それは顔立ちと愛想が良いからだ。

卵型の輪郭にしっかりとした二重のタレ目、それからちょっと丸めの鼻とアヒルのような唇……

それらはどちらかと言えば中性的な雰囲気があるけれども、サッカー部らしく体つきが逞しい。


「今日は先生に質問しないの?」

と、彼が首を傾げれば、耳が隠れるぐらいまで切り揃えたダークブラウンの髪が揺れ動く。


「……うん。今日は不明点なかったから大丈夫。だから、もう帰ろうかなって」

「じゃあ、一緒に帰ろうか」

「えっ……」

万人に好まれそうな爽やかな笑顔を浮かべた小梁さんに対して、私は目を大きく見開いてしまう。

それは私がまだ塾になれていないため、クラスメイトに対しての距離感が掴めないで戸惑っているせいもあるが、根本的に大きな問題があったからだ。

そもそも帰り道が違う!

小梁さんは佐藤さんと同じ四中の学区。私は東川中なので真逆だ……


「小梁さん、私と家の方向違うよね?」

「あ、うん。それは知っているよ。たしか、家はここから徒歩十分ぐらいの所にある比較的新しい分譲住宅地だったよね?」

「え? もしかして小梁君うちのご近所さんに知り合いでもいるの……?」

「やだなー、露木さん忘れちゃったの? 前に教えて貰ったじゃん」

「私、言ってないと思うけれども……」

顎に手を添えて思案するけれども、全く私の記憶にかすりもしない。

そのため、つい顔を顰めてしまうことに。


――もしかして、会話する時に緊張して話した内容を私が忘れちゃっただけ……?


なんだろう。夏の暑さのように、もやもやとしたモノが私に纏わり付き不快指数を上げていく。


「帰ろう。送るよ」

「大丈夫。いつも一人で帰っているから」

「でも、もう外は暗いし。危ないよ?」

「平気。家、ここから比較的近い方だし。それに小梁君かなり遠回りになるよ?」

「俺は問題ないよ。露木さんともっと仲良くなりた……――」

そんな小梁君の言葉に覆いかぶさるように「唯翔!」という女性の声が室内に響いた。

感情的になっているのか、声音に怒りのようなものが含んでいるようだ。


それは教室の右手前方の扉から聞こえたため、そちらへつられるように顔を向ければ眉を吊り上げた少女の姿が。

片側のサイドを三つ編みにしたお団子ヘアの子で、フリルのブラウスに紺色のサロペットという恰好をしている。


――えっ、睨まれている……?


何故か彼女の視線は私に固定。

しかも、猫のような目は細められ唇は歪んでいる。


誰だろう? なんで睨まれているの? と戸惑っていると、「一花いちか?」と小梁さんの唇から彼女の正体が告げられた。


「ごめん。彼女は幼馴染の矢飼一花やがいいちか。家が隣同士なんだ」

「矢飼さん……」

その名字をつい最近聞いた事があるなぁと思い返せば、それはお化け屋敷で佐藤さん達に聞いたものだ。


「唯翔、帰ろう」

矢飼さんは教室に足を踏み入れると、真っ直ぐこちらへ。そして小梁さんの腕へとしがみ付く。

その間も視線は私に固定したままなので気まずさと自衛のためにそっと顔を俯かせる。


「一花。俺、露木さんと帰るからお前先に帰れば」

「はぁ? なんで? この子東川中の区域じゃん」

「いいだろ、別に」

「この時間帯に私に一人で帰れっていうの? この子なら問題ないかもしれないけど私は危ないわ」

「おい。露木さんに失礼だろ」

「本当の事じゃない!」

「一花。お前なんだよ、その態度」

矢飼さんを振り払い、睨み始めた小梁さん。

それには流石に私の心臓が落ち着いたままではいてくれなかった。

妙な緊張感に包まれ、背に汗が伝う。


――なんでこうなっちゃったの……!?


今、ものすごく匠君と美智さんに会いたくなった。あの落ち着いた空間が恋しい。


「私、知っているんだから。唯翔のね……――」

「あ、あのっ!」

私は矢飼さんの台詞をかき消すように勢いよく立ち上がった。


このまま喧嘩が始まってしまっては困る。

そもそもいつも一人で帰宅しているから、何一つ問題なんてない。

念のためにと匠君のお父さんからセキュリティ会社と個人契約した防犯グッズも貰っているし。


匠君と同じように匠君のお父さんにも送迎との申し出があったけれども固辞。

すると、防犯ブザーなどの多機能の防犯グッズをプレゼントされた。鞄に付けてね! と。

GPSにより位置情報がわかるので、万が一の時にもすぐに通報があり駆けつけられるそうだ。


「私、本当に一人で大丈夫だから。じゃあ、また」

そう言って立ち上がると、鞄を手にして駆けだした。

「えっ!? 露木さんっ!」という小梁君の驚愕の声が背にぶつかるのに気付かぬふりをして。










路肩にある街灯が闇の中を照らして帰り道を示してくれているのだけれども、私はすっかり困惑に染め上げられていた。身も心も。


「……なんだったのだろう……?」

そうぽつりと呟くが周りの生活音によって消されていく。

それは道路を挟んで左右の家々から耳に届いてくる家族団欒の賑やかな喧噪や虫の鳴き声などだ。


――なんでこんなことに? 早く休みたいよ……

やっと騒動から回避されたという安堵感からか、どっと疲れが襲ってきてしまい、私は今すぐベッドにダイブして休みたい衝動に駆られてしまう。


「明日もこんな感じにはならないよね……?」

塾の講義は基本的に平日の夕方からほとんど入っている。なので、明日も顔を合わせることになるはず。

可能ならば穏便に無事夏季講習を終えたい。

荒波のように揺れ動いている憂鬱な感情を落ち着かせるために、私は肩から下げている鞄を降ろすとスマホを取り出す。

それは匠君に送って貰った画像を見るため。シロちゃんの可愛さに癒して貰おうと思ったからだ。


――いいなぁ……匠君。


動物が好きなので共に生活をするのに憧れる。

でも、きっとその願いは叶わないだろう。琴音が動物苦手なため両親が首を縦に振らないだろうから。

だから、今は画像で癒されたい。ふわふわのシロちゃんを見て。


「あれ……?」

早速ディスプレイを操作しようとしたら、手にしていたスマホが何の前触れもなく震動。

するとそこには電話のマークと匠君と表示されている。


――珍しいなぁ。匠君からこの時間帯に電話って……


塾がある日は匠君は私が家に着いてひと段落した頃合いを見計らってかけてくれる。

それなのに、今日はこの時間帯。

そのため、何か急用なのかなぁ? と首を傾げながらも、通知が切れてしまう前にタッチしスマホを耳に当てた。


「もしもし? 匠君?」

『あっ、朱音? ごめん、いま帰宅中だよな?』

「うん。そうだよ」

『電話大丈夫か?』

「平気」

私はそう返事をしながら、止めていた足を再び踏み出した。


『あのさ、砂野河の花火大会あるだろ? それ、もう誰かと約束しちゃった?』

前に琴音が友達のお父さんからスポンサー席を使わせて貰うって言っていたのが砂野河の花火大会。

この辺りでは規模が大きな花火大会の一つで、五王家もスポンサー企業の一つになっているそうだ。

私もその花火大会に誘われて参加するつもりでいる。


「うん。約束したよ」

『あー、だよな……もっと早く言えば良かった……』

トーンの落ちたその台詞と彼の声音に対して私はついたまらず首を傾げてしまう。

だって、それは――


「もしかして、匠君は屋形船に乗らないで花火を見る予定なの?」

私がお誘いを受けたのは、匠君のおじいちゃんからだ。

毎年五王家では屋形船を貸し切って花火を観覧するようで、もし花火に興味があったら是非一緒にって。

でも、匠君は五王家と一緒に屋形船ではなく地上で見る予定なのかもしれない。


『えっ!? 待って! 屋形船ってまさかっ!?』

「うん。五王家にお誘い受けているよ。もしかして聞いていないかな……?」

『俺、全く聞いてないんだけどっ! 水族館に続いて花火大会もかっ! ……しかし、予定押さえるの早くないか?…五王家侮りがたし……』

「たぶん予約の関係じゃないかな? 食事も出るみたいって聞いたよ」

『あぁ、出る。飲み食いしながら花火鑑賞』

「私ね、屋形船に乗った事がないの。だから凄く楽しみなんだ。美智さん達は着物が多いけれども、当日は浴衣を着るのかな?」

『うちは毎年全員浴衣だよ』

「なら、私も浴衣の方がいいのかな……?」

もしそうなら浴衣を持ってないので、買いに行かなければならない。

花火大会は小さい頃に連れて行って貰ったけど、ここ数年は訪れた事がなかった。

そのため、屋形船もだけれども花火自体も心が踊る。


『別に恰好は気にしなくてもいいよ。でも、俺は朱音の浴衣が見たいな』

「私の……?」

『あぁ、凄くみたい。楽しみだな、花火大会』

「うん」

そんな風に匠君と話をしていたら、あんなにモヤモヤとしていた気分がいつの間にか消えていたのに気づく。

心が晴れ晴れとして、まるで星々を輝かせている夜空のようにすっきりとしていた。






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