朱音に言われると一番嬉しい
「匠君も美智さんもありがとう。国枝さんも」
私は目の前にいる美智さんと国枝さん、それから隣にいる匠君へとお礼を述べる。
さっきまで私は体調不調で東屋で休んでいたが体調も無事回復。そのため、今は東屋のベンチを他の方に譲り、広場の周りにぐるりと植林されている木々の影にて日差しから逃れていた。
夏の暑さのためか、私達のように涼んでいる人々の姿がよく見受けられる。
人生初のお化け屋敷は散々でみんなに多大な迷惑をかけてしまうことに……
薄暗い所は基本的に大丈夫なのでこのまま進めるかなぁって思ったんだけれども、耳に届いた悲鳴のせいで怖気づいてしまう。そこにあの日本人形の演出が止めをさし心が恐怖に敗北。
そんなめんどうな私なのに匠君は優しかった。「しがみついていいよ」と気遣いの言葉をかけてくれたり。
私はその言葉に甘えひたすら彼の腕にしがみ付き、ぎゅっと瞼を閉じたまま身を任せっきりだった。
しかも、お化け屋敷から脱出した私は、安堵のため心が緩み今までの反動によって体調不調に陥ってしまった。
それを匠君が東屋にて面倒をみてくれたのだ。しかも、膝枕までしてくれて……――
「全然気にする必要なんてないんだ。それより、朱音の具合が良くなって良かったよ。顔色もさっきよりもかなりよくなった」
匠君が私の頭を撫でながらそう口にすれば、それに美智さんも温かな笑みを浮かべ首を縦に動かし肯定してくれた。
「えぇ。お兄様の言う通りですわ。お気になさらないで。お互いさまですわ」
「美智様のおっしゃる通りですよ。朱音様は少し周りの事を気にしすぎる傾向があります。人間はお互いに迷惑をかけて生きているんですから。全く迷惑をかけない人間なんてこの世にいないと俺は思います」
国枝さんはそう言うと、キリっとした表情を浮かべた。
それには匠君と美智さんが目を細めて唇を引き攣らせ、さめざめとした視線を国枝さんへと向けはじめてしまう。
「国枝。お前が言うな。……まぁ、言っている件は同意するけどさ」
匠君は肩を竦めると、私へと顔を向けた。
「さっきも言ったけど、俺の事を頼って。朱音の件に関しては迷惑なんて思わないから」
「ありがとう」
匠君も美智さんも大人だ。余裕があるように感じる。
きっと自分をしっかりと持っているから、周りの事にも意識を向けることが出来るのかもしれない。
だから、きっと匠君の言葉は嘘やお世辞ではなく心からそう言ってくれているのだろう。
優しさを含んだ声音だからそう感じる。
でも、私はそれに甘える事が出来ない。お化け屋敷の時のように自分の思考よりも強い感情に支配された時はまた別だけれども……
通常ではどうしても考えてしまうのだ。彼等の負担になる事を――
幼い頃から妹と比べられての生活。姉を辞めたいとお母さんに助けを求めたのに、私の手を取ってくれる事は無かった。
あの時にもう誰かに期待しては駄目なんだと悟った。
一番身近にいて信頼できるはずの両親があんな風だったから……
それに慣れてしまったせいで誰かに頼れなくなってしまったのだ。だから、どうしても頭を過ぎってしまう。匠君達に鬱陶しがられ拒絶されたらどうしようって。
匠君達の傍は凄く居心地が良いから特にそう思ってしまうのかもしれない。そのことが考えるだけで足が竦んでしまいそうになるぐらいに怖かった。
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あの後、私達は予定していた物販コーナーへと向かうことに。
物販はお化け屋敷から二十メートル程離れた場所にて販売されていた。
そこには真っ白いテントが三つ張られているのだけれども、その下はまるでセール会場のように人で溢れかえり混雑していた。
商品は簡易テーブルの上に飾られていて、ボールペンなどの文房具からクッションなどの雑貨まで様々。
その付近にはレジが設置されていて、黒地に日本人形のイラストが描かれたエプロン姿の店員さんの姿がある。
エプロンの柄がデフォルメされたものではなくリアル日本人形なので、私はそっと視線を外してしまう。
あの扉の廊下での出来事を思い出してしまったからだ。
――もしかして、あれもグッズ……? 映画にも出てくるキャラなのかな……どうしよう…思いだしただけで怖くなっちゃった…夜、眠れるかなぁ……絶対に物音とかに反応しちゃう。こういう時、シロちゃんが一緒に眠ってくれたら安心して睡眠が取れるのに……
ふわふわで可愛いシロちゃん。思い出すだけで凄く癒される。
最近ちょっとずつ距離を縮めてくれて、匠君が席を外した時も触らせてくれるようになった。
「しかし、お化け屋敷もだけれどもこちらも大人気ね」
「それはそうですよ! なんせ、僕達の実衣奈ですからね! それに、女子高生に絶大なる人気を誇る昴と圭も出演していますから客層の幅も必然的に広くなります……あぁ、でも今日は特に人が多いのかもしれませんね。昼から昴と圭がお化け屋敷に来るんですよ。マスコミ用のイベントで。ですから、それを見学するためのファンが集まっているんです。彼氏にしたいランキングの1位と2位ですからね」
「彼氏にしたいランキングですか……?」
「えぇ。某雑誌に掲載されていたみたいですよ。ちなみに朱音様はどちらがお好みですか? 昴派? 圭派? あっ、それとも匠様派ですか?」
「おい、さらっと俺を出すな! ……だが、気になるっ! 朱音はどっちなんだ!?」
「二人共カッコイイです。私のクラスや塾でも人気なんですよ。でも、匠君も負けないぐらいにカッコイイと思います」
私の言葉に、匠君から「えっ!?」という驚愕の声が漏れ届いてきてしまう。
そのため、私は何か言ってしまったのかなぁ? と首を傾げて隣にいる彼へと視線を向ける。すると、口元に手を当てている彼の姿が。手で隠れていない顔は日に焼けたのか、真っ赤だ。
「今、カッコイイって……そう聞こえたんだけどっ!?」
「え? うん。さすがモデルさんだなぁって」
「そっちじゃない。昴と圭の方じゃなくて俺の事っ!」
「うん。匠君はすごくカッコイイよ。そう言えば、匠君もモデルさんみたいだよね。背も高いし」
「マジか。嬉しいよ。朱音にカッコイイって言われて」
なんだかよくわからないけれども、今にも飛び跳ねそうなぐらいに匠君は喜んでくれている。
カッコイイって言われ慣れていそうなのでそれが意外に感じた。
「朱音に言われるのが一番うれしい――……って、おい。お前ら場所関係なくここでもかっ!? ニヤニヤするな!」
ぐっと眉を吊り上げ、匠君は右側へと視線を向けてしまう。
――え? どうしたんだろう? ニヤニヤって何……? なんか前もそんな事があったような……
と、ぼんやりと思いながら匠君を越えて美智さん達の方へ顔を向けようとしたのだが、突然背に「露木さん?」という第三者によって声がかけられてしまったせいで思考も行動も途中で遮られてしまう。
そのため、私は弾かれたように声が飛んできた方――振り返ってテントの外へと顔を向けた。
すると、そこにはこの場で遭遇するなんて想像もしていなかった人達が佇んでいた。




