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彼の本気の示し方

匠視点。

「……さて、どれにするか」

俺はそう呟きながら自室の真ん中付近に設置されているガラステーブルを凝視。

テーブルの全面を覆うようにして並べられているのは、風景写真やイラストが描かれた色彩豊かな紙だ。

どれも共通して婚姻届という文字が記されている。


一般的に使用されている役所で貰える紙はシンプルだが、俺が集めたのはご当地オリジナルやキャラクターものなど様々なバリエーションがあるデザイン性の高いもの。

これらの取得方法は多岐にわたり、数千円で購入出来るものから無料でダウンロード出来るものまで。

勿論、ちゃんと役所にも提出可能。


春ノ宮の祖父に俺が本気だという意思表示をするにはどうしたらいいのか?

車内で俺の頭の中に真っ先に浮かんだのがこれ。

そもそも婚姻届というものを役所で貰えるのまではなんとなく知っていたが、必要書類などが不明だったのでスマホで検索してみたのだが、色々なタイプがあって驚いた。

しかも、なんと嬉しいことに提出用の他に保存用が付いている場合も!


なので、早速取り寄せたりダウンロードしたりして集めた。

自分が記載するところは全て埋め尽くし、後は朱音に書いて貰って戸籍などの添付書類を取得すればそのまま提出できるようにするつもりだ。

証人欄は五王と春ノ宮の祖父に書いて貰うつもりでいる。


だが、せっかくの婚姻届。

提出時の事も考え色々と見比べて俺と朱音に相応しい究極の一枚を選ぼうとしているのだが、色々ありすぎて迷ってしまっている。


「海関係もいいよなぁ。始めて二人で行ったデートが水族館だし」

俺はぽつりとそう零しつつ、テーブルの上から海を連想させるものを集め出す。

今すぐ決めるのは難しい。なんと言っても二人で初めて提出する書類――婚姻届だから。


しかも、これから朱音とお化け屋敷デート。

みちと国枝というお邪魔虫つきだが……

そのため、そろそろ準備をしなければならない。


――とりあえず今はそれぞれジャンルごとに分けておくか。


そう判断し、紙へと手を伸ばしかけた時だった。

「お兄様?」

という声と共に、いきなり何の前触れもなく障子が開け放たれてしまったのは。


突然差し込んできた日の光とクーラーの冷気を押しやるようにして流れ込んできた蒸し暑い空気。

そのせいで、俺は反射的に右側へと顔を向けてしまう。

そこに居たのは声の主である美智の姿だった。


「おいっ! ノックぐらいしろよっ!」

「しましたわ。勿論、声掛けも。ですが、ちっともお兄様の反応が……障子からシルエットは窺えるので不思議に思って開けてしまいました」

「全く気づかなかった……」

どうやら婚姻届に集中しすぎて聞こえなかったようだ。


これを見られると、俺は妹に妄想癖のある男として認識されてしまうだろう。

そのため、慌ててテーブルの上にあった婚姻届を掻き集めるようにし、覆いかぶさり隠そうとした。

だが、なんということだろうか。

慌てていたせいで勢いを殺せなかったため、テーブルに伏せた衝撃で紙が一枚ひらりと飛んでいってしまう羽目に。

しかも、ちょうど美智の方へ――


「あっ……!」

「あら? なにか落ちましたわ」

「触るな! 見るな!」

そんな叫びよりも先に美智が動いてしまい、屈み込んでそれを手に取ってしまう。

どうやらばっちりとその紙がなんなのか確認してしまったようで、理解した妹は眉間に皺を寄せてしまっている。

かと思えば、嫌悪感をたっぷりと含んだ表情でこちらへと顔を向けてきた。


「……有印私文書偽造。これを見逃すわけにはまいりません」

「なんでだよっ! 朱音の名前を勝手に書いて提出なんてしない! ちゃんと時期が来たら本人に書いて貰うに決まっているじゃないか。それに俺は残念なことにまだ十八じゃないから結婚出来ないっ!」

「では、なぜ……?」

「春ノ宮のお祖父様を説得するためだ。婚姻届を書くぐらいに真剣に交際していると」

「いろいろツッコミどころが……まず、まだお兄様は朱音さんと交際はしておりませんわ」

「いいだろ、別に。とにかく、時期を見てお祖父様の所に説明しに行く。そして男女交際反対を撤廃して貰うつもりだ。というか、今気づいたんだがお前その恰好はなんだよ? 春ノ宮のお祖父様に見つかったら大事になるぞ?」

「あら? お気づきに? 似合いますか?」

そう言ってその場にくるりと回った美智。

そのため、360度全方位でその恰好を強制的に見せられてしまう。


美智の恰好は一言で言えば夏。

小花柄の黒地のオフショルダーのトップスにデニムのペンシルスカート。


「肩がみえているぞ」

春ノ宮の祖父が見たら気を失いそうな格好だ。父なら「夏だしいいじゃん」と大賛成しそうだが。


「後で上に羽織りますわ。それより、このトップスどうですか? 朱音さんと色違いでお揃いなんですよ。この間一緒にお買い物に行ったんです」

「なんだと!? 朱音とだって!?」

別に妹が何を着ようが全く興味は無いけれども、朱音の名を聞いて俺が反応しないはずがない。


――……ということは、朱音もオフショルダー!! 絶対に可愛い。しかも、朱音はあまり露出する系は着ない。なので、希少価値が高い。夏、最高!


これは風が吹いてきた気がする。追い風だ。

これはいける。お化け屋敷フラグも高確率で回収できる可能性大。


「あー、でもやっぱり他の男には……俺は見たいけど……――」

「残念ですがお兄様。朱音さんでしたら、きっとカーディガンを羽織ると思いますわ」

「そうだよな。良かった!」

美智の言葉にほっと胸をなで下ろす。


――ん? 良かったのか……? それって、俺も見られなくなるのでは……?


「お兄様。そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、そう言えばそうだな。なんだ?」

「お昼の件ですわ。広場の近くに気になっているお店がありまして。勿論、朱音さんに伺って許可を取っています。あとはお兄様のご意見を。了承して頂けるのでしたら、国枝に予約を入れて貰いますので」

「構わない」

「では、そのように手配を」

「そう言えば、国枝ってお化け屋敷苦手なんだってな。克服したのか?」

俺はこの間から少しばかり気になっていた事を訪ねてみた。


「いいえ、全く」

「じゃあ、なんでだよ?」

お化け屋敷が苦手で美智の付き人を他の人にチェンジして貰っているのに、どうして今回は付いてくるのだろうか。てっきり克服したと思っていたのだが。


「クリアファイル目当てですわ。主演の実衣奈が写っていますので」

「クリアファイル? あぁ、スタンプラリーの景品か」

「えぇ。国枝の趣味は実衣奈のおっかけなんです。プライベートで友人と一緒にお化け屋敷に行ったそうですが、スタンプコンプリート出来なかったそうですわ。ご友人はきっと国枝にしがみ付かれてそれどころではなかったんでしょうね。国枝はかなりの怖がりですから」

「今回は一応仕事中なんだが大丈夫なのか?」

「……まぁ、国枝も大人ですしなんとかすると思いますわ。ですので、お兄様。朱音さんの事は私に任せて下さいね」

「やめろーっ! 完全に国枝ルートのフラグが立つじゃないかっ!!」

「冗談ですわ。ですが、朱音さんに頼られたら私は無碍に出来ません。その時は申し訳ありません諦めて下さい。では、準備がありますのでまた後で」

そう言って美智は去って行く。

その姿を見詰めながら、俺は美智に朱音とのお化け屋敷フラグが立たないように祈った。







朱音を露木家へ迎えに行き、その後俺達は目的地である三ヶ城跡公園の特設広場へとやってきた。

広場の地面はグラウンドのような土でコンクリートのような照り返しは感じず。

それに周囲には木々に囲まれているし人工の小さな小川もある。

そのため、日陰や水に足をつけて涼しんでいる人々の姿もあった。


ここは休日にはフリマなどのイベントで賑わっているのだが、今はおどろおどろしい雰囲気を醸し出している灰色の病院が存在感を誇示。

壁は薄汚れ、窓ガラスにはヒビが入りいかにも廃墟っぽい。

大きさは個人病院と大病院の中間ぐらいで、お化け屋敷としては程よい広さのようだ。


だが、そんな雰囲気漂う中でも、映画とコラボしているため宣伝は忘れていない。

建物には主演の写真入りの宣伝の横断幕が。

それをスマホで撮影している人達があちらこちらで窺える。


――しかし、結構混むなぁ。


お化け屋敷という季節の風物詩という事もあるだろうけれども、人気アイドルとモデル主演のため、そのファン層も来客者として多いらしく建物から伸びている列が長蛇。

俺達は開場よりも早めに来たので、列は比較的前方の方。そのため、あまり待たずに入れそうだ。


「すごい……本当の廃病院みたいだね」

俺の前に並んでいる朱音は、聳え立つ病院を眺めながらそう呟く。

今日の彼女の服装は、美智と色違いのトップスに下はロングのチュールスカート。そして、肩からはポシェットタイプのカゴバッグ。

やはり、美智が言った通り、上にはピンクベージュの半袖カーディガンを羽織っていた。それがちょっと残念。

見たかった。完全な朱音のオフショルダー姿を……

無論、俺以外には見せたくないのは前提だけど。


「楽しみですわ! どんな恐怖が待ち受けているのでしょうか? 胸がときめきます!」

弾んだ声で、朱音の隣にいる美智がそう口にした。


「美智さん、お化け屋敷好きなんですか……?」

「えぇ! 日本全国気になる場所は全て回っていますの。今度、海外のお化け屋敷にも挑戦したいです」

「海外にもお化け屋敷ってあるんですね。日本だけだと思っていました。海外でもやっぱり夏?」

そんな風にわきあいあいとしゃべっている美智と朱音。

そしてそれを美智達の後ろに並んでいる俺と国枝が眺めている。


――このポジションって、実はかなりマズくないかっ!? このままでは美智にフラグが立ってしまう! 俺の隣に並んでいる国枝と交換してくれ。


ちらっと国枝へと視線を向ければ、何故か頷かれてしまう。


「大丈夫ですよ、匠様」

「何が大丈夫なんだよ? 国枝、お前は朱音と交換して美智の隣に並べって」

「中に入った時のポジショニングは既に考えています。これでスタンプラリーは全部制覇出来ますよ」

ドヤ顔を決めた国枝に対して、俺はがくりと肩を落とす。

別にスタンプラリーの事なんてこれっぽっちも心配していない。

そんな事よりもフラグだ。朱音とのフラグの方が大事に決まっている。


「……スタンプラリーなんてどうでもいいんだが」

「何をおっしゃっているのですかっ! 最強の美智様がいれば、スタンプコンプリートも夢じゃないんですよ。絶対にクリアファイルゲットできますっ! 本当は保存用と観賞用と日常使い用の三枚欲しいのですが……」

「なるべく協力してやりたいが、俺はフラグの方が大事だ。悪いな」

「その点も抜かりありません。それも踏まえてのポジショニング考えております」

「だからなんだよっ! そのポジショニングっていうのはっ!?」

そんな事をだらだらと国枝と数分話していたら自分達の順番がきた。




薄暗い中で不規則に点滅しているオレンジ色の照明や爪痕がはしる壁など、いかにもお化け屋敷内だと感じる廊下に俺達はいた。ほんの数メートル先には朱に染め上げられた二枚扉が。

扉には黒い手形が所々に咲いている。

おそらく、本格的に始まるのはあの先だろう。


「――……国枝。お前が言っていたポジショニングってこういうことか」

さっき並んでいた時と違い、俺と美智が一緒に隣同士。そしてその後方に朱音と国枝がいる。

この並びは、館内に足を踏み入れた時に強制的に国枝によって整えられたのだ。

もう完全に俺と美智が盾。どうやら何がなんでもクリアファイルが欲しいらしい。

確かに美智か俺ならお化け屋敷にも強いので、スタンプ係には適任。


「幽霊は大抵前から不意打ちで来るんですよ。ですから、お化け屋敷に強いメンタルの方達が先頭に。そして、スタンプコンプリートをお願いします」

「私とお兄様を盾にするつもりね……クリアファイルは物販もあるのだから、そちらで購入したらどう?」

美智は呆れた声でそう告げた。


「それは物販用なんです! スタンプラリーの景品は限定! ですから、頑張ってコンプリートしてクリアファイルゲットしましょう!」

そう力説している国枝。やる気が伝わってくる声音だ。


だが、当の本人はもうこの段階で怯んでいた。

背を丸めながら戦慄く大きな手で、美智が背負っているブランドのロゴがプリントされたミニリュックにしがみ付いている。

もう、完全に盾だ。確かに妹はお化け屋敷では頼もしいけれども……


――おい、完全に仕事そっちのけじゃないか。本当に俺のフラグも考えてくれていたのかよ?


こんな事になるなら、やっぱり二人で来たかったなぁと頭の片隅で考えていると、ギャーという鴉の鳴き声のような叫び声がどこからともなく聞こえてきた。その瞬間、Tシャツの背をガシッと掴まれてしまう。


「え?」

そのため、反射的に首と体を動かして振り返れば俺のTシャツを掴んでいる朱音の姿が。

身を縮ませるようにして小刻みに震えている。

それがなんとも庇護欲を駆り立てる上に可愛らしいので、つい抱きしめたくなった。


「ご、ごめんね……服、皺に……」

「いや! いいんだ! 遠慮せず掴んでくれ!」

どうやら朱音はお化け屋敷が苦手のようだ。

……なので、俺はここぞとアピールをすることに。


「怖かったら俺にしがみ付いてもいいから」

フラグへの期待を押し殺せないせいでやけに緩む顔のままで彼女にそう告げる。

すると、朱音は揺れ動く瞳で俺を見詰めると大きく頷いた。


――くる。これは絶対に来る。お化け屋敷フラグっ!! 絶対に回収せねばっ!


だが、それと同時に不吉な返事も届いてしまう。

それは、「ありがとうございます。遠慮しません」という国枝の声だった。


……いや、俺は別に国枝ルートのフラグ求めてないんだけどっ!?





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